7話 コンビニの店員がおかしい
――葵視点
店長に先日の事を一通り話し終わり、モーニングも平らげた。正直、満腹には程遠いがもうすぐお昼だし、それまでのつなぎにしては十分だろう。
……あれ? これからどうしたらいんだ? 鈴宮さんが居るんだけど。とりあえず駅まで送ればいいのかな?
くっ、昨日のやらかしがなければ、このまま二人で遊びに行くとかもありだったかも知れないのに!
いや、どの道そんな簡単には誘えないか。会社でも一度も喋った事無かったしな。
「じゃあ、鈴宮さん、駅まで送りましょうか? 店長、ご馳走様」
過去の失態と現状分析を終え、諦め一択の決断が出たので、名残惜しくも会計の伝票を取ろうとした時であった。
「あ、ああの! 坂上先輩はこれからお暇でしょうか!?」
……ええ、暇ですが。強いて言うならあのDVDを人目の付かない所に隠す事ぐらいですが。ところで鈴宮さんは今日は何をしに来たんだろう。なんかバタバタしてて理由も聞いて無いぞ?
「よ、よろしかったらお礼を……」
ああ、そう言う事か。そんな気を使わなくてもいいのに。あの三人の処罰は店長が下すみたいだし、店長に任せておけばこの街が平和になるので問題無い。まあ、その平和を牛耳っているのが悪魔みたいな鬼軍曹という矛盾はあるのだが。
「大丈夫ですよ、そんな気を使わなくても。俺、大した事してませんし」
ふと店長を見るとため息を吐いて首を微かに左右に振っていた。
なんか、むかつく。でもこの言葉は絶対に口には出してはいけない。確実に秒で殺られる。
「葵、折角の申し出なんだから受け取ってやれ。お前はいい奴なんだが、その辺りが鈍過ぎる」
なんか店長がぶつくさ言っている。そんな怖い顔の店長に言われたくないものである。まあ、確かに店長は梓とラブラブだし、『よく気が付いてくれる彼氏なんだよ、その点に関しては葵とは天と地程の差があるんだから!』とよく言われる。
揃いも揃って失礼な話である。俺程気が回る男はそうは居ないと思うぞ?
「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます」
ただ、俺はしっかりと人の意見は聞く。もちろん何でも聞く訳じゃ無いが、わざわざ休みの日にお礼をする為に訪ねて来てくれたのにも関わらず、このままバイバイじゃなんか申し訳無いかも知れない。
ちょっと待てよ……これって、よく考えたらデートじゃん! 俺の服そんな気合入った服じゃなくてただの普段着だよ!? モーニング食べに来ただけだもん! 鈴宮さんと並ぶと女神とミトコンドリアぐらいの開きがあるから!
くううっ! こんな事ならスーツ着て来れば良かった! い、いや、休みの日にスーツはおかしいか……それでももっとちゃんとした服を選べば良かった……。
でも会社の往復と買い物ぐらいの生活してたから、服とかあんま持ってないんだよなぁ……。
「あ、あの……ご迷惑でしょうか……?」
眉を下げ、大きな胸に手を添えながらとても悲しそうに声をかけられた。その仕草に思わず胸が高鳴った。
なんだこの可愛い生き物は!? 上目遣いとその健気な態度!
「そ、そ、そんな事ありません! て、店長! お会計お願い! じゃ、じゃあ、行きましょう!」
うわぁ、噛み倒したぁ~……完全に俺舞い上がってる事ばればれじゃないか……。
でもこんな可愛い後輩と一緒に居れるなんて、それだけで十分だ! 人生で最高のお礼だ!
よし、このタイミングで地下まで下がった俺の評価をせめて地表にまでサルベージさせねば!
決意を胸に秘めながら伝票をとお金を添えて店長に渡すのと同時に乾いた鈴の音が聞こえた。お客さんが来たのかとちらりと入り口の方を見ると、三人の迷彩柄の服にサングラスをかけた逞しい体の男性が、規則正しい歩みで入って来た。
なんかインカムも付けてる……ああ、この人達が捕獲班なんですね。
その三人とはすれ違うようにして店を出た。尚、鈴宮さんは店長と迷彩さん達を眺めながらこちらに向かって来た。
そりゃあ、驚くよね。俺もびっくりだもん。
店を出ると柔らかな日差し……は無くなり曇天となっていた。
幸先が悪い。今日雨降るって言ってたっけ? さっきまで晴れてたような気がするんですけど。
駅前を行き交う人達は傘を持っている人も多い。恐らく予報的にも雨なのだろう。
そんな事よりも空模様さん? 折角のお礼デートなのにやめていただけますかね? 文字通り水を差すのは。鈴宮さんとの時間はレンタル彼女より貴重なんだよ? レンタルした事は無いけど。
空を見上げ、睨みつけると眼鏡に水滴が付いた。
おいおい……お空さん、泣かないでおくれよ。ほら、俺も言い過ぎた所もあったしさ、うん、反省してるんだ、だからさ、泣き止んでくれないかな?
俺の真心を込めた謝罪も空しく雨は強くなってきた。まるで反感を買うように。ごめんってば……。
「鈴宮さん! 雨降って来たんでとりあえず駅の方へ!」
「は、はい!」
喫茶店から駅までは目と鼻の先であるが、咄嗟に鈴宮さんが少しでも濡れないようにと、羽織っていたシャツの片方を広げ簡易のタープのようなものを作り、鈴宮さんの頭上を覆うようにして走った。
身長差があるから出来る技である。それにたまたま羽織ってきたシャツが役に立った。
それでも鈴宮さんの水色の服に水玉模様が出来るに至ってしまった。
鈴宮さんの服も濡れて……今日は白……か。うん? しかも雨を避ける為とはいえ、地味に体が当たって……これってセクハラ&わいせつ!?
ち、違うんです! こ、これは、そう雨の奴が悪いんです! 俺はそんな下心は無いです! ブ、ブラが透けてちょっと見えちゃいましたが今は見てませんから!
心の中で叫びすぐに体を離した。このスピードは過去最速のスウェーだと確信出来た。おそらく世界チャンピオンのジャブもかわせる程のものだと自分の中で思ってる。
もちろん、世界チャンピオンに知り合いなどいないので想像の世界ではあるのだか、それよりも……。
やらかしたぁ!! 完全にやらかしたぁ!!
「え? あ……」
顔を赤くして腕で胸を隠し、上目でこちらを見る瞳は潤んでおり、口には出してはいないが『変態……』と言われているかのようだ。
はい、もう完全にアウト。俺もう嫌われました。よし、今晩辞表をしたためるとしよう。一身上の都合でいいよな。梓……俺が抜けた穴、大変だけど埋めてくれ。
「す、鈴宮さん! ちょっと待ってて下さいね! すぐ戻って来ますから!」
逃げるかのようにして駅の隣にあるコンビニへと俺は走った。少しだけ雨に濡れたが、涙を隠すのにちょうど良かった……。
「いらっしゃいま……ってなんだ葵ちゃんじゃん。ちえっ、いらっしゃいませの無駄遣いしちゃったよ」
「中々客に対して失礼だな、そこはマニュアル通りにやれよ。しかも無駄とはなんだ、無駄とは」
いつもお世話になっている駅前のコンビニ。そんなヘビーユーザの俺に対して軽く口を叩く店員、長谷川清音、高校生のバイトである。だが、今はこいつと絡んでいる暇は無い。
「とりあえず、傘と……あった、タオルと」
何はともあれ鈴宮さんの透けブラをなんとかしないと、それに彼女は傘も持っていないし、帰る時に濡れてしまうだろうからこれを渡そう、ビニール傘だけど十分凌げるだろう。
「ほい、お会計頼むわ」
「いらっしゃいませ! 他にポテトやコーラは如何ですか? それと今ならメンバーズ会員に入りますと今すぐ使える300円相当のポイントが――」
「急にマニュアルをぶっこんでこないで? それに傘とタオルを持って来たのにポテトやコーラが欲しいと思うのか? ここはファーストフード店か!? それにポイントカードは持ってる! お前知ってるだろ!」
「おおっ! 今日は一段とツッコミの切れがいいね!」
こいつ……人を待たせてるんだよ! 早くしてくれ!
「お、葵ちゃん、あそこに居る可愛い女性、ずっとこっち見てるよ? ひょっとして……」
清音の目線の方を向くと鈴宮さんがこっちをじっと見ている。まずい、高校生とレジ前でイチャイチャしてると思われてる!?
ち、違うんです! これはこいつがおバカさんなだけで! ええい! 早く会計をせぬか!
「葵ちゃんも隅に置けないねえ~このこの!」
おい、マジでやめろ。ここのコンビニは常連のお客にはひじでぐりぐりしなさい。ってマニュアルがあるのか?
「しっかり働けよ! 俺はもう行くからな!」
「またのお越しを~!」
手を振り見送ってくれた……フレンドリー過ぎるだろ、このコンビニ……。
「鈴宮さん、お待たせしました! これ、使って下さい!」
そっとタオルを肩からかけてあげた。大きめのタオルだから胸元も隠れる。これで透けブラを見なくて済む。
「あ、ありがとうございます。でも坂上先輩も濡れて……」
「大丈夫ですよ、それよりお昼でもどうです? 駅前には結構お店ありますから。なにか食べたいものとかありますか?」
この駅前にはチェーン店とかは少なく、個人経営しているお店が多い。チェーン展開してるお店と言えばさっきのコンビニぐらいじゃないかな?
「そ、そうですね、暖かい物が食べたいかも……です」
鈴宮さんの返事の後に目に入って来たのは雨の降る中、一糸乱れぬ行進で駅前の噴水の前にサングラスをかけた迷彩服の男が現れた。
「ミッション……スタート」
掛け声とともに三人は散っていった……雨の中、ご苦労様です。
「えっと、気にしないでおきましょう。そうだ、俺が良く行くお店でもいいですか? 結構美味いんですよ!」
「あ、は、はい! 坂上先輩の良く行くお店行きたいです!」
あそこなら暖かいメニューしかないし、なによりこの腹ペコの俺には堪らない。よ~し! 決定! ラーメン屋に行こう!
しかし、雨脚は先程より強くなっている。ここで大失態を犯した事に気付いた。
何故俺は自分の傘を買わなかったのだろうか……。
手に持っている一つのビニール傘を持って後悔している。もう一度コンビニに行けばいい話なのだが、また清音に絡まれるのが嫌だ。
「この傘、鈴宮さん用にと思ったんですが……その、一緒に入って店まで行っていいですか?」
これじゃ、最初から相合傘をするつもりで買って来たみたいじゃないか……完全に下衆いと思われてそう。どうして俺はこうも単純なミスばかりするのだろう、仕事だったらこんな事無いのにな……。
マイナス評価だよ……しかし何かする度に下がってないか? もがけばもがくほど深みにはまる蟻地獄のようだ……。
「も、もちろんです! い、一緒に行きましょう!」
ほら、声がどもっちゃってる。すみません、出来るだけ鈴宮さんが濡れないようにしますから。
駅から徒歩三分、いきつけのラーメン屋がある。ちょうど昼時なのだが生憎の天気のせいか、お客は少ないようである。
「す、すごい……」
店の外に置いてあるショーケースに飾られた食品ディスプレイを見て鈴宮さんが声を上げた。
山のように盛られたもやしに肉厚チャーシューが覆いかぶさり、麺の存在はもはや見えない。その圧倒的な外観は見る者の目を引くオブジェとなってる。
もちろん、普通のラーメンもあるのだが、この次郎系と呼ばれるラーメンが人気のメニューではある。尚、唐揚げも絶品である。
「ここ、美味いんですよ! あ、喫茶店みたいにいかつい人が店長じゃないから安心して下さい。あの店だけが異常なんで」
鈴宮さんに声をかけて店の暖簾をくぐった。
ただ、いかつくはないんだけど、ちょっとこの店、面倒ではあるんだよなぁ……。