57話 それぞれの決意
――葵視点
夏が迫る今日この頃、近々梅雨も明ける事だろう。そんな日曜日の夕方、珍しい奴から連絡があった。駅裏のスーパーで働いている中沢だ。なにやら話があるらしく『飲ま飲ま』に来て欲しいとの事だった。
「珍しいな、まあ、ちょうどビールが飲みたかったし、晩飯がてら行ってやるか」
暑い時に飲むビールは格別だからな。今から喉が鳴るぜ!
マンションから出て足取りも軽く居酒屋へ向かい、赤い暖簾を潜った。
「いらっしゃませ、葵さん、あちらで中沢さんがお待ちですよ?」
ハイトーンなボイスがお出迎えしてくれた。相変わらずいつ聞いてもあのキャラを彷彿とさせてくれる。さて、お、いたいた。なんだ他にも誰か居るな?
「おお、葵、こっちこっち!」
「こ、こんばんは……」
……なっちゃん!? どうしたの!? 普通の服着てるし、絶対そんなお淑やかな言葉使わないじゃん!
なっちゃんの見た目は露出は少し高めなものの、夏場である事と一般常識レベルのものであり、特に違和感を感じさせるものでは無かった。普通に綺麗なお姉さんだ。
「な、なっちゃん……どうしたの? お店は?」
「きょ、今日は臨時休業……中沢さんとデートしてたから……」
ああ、それなら仕方無いですね。って!?
「マジっすか!? なっちゃん遂に!?」
「お、おい! 声がでか――大きいですぅ!」
うお、寒気が……。なんですか、そのぶりっ子は……。
「はは、いいんですよ、普段通りのなっちゃんで。そんな肩ひじ張っちゃうと疲れますよ? あ、大将生一つお願いします!」
「ふふ、ご用命、承りましたよ」
俺のお酒を頼んでくれたようだ。それにしてももう目がハートとはこの事だ。しっかりとこのチャンスをものにしてゲットして欲し――
「それにもう俺達付き合ってるんですから」
あ、そう。ゴールしてたんですね。思わずなっちゃんの顔を見たが、それはもう乙女全開であり、顔を真っ赤、お耳も真っ赤にしていた。
「ちゃんと葵には伝えておこうと思ってね」
まばゆいスマイルが俺となっちゃんに当てられた。途端中沢の腕に組みついて顔を埋めた……あの、俺にこの光景を見せる事が拷問になってる事に気付いてくれません?
中沢の腕にしがみついたままなっちゃんと視線があった。
「と、ところで、私達の事はまあ、こんな感じなのですが、葵さんの方はいかがですか? ほら桃華さんと」
「なっちゃん、ごめん、普通に気持ち悪いからいつも通り喋ってくれない?」
一瞬俺に殴り掛かるような姿勢をみせたが、そこは中沢効果でなんとか回避出来た。今後は中沢が居る限り安心だな。
「僕も気になってたんだ。あんな可愛らしい子なかなかいないよ? もちろん、僕にはなっちゃんが居るからね。焼きもち焼かないでね」
「むうぅ……」
おおっ……マジで寒い。本当に今は夏なのか? 大将、冷房効き過ぎてない? なっちゃんの膨らんだ頬の顔が似合わなさ過ぎ……。
「葵、さん?」
「すみません……」
やばい、一瞬目が……。余計な事を考えるのはやめよう。命の危険がある。
話題はなっちゃんと中沢の惚気話がメインだったけど、ひょんな事から俺と鈴宮さんの話にシフトした。まあ別に減るものでもないのし、酔った勢いもありいろいろと喋ってしまった訳だが……。
「未だに手を繋いだだけとは……相変わらず進展してませんね、私達を見習ったらどうです?」
「でも僕はいいと思うよ? じっくり温めている恋って感じでさ」
「そうですよね~! 私もそう思いますぅ~」
最近の俺と鈴宮さんの話をしたんだが、簡単に手の平返しするなっちゃんが見れた。もうこの人は完全に盲目になってると思う。目薬差しますか?
でも中沢が良い事を言った。じっくり温めるか……正直いままでいろんな事があったけどもいまいち成果を出せていない。むしろマイナス要素の方が多い気もする。
だけど、一緒に仕事をしたり出かけたりと接する機会は増えている。次のキャンプがターニングポイントになると俺は睨んでいる。ここでダメなら、俺は鈴宮さんを諦めようと思う。
「頑張って下さいよ! 葵とあの子はお似合いだと俺は思ってるからね。さてと、じゃあ大将、久々にコラボします?」
「お~ほっほっほ。いいですね、今日はおめでたい日みたいですし、私も一肌脱ぐとしましょうかね? 初めてですよ、この姿を見せるのは」
いや、Tシャツ姿になっただけじゃん……。しかもTシャツの色が紫色って、結構奇抜なセンスをお持ちで。まあ、彼を意識してるんでしょうけど。
その後、中沢と大将のボイパBGMと奇声で飲ま飲まは大いに盛り上がった。
「葵と桃華はあたしの可愛い弟と妹だ。くっついてくれたら、あたしは……今と同じぐらい嬉しいからな」
そっといつもの口調でなっちゃんも応援してくれた。よし、今度のキャンプ、男、坂上葵、やってやりますよ!
ジョッキに注がれたビールを喉に流し込み、決意を新たにした。
――桃華視点
「も~も~か~ちゃん!」
毎週日曜日に安定して家に居座るようになった沙織……もう家族公認になってる。そんな綺麗な顔をした子がだらしなく口元を緩めている。
美人なんだから……まあ、それでも美人である事が揺るがないのが沙織のポテンシャルの高さなんだけど。
「な、なに……」
とはいうものの、聞かれる事は分かっている。先日、葵先輩と一緒に回った外回り先で沙織とばったり出会った。それ以外あり得ない。
部屋に用意したポテチを頬張って冷静を保とうとしているんだけど、沙織からのプレッシャーが半端じゃない。
「さ、沙織さん? なんかすごく興奮してるみたいですけど……」
あ、咲矢には言って無いんだ。
「ふ、ふ、ふ。咲矢君、私、見ちゃたの! 葵先輩を! しかもほら! 名刺もあるんだよ!」
高らかに掲げられる名刺……それ下さい。おいくらですか? などと冗談を言ってる場合じゃ……いや、くれるなら本当に欲しいんだけど。
「すっごくかっこよかったよ! 背も高くて、眼鏡の似合う人だったよ。しかも敏腕! うちの上司をあそこまで言いくるめた人って初めて見たよ!」
えへへ、そうでしょ? 私の自慢の先輩なんですから!
「……ふ~ん」
あら、咲矢が拗ねてる。沙織が葵先輩をベタ誉めするからだよ。
「ご、ごめん! 咲矢君! そんなつもりじゃないの! 桃華の彼氏が想像を超えたハイスペックの持ち主だったから。私の一番は咲矢君だよ!」
ほっぺに軽くちゅっとされた咲矢は少し締まりの無い顔をしていた。あれでも懸命に堪えているんだと思う。というか人の部屋で毎度毎度イチャつかないで欲しい。
「それにしてもあれが葵先輩かぁ……でもあれだけの人なら周りもほっておかないんじゃない? 競争率高そうだよ?」
「うん……私が知りうる限りでは女子高生とか、沙織みたいな上司とか、綺麗な人が沢山いる……」
「ほう、女子高生に沙織さんみたな年上の上司さんか、それは――」
「咲矢君……ちょっと後で話があるんだけど?」
今度は立場が逆転しちゃってる。ほんと自分の部屋でそういうのはやって欲しい。
でも沙織の言う通り今回のキャンプはチャンスだと思う。これを逃したらきっと課長さんに取られちゃう。そういえば清音ちゃんは上手くいってるのかな……。
「ねえ、桃華? ちょっと聞いてる?」
「ふぇ? う、うん! 今度のキャンプでは失敗しないよ! 私も頑張る!」
『……キャンプ?』
はうぅ!? しまった! また喋っちゃた! うう、私ってば……。
その日、根ほり葉ほり状況を聞かれた上にいろんな作戦を伝授された……応援してくれるのは嬉しいんだけど、ちょっと具体的過ぎて身じろぐ所もあった。
ねえ、あなた達っていつもそんなロマンチック&恥ずかしい事してるの?




