56話 拗ねちゃって失敗
――桃華視点
定時を少し過ぎ会社へと戻ってきたんだけど、課長さんと梓先輩はすでに帰ったみたい。先にCHICKに行ってるんだと思う。
それにしても少し、ううん、最上級に残念……折角お食事に誘ってくれたのに。梓先輩……ほんとタイミング悪いですよぉ。
少しデスク周りを片付け、葵先輩と一緒にCHICKに向かう事になったんだけど、せめてもの救いはまだ葵先輩と一緒に居られると言う事かな……。それにしても何の用だろう。会社の外で待ち合わせだからお仕事の事では無いんだろうけど。
葵先輩の少し後ろについて歩いていると新しい発見があった。時期的に気温が高くなって来ているのでジャケットを脱いで半袖のカッターシャツになっているんだけど、背中が……逞しいですぅ!
ずっと見ていられます! あ、でもこれって……胸を見られるのと一緒じゃ……。わ、私は隠しちゃったけど……でも、魅力的って言われたし、ちょ、ちょっとぐらいなら……うん!
そんな背中を追って歩いていると名残惜しいけどお店に着いてしまった。残念だけど背中観察はここまでかぁ……。
「葵~、桃華ちゃん~、こっちこっち!」
梓先輩の顔が顔を出して手招きしてるのでそのまま葵先輩と向かうと、テーブルに沢山の旅行雑誌や資料のようなものが置いてあった。山や川の絵が多いように思うけど……。
席に座ると微かに震え、目が虚ろになっている葵先輩が居た。こめかみからは汗が伝い随分顔色が悪そうに見える。
「葵先輩? ど、どうしたんですか? あ、汗凄いですよ!?」
「あ、い、いえ……あ、雨に濡れたんですよ……は、ははは……」
傘、ちゃんと差していたの後ろから見てましたよ? 完全に冷や汗だと思われるんですが……。
「ごめんね、お仕事帰りに呼びつけちゃって。課長にバレちゃうと一緒について来ちゃうからこのタイミングがベストだったんだ。ひょっとしてどこか二人で行く予定だった?」
「い、いひぇ!? そ、そんな事なかったです! ね、ねえ、葵先輩!?」
「あ、ああ! そ、そうだぞ? ちゃんと会社に戻る予定だったし!」
梓先輩、私の為に気を回してくれてたんだ……こ、これはお食事が無くなっちゃったけど文句言えないかな。
あ、でも梓先輩笑ってる……きっと勘のいい人だから気付いてるんだろうな……。
「ふふ、ごめんね、お邪魔しちゃって。いきなりだけど、桃華ちゃん、一緒にキャンプ行かない?」
やっぱり、気付かれて――え? キャンプ? あの自然の中で遊んだり寝泊まりするものですよね? と言う事は葵先輩も? きゃあ~! 行きます! 行きますぅ! またお泊り出来るじゃないですかぁ!
「キャ、キャンプですか? 経験は無いですがとっても楽しそうですね!」
うふふっ! 大自然の中で葵先輩とのんびり過ごすだなんて……し、幸せ過ぎますぅ~!
「ダ、ダメだ! 鈴宮さんをそんな危険な場所に連れて行く訳にはいかない! 何が起こるか分からないんだぞ!?」
「えっ……」
小さく声を漏らしてしまったけど、聞こえなかったのか、葵先輩が真剣な表情で梓先輩にかけあっている。一切笑って無いし、とてつもない緊張感みたいなものを感じる……。
な、何が起こるか……分からない? ダ、ダメですよ! そんな破廉恥ですよ!? で、でもこれがきっかけになって……。
「で、で、で、でも……わ、私は、別にそれでも……か、か、かっ」
だめぇ~っ! 恥ずかしくて言えないですよぉ。なんかラップ調みたいになりましたよ!?
店長さんがお水を持って来てくれたので落ち着く為に頂いた……危うくいろんな意味で爆発しちゃうところだった。
お代わりのお水を注ぎ、口に付けようとした時だった。
「梓、はっきり言うぞ。鈴宮さんは連れて行けない。行くなら俺と二人でだな――」
「はぅぅ……そ、そんな、酷いですぅ……」
咄嗟に感情を口に出してしまった。どうして梓先輩と二人で行っちゃうんですか!? おかしいですよ! 私だってここに居るんですよ!?
奥の方から店長さんが珈琲を持って……いいですよ! 私怒りましたから! 店長さんに報告しますもんね!
「て、店長さん! 梓先輩が葵先輩とふたりでお泊りキャンプに行こうとしてます! ダメですよね!? ね!?」
思わず店長さんの腕に飛びついて二人きりのキャンプをやめてもらうように訴えた。彼氏さんが居るのに他の男の人と二人きりになるなんて許さない筈!
「じょ、嬢ちゃん、落ち着け。葵と梓は毎年二人でキャンプに行っている。それは俺も知ってる」
「ま、毎年……そ、そんなぁ……」
でもその野望は簡単に崩れ去った……しかも衝撃の事実、毎年って。梓先輩、やっぱり葵先輩の事好きなんじゃないですかぁ。ダメですよぉ、店長さんが居るじゃ無いですかぁ。それ店長さんも許可したらダメじゃないですかぁ。
力が抜け、するすると店長さんの足元に崩れ落ちた……葵先輩、人気者過ぎますよぉ……。うう、今からでも遅くありません! いや遅いですけど止めて下さい! ね、お願いしますぅ!
必死に店長さんに訴えてみたけどなんか店長さんが青くなってた。どうやら梓先輩が怒ってるみたい……あ、私、梓先輩の彼氏さんにベタベタと。
すみません! わざとじゃ無いんですぅ! で、でも梓先輩も葵先輩と仲良くイチャイチャ――嫌! 考えたくない! 二人がそんな、そんな……。
「とりあえず、席に着きましょう。ほら、店長が珈琲持って来てくれましたから」
「は、はい……」
葵先輩が優しく声をかけてくれた……諦めて欲しい訳ですね。はい、分かりました……私は待ってます。その代わり、またお泊りさせて下さいね……。
完全にキャンプを行くのを断念した。葵先輩はテーブルの上にあるキャンプの案内を見て少し驚いた顔をしていた。
いいですね……楽しんで来て下さい。お土産はその写真にある川の石でいいですから。
「ど、どうですか? 鈴宮さんも一緒に行きませんか?」
初めて葵先輩に対してムカッとした。さっきまで連れて行ってくれないって言ってたのに。今更もういいですよ!
「梓先輩と二人で行くんでしょ……お邪魔したら悪いですから」
つい思ってもいない事を口走ってしまった……ほんとはやだ、行って欲しく無いし二人きりなんて辛過ぎるよぉ。どうして私、変な所で意地張っちゃたんだろう……。
「もう、桃華ちゃんも拗ねないの。それに葵、ショック受け過ぎ」
「す、拗ねてません! ちょっと寂しかっただけです!」
ああ、こんな事を言いたい訳じゃ無いのに……。ええ、拗ねてますよ。梓先輩と仲良くしている葵先輩を見て。胸が締め付けられてく、悔しくて。やっぱり私なんてどうでもいい存在としか思われていないんだ……。
うう、負けないもん……負けない……もん。でも心が持ちそうに無いよぉ……。
悲しみから体は小さく震え涙がこみ上げて来た。小さく鼻をすすり、懸命に堪えた。
「すみません、俺、鈴宮さん事が心配で。梓とのキャンプは本気で命がけなんで……そんな所に大事な鈴宮さ――」
耳を疑う声が聞こえた。心配してくれてる……そして最後……。
「だ、大事、ですか……?」
確かに言ってくれた。大事……わ、私の事を!? ほ、ほんとなんですか!?
「だ、大事な後輩にそんな過酷な事をさせる訳には行きませんからね! ははっ!」
少しがっかりした……大事な後輩、ですか。うん、後輩です。間違い無いです。それでも心配してくれた事は事実だし、ちゃんとお礼だけは言っておこう。もう、嫌われちゃったかな……こんな可愛げのない女の子なんて……。
「そ、そうだったんですね……お気にかけてくれありがとうございます」
自分で言っていながら情けない返事。葵先輩にとっては私は下の下……扱いとしてはそんなもんだよね……。
その後、資料を渡されたので見た所、これがまた豪華な物で必要な設備が全部揃ってる。こ、これってキャンプって言わないんじゃ……。木で作られたお家だけど中身は今住んでいる環境と大差無いような。
「どう? これがコテージなの。結構なんでも揃って便利でしょ? さっきの態度はマイナスよ? それにほら見て、BBQテラス、ここで食べたりお酒飲んだり出来るの! 後、コテージの二階は寝室ルームになってるし、窓から星も見えるよ~。素直に行かなきゃね!?」
会話の中に紛れて梓先輩からの警告がいくつか混じっていた……でも葵先輩にバレ……てないみたい、珈琲飲みながら別の資料を見ている……。
はい、反省してます……私もキャンプ行きたいです! 素直になります!
「お、いい感じだね。ここも捨てがたいだけどどう?」
「はい! うわぁ~綺麗な川があるんですね!」
笑顔、私には梓先輩や課長さんみたいな美貌はないんだから笑顔だけは絶やさないようにしなくちゃ! いつまでも子供みたいな事してちゃダメだよね。うぅ……また葵先輩との溝開いちゃったよ……。




