5話 桃華ちゃん、お礼に出向く!
――桃華視点――
「どうしよう……どれを着て行こう……」
クローゼットと全身が映る姿見用の鏡の間を往復する事30分、いろいろな服の組み合わせを試した結果、ベッドは服だらけになり、鏡には下着姿で項垂れている自分の姿が映っていた。
今日は昨日お借りしたシャツを坂上先ぱ……ううん、あ、葵先輩の服を返しに行くんだけど、着て行く服が決まらないよぉ……べ、別にいいよね? 下の名前で呼んだって。心の中で思うぐらいは。
「スカートがいいのかな? パンツがいいかな……上はどうしよう、ジャケット? カーディガン? こうなったら、いっそスーツで! いや、ダメダメ! それは一番してはいけない選択肢だよ……あ~あ! どうしよう!!」
このままじゃ服を選ぶだけで一日が終わっちゃう……。
悩みに悩んでると部屋のドアが開いた。
「休みの朝っぱらから何を騒いでるんだ? って! なんで裸なんだよ!?」
「きゃっ! 勝手に入って来ないでよ! それに裸じゃないでしょ!?」
いきなり部屋に入って来たのは弟の咲矢だった。友達曰く、容姿端麗でイケメンと声を揃えるが、私にはどこがイケメンなのか全く分からない。この春から大学生となっているが、そちらの方でも人気があるらしい。
まあ家族だし毎日顔を合わせてるからそこに意識した事はない。可愛い弟ではあるけど。
「しっかし、また派手に散らかし……あっ! もしかしてデートか? 姉ちゃんにも遂に春が来たんだな! 姉ちゃんってば可愛いのに男っ気一切無かったもんな! ほんと不思議だよ。ある意味レッドリストの保護対象動物だよ?」
この子はほんとに……ちょっとモテるからって! それに例えが酷過ぎる! 誰が絶滅危惧種ですか! わ、私だって恋ぐらいするもん! ただ、いい人に出会えなかっただけで……。
そんな暴言に近い言葉を吐きながら、咲矢はベッドの上の服を物色し始めた。
よし、お母さんに全てを伝えよう。
「ほい、このシャツにこのスカートを合わせれば、姉ちゃんの魅力を存分に出せると思うよ」
下着姿の私に選んだ服を投げ渡して来た。薄い青色のシャツに白色のフレアスカートだった。
服を選んでくれてたのか……た、確かに色合い的にも初夏を感じさせるような組み合わせだ、この子、中々センスがあるじゃない。お母さんへの報告は取消してあげよう。
「春のコーデとしてはそんな感じでいんじゃない? 清涼感と透明感が出るよ。後、いつまでもおっぱい出してたら風邪引くよ? じゃあ俺、出かけてくるから!」
「出してません! ちゃんとブラしてるでしょ! というか家族とはいえ、女の子の部屋に入って来てその言動は完全にNGだからね! 後でお母さんに言うからね!」
最後にセクハラがあったのでやっぱり報告しよう。
その後、咲矢はその場で足を畳んで頭を下げた。全く……まあ、即座の謝罪と服を選んでくれたから許してはあげた。
我ながら寛大な姉だと思う。
「いつも通勤に使ってる道だけど休みの日に通るのは初めてだなぁ」
周りに聞こえない程の小さな声で独り言を呟いた。
会社のある最寄駅は休みの日だとまた違った風景に見える。何よりスーツの人が少ないし、電車も空いていた。それでも駅前は活気があり、人通りも多いので昨日みたいに事にはならないと思う。
少し大きめのバッグには昨日お借りたシャツが入っている。昨晩の内に洗濯して干して置き、今朝入念にアイロンをかけておいた。しわ一つ残さずに。お母さんがにやにやしてたのがちょっと嫌だったけど。
……後、洗濯する前にちょっと抱き締めていたのは内緒にしておかなきゃ。確実に変な子と思われちゃう。
「確か……あ、あった! このマンションだ!」
まるで宝物を探し当てたかのような胸が踊るテンションになった。
マンションのエントランスに行くと部屋の番号を押す呼び出しがあったのだが、ちょうど宅配のお兄さんがロックを解除した所であった。台車には荷物が何点か乗ってるので順番に配っていくんだろうな……。
えっと……マンションってあまり知らないんだけどこの場合入っていいのかな? でもそれじゃあセキュリティの意味が無さそうだし……。
そんな事を考えていると自動ドアが閉まり、再びロックされてしまった。
「あ……閉まっちゃった。えっと、部屋番押せばいいのかな……?」
「どうされました? 何か御用ですか?」
振り返ると恐らくマンションの管理人さんらしきおじいさんが声をかけてくれた。ユニフォーム的な服装なので間違いは無いと思う。
「あ、あの! 302号室の坂上さんに……」
「ああ、葵ちゃんの友達? いや、彼女さん? なんだ、葵ちゃんも言ってくれればいいのに」
か、か、彼女!? い、いえそんなんじゃないんです! そ、その出来ればそうなれたら嬉しいなぁ~とはちょっとは思ってますけど。で、でも昨日初めて喋ったぐらいですから、その、だ、段階を追ってですね……。
「はい、エレベーターは付きあたりを左だよ。そうか、葵ちゃんに彼女か……おっと、年寄りの話なんかより彼氏さん早くに会いに行っておあげ。ほっほっほ」
管理人さんはエントランスの呼び出しボタンの横にある鍵穴にキーを差し、自動ドアを開いてくれた。
「あ、ありがとうございます!」
か、彼女じゃないんですけど、ま、まあいいかな? なんか嬉しいし! でも管理人さんまで葵って……わ、私もそんな風に呼びたいな……。で、でも間違って本人の前で言わないようにしなきゃ! いきなり名前を呼ばれたびっくりするだろうし。
エレベータで三階まで行くと坂上さんの部屋の玄関の前で、先程の宅配のお兄さんがチャイムを何度か鳴らしていた。
「あ~、留守かな? じゃあ、次の階に……あ、もしかして坂上さんのお宅の方ですか?」
宅配のお兄さんが声を掛けてきた。
「あ、いえ、私も坂上さんのお宅に用事がありまして」
「ああ、そうなんですか、失礼しました。でも留守みたいですよ? 何度チャイムを鳴らしても出ませんでしたし。それでは」
そういうとエレベーターの方に向かって台車を押して宅配のお兄さんは去ってしまった。
そうか……留守なのか……お休みだしどこかお出かけしたのかな? お相手は、か、彼女とかじゃないよね? ううん、彼女は居ないって梓先輩が言ってたし。
で、でもお友達とかならあり得るかも……彼女候補とか居るかも!? ああ、梓先輩にもっと詳しく聞いておくべきだった!
玄関の前に立ち、一応念の為にチャイムを鳴らしてみた。やはり出てこない。
なんだろう、残念なんだけどちょっとほっとしたような……うん、また今度にしよう。昨日の今日でいきなり現われても葵先輩びっくりするだろうし。それに梓先輩からいろいろ聞いてみたい事もあるし。そうそう、今日が最後じゃないもん。
居ない事は分かってるけど、もう一回押しちゃえ! 葵先輩の家に来た記念に!
ボタンを押し、呼び出し音が鳴った。
よし、今日は帰ろう、ここまで来れただけで満足――
「はい! どなた!?」
「ひっ! あ、あの……」
葵先輩出てきたぁ!? なんか怒ってますぅ!? しかも居たんですか!? さっき宅配の人来てましたよ! ど、どうしよう! 完全に油断して、お、落ち着くのよ桃華! そう、憧れの私服の葵先輩をしっかり見て――あ、口元が紫色に、きっと昨日の……長袖のシャツとそれにパンツが……パンツぅ!?
「きゃああ!!」
葵先輩! パンツ! パンツ丸見えですぅ! 咲矢のは見慣れてますけど、それは家族であるからであって! そのあのその、葵先ぱぁい!? ラフ過ぎますぅ~!!
「ちょ、ちょっと待ってて下さいね!!」
勢い良く玄関のドアが閉められた……私、どうしよう……葵先輩のパ、パンツ見ちゃった……。お、おかしいな、咲矢じゃ全然恥ずかしくないのにどうして葵先輩だとこんなに……。
再び玄関が開いて部屋に招き入れられたんだけど、なんて声をかけたら……あまりの衝撃に頭が回らないですぅ……ずっとさっきのパンツ姿が……。
って! ダメダメ! 何考えているの私は! これじゃただの変態だよ! そう、折角また部屋に入れてもらえたんだから。それに急に訪ねて来たんだからちゃんとお詫びしないと!
「あ、あの、すみません、急に訪ねてしまって」
あ、まだ昨日のお姉さんのDVDが……む、胸、大きいお姉さん……胸が大きい女性が好き、なのかな? わ、私、大きい方ってよく言われるけど、こ、好みのタイプなのかな?
「い、いえ、こちらこそすぐに出れなくて」
何枚かあるみたいだけど、どれも胸の大きいお姉さんばっかり……あ、ダメ! こんなにじっと見てたら! 目の前に葵先輩が居るのに! ますます変な子と思われちゃう! 淫乱な子って思われちゃうじゃない! バカバカ! 私のバカぁ~! 坂上さん、ちゃんと直してて下さいよぉ……。
でも、待って。お姉さんのDVDがあるって事は……彼女が居ないって事じゃない!? 女の子のお友達も! じゃないとあんな風に置いておかないと思うし……。
「す、鈴宮さん!? 朝食は食べました? 俺、おすすめの店知ってるんでご一緒に如何ですか!?」
え? えええ~!? いきなり、デ、デートのお誘い!? 嘘!? 今日は借りたシャツを返すだけと思ってたのに! 行きます! 是非行かせて下さい! やったぁ~!
「え、ええ!? よ、喜んで!」
声、裏返っちゃった。葵先輩とデート……こんな展開になるなんて……。神様、ありがとうございますぅ!