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43話 結城課長の過去

 

 ――葵視点


 課長は泥酔している訳では無いが、とにかくお酒に弱い。あのままベンチに放置しておくときっとその場で寝て朝を迎える事になる。


 流石に年頃のお姉さん、ましてや上司を放っておく訳にはいかないので酔いが覚めるまで家で休ませようと思ったんだけど……まさかの即寝とは。


「とりあえず、風呂に入るか……」


 とは言っても面倒だからシャワーで済ますけどね。


 

 シャワーから上がり課長の様子を見て見たが、しっかりと掛け布団をかぶって寝ているみたいだ。


「う~ん、良く寝てるな……まだ終電までは少しあるけど、流石にこのまま朝を迎えてもらう訳には――」


 違和感を感じた。さっき課長は俺のベッドの上で跳ねていた……そしてそのまま即寝、掛け布団の上で。何故に布団をかぶっている? ひょっとして起きた?


「あお君のにおい~吸着~」


 全身に布団を絡めてにおいを嗅いでいた。ちょっとしたホラーですよ、そういうの……。


「やめて下さい。もう大丈夫そうですね。それじゃあ、駅まで送りますね」


「桃華ちゃん、あお君の事好きみたいだね。ねえ、あお君はどうなの?」


 それは無いでしょ……だってあの態度は好きとは真逆の態度ですよ?


「それにダメだよ~、女の子泣かしちゃあ~!」


 貴女が引っ掻きまわしてるんでしょうが! それに梓も勘違いしているようだけど、俺と課長の間にLOVEは無い。


「あのですね! いつも課長が勘違いさせるような言動を取るから周りが誤解するんですよ!?」


「え~、じゃあこれからは『しゅきぃ~』て言う~」


 あのね一緒……。普通にして下さい、普通に。


 一人でくねくねしている姿に肩を落としながら昔の事を思い出した……。



 課長のスイッチがOFFの時、幼児退行してしまう。だけどこれには理由がある。梓が入社する前の話で当時まだ右も左も分からない俺は課長の下に付いていた。課長はがむしゃらに仕事をしていた。その綺麗な髪も肌もボロボロにしながら。


 その風貌や業務姿勢からか、社内で課長に声をかける人は少なく、また性格も刺々しいものだった。


 その下に付けられた俺は入社当時、本気で仕事をやめようと思ったが、日々の仕事振りを観察しているとかなり手間がかかる仕事のやり方だと感じていた。


 でも当時俺は新入社員に毛が生えた程度の存在。仕事の事をとやかく言える立場では無く、ひよこの俺は実質役に立っていなかった。


 そしてある日、堰が決壊した……課長は頑張り過ぎた。欠勤が続き、会社に来なくなった。その時、当時の課長、今の部長だが、俺に一つの仕事を出した。


『結城君の家に行ってフォローしてあげて。坂上君なら大丈夫と思うから~』


 その時から俺は心の中でちょび髭と呼ぶようにした。常識的に考えてまず新入社員が先輩のフォロー、ましてや女性、その上精神疾患の人をどうにかして来いなど、出来る筈が無い。


 この会社はブラックな上司が居る。そう判断した瞬間だった。


「分かりました……」


 とは言うものの従うしかなかった。だが万一訴えられれも上司のせいにするつもりだったし、それに何より……俺の先輩が困っているなら助けたい。その思いがあったから引き受けた。


 課長……当時の呼び名で言う結城先輩の家に行き、チャイムを鳴らしたけど一切の反応が無かった。一人暮らしをしていると聞いていたけど、ひょっとしてここには帰っていないのかと思ったが、一応ドアノブに手をかけると、すんなりとドアが開いた。


「不用心……すぎませんか?」


 どうやら俺の罪状に不法侵入も追加されたようだ。だがもうここまで来て引く訳にはいかない。


「結城せんぱ~い、坂上ですが……いらっしゃますかぁ?」


 声に反応は無かった。部屋は散らかり倒しており、カーテンも固く締められ昼間なのに薄暗い。


「う~ん、やっぱり居ないのかな……結城先輩、一体何処に……うわぁっ!!」


 部屋の片隅に膝を抱えて座り込みこちらを見ている人影があった。会社に居た時よりも容姿は崩れ、頬はこけ、着ている服はシャツ一枚であった。


「結城先輩!? 何してるんですか! 大丈夫ですか!? こんなになって……待ってて下さい! すぐ戻って来ますから!」


 言葉を置き、俺はコンビニにダッシュした。歳は22歳。あの時の俺のダッシュ力といったら自分でも驚くほどのスピードだった。


 コンビニ着くと飲み物、食べもの、日用品などを手あたり次第突っ込み、かご二つ満タンにして会計を済ませた。軽く一万は超えていたと思うけどあんまり覚えていないし、おつりを受け取る時間も惜しかったので、『おつりはそこの募金箱に全部入れといて! それじゃ!』と走り去った覚えがある。


 何かの役に立てたなら本望だ……。


 急ぎ戻り結城先輩の元に戻り、部屋のカーテンを開け、光を入れると眩しそうにする姿と同時にやせこけた女性が映った。シャツを着ているだけでズボンは履いておらず生足と太ももが丸見えだった。


「ちょっ!? 先輩っ! 流石にそれはまずいです! えっと、し、失礼しますね!」


 申し訳無いが衣装タンスを開けて服を探した。


「うぐっ! ここは下着……じゃないとりあえずズボンを!」


 開けた場所が下着が詰まったエリアで1秒ぐらい静止したけど即座に再起動し、無事スウェットを見つけた。


「これを履いて下さい! それと――」


「何しに来た……帰れ……もう関わるな……」


 感情も無く弱々しい言葉で伝えられた。なので答えてやった。


「無理っす! 嫌っす! 俺はこの状態を放置出来る程腐ってはないんで!」


「こんな事して、お前に何の得が――」


「損得の問題じゃないでしょ!? あと俺は料理出来ないんで食い物の文句は聞きませんよ!? あ、でもとりあえず胃に優しそうなうどんのやつを用意しますから!」


「お、おい。やめ――」


「やめないっすよ! 結城先輩は俺に迷惑をかけたんですから俺も迷惑をかけてやりますから!」


 スマホを取り出し会社へ、課長に電話をかけた。


『は~い、どうしたの坂上君~』


『今から有給全部使うっす! 無くなったら欠勤するっす! でもクビにしないで! それじゃ!』


 一方的に用件を伝え、電話を切った。


「お、おい、お前、何考えて……」


 ゆっくりと立ち上がった姿を見るとあろうことかパンツが丸見えになっていた。


「いいからささっとそのズボン履いて下さい! 見えてますよ!」


「あ、ああ……」


 そういうとやっとズボンを履いてくれた。初めて女性の生のパンツ姿なんて見たぞ……。



 お湯を沸かし、うどんのカップ麺に注ぎ飲み物と一緒に持って来た。テーブルの上も中々に散乱した状態であったが、とりあえず地面に全て置き、スペースを作った。

 

「何はともあれ腹ごしらえして下さい。熱いですのでゆっくり食べて下さいね。ちなみにそのうどんはお揚げがふっくらジューシーで美味いんで」


 結城先輩がうどんを食べている間、俺は部屋の片づけをすることにした。さっきコンビニで買ったゴミ袋を用意し、改めて部屋を見渡すと散乱したゴミはコンビニ弁当やペットボトル、衣服などがあちらこちらに散乱していた。


「これは……手ごたえがありそうですね」


 スーツのジャケットを脱ぎ、ネクタイを外し、シャツの袖をまくった。俺は料理はからっきしだし、掃除もそれほどだが、やるしかない。


 ゴミをまとめ、部屋を掃除し、洗濯物をまとめた。下着に触った事は容赦願いたい……。


 そんな様子を結城先輩は無言で目で追っていた。



 ひとしきり部屋を片付け終わり、俺もコンビニで買って来た飲み物を飲んで一休みしているとやっと声がかかった。


「変なやつだな……こんな汚い女がいいのか?」


「何言ってるんですか!? そんな下心は無いですから!」


 正直、食事の質は片付けてて分かったけど、俺が買ってきたコンビニ製品と大差無い。なんとかしないと。仕方無い、あいつを頼るか。


「じゃあ、とりあず今日は俺、帰りますから。お風呂にも入って下さいね」


「もう来るな……」


 そう言う訳にはいかない。毎日通ってやる! 




 規則正しい縄の打ち付ける音、不規則に響く重い音、そして独特の匂いのある空間。俺が通っているボクシングジムの光景だ。自宅への帰りに少し寄り道した。


「よお、葵。どうだ? スパーリングでも」


 細身で脂肪が全く無く、流れる汗は着ているTシャツを濡らして肉体美が浮きだっているスーパーボディの持ち主。和夫だ。


「いや、今日はちょっとやめておく。それよりもちょっと和夫に頼みがあるんだ」


 和夫の完璧なボディの裏には完璧な食事があると俺は睨んでいる。今の結城先輩にはコンビニ弁当なんかじゃダメだ。栄養のバランスが整った料理が必要だと思ったのだ。



「なるほどな、栄養満点な料理か」


 事情を話し、相談させてもらった。ちなみに後ろでサンドバックを叩く音がうるさい。勝手な理由だが、話している最中は遠慮して欲しいものだ。


「もちろん構わないぜ? タッパーかなんかに入れて持っていくか? しかし相変わらずのお人好しだな、葵は」


「仕事だ、仕事。だが無理を言って済まないな。もちろん金は払うからしばらく用意してくれないか?」


 そういうと少し湿ったバンテージをした手で俺の胸元を軽く叩いてきた。


「そんなもん要らねえよ、任せときな!」


 いやん、男前! 惚れてまうやろ!


 とりあえずこれで食事の方はなんとかなった。あとは精神状態なんとかしないとな……。


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