41話 胸騒ぎの信ぴょう性はサイズで決まる?
――桃華視点
午前中は綺麗にサボって午後から2件のお得意様を回ったところで帰社してきた。でも一日外に居て契約は2件持って帰ってきたけど怒られないかちょっと不安……。
オフィスに入ると梓先輩が課長さんに報告をしたんだけど……。
「ただいま戻りました。外回りでの営業8件と契約を2件頂いて参りました。明日、早速見積書を作成し、クライアントの方に送付します」
嘘付いてる!? そんなに回ってませんよ!?
こ、これが社会人……。
梓先輩と課長さんが今後の仕事のやりとりを話し終えたようなので改めて挨拶をする事にした。朝はあんなんだったんで既に印象最悪だとは思うけど、なんとか修正していかなきゃ……うう、自分の軽率な行動が悔やまれるよぉ……。
「あ、あの! ご挨拶が遅れました! 先日配属されました鈴宮桃華と申します!」
自己紹介に謝罪の念を込め、精一杯の挨拶をした。うう、怖いよぉ……足も震えちゃう……。
きっと『いつまでも学生気分でいるのね』とか『最近の若い子は』とか言われるんだろうな……。でもこれは自分で蒔いた種だし、私の責任。マイナスのスタートだけどこれからコツコツ積み上げて――
「これから宜しく頼むわ。分からない事があったらなんでも聞いて。聞く事は恥ずかしい事じゃないからね」
想像していた返事とは真逆の答えが返ってきた……私の中で課長さんの存在というものが大きく変わった瞬間だった。この人、器も大きい……。
「は、はい! ご教授の程、宜しくお願いいたします!」
「そんな固くならなくていいわよ、肩の力を抜きましょ」
うう、私との差がまた浮き彫りになっちゃった。ほんと素晴らしい人だよ……勝てないよぉ……ううん、が、頑張るもん! さっき梓先輩にも言われたし、私だって、私だって!
「鈴宮さん、ちょっといい?」
気を持ち直そうとしているところで新しい負の感情が襲ってきた。心臓を鷲掴みにされた気分だった。
葵先輩がこちらを見て……眼鏡の奥にある目を見るのが怖い、課長さんを前にした時よりも……一番怒られたくない人に、怒られる……。
朝の態度だ……きっとそうに違いない。失礼な言葉使いに愛想も無かった私、いつもあんなに親身になって自分の事を後回しにしていろいろ教えてくれたのにも関わらず、私はそれを裏切った……。
「……は、はい」
声を絞り出した。葵先輩がこんなに怖く感じるなんて……。
葵先輩の態度について梓先輩と課長さんが葵先輩に注意していた。でも待って下さい、葵先輩は何も悪く無いんです。何処からどう見ても悪いのは私なんです。だから……。
「だ、大丈夫です……すみませんでしたぁ!」
まずはしっかり誠意を見せて謝らないと。嫌われちゃう……不謹慎だけど、それこそ社会人としておかしい事は分かってるけどそれが一番怖かった。
涙が出て……ダメ! これはお仕事! こんな事で泣いてちゃ! 堪えないと!
そのまま葵先輩に言われ会議室へと向かう事になった……覚悟は出来てます。私、全て受け入れます。しっかり叱って下さい!
会議室に着くと葵先輩は珈琲を入れ机に置いてくれた。でもとてもじゃないけど口を付けるような気分じゃない。これから注意される身なのに……。
でもしっかりとお顔を見ないと。いつまでも下を向いてる訳にはいかない! しっかり反省しないと!
顔を上げると随分困った顔をしている葵先輩が居た。大丈夫です、遠慮はいりません! いつでも来て下さい!
「鈴宮さん、課長の事ですが。大体は梓から聞いてくれましたか?」
体が痙攣したかのように震えた。それと同時に溜まっていた涙が流れ落ちた。
私の業務態度の事じゃ……ない? 課長さんの事? ま、まさか……葵先輩から二人の関係を聞かされる?
嫌……聞きたくない……。梓先輩は諦めちゃダメと言ってたけどそれは葵先輩の気持ちは加味されてない。葵先輩から諦めてくれと言われる可能性もあるんだ……。
「あ、あの? ど、どうしたんですか?」
私の動揺に心配してくれて声をかけてくれた。でもこれから聞かされる事実……それで私の心は完全に砕かれる。
だけど……ううん、だから最後に口に出して伝えます。未練を一切残さないように。葵先輩、課長さんと仲良くして下さい、私も応援しますから……。
だから……だから言わせて下さい! この想いを!
「――好き」
噛まずに言えた。声の大きさもそれほどでも無く、ロマンチックの欠片も無い。でも初めて面と向かって、ちゃんと言えた……。
「ええ、そうなんですよ。あ、でもあれは気にしなくていいですよ! 挨拶みたいなもので一種の病気だと俺は思ってま――」
「私が――好きなんです!」
もう! このタイミングで鈍感さを出さないで下さい! この前まで物凄く敏感に察してたじゃないですか! 流石に怒りますよ!?
「そ、そうですか、でも良かったです。普段の課長は結構きつい感じがしますけど、あれで結構いろいろと考えてくれてるんですよ? まあ、スイッチが切れると極端に性格が変わりますけどね」
葵先輩、私が課長さんの事を好きだと勘違いしてる!? どうして、どうして伝わらないんですか!?
そんな時、終業のベルが聞こえて来た……のと同時に会議室のドアが開き、梓先輩と課長さんが入って来た。
「葵……何したの?」
「あ~! 新人ちゃん泣かしてるぅ~! い~けないんだいけないんだ!」
梓先輩は指を鳴らしながらこちらに歩んで来て課長さんは……なんか子供っぽくなってる!? さっきまでの毅然とした態度とはまるで違う!?
そ、それよりも、私頑張ったんですよ……ちゃんと好きって言ったんですよぉ……。
盛大に空振りした告白が情けなくて涙も出て来た……。
「ひぐっ、ふぐぅ……違うよぉ、そっちじゃ無いようぉ……葵先輩のばかぁ……」
そんな私の言葉に反応するかのうに梓先輩が葵先輩を襲った。物理的に。
あ! だ、ダメです、梓先輩、首絞めちゃ! 本気で苦しそうですから! また倒れちゃいますよ!?
今度はすぐに止めに入れたので事無きを得たんだけど、少し葵先輩は過呼吸になっていた。それに首にはくっきりと梓先輩の手の跡が……も、物凄い握力だぁ……。
「それじゃあ、みなさんお疲れ様~! また明日も頑張ろうね~」
定時退社し駅前で課長さんの軽いノリの号令で解散となった。正直心のモヤモヤは取れていない……どうしよう。葵先輩の中で私は今どのポジションに居るんですかぁ……。
「桃華ちゃん、ちょっと寄っていかない?」
梓先輩から声がかかった。きっと喫茶店へのお誘いだと思う。
「課長、あたし桃華ちゃんとお茶して帰りますね!」
「あ、そうなの~、私はちょっとカズリンのとこ寄って行こうかな~」
葵先輩はあれ? もういない……。さっきまで前を歩いて……ご自宅は逆方向なのに。
私と梓先輩はいつもお世話になっている喫茶店「CHICK」に足を運んだ。というよりも朝も来たけど……。
「……よく来るな、お嬢ちゃん」
「えへへ……」
多分『いらっしゃいませ、いつもご贔屓にありがとうございます』の言葉違いと脳内で変換して解釈した。
「まあ、すっきりはしたみたいだな。葵からOKはもら――」
「そうそう! あの時なんの話をしていたの?」
「店長さん、私をここで雇ってもらえませんか? 明日会社辞めますので」
全力で梓先輩にたしなめられた。そして何故か店長さんを睨む梓先輩も居た。
「そんな事言わないの! でも、ま、まさか告白とか!?」
「い、一応……でも、勘違いされてまして……」
事の経緯を梓先輩と店長さんにお伝えした。
「葵のやつ……その言葉にその反応とは……もはや異常だな」
はい。まったく持ってその通りだと思います! うう、店長さん、分かっていただけますか!
じっと店長さんお顔を見てると少し赤くなって明後日の方を向いた。その後、数分間梓先輩とキッチンの奥へと消えて行った。何をしてたんだろう……。
「でも桃華ちゃん良くやったよ! ほんと頑張ったね!」
改めて席に戻って来た梓先輩だったけど、店長さんは帰って来なかった。何かお料理でもしてるのかな?
「いえ、無我夢中で……でも気付いてもらえませんでしたから」
「そうだね……葵も初心だからねぇ。それと課長だけど今日一日で分かったでしょ? 美しさと無邪気さを兼ね備えているまさにパーフェクト超人だから。あの幼児化モードで心揺るがないのは社内では部長と葵ぐらいかな」
うう、確かに……。守ってあげたくなる存在と守ってくれる存在が同居してる人だもんね……そんなのずるいよぉ。
ふと先程別れた葵先輩を思い出した。いつの間にか見失った葵先輩は自宅の方角には見受けられなかった。何処かに寄った……それに課長さんは和夫さんのお店に行くって……。
胸騒ぎがする……。
「梓先輩っ! 私、ちょっと気になる事がありますので失礼します!」
「桃華ちゃんの胸騒ぎか、信頼性があり過ぎるよ」
私の胸を凝視している……ちょっと軽いセクハラですよ、梓先輩……。




