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40話 新人ちゃん、頑張るも空振る!?

 

 ――葵視点


 午後からも引き続き課長はデスク周りの書類を処理し始めたのだが、自分のルーティン業務の傍ら課長の仕事振りを見ているのだが、その手際の良さに改めて感動を覚えている。


 のほほんとした表情であるにも関わらず、作業は素早く、的確であり素晴らしい整理整頓能力だ。この人、実はロボットなんじゃないか?


 あっという間にデスクの上はもちろん、周辺も綺麗に整頓され、今は部長と話をしている。おそらく鈴宮さんの件だろう。後で俺の方からも話をしておかねば。可愛い後輩だし……梓、ちゃんと面倒見てくれてるかな……。


「坂上、新入社員の子だけど……」


「あ、はい。鈴宮さんですね。少しづつ仕事に慣れて来てますし頑張ってくれてますよ」


 考え事をしていると課長の方から声をかけて来てくれた。好都合だ。


「朝、鳴門と外回りに行った子ね。入社してひと月少々か、まだまだ無理はさせられないけど経験を積むのは良い事だな」


 よし、とりあえず今日の件に関しては問題視していないようだ。それにしても何で今日はあんな態度取ったんだろうか……ちょっと怒っていた気もしなくは無いし……。あんな鈴宮さん初めて見たなぁ。


 まあ、もうすぐ帰って来るだろうし、ちょっと俺からも話をしておこうか。後輩のケアも先輩の仕事だしな。




 定時も差し迫った頃、予想通り梓と鈴宮さんが帰って来た。


「ただいま戻りました。外回りでの営業8件と契約を2件頂いて参りました。明日、早速見積書を作成し、クライアントの方に送付します」


 ふむ、なかなかやるな。外回りは行ってみれば宣伝の割合が大きい。その中で契約までこぎつけるのは難しい。


「お疲れ様。じゃあその件は鳴門に任せるわ。企画書が出来たら回してちょうだい」


 一見すると課長が全て投げているようにも見えるが、これが課長のスタイルだ。分からない業務でも無い以上は内容についてあれこれは言わない。


 ただ、しっかり確認とアドバイスをくれる。部下に仕事を任せるのは成長を促進させるもんな。


「あ、あの! ご挨拶が遅れました! 先日配属されました鈴宮桃華と申します!」


 ぺこりと頭を下げ課長に挨拶をしている。やけに緊張しているようだけど……ま、そうなるか。こんなのほほんとしたお姉さんでも一応上司だし。


「これから宜しく頼むわ。分からない事があったらなんでも聞いて。聞く事は恥ずかしい事じゃないからね」


「は、はい! ご教授の程、宜しくお願いいたします!」


「そんな固くならなくていいわよ、肩の力を抜きましょ」


 うん、とりあえず挨拶も済んだ事だし、とりあず今日のノルマは達成かな? さてと……。


「鈴宮さん、ちょっといい?」


「……は、はい」


 呼び掛けに答えたその瞳は酷く怯えているようであり、明らかな畏怖の念を感じた。


 え? なんでそんな職員室に呼び出された子みたいな顔するの? お、俺なんかしました!?


「ちょっと葵! 桃華ちゃん怖がってるでしょ!」


「坂上、そういう態度で接するのは良くないわよ?」


 ちょっと待て! なんか悪者になってるし! 俺は一癖も二癖もある課長の事を伝えておこうと思っただけだし!


「だ、大丈夫です……すみませんでしたぁ!」


 のおおっ!! なんでいきなり謝るの!? ほら、課長と梓が冷たい目で見てるし! これじゃまるで俺が新人いびりをしてるみたいじゃないか!?


 体を少し震わせたまま頭を下げ動かない鈴宮さん。完全におかしな空気が亜空間から放出されている。


 どうしてこうなった……。


「と、とりあえず会議室に行きましょう! 少しお話したいので――」


「は、はい……」


 顔を上げた鈴宮さんは涙を溜めていた……マジでどうなっての!? 職場で後輩を泣かす先輩なんてクズじゃないか……。




「ど、どうぞ珈琲です……」


 オフィスにある小さな個室の会議室へと足を運び珈琲をテーブルに置いた。鈴宮さんは席に座ると俯き、まるで今から怒られるかのような態勢となっている。


 勘弁して欲しい……。怒らないですから……。


「鈴宮さん、課長の事ですが。大体は梓から聞いてくれましたか?」


 体を大きく震わせ、こちらを見た。その途端先ほど溜まっていた涙は頬に流れ落ちてた。そんな普段と違う姿に戸惑いを隠しきれなった。


「あ、あの? ど、どうしたんですか?」


「――好き」


 好き? ああ、課長が良く言うやつですね。そうそう、その話なんですよ。


「ええ、そうなんですよ。あ、でもあれは気にしなくていいですよ! 挨拶みたいなもので一種の病気だと俺は思ってま――」


「私が――好きなんです!」


 え? 鈴宮さんが課長を? ま、まあ、綺麗な人だし社内でも人気のある人だからね。好意を持つ人は多いと思う。


「そ、そうですか、でも良かったです。普段の課長は結構きつい感じがしますけど、あれで結構いろいろと考えてくれてるんですよ? まあ、スイッチが切れると極端に性格が変わりますけどね」


 その時、終業のベルが鳴ったのが聞こえた。のと同時に会議室のドアが開いた。


「葵……何したの?」


 涙目になって顔を真っ赤にしている鈴宮さんを見て、明らかな殺意のこもった言葉を投げてきた。


 梓の顔は引きつっており、指を鳴らしている。やばい、あいつ、マジで俺を殺る気だ……。


「あ~! 新人ちゃん泣かしてるぅ~! い~けないんだいけないんだ!」


 ぐっ! 定時を過ぎたから課長が幼児化してる! スイッチをOFFにしたのか!? 


「ひぐっ、ふぐぅ……違うよぉ、そっちじゃ無いようぉ……葵先輩のばかぁ……」


 再び泣き出す鈴宮さんに、頬を膨らます課長、殺意の念を送ってくる梓……よし、現場は大混乱だ……俺はここまでカオスな現場に出くわした事は無い。





「おや、これは葵さん、珍しいですねお一人ですか?」


 修羅場をなんとか潜り抜け、定時退社した俺は駅前で女性三人を見送り、その足で焼き鳥居酒屋、飲まれるまでは飲まさない、通称『飲ま飲ま』へと足を運んだ。


「あ、ああ。大将。ちょっと今日はいろいろあって……とりあえず生と串の盛り合わせをお願い」


 魔法の言葉を言い放ち、カウンターに腰をかけた。


 スマホを取り出し特に操作する事無く、スリープ画面を見つめあの時の事を思い出した。あの後、梓に首を絞められ、課長と鈴宮さんが止めてくれなければあの世へ一直線だった。


 しかし、何故あの時鈴宮さんは泣いていたんだろう……そこが分からない。完全に俺に対して恐怖感というか、怯え的な感情があったもんな……。


 あれ? 俺、嫌われてない? や、やっぱり課長か!? 課長のせいで変な誤解を……い、いや、きっと梓の事だ。その辺りの情報はしっかりと伝えてくれている筈。


 考えている途中で店員さんがジョッキを持って来てくれたので、とりあえずビールを喉に流し込んだ。うん、美味い! しかし……嫌われた事は事実だよなぁ……。


 ジョッキの中に輝く黄金の液体と泡を眺めながら小さな独り言が漏れた。


「やっぱ無理なのかなぁ……」


「なにがぁ~?」


 いつの間にやら横に座っていたナイスバディな女性に声をかけられた。


「か、課長っ!? か、帰ったんじゃ!?」


「うん、帰りにカズリンのお店に寄ってそのまま帰ろうと思ったんだけど、急に大将の声も聞きたくてなっちゃって~。そしたらあお君が居たの~! ラッキ~!」


 この人……ほんとにスイッチがOFFだと精神年齢を疑いたくなる。まあ、体が完全に大人のそれなので職質とか受ける事はなさそうだけど。


「ふふ、嬉しい事を言ってくれますね? お~ほっほっほ! これはサービスですよ!」


「相変わらずいい声~! よ、日本一~!」


 なにか串を一本受け取ってる……今日は一人で飲みたかったなぁ……。




 程々に飲んだところで課長に大将からストップがかかった。


『サービスタイムはおしまいですよ』と。


 これが出るとお酒の注文が出来なくなる。課長が限界手前だったみたいだ。この人、お酒にあまり強くないのに好きという困った体質なので大将の店ぐらいしか安心して行けない。


 まあ、安くて美味くて居心地がいい店だから常連になってるんだけど。それにしても大将の観察眼はどういった仕組みなんだ? 数字でも見えるのか?


「あおくぅ~ん~えへっ」


「ちょっと、課長! しっかり自分で歩いて下さい!」


 もたれかかって全体重を預けてくるのと同時に丸い感触を感じ、その奥に柔らかな物をを感じる。ブラ、当たり倒してますよ? 少しは羞恥心というものを持って下さい!


 とりあえず少し休ませる為、ベンチに腰掛けさせたのはいいのだが、流石に放置する訳にはいかない。


「今日はあお君のお家で寝るぅ~」


「ダメです。帰って下さい」


 大体そんな事が出来る訳ない。若い女性を泊める事なんて――あ、この前したな……。よくよく考えると俺ってかなり下衆いんじゃないか!? いやいや! あれは同意もあったし、人助けとして行った行為だ!


 でも今の状況もそうだよな、同意どころから連れて行けって言ってるし、このまま放置する訳にもいかない。言わば人助けだ……じゃあ、いいのか?


「あおくぅ~ん! んんっ~!」


 考え事してると目の前に綺麗な顔が現れ、あろうことか唇を合わせて来た。


「んっ!? ちょっと課長!? もう! やめて下さい!」


 体全身に寒気が走り、失礼だが少し力を入れて即座に引き離した。体に触ってしまったがこれは正当防衛だ。


 この人は、酔うとキス魔になる。それが分かったのは梓が入社した年の忘年会だった。あの頃は二人共フレッシュな新人で緊張してたけど、次第に酔いが回った課長がフィーバーして俺と梓にどれだけキスしてきた……。美人なので最初はもう胸が破裂しそうなぐらいドキドキしたけど、キスされたままリバースされたおかげでトラウマになった。


 キス……怖い。キス……嫌。なお、まんじゅう怖いとは違う。本気で怖い。


「ひどいよぉ…あお君がイジメるぅ……もうボーナス無しだよぉ」


「公私混同しないで下さい! って流石にそこまでの権限は無いでしょ!?」


「じゃあ、マイナス5万円するぅ……」


「それリアルっぽいんでやめてもらえますか?」


 とりあえず大量の水を飲ませて酔いを醒まさせ、ご帰宅願おうとしたのだけど……。




「うわ~い、あお君のお家~! ベッド~!」


 ベッドで飛び跳ねる年上の女性……鈴宮さんの方がよっぽど大人だ。


 課長は千鳥足、というほどでは無いが、やはり少し危ない気がしたので休憩してもらってから帰ってもらう事にした。


 クローゼットにスーツの上着をかけ、ベッドの方に向かいながら話かけた。


「終電まではまだ時間もありますから、しっかり酔いを覚ましてですね――」


「くかぁ……」


 寝てるし!? 


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