31話 四角くて柔らかい物を貰う
――桃華視点
「じゃあ行ってくる。戸締りはしっかり頼んだぞ」
お父さんが玄関先で隣に居る咲矢と私に伝えて来た。GWの早朝、お父さんとお母さんは温泉に二泊三日の旅行に行く事になっている。
「うん、お土産宜しくね~!」
「分かってるよ、もう子供じゃないんだからさ」
「ああ、任しておけ、桃華、それに咲矢、何を言ってる。どれだけ年を食おうが俺の子供だ」
すかさずツッコミを入れるお父さん。安定のセリフで満足したのか、してやった感を出しながら車に荷物を積む為に一足先に玄関を出て行った。
「じゃあ行ってくるわね。はい、これ。食事代よ」
そう言うとお母さんはポチ袋的な封筒を二つ差し出してきた。咲矢はともかく私は要らないんだけど……社会人だし。
「お母さん、私は働いてるから要らないよ。咲矢だけでいいよ」
「いいから。大事な物も入ってるから」
そう言って半ば強引に封筒を渡されると明らかにお金では無い何かの感触を感じた。なんだろう……この薄いドーナツ? みたいな感触は。
「か、母さん!?」
「じゃあ、行ってきま~す」
何故か怪しげな笑みを浮かべてお父さんの後を追うように出かけて行った。
「良かったね、咲矢。食事代貰えて」
リビングに戻り気になる封筒の中を見ようとしたところ、咲矢が真剣な顔で止めて来た。
「姉ちゃん、心の準備をしてから開けた方がいい……取り乱しちゃダメだぞ?」
この子は一体何を言っているのだろうか。そんな厄介な物をお母さんがくれたの? とは言っても見ない訳にはいかないので、恐る恐る中身を確認すると一万円と四角い物が入っていた。
それは袋に入っており、外側の感触から察したのはやはり柔らかく、中に入っているのは少しぬるっとした感じがした。
「これ、何だろう……化粧品の試供品?」
この後、咲矢から正体を教えてもらって叫び声を上げた……。
「じゃあ、私もそろそろ行くね」
事前に準備しておいた大きめのリュックとトートバックを持ち玄関に向かった。もちろん、コーデの方は下着以外、全部咲矢に任せた。
「ありがとう、姉ちゃん。ほんと恩に着る!」
手を合わせて拝まれてる……まあ、弟と友達の頼みであるから断れない。
「沙織を泣かせちゃダメだよ! いい、分かってる?」
「そこは大丈夫だ。嬉し涙は出させてしまうかも知れないけどな」
くっ、この子には要らぬお世話だったかも知れない。ちなみにさっきの封筒に入っていた物はリュックの一番下に隠しておいた……ま、万が一に備えて。
会社の最寄り駅に付き、改札に向かう途中で足を止めた。
「なんか家出してきた子見たい……」
駅のホームに設置してある鏡を見て自分の姿に感想を漏らした。ちょっと荷物が多かったかも知れない。
「どうしよう、まだ葵先輩には言って無いし……こんな格好で現れたビックリされちゃうだろうな……」
とは言っても今日は家には帰れない。とりあえずビジネスホテルにでも泊まるしかない。は、初めてだけど……。
諦めて改札を通過し、駅の外に出た途端、元気な声が飛んで来た。
「おっはよう~! 桃華ちゃん! うわっなんか荷物多くない!?」
現役女子高生の清音ちゃんだった。しかも今日も制服姿……。休みの日なのに何故だろうか。まあ、制服は期間限定の最強衣装である事には違いないけど。
「き、清音ちゃん? ま、待っててくれたの?」
「大丈夫、私も今着た所! なあ~んてね! なんか恋人みたい~!」
とってもご機嫌に答えてくれた。や、やっぱり今日は一緒に過ごすんだね……。
「あ、今、ちょっと嫌そうな顔したでしょ~。大丈夫、奥手な桃華ちゃんを私がフォローしてあげるから!」
ほ、ほんと? そ、それなら凄く助かるんだけど。まだどうしても緊張しちゃうんだよね……長時間直視出来無いし……。
「それにしても、やっぱりこの荷物は多くない? まるで旅行にでも行く――も、もしかして今日はお泊りなの!?」
「清音ちゃん!? 声! 声が大きいよ!」
天下の往来でそんな事叫ばないで! 恥ずかしくて死んじゃう……。
「そうなんだぁ~、いいなぁ~私もお泊りしたいなぁ。でも葵ちゃん絶対ダメって言うだろうし~」
葵先輩のお宅へ向かいながら事情を話した。何か話が先行してる、一応ビジネスホテルに泊まるつもりなんだけど。
「清音ちゃん? 私、葵先輩に迷惑かけちゃうから泊まらないよ? 近くのビジネスホテルにでも行こうかと思って――」
「ええっ!? この絶好の機会に泊まらないの!? 勿体ないよ!」
た、確かに勿体ないと言えば勿体ないけど……でもまだ知り合ってそんなに経って無いし、先輩と後輩の関係だし……そ、そりゃあ本音を言えば泊まりたいし、ま、万が一の時の物は持ってるけど……。
「仕方無いなぁ、私が一肌脱いであげる! 桃華ちゃんは今日は葵ちゃんの所でお泊りだぁ~!」
ああ……なんか聞かれたくない事を大声で叫びながらマンションの方に……お願い、もう少し声のボリュームを下げて……。
「おじさん~! ちょりっす~!」
「おや、清音ちゃん。相変わらず元気だねぇ~。後ろに居るのは葵ちゃんの彼女さんじゃないか。今日は大荷物だねえ~」
既に管理人さんとお話してる清音ちゃんが居たんだけど、私を荷物に興味が出てしまったみたい。やっぱり家出の子みたいに見えるんでしょうか……。
そんな管理人さんに今日も誤解を解く事は適わず、そのまま葵先輩のご自宅へと向かった。
「桃華ちゃん、おじさんに彼女って思われてるじゃん!」
「そ、そうなんだ……勘違いしてるみたいで」
「まあ、いいじゃん! 卵が先か鶏が先かだよ!」
清音ちゃん、それ、ちょっと違う気がするよ?
エレベーターから降りるとそそくさと葵先輩の自宅に向かい、躊躇なくチャイムを鳴らした。迷い無く歩んで行ったのでどうやら何度も来ているみたい。
私も追いつき玄関の前に立つと扉が開いて葵先輩が出てきた。
「は~い――」
「葵ちゃ~ん! 会いに来たよ~!」
清音ちゃん!? いきなり飛びついてなんかすりすりしてるけど!? お、応援してくれるんじゃ……。
あっけに取られてその光景を見ていると葵先輩は清音ちゃんを押しのけて案内してくれた。特に清音ちゃんに対して感情は無いような……そ、そうですよね! 女子高生が飛びついて来ただけですもんね、お遊びみたいなものですもん!
ただ。女の子なのでもうちょっと丁寧と言いますか、優しくしてあげた方が。なんか顔を押さえつけられて清音ちゃん、大変な事になってますけど……。
「葵ちゃん! 桃華ちゃん、今日お泊りに来たんだって!」
「き、清音ちゃん!? そ、そのち、違います! あ、あの……」
い、いきなり!? 玄関先でまだ部屋にも入ってないのにそれ言っちゃう!? 心の準備どころか完全にノーマークだったよ! 清音ちゃんの変顔見てたよ!
顔を押さえされながらも華麗に爆弾を投下した清音ちゃんだったけど、とりあえず部屋にあがらせてもらい、お茶をいただいた。その後、改めて事情を話させていただいた。咲矢の事、沙織の事、家の事を……。
「な、成程……そう言う事ですか」
うう、清音ちゃんのおかげで最初からこの話題に入れたのは大きいけど、断られた時の事も考えて欲しかった……荷物も邪魔だろうし……。
「す、すみません。大荷物で来ちゃって……お邪魔ではないでしょうか?」
「いえいえ、全然構いませんよ」
とりあえずご了承はいただけた……葵先輩は咲矢の行動に対して何か遠くの方を見ながらつぶやいていたけど……とりあえず荷物は置かせてもらって――
「ねえ、葵ちゃん、桃華ちゃん泊めてあげなよ。可哀想だよ、家なき子だよ?」
あの、家はあります……。
「ほら! 桃華ちゃんからも! フレフレ桃華ちゃん! ファイトだ桃華ちゃん!」
アザラシちゃんを持った清音ちゃんに熱烈な応援をされていますが……で、でも、確かに応援してくれてる……ゆ、勇気を出さなきゃ!
「清音、そんな無理を言うんじゃない。まあアテはある。梓にお願いして――」
「あ、あうぉいしぇんぱい! も、もし宜しければ一晩泊めて下しゃい!」
きゃあっ!! は、恥ずかしい! 思いっ切りこれでもかって言うぐらい噛んだぁ~! 清音ちゃんも『え? 今の何?』って顔してるし! 葵先輩だって同じ表情! うう……もうダメ……。涙が出ちゃうよぉ。
「え? す、すみません。もう一度宜しいでしょうか?」
な、何度も言わすのですね……もうどうなったっていいや!
「葵先輩とお泊りしたいんですぅ!」
言った……私、言ったよ……。
「ねえねえ、二人とも~そろそろ動こうよ~」
『はっ!?』
あ、あれ? 私、ぼ~っとして……なんか精神を全て使い切ったんだけど……。
「す、鈴宮さん!? ほ、ほんとにいいんですか!? 梓に頼めば一晩ぐらい泊めてくれますよ?」
あ、ずさ先輩? そっか……梓先輩にお願いするのも選択肢にあったかも……でも結局迷惑かけるのには変わりないし……。
言葉には出さずに首を振って答えた。また噛んじゃいそうだったから……。
「葵ちゃん、女の子に恥をかかすもんじゃ無いよ……あ、ちなみ私も泊ま――」
「お前は帰れ。女子高生を泊める訳にはいかない」
あ、うん。そうだね。清音ちゃんはまだ未成年だしそんな事しちゃあダメだよ。それに梓先輩にもご迷惑をかける事は出来ない。えっと、近くのビジネスホテルは……確か駅前に大手の――
スマホを取り出し、検索しようとした時だった。
「鈴宮さん、その、今日のお泊りは了承しましたので」
は……い? え? 清音ちゃんも喜んで? お泊りの了承? え~っ!? ほ、ほ、本当ですか!?
えっと、息!? 息が上手く出来ない!? はみゅうぅ!?
「鈴宮さん!? しっかり息して! 吐いて、吸って!」
「きゃあっ! 桃華ちゃん!?」
なんとか一命を取り留めた……あ、危なかった……。人ってあまりにショッキングな事があるとこうなるんだ……。




