30話 スーパーであの人に会う
――葵視点
掃除良し! 片付け良し! 入念なコロコロローラー良し! エロDVD放置無し!
指差し確認をしながら再確認をするGW二日目。遂に今日という日を迎えた。本当はおでかけの予定だったんだけど……。
真新しい服に身を包んでいるが、家の中なので帽子はもちろん、ベストも来ていない。長袖のこじゃれたシャツに動きやすいズボンといった格好だ。
「なんか、ほんとラフな仕事着って感じだな……クールビズの時期ならこのまま会社行けるんじゃないか? ま、折角清音が選んでくれたんだからちゃんと着ないとな」
服装のチェックをしていると玄関のチャイムが鳴った。エントランスからでは無い。玄関だ……またあの爺さん、勝手に招き入れたな……。まあ、今日は来る人が分かってるからいいけど……。
「は~い――」
「葵ちゃ~ん! 会いに来たよ~!」
元気の良い制服姿の女子高生が飛びついて来た。
「よし、どけ、清音。いらっしゃい鈴宮さん!」
迫る清音を押しのけ鈴宮さんを招いたのだが、やけに大荷物である事が目に付いた。まるで泊りにでも来たみたいな。いやいや、それはないな、女の子は持ち物が多いからで――
「葵ちゃん! 桃華ちゃん、今日お泊りに来たんだって!」
「き、清音ちゃん!? そ、そのち、違います! あ、あの……」
えっと……玄関前で、出会って数秒で修羅場を向かえているような気がする……。清音、今、『お泊り』って言ったよな?
「な、成程……そう言う事ですか」
鈴宮さんと清音をリビング招き、お茶を飲みながら理由を聞かせてもらった。
「す、すみません。大荷物で来ちゃって……お邪魔ではないでしょうか?」
「いえいえ、全然構いませんよ」
大きめのリュックとトートバックの方を見て答えた。正直、大した荷物ではないし、この部屋はゆったりした1LDKの間取りとなっているので対した支障は無い。
「大丈夫だよ、葵ちゃんってあまりインテリアとか荷物とか置かない派だから」
まあ、その通りだが、何故清音が返事をするんだ?
「しかし弟さんも中々に思い切った事を……若いっていいなぁ……」
お茶を流し込みしみじみと言い放った。青春ってやつかぁ……。
「ねえ、葵ちゃん、桃華ちゃん泊めてあげなよ。可哀想だよ、家なき子だよ?」
いや、家はあるだろう。今日は弟さんの顔を立ててあげただけだ。しかし確かに泊まる場所は必須だ。俺は別に構わないんだが、当の鈴宮さんが嫌がるだろう。
「ほら! 桃華ちゃんからも! フレフレ桃華ちゃん! ファイトだ桃華ちゃん!」
お気に入りのアザラシちゃんのぬいぐるみを持ちながらエールを送っているが……大事に使ってね? それ、非売品だから。
「清音、そんな無理を言うんじゃない。まあアテはある。梓にお願いして――」
「あ、あうぉいしぇんぱい! も、もし宜しければ一晩泊めて下しゃい!」
はて、幻聴かな? しかも噛むというレベルではない。もはや何を言ってるか分からないレベルだ。
「え? す、すみません。もう一度宜しいでしょうか?」
顔を真っ赤にして涙目になってる……あれ? 俺、鈴宮さんを泣かしてる?
「葵先輩とお泊りしたいんですぅ!」
はい?
「ねえねえ、二人とも~そろそろ動こうよ~」
『はっ!?』
い、いかん、完全に思考回路が止まっていた。えっと、そ、そうだ。確か鈴宮さんがお泊りを申し込んで……お泊りぃ!?
「す、鈴宮さん!? ほ、ほんとにいいんですか!? 梓に頼めば一晩ぐらい泊めてくれますよ?」
その質問に最初は首を縦に振り、続いて横に振って答えてくれた。どうやら梓の家に行くつもりはないようだ……。
すると後ろから肩に手が置かれた。清音だ。
「葵ちゃん、女の子に恥をかかすもんじゃ無いよ……あ、ちなみ私も泊ま――」
「お前は帰れ。女子高生を泊める訳にはいかない」
その言葉になよなよと崩れ嘘泣きをしている。やめて欲しい、スカートの中が見えそうだ。まあ、見た目的には鈴宮さんも高校生に見えるのだが……。
「鈴宮さん、その、今日のお泊りは了承しましたので」
顔を更に赤くしてひくひくして……ん!? 過呼吸か!?
「鈴宮さん!? しっかり息して! 吐いて、吸って!」
「きゃあっ! 桃華ちゃん!?」
そんな鈴宮さんに大騒動となったがとりあえずお泊りは決定したようだ。
何はともあれ我が家には食材が無い。買い物に行かねばならない。ちょうどビールのストックも尽きたので合わせて買いたいと思っていたからちょうどいい。
「じゃあ、お買い物に行きますかね」
玄関の鍵を取ろうとした所、鈴宮さんが微笑んでいるのが見えた。
「ああ、これ、大事な物なので家の鍵に付けたんですよ。鈴宮さんはスマホに付けてましたね」
「は、はい! 大事にしてくれてありがとうございます! 私、嬉しいです!」
う~ん、やっぱり可愛いなぁ……そんな人が今日俺の家でお泊りか……い、いや、鈴宮さんとは先輩後輩の関係だ、手など出そうなど……でも、お泊りに来てくれるというのは好意があるからじゃないか!?
でも待て、今回の件は弟さんの顔を立てる為だ。本来はこのような事になる筈も無かった訳で……よし、自重しよう。ここで場の雰囲気に流されて手を出そうものなら一転して嫌われる可能性もある。清く正しくだ!
「ねえ~、早く玄関から出ようよ~なんでこんな所で二人して固まるかな……」
「ああ、すまない……じゃあ行きましょうか」
「は、はい……」
清音にたしなめられ、家を後にした。
駅の裏手にはそこそこ利用するスーパーがある。とはいっても俺は自炊などほとんどしないし、よくて惣菜を買う程度だけど。
「あれ? 長谷川……?」
清音の苗字を呼ぶ少年、とはいっても高校生ぐらいか? 清音と違って普段着ではあるがおそらく高校の同級生かなにかだろう。
「翔真……君」
なんかお互い気になる二人がばったり出会った感が凄い。そうか、清音もお年頃だから恋の一つもするだろう。
「清音、友達か? なかなかに爽やかな少年じゃないか。気にしてるぞ?」
いつもの仕返しとばかりにニヤリとした表情を向けてやった。
「も、もう! 葵ちゃん! そ、そんなじゃ無いよ! 翔真君、こ、こんにちは……」
ほうほう、あのじゃじゃ馬な清音がこんな態度を取るとは。これは脈ありだな? そうだ!
「そこの少年君! 実はさっきから清音に付きまとわれて困ってたんだ。出来れば引きとってくれないか? 若い子は若い子同士で遊んだ方がいいだろうしさ」
そう伝えて清音の耳元により小さな声で伝えた。
「気になる子なんだろ? 折角のチャンスだ。頑張れよ」
「ううぅ……葵ちゃんの意地悪……でも、ありがと」
同じく小さな声で返された。うんうん、青春だなぁ~。
「じゃあな、おっと、少年、暗くなる前に送ってやれよ! 女の子には優しくだぞ~!」
翔真と呼ばれた少年は軽く一礼をして清音を連れて照れた様子でそのまま歩いて行った。
「さあ、俺達は買い物に行くとしますかね! うん、どうかしましたか?」
少しばかり膨れたような顔をしながらこちらを見ていたが、何も無いとの事だった。まあ、何も無いならそれで良し! さあ、スーパーへレッツゴー~!
スーパーの中に入ると陽気な音楽が店内に響いていた。どうやらあいつが居る様だ。
「えっと、何を買いますかね?」
正直、調理されていない物を買う事など皆無なので勝手が分からない。
「は、はい、えっと、お昼はパスタにしようかと。夜は――」
夜のメニューを伝えてくれようとした所で声がかかった。それと同時に店内の音楽も止まった。こちらに歩んでくるのはスタイルの良さからエプロン姿が完全に浮いている細身のイケメンだった。
「やあ、葵、いらっしゃい! 風邪は治ったみたいだね。彼女の手料理のおかげかな?」
何故俺が風邪を引いていた事知ってるんだ? しかも鈴宮さんが手料理を作ってくれた事まで……。
「いつもご利用ありがとうございます、今日は彼氏同伴でお買い物ですか? 今日は新鮮な牛、豚肉が目玉ですよ~」
鈴宮さんを知ってる? 確かに小柄で胸が大きくてこの世の物とは思えない可愛いらしい女性なので覚えは明るいだろうけど……鈴宮さんに手を出すなど俺が許さんぞ!?
「中沢、相変わらずの営業スマイルとボイパだが何故鈴宮さんを知っているんだ?」
「葵が風邪を引いた時に当店にお買い物に来てくれてさ。案内をしたんだよ」
成程……あの時ここまで買い物に来てくれたのか……ご迷惑をおかけしました。
「あ、あの、その節はありがとうございます」
鈴宮さんはぺこりと頭を下げてお礼を述べている。むむ、そう言う事なら俺も礼を尽くさねばならないな。
「そうだったのか、すまないな、助かっ――」
「おっ、そこに居るのは我が弟と妹よ! 珍しいな! こんな所で会うなんて!」
こ、この声と特徴的な呼び名をする人は……。
振り返ると今日も胸元を大きく開けた服に白衣を全開にさらした女医さん、もといラーメン屋店長、なっちゃんがこちらに向かって歩いて来た。
「弟じゃありませ――」
「な、中沢さん!?」
「いらっしゃいませ、なっちゃん」
なっちゃんからは死角になっていて中沢が見えなかったのだろう。ひょっこりとなっちゃんの前に立ち笑顔を向けると慌てふためきながら胸元を隠すように白衣のボタンを閉めた。露骨だ……。
「お、音楽が鳴ってなかったから、てっきり今日はや、休みかとととと」
とが多い。完全いテンパってるな。
「ああ、じゃあ俺達買い物があるから。それじゃ!」
しゅぱっと手を上げ二人の元から立ち去った。後は好き同士で話でもしてくれ。お互いお仕事に支障が無い程度に。
「それにしても中沢となっちゃんもあんなに露骨だと見ている方も照れちゃいますね!」
ほんと、今日はいろいろなカップル候補と出会う日だ。ふと鈴宮さんを見ると少しジト目をしていた……。何故だ?




