3話 鳴門梓は怖い後輩? 優しい先輩?
――桃華視点
き、来ちゃた……坂上先輩の家に。マ、マンションに住んでるんだ。302号室……うん! 覚えたよ。って私何してるんだろう!? こ、これじゃストーカーじゃない!?
で、でも男性の家に来るなんて、は、初めてで……緊張しちゃう。
「お、お邪魔します……」
うわ、思ってたより綺麗……え、可愛らしいぬいぐるみがある。ア、アザラシ? 先輩ってそんな趣味あるんだ。ううん、きっと女性からの贈り物かな……。
部屋を一望する限り、言葉のような場所は見当たらない。おそらく1LDKの間取りではないかと思う。
「汚い部屋だけど……」
何を言ってるんですか、めちゃめちゃ綺麗ですよ! わあ、おっきなテレビ。いろんなDVDが置いて……あわわわ! 裸のお姉さんのやつだ……!
ちょっと、坂上先輩! 普通にテレビラックの前に置かないで下さい! も、もう!
「お待たせしました、どうぞ、珈琲ですが砂糖とミルクは如何いたしましょうか?」
「ひゃ、ひゃい!」
見られた!? エッチなDVD眺めていた所を!? 違うんです、私そんなんじゃないです! ここに置いてあったから目に入っただけで! 信じて下さい、せんぱぁい……。
「すみません! 気が回らなくて! 今、鳴門を呼びますから!」
鳴門……梓先輩? ど、どうして梓先輩を呼ぶんですか? わ、私は坂上先輩と二人で一緒にお話がしたいんですけど!?
あ、スマホ、ダ、ダメ!
咄嗟に体が動き、坂上先輩の腕にしがみついた。通話のボタンタップする寸前だったけど。先輩、スマホ投げちゃったし……液晶、大丈夫かな?
ううん、それよりも坂上先輩が電話をかけようと……梓先輩のアドレスを知っている事は頷ける。同じ部署、席も隣。逆に知っていない方がおかしいぐらい。でも、坂上先輩は言った。『呼ぶ』と。つまり、梓先輩はこの場所を知っているという事。
やっぱり……梓先輩は彼女……。そっか、私の恋はここでおしまいか。うん、仕方無いよね。梓先輩は綺麗だし、坂上先輩にはお似合いだよ。
でもちゃんと知っておきたい。ちゃんと諦める為にも!
「坂上先輩は、坂上先輩は……」
続きが言えない。その答えを聞いたら泣き出しちゃいそうで。私の勝手な恋は坂上先輩は知らないんだから……迷惑かけちゃダメ……。
でも涙が勝手に溢れて……きっと変な子だと思われてる。今日は家に帰ったら泣こう、思いっきり泣こう……。でも助けてくれたお礼はしっかりしないと!
「あ、あの! 梓先輩にご連絡は大丈夫です! それよりも助けていただきありがとうございました!」
「あ、い、いえ……すみません、俺も情けない所見せちゃって」
何を言ってるんですか、私をかばって殴られちゃって、口の端だってちょっと紫色になってるじゃないですか。すみません、こんな私の為に……。
で、でも、不謹慎極まりないけど、今の顔もかっこいいかも……って私何を考えてるの!? 坂上先輩には綺麗な梓先輩がいるんだから!
悔しいな……もっと早く出会いたかったよぉ。
「い、いえ! あの、その! 何かお礼を……」
言葉に覆い被るように唐突にチャイムの音が連続で鳴った。しかも明らかに怒気のこもったような鳴らし方……ま、まさかさっきの人達!?
坂上先輩は私の腕を優し離すと玄関の方に向かって行った。心細くなり、思わず近くにあったぬいぐるみを抱えた。
怖い、そしてそれよりも坂上先輩にまた迷惑をかけちゃう、私の、私のせいで……ごめんなさい!
「は~い。どなた――かはっ!?」
坂上先輩の苦しそうな声が響いた。
坂上先輩の首が両手で絞められてる!? やだ、やめて! 坂上先輩は悪く無いの! 私なら好きにしていいからその手を離して!
「あ、ず、さ……やめて……」
えっ? あずさ? 梓先輩!? あ、先輩のスマホ、通話状態に……えっ、今までの会話全部聞かれてたの!? じゃあ、あの手って!
「あ、梓先輩……」
「へえ、お楽しみ中って訳? 強引に若い子を引剥いて」
「かはっ……く、くる……し……ちが……」
きゃああ!! 坂上先輩がぐったりなった!! 違うんです梓先輩!!
「え、そ、そうなの? はは、やっちゃた……」
気を失った坂上先輩を二人でソファーに運び、私から梓先輩に事情を説明した。
「は、はい。誤解を招いて申し訳ありません……」
梓先輩って見かけによらずパワフルなんだ。その上スタイルもいいし、憧れちゃう女性だな。モデルさんと比較しても大差無い、ううん、モデルさん以上にモデルさんだよ。
「もう! 流石にモデルさん以上では無いよ? もう桃華ちゃんったら正直なんだから~!」
えっ? 私、声に出してたかな?
程なくして坂上先輩が目を覚ましたんだけど、それはもう凄い剣幕で梓先輩に喰ってかかってた。ちょっと同情はしちゃう。
「ご、ごめんってば。よくよく考えたら葵にそんな根性無いもんね」
え、坂上さんの名前って『葵』って言うんだぁ。女の子みたいだけどそれがまた、か、かっこいい……ってそうじゃない!
梓先輩が自然に葵って呼んでる。そうか、彼氏と彼女だもんね、その方が自然だもんね。
そうか、そうなんだ……二人はお似合いカップルだよ。私が入り込む隙間なんて最初から無かった訳だね。でも、楽しい夢を見させてもらえましたよ……。
駅まで見送ってもらって梓先輩と一緒に電車に乗った。私はこの駅から3つほど先、梓先輩は5つ向こうらしい。
電車が動き出して心地良い揺れが体を揺さぶる。
普段だったら眠たくなっちゃいそうだけど、今日は全く眠気を誘われない。
「大丈夫? さっきも葵が言ってたけどその三人組はきっと二度と手は出さないと思うから」
不思議な事を言う。坂上先輩も同じ事を言っていた。仕返しとかあってもおかしくないのに。
「多分、葵は店長に通報するつもりだから……私からしてもいいんだけど、まあ、葵がする方が効果は上がるから。その人達は自業自得だね」
て、店長!? 一体何のお話なんでしょうか。そ、それよりも聞いておかなきゃ、梓先輩の彼氏の事。
「梓先輩、その、ひとつ伺っても宜しいでしょうか?」
「うん? なあに?」
「梓先輩って……彼氏、居ますよね?」
少し遠まわしに聞いてみた。梓先輩の頬が赤くなって照れている様子が見れた。うん、知ってた。やっぱりね……。
「分かっちゃた? 凄いね、見抜くなんて」
いや、誰でも分かりますよ。電話も知ってて家も知ってるんじゃ火を見るよりも明らかで――
「そうなの、さっきの話の店長が私の彼氏なの」
……え?
「彼、葵を気に入っててさ。あの口もとの痣なんか見せたらきっと……」
梓先輩が彼女じゃない、梓先輩が彼女じゃない、梓先輩が彼女じゃない!?
「あ、あの! さ、坂上先輩って彼女っているんですか!?」
こうなったら好奇心はもう止まら無い。聞きたい! 梓先輩なら知ってる筈!
「はっは~ん。桃華ちゃん、惚れたな?」
その一言に心の奥から込み上げてくる感情でいっぱいになった。きっと私の顔はボイルされたタコさんよりも真っ赤だと思う。
「葵は適当に見えて仕事は責任持ってやってるし、頼りにもされてる。熱い正義感もある。まあ、優良物件じゃないかな? ちょっと達観してるところはあるけど。それにあいつは彼女がいないどころか……ちょっと耳貸して?」
ん? なんでしょうか? そっと梓先輩の口元に耳を寄せた。でも口ぶりが……確か坂上先輩からすれば後輩でしたよね? 上司みたいになってますよ?
「……童貞だよ?」
「んなっ!?」
変な声が出た。今の私の顔はボイルされたカニさんよりも真っ赤だと思う。
「ぁ、あ、あ、梓先輩!?」
「はは、初々しいねえ、ほら、駅に着いたよ!」
気が付くと降りる駅に着いていた。慌ててホームに降り、手を振る梓先輩にお辞儀をして見送った。
いろんな事があった日だけど……これだけは言える! 私の恋、まだ終わって無かった!
「あ、明日、この服返しにいかなきゃ! そ、そう、お礼もしなきゃいけないし! で、でもがっついてる子とか思われないかな? ま、まだ坂上先輩の事よく知らないし……あ、葵先輩か……きゃあ! 恥ずかしい!」
あ、駅員さんが変な顔して見てる……は、早く家に帰ろう……。