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22話 後悔、先に立たず

 

 ――桃華視点


 私は今、間違いなく人生において一番の後悔をしていた。


「あ……あ……あぁ……」


 うめき声のようなものが部屋に響きながらスマホを持ち、固まっている。


 昨日、ベッドに横になりながら葵先輩に向けたメールを打っては消し、打っては消しと楽しんでいたのだけど、知らずに寝ちゃってしまっていた。


 それだけなら良かったのだけど、スマホの画面を見て震えた。


『送信しました』


 液晶はその文字をはっきりと映していた。寝落ちによる誤送信だった……。


「やっちゃたあ……やちゃったよ……」


 鏡に映る自分の姿、特に瞳の色は完全にハイライトを失ってた。


 そのままダイニングに向かい席に着いた。用意されてた朝食を感情無く口に運ぶ様子に、咲矢も驚きを隠せない様子であるのが視界の端に映った。


「ね、姉ちゃん? ど、どうしたの? 目の焦点合って無いけど?」


「あ、うん……メール誤送信しちゃって……」


 まあ、よくある話だとは思う。友達にお母さん宛のメールを送ったりしたこともあるけど、今回はその比じゃない。人生において最大の汚点とも言える……。


「なあんだ、そんな事か。姉ちゃんの事だから彼氏に言えない事をメールしたとかそんなとこだろ? まあ、きっかけが出来て良かったんじゃない? 奥手な姉ちゃんにしてみれば」


 この子……どれだけ恋愛経験が豊富なの? で、でも確かに誤送信とはいえ、そんなにおかしな文面では無い筈……も、もしかしたらGWデートが本当に実現するかも!?


「そ、そうだね。うん、そう思う事にするよ」


 キッチンの陰からお母さんが相変わらずニヤついていたのは気にしないおこうと思う。でも……現時点で返事が来てないんだよぉ……。




 会社に付き、葵先輩と梓先輩の部署、つまり私の部署へと足を運ぶ。正直、葵先輩に何を言われるか先程から胸の高鳴りが止まらない。


「お、おはようございます!」


 挨拶をして二人を見ると、やけに葵先輩の息が上がっていた……な、何故だろう。まるで全力疾走してきたみたいな。まあ、そんな訳はないとは思うけど。


 てっきり昨日のメールの事を聞かれるかと思ったのだけど、意外にその辺りの会話は無く、お仕事の話へと進んで行った。


 ま、まだメール見てないのかな……そ、それとも私に興味が無いだけかも。うう、どっちも有り得るけど、後の方の理由だったら私完全に心が砕けちゃうよ……。ま、まあ、お仕事は大事ですもんね。今はお仕事しないと! うん、切り替えていこう!



 今日は梓先輩の席をお借りして葵先輩から直接のレクチャーを受けているんだけど……ち、近い! 心臓の音聞こえちゃわないかな……。


「この資料をまとめるにはこの積立棒グラフを使うといいですね。あと、色分けは大事ですが、あんまり原色は使わな方がいいです、絵面がくどくなっちゃうんで。パステルカラーがおすすめです」


 手慣れた様子でマウスのカーソルを操作していろいろと教えていただいた。あまり意識したことは無いけど、確かに見やすい資料って原色はあまり使われていないかも……。


「なるほど……これをこうして……」


 いろいろとツールを試してみた。確かに色を選びは重要だぁ……断然見やすい資料になりまし――あれ? 葵先輩の変な恰好を。


「どうしました? 両手を上げて?」


「い、いえ、ちょっと伸びを。う~ん! さ、頑張りましょう!」


 なあんだ、伸びか。そう言えば昨日は遅くまでお仕事されてましたもんね。今日は早く帰れるでしょうか……。



 お昼からは私のデスクが設置された。そして……まさかの葵先輩の隣! 嬉しいです! ある意味、お仕事が捗らない気も。もちろん、そんな事にならないよう気を付けますので!


 対面には梓先輩が……あ、あれ? この配置って常に梓先輩に見られる配置……ちょ、ちょっと気を付けていかないと。学校じゃないんもんね……こんな事で浮かれてたらダメダメ!


「じゃあ鈴宮さん、次は企画書についてですが」


 引き続き葵先輩は私の為に時間を割いてくれた。やっぱり自分の事を後回しにしてますね……これじゃあまた今日も遅く――


 ふと梓先輩と目が合うとウインクを飛ばし、物凄い勢いでキーボードを叩き出した。も、もしかして、葵先輩の分をフォローしてくれてるんですか!? す、凄いです! これがチームなんですね。早く私もその一員になれるようにならないと!



 定時のチャイムが鳴り、オフィスの空気が砕け、周りの人もリラックスモードに入っていた。葵先輩は時間いっぱいまで私にかまってくれてほとんど仕事が進んでいない。


「あ、あの……今日も私のせいで……」


「大丈夫、鈴宮さんが気にする事では無いですよ。じゃあ、ちょっと部長に鍵を借りに行ってきますね」


 うう、やっぱりまた徹夜まがいの事をするつもりじゃないですか! ダメですよ、まだ体調だって完璧じゃないんですから!


 すると対面に座っていた梓先輩がこちらに回って来た。手には何種類かの資料が握られていた。


「はい、葵の分もこなしておいたよ? これで定時で帰れるでしょ?」


 やっぱり! あの時、これを作っていたんですね! 葵先輩は資料に目を通しながらふんふんと頷いている。ど、どうでしょうか……。


「助かる! これで今日は帰れそうだ! いやあ、流石、梓! よ! 今日も美しい!」


「もっとあがめなさい! ほほほ!」


 顎に手の甲をあてて甲高く笑ってる……そしてもはや先輩としての扱いじゃない……。どこかの貴族のようですよ?


「よし、じゃあ今日はみんなで上がりましょうか!」


 葵先輩……今更ですが、昨日のメールの件、忘れてませんか? それとも私はアウトオブ眼中でスルーされてるのでしょうか……。


 スキップのような足取りで退社する葵先輩を梓先輩と追いかけた。



 駅前に向かって歩く3人だけど、ほどなくして梓先輩が立ち止まった。その先には喫茶店がある。きっとお弁当箱を渡しに行くんだと思う。


「じゃあ、私はここで! 桃華ちゃんに手を出しちゃダメだよ!」


「出すか! 早く行ってやれ、店長待ってるぞ」


 胸が痛くなった。完全に否定された……やっぱり、私は恋愛対象として見てくれていないんだ……そうですよね、私はただ、あの時に助けてもらっただけで、葵先輩にはそれ以上もそれ以下もありませんもんね。


 迷惑かな……直接会いに行ったり、急にメールしたり。下手したらストーカー扱いされてもおかしくないですもんね……。


 でも、お巡りさんの所に行く覚悟で一応、聞いておこう。昨日のメールの件……。


「あ、あの。昨日のメールなのですが……」


 迷惑ならやめないといけないし……葵先輩はどう感じているんだろう……。


「す、少しお話できますか?」


「は、はい! じゃ、じゃあそこの噴水のベンチにでも」


 良かった、お話はしてくれるんだ……。あ、自販機に方に、何か飲み物を買いに行ってくれたんだ。こ、これって、私が思ってる程悪い状況じゃないんじゃ……。ううん、まだ油断は出来ないよ、ここで終止符が打たれる可能性も。


 噴水の方に目をやると、今日も募金活動を頑張っている3人組が居た。とっても謙虚に精一杯奉仕している姿がだった。その姿にもう恐怖心は沸いてこなかったしむしろ応援している自分が居るぐらい。


 葵先輩が戻ってきた瞬間だった。急に腕を掴まれ、葵先輩の後ろに回された。ちょっと強引だったけど一目見た表情は真剣そのものだった。


 そのまま背中が目に入ると、葵先輩が下がって……当った。胸に。


「はうぅ……あわあわ……」


「だ、大丈夫みたいですね……それにしても、あ、あいつら何をやってるんだ?」


 呼吸が!? む、胸当たっちゃいました! だ、大丈夫ですか!? わ、私、なんかあっけに取られてて! 違うんです! 私、体を使ってまで葵先輩を繋ぎ留めたいとかは思ってませんから! つ、繋ぎ留めたいは思っていますが……。で、でもですね!?


「あ、あ、あああの……」


 葵先輩は不思議な表情を大学生3人に向けているが、私は葵先輩に謝罪の念を送っている。


 わたし、その……確かに胸はある方ですが、恋愛経験は全く無くて……さ、さっき触れてしまったのは事故、事故なんですう! 卑猥な女の子って見ないで下さいぃ~!


「迷彩の方も居ますし、おそらく店長の指導があったので更生したみたいですね。万一の事があっても俺が守りますから安心して下さい。えっと、お話というのは?」


 そういうと先にベンチに腰をおろした。私も慌てて後に続いたのだけど。


 ま、守る!? な、ナイト様!? わ、私、結構白馬に乗った王子様を信じている口でして……。こ、これってもうプロポーズされてるんじゃ……。で、でも葵先輩は店長さんからも鈍いって言われる程だから……多分、あまり意識はしてないんだろうな、はは……。


 受け取ったミルクティを手でころころしながら必死に考え事をしていたら、ミルクティーが苦手かと気を使われてしまった……。


「あ、あの! 昨日のメールの届いてますでしょうか!?」


「は、はい。届いてますよ」


「実は、そのメール、昨日文を作っている内に知らない間に寝ちゃって……誤送信したものなんです……」


「なあんだ、びっくりしましたよ! 寝落ちってやつですね!」


 あ、そこに焦点行っちゃうんだ……もう! 鈍過ぎというかこれは空気読めないレベルですよ!


「……でも内容は送りたかったものです。あ、あの! GW、一緒におでかけしませんか!?」


 はっ!? 私、勢いで何を!? あ、あまりの葵先輩の鈍さについ!?


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