21話 宛先知らずのメール
――葵視点
朝から大混乱に陥っている。
昨日、いや今日か、家に帰って来るや否や泥沼のように眠りに付いてしまい、今朝がたスマホのアラームを消した時に気付いた。一通のメールが入っている事に。
どうやら家に帰って来た時間帯の受信のようだったが、宛先は登録していないものであり、液晶には英数字のアドレスだけとなっていた。
迷惑メールかと思ったのだが、俺のアドレスはかなりこだわっているのでその可能性は低いであろうと開けた。
その内容を見た途端、大パニックに陥り今に至っている。
「どういう事……だ? なんで?」
何度目か分からないが再びメールの内容を読み返した。
『夜分遅くすみません。鈴宮です。今日はお忙しい中、いろいろと教えていただきありがとうございました。梓先輩からアドレスを教えてもらったのでメールを送らせていただきました。また明日から宜しくご指導お願いいたします! 後、今度のGW、宜しければお時間いただけないでしょうか? どこかおでかけでもと思ってます。それではおやすみなさい』
落ち着け、ひとつひとつ整理して行こう。ます。これは梓がアドレスを教えたのは文面から見て取れる。それは構わない。いずれにせよ同僚となった以上、お互いの連絡先は知っておく必要はある。それに前半は仕事の内容と今後の心構えを述べている。若いのにしっかりしている。
ただ……後半がおかしい。GWにおでかけのお誘い? ふ、二人で?
間違いメール……では無い。ちゃんと俺宛の内容だし、違和感は無い。ど、どいう事だ?
「ぐわ!? もうこんな時間! と、とりあえず会社に行かなくては!」
自問自答に時間を費やしてしまった為、既にルーティンワークをしている時間となっていた。
慌てて身支度を整え、会社に向かってダッシュした。何てこった……。
「今日は遅いね? 昨日結構時間かかったみたいだね。寝坊?」
既に出社してPCを広げている梓に声をかけられた。ちなみに近道を使い、全力疾走する事により、家から会社まで3分を切った。し、新記録だ……。
「い、いや、確かに日にちは変わったけど、あ、そ、そうだ鍵を返さなきゃ」
部長にオフィスの鍵を返しにいき、少し小話をした後戻って来た。俺の息の切れ具合に若干引いていたが。
もちろん、遅刻では無い。なんなら今の時間が一番出社してくる奴が多い。だが、いきなり朝一のルーティンワークに遅れが……なんとか巻き返さないと。
「お、おはようございます!」
鈴宮さんも出社してきた。ま、まあ、あの件は後で聞いてみるとしよう。さてまずは、お仕事お仕事!
改めて席に着き、鈴宮さんを見ながら自分の仕事を進めることにした。梓が気を利かせてか、自分の席を譲り、別のスペースで作業をしてくれている。隣通しなので教えるのがスムーズだ。
「この資料をまとめるにはこの積立棒グラフを使うといいですね。あと、色分けは大事ですが、あんまり原色は使わな方がいいです、絵面がくどくなっちゃうんで。パステルカラーがおすすめです」
マウスを操作して手本を伝える。資料は見やすくなければならない。こんな細かい配慮も必要なのだ。
「なるほど……これをこうして……」
まずは作業に慣れる事が大事である。鈴宮さんのPCから離れ、少し脇で観察する。真剣に取り組んでくれているようだ……む、胸、やっぱり大きいな……。きっととても柔らか――
そんな事を考えていると首筋に一点の痛みを感じた。その後すぐに『カチッ』という音の後、激痛が走った。俺は鈴宮さんに気付かれないよう、そっと両手を上げるとその痛みは引いた。
多分、梓が俺の態度を見て首筋にボールペンを押し当ててノックしたと思われる。きっと俺の首には一点のインクが付いている事であろう……。
「どうしました? 両手を上げて?」
「い、いえ、ちょっと伸びを。う~ん! さ、頑張りましょう!」
危ない所だった……でもこの誘惑、今後堪え切れるだろうか……。
昼からはデスクの追加作業を行った。配置は梓に任せたのだが、俺と鈴宮さんが両隣で対面に梓という先輩後輩逆の配置となった。
上司席……というより、監視席だな。常に見られているような気がする。
お昼を回って進捗率は30%……このままでは22時コースだ。昨日よりはマシとは言え、このペースは不味い。
「じゃあ鈴宮さん、次は企画書についてですが」
それでもしっかりと指導をしないと。鈴宮さんだからと言う訳では無い。新人を放置などする訳にはいかない。しっかり教えてあげれば、知らない間に梓みたいに俺を抜く存在になってくれる。上司ではないが、後輩の成長を見るのは嬉しいもんな。
その為には手を抜いてはいけない。分からない所、不安な所は解消してあげないと。
定時を迎えた……進捗率は50%……思ったよりも伸びなかった。ふ、昨日と同じぐらいの時間になりそうだ。
「あ、あの……今日も私のせいで……」
まだ二日目だが、俺の仕事の残量を察したみたいだ。鈴宮さん、優秀ですね!
「大丈夫、鈴宮さんが気にする事では無いですよ。じゃあ、ちょっと部長に鍵を借りに行ってきますね」
くうぅ……たばこが吸いたい。よし、後であいつの所に行ってたばこをたかろう!
「はい、葵の分もこなしておいたよ? これで定時で帰れるでしょ?」
梓の手元には数種類の資料が握られていた。手に取って確認していると確かに宙に浮かせていた仕事の資料達であった。手に取り確認してみるとばっちりの出来栄えであった。
「助かる! これで今日は帰れそうだ! いやあ、流石、梓! よ! 今日も美しい!」
「もっとあがめなさい! ほほほ!」
まあ、定時後に美しいと誉めるのはちょっと遅い気もするが。だが、これで今日は帰る事が出来そうだ! 久しぶりにラーメン……はまだ早いか、なっちゃん、2週間はダメって言ってたし。
「よし、じゃあ今日はみんなで上がりましょうか!」
タイムカードをスキャンして3人揃ってオフィスを後にした。
梓は店長の所にお弁当箱を返しに行くだろうから、途中で別れる事になる。俺もコンビニで晩ご飯を調達するので鈴宮さんと合わせて駅の方に向かった。
「じゃあ、私はここで! 桃華ちゃんに手を出しちゃダメだよ!」
「出すか! 早く行ってやれ、店長待ってるぞ」
まったく、相変わらず思った事をズバズバ言う奴だ。ますます俺の評価が下がるじゃないか。
梓と別れ、今日は何弁当にするか考えながら再び歩き出すと鈴宮さんに声をかけられた。その表情はとても困惑している様子であり、少し怯えている様子でもあった。
「あ、あの。昨日のメールなのですが……」
忘れてた……そうだった! えっと、その……ど、どうすればいいんだ!?
「す、少しお話できますか?」
「は、はい! じゃ、じゃあそこの噴水のベンチにでも」
流石に喫茶店に行く訳にも行かない。こんな光景を梓に見られたら何を言われるか分かったもんじゃない。
自動販売機で飲み物を購入し、ベンチにこしかけようとした瞬間だった。
あいつらが居た。
「鈴宮さん! 俺の後ろに……あ、あれ?」
咄嗟に腕を掴み俺の後ろにかくまい、背中を当てた。この前、鈴宮さんを襲った3人組が目の前に居たからだ。でも……ぼ、募金活動? をしてる。目の不自由な方の為の……?
「はうぅ……あわあわ……」
「だ、大丈夫みたいですね……それにしても、あ、あいつら何をやってるんだ?」
声を揃えて募金を呼びかけ、頭を下げている。その脇には迷彩服を着た捕獲班の方もおられるが……。
「あ、あ、あああの……」
振り返ると震えながら顔を赤くしている……どうしたんだろうか。やはり、まだあの時の事がトラウマになっているのだろうか。
「迷彩の方も居ますし、おそらく店長の指導があったので更生したみたいですね。万一の事があっても俺が守りますから安心して下さい。えっと、お話というのは?」
改めてベンチに腰を下ろすと、鈴宮さんも慌てた様子で座った。
缶のプルタブを開け、一口飲んだ。俺は珈琲を鈴宮さんにはミルクティーをチョイスしてみた。だが当の本人はペットボトルを手でコロコロしながら俯いていた。
「ミルクティーお嫌いでした? じゃ、じゃあ別の物を――」
「あ、いえ、違います! そ、そのメールの件ですが……」
ミルクティーは嫌いではないらしい。そのまま話を聞いたところ、誤って誤送信してしまったとの事だった。
「なあんだ、びっくりしましたよ! 寝落ちってやつですね!」
そっか、そう言う事か! 確かにスマホ見ながら寝ちゃう事ってありますもんね。俺も良くしちゃいますから。間違いは誰にでもあるからね。
「……でも内容は送りたかったものです。あ、あの! GW、一緒におでかけしませんか!?」
あれ? また誤送信? 今、なんとおしゃいましたか?




