11話 お揃いのアザラシちゃん
――葵視点
鈴宮さんを駅まで送り、改札を抜けたのを確かめた後、手に握っていたアザラシちゃんキーホルダーを見た。とても可愛らしい胴長短尻尾のキュートな姿である。
さて、どこに付けようか。スマホには付けれそうにないし、肌身離さず持っている物かぁ……そうだそうだ、あれに付けよう!
そのまま歩いて駅の喫煙可能エリアに移動してたばこを取り出し、火を付けた。
食後の一服である。最近は店内はどこも禁煙だから中々に肩身が狭い。事実この駅前だって俺の気のせいであって欲しいが、たばこを吸っている俺を見る目は冷たく感じる。一応、税金は大目に払っているんだけどね……仮に全国民がたばこを吸わなくなったら確実に消費税がもう一段階上がると思う。
だが、それにあぐらをかいている訳では無い、それでマナーは守らないのは別問題である。火を持っているんだから火事にでもなったら大変だし、触れるだけで大火傷になる。
そんな事を考えながら、たばこを咥えながら目を細め、手持ちのシガレットケースにキーホルダーを取り付けた。
煙を吐き、改めてシガレットケースを眺めていると中々に恥ずかしい。ちょっと目立ち過ぎるかな?
「可愛い子じゃないの、あの子」
横から声をかけてきたのは長身の美女の外観をしている美男、和夫であった。
「ああ、そうだろ? 自慢の会社の後輩だ。まあ、今日初めてあんなに喋ったんだけどな」
そう言いながら煙草を差し出した。和夫もヘビースモーカーでは無いが、煙草を吸う。
「あら、ありがと」
色っぽく煙草を取り、じっとこちらを見ている。どうやら火を待っている様だ。もちろん付けてやった。煙草を渡して火を付けてやらないとか、なんの拷問か分からない。
細く長い煙を吐き、和夫は続けた。
「店長の部下から聞いたわよ? その顔の傷、あの子を守る為に? 彼、相当怒ってたんじゃない?」
「……初見で持ち上げられて、腕の骨を持って行かれそうになるぐらいには」
もくもくと煙を吐きながら答えた。完全に蒸気機関車だ。だが、和夫が横に居るので街を歩く人は美人の方に注目している。どうやら美女は許されるらしい。男だけどね。
「ふふ、彼らしいわね。私にはそんな芸当出来ないわ。それに男性三人に囲まれたんでしょ? 私も恐怖で足がすくんじゃうわ」
「何を言ってるんだ……俺はお前から貰った地獄の脳震盪直行フルコースで襲っていたやつらを撃退したんだぞ? しかも全部寸止めというヌクモリティーで。お前は全て撃ち抜いてきたけどな!」
「え~? そんな事あった~? カズリン分からな~い」
くっ! こいつ! だが、見た目が完全に女性だ。胸倉なんて掴もうものなら『キャー痴漢!』と叫ばれ通りすがりに人に110番される事だろう。俺は人生に前科を付けたくない。
「ま、そのおかげで身になったんだけどさ……」
煙草を灰皿の淵でもみ消し、肺に残った煙を吐き出して告げた。
ちなみに和夫がちょいと本気を出せば、素人三人なら瞬殺するだろう。しかもこいつに慈悲の心は無い。
「んじゃ、帰るわ! 寒いし、早くシャワー浴びたいし」
「葵ちゃん、ちょっとは女心を分かりなさいよ? そのキーホルダー、渡す時あの子凄く頑張ってたんだから。どうせ、葵ちゃんの事だから『アザラシちゃんのファンが増えた!』程度しか思って無いんでしょ?」
え? 違うの? じゃあ、どういう事さ。これはカップル用のキーホルダーだぞ? そんな片割れを、俺に渡した……?
「ちょ、ちょっと!? おい、まじか和夫!? そう言う事なのか!?」
「……普通、分かるでしょ?」
ため息交じりの煙を吐きながら和夫はがっくりと項垂れていた。
「ど、どういう事だ、俺が、鈴宮さんに――っくしょん! うう、寒気がする……こ、これは……」
「もう、早く帰って暖まりなさい。風邪引いたってなっちゃんにバレたら大変な事になるわよ?」
そう言うと何処から見ても男には不釣り合いな女性用の可愛らしい傘を差し出してくれた。だが、背に腹は代えられない。傘は傘だ。
「……すまない、また返しに行くから」
「いつでもいいわよ。うちには売る程あるから。まあ、売ってるんだけどね!」
ウインクを一つ飛ばしてきた。やめていただきたい、男にそんな風にされても微塵も嬉しくない。
和夫に対してと自身の寒気をダブルで感じながら帰路に着いた。鈴宮さんの事で頭をいっぱいにして。
――桃華視点
電車に揺られながら、スマホカバーに取りつけたアザラシちゃんをにやけながら見ている。手帳タイプのカバーを付けているのでちょうどよい感じでキーホルダーを付けれた。
「えへへ、先輩とお揃い……」
多分、カズリンさんの言葉が無かったら渡せなかったと思う。感謝してもし足りない。ただ、お礼の品としてはちょっと重かったかも……普通にクッキーとかの方が良かったかな……あれ、なんか不安になって来ちゃった。
ひょっとして、迷惑? やっぱ重過ぎた!? ほぼ初対面、しかも成り行き初デートでいきなり過ぎた!?
「……悔しいけど、咲矢に聞いてみよう……あの子、経験多そうだし」
夕食後、お菓子を持ってリビングに咲矢を呼び出した。
「何? 姉ちゃん、うわ、もうお菓子食べる気? さっき晩ご飯食べたばかりじゃん、太るよ? 主に胸が」
「お母さん、この子、セクハラしてくる!」
「ちょっ!」
「何か御用でございましょうか、お姉さま……」
頭を押さえ、涙目になってるのはお母さんのげんこつが効いているからだろう。態度も従順なものに変わった。
「あんたはほんと、女の子に対して軽いわね……どうしてこんな子になっちゃったのか……お姉ちゃんは悲しいよ」
ポテチの袋を開けて一枚口に運ぶ。うん、やっぱり塩味が一番!
「そんな事言われても……んで、何さ? まさか弟とポテチが食べたくなった訳じゃないでしょ?」
手を伸ばしてひょいと三枚ぐらいまとめて口に運んで咀嚼している、一枚づつ食べて欲しいものである。
「んとね、た、例えばの話だよ? 初対面に近い女の子がいきなり男の人にカップル用のキーホルダーとかを渡したらどんな感じになるかな~って。た、例えばの話だからね!」
「姉ちゃん……俺ならドン引きする」
表情一つ変えずに真顔で言い放たれた。
「はぅぅ~……」
や、やっぱり、そうなりますぅ? 後、ポテチ食べ過ぎ。何だかんだ言いながら私より食べてるじゃん……。
「……ただ、相手が姉ちゃんの事を好きだった場合は違うだろうけどね」
そ、その可能性もあるのか! そっか、先輩が私の事を好きな可能性……あ、あれ? 無くない? その可能性は。
一気に気力が抜け落ち、テーブルに突っ伏そうとした瞬間、素早くポテチを持って回避する咲矢の姿が映った。
「おっと! ポテチが姉ちゃんの胸で潰される所だった!」
「お母さん、咲矢、胸ばっかり見て来る!」
テーブルに突っ伏しながら言い放ってやった。
「ちょっとお! それ酷くね!? 俺はただ、ポテチを――」
その後、咲矢も静かにテーブルに倒れて来た。どうやら鉄槌が下ったようだ。
お風呂に入り、ベッドに体を投げ出しながらスマホケースのアザラシちゃんを眺め一喜一憂している。かなり情緒不安定だと自覚している。
「うう、どうしよう、やっぱ印象悪かったかな、重かったかな……でも、きっかけは作れた! うん、そういう事にしておこう! 休み明けもお仕事頑張らなくちゃ!」
今は会社でのお仕事を覚えないといけない大切な時期だし、それにGWも近づいてる……一日ぐらいは先輩とお出かけしてみたいな……。
先程からアザラシちゃんを渡した事についてずっと悩んでいたけど、大変な事を思いだした。本来の目的を忘れていた事に。
「ああ!! しまったぁ! 私何してるの~!? シャツ持って帰って来ちゃった!?」
急いでカバンを確認すると当然のようにシャツを入れた可愛らしい袋がしっかりと入ってあった。
「はぁぁ……」
自分のどんくささが嫌になる……これじゃあ何の為に……。
ふとアザラシちゃんのキーホルダーが目に止まり、頬が緩んだ。
「まあ、全く何も無かった訳じゃなかったし……明日は日曜日だからもう一度持って行こうかな……」
連続で会いに行くべきかどうかを葛藤しながらアザラシちゃんを指でなぞっていると、いつの間にか意識は遠のいて行った。




