1話 優しい社畜さん
新連載始めました!
宜しくお願い致します!
――葵視点
誰も居なくなったオフィスでキーボードを叩く音だけが虚しく響いている。花の金曜日、同僚達は新入社員歓迎会の為、珍しく揃って定時退社している。
俺を除いて……。
「だああっ! なんでこんな時にクレーム入るかねえ!? おかげ俺だけ居残りじゃねえか! それに部長も部長だよ! 何が『坂上君なら慣れてるから処理お願い出来るよね? 今日中に先方にお詫びと経緯報告書出しといてね』だ!」
靴を脱ぎ、椅子の上にあぐらをかきながら一人でブチ切れてみた。誰もいないのでこんな態度でも問題は無い。というかこれぐらいの暴言と悪態は許して欲しい。
「あのちょび髭……覚えてろよ。今度特上の寿司を奢らせてやるからな!」
眼鏡をくいっと指で押し上げ、手元の缶コーヒーを手に取ったのだが、軽く、中身が入っている気配は無い。それでも口に当てて確認してみたものの、やはり中身が出てこない……完全に飲み干していたようだ。
「……ちょっと休憩するか。まだ少しかかりそうだし」
小銭入れを取り出し、空になった空き缶を持ち、伸びをしながら自販機コーナーへと向かった。
空き缶を捨て、同じ銘柄の暖かいコーヒーを購入し、そのまま喫煙ルームへと足を運び煙草に火を付けた。
昨今、煙草を吸う人間は腫れもの扱いされる事が多いのだが、この会社の社長がヘビースモーカーである為か、喫煙ルームには空調はもちろん脱臭装置も備えられており、喫煙ルームの外には消臭スプレーも添えられている。
「……まあ、先輩顔した俺が原因でもあるか」
副流煙を見ながら自分が取った対応を思い出した。
入社4年目である俺はひとつ下の後輩とチームを組んでいるが、今回のミスをやらかしたのは俺の直属の後輩である。まあ、それほど絶体絶命なミスでは無く、後輩でも十分対応可能なのだが、『新入社員の歓迎会だろ? 後は俺に任せて楽しんでこい』と伝えた。
もちろん、本人は申し訳無さそうにして残る気満々だったのだが、ちょび鬚部長に先ほどの言葉を投げ捨てられ、後輩は半ば強引に連れて行かれた。
「しかもあのちょび! しっかり会費だけは取りやがって!」
煙草を吸い込み盛大に煙を吐いた。どんどん部長の扱いが雑になっていくがこれも仕方の無い話である。奴は俺にそれだけの事を押し付けたのだ。こうなったら時価の寿司屋に連れて行ってもらおう!
「さて……いつまでも不貞腐れてないで続きをするとしますか」
しかし、後輩の失敗は俺の失敗でもある。今度チェックの方法を改めて伝えてあげるとしよう。
煙草を揉み消し、喫煙ルームを出て備え付けの消臭スプレーをスーツに吹きかけた。
「……よし、送信と」
クレーム処理を終わらせ時計を見ると22時を回っていた。歓迎会がちょうど終わる時間である。
あわよくば遅れてでも顔を出そうかと思ったが、思いの他に時間を要してしまった。
「さあてと、帰るとするか……」
タイムカードを切り、オフィスを施錠する。今日の為に部長が特別に俺に持たせてくれたのだ。ある意味信用されているとも言える。ただ俺は会社大好き人間では無い。
ただ、たまたま自宅も会社の最寄りの駅から近い場所に構えている。おかげで有事の際には即時駆けつける事が出来る。
それに通勤時間の短縮は大きい。短ければ短い程良い訳だし、何より終電の心配をしなくてもいい。徒歩で帰れる訳だし。
ただ、この事を知り合いに話すと口を揃えて同じ事を言う『純度100%の社畜』だと。全く失礼な話である。
自宅は会社から約5分、裏道を使えば更に1分短縮可能な場所に住んでいるだけなのに。
「今日はさっさと帰りたいし、近道だな」
裏道は距離が近くなるものの、薄暗く、店舗も無い。自販機がある程度だ。なので買い物などをする時には表通りを歩く。
ただ独身とは辛いものであり、繰り返し通う内にすっかり駅周辺の店の人には顔を覚えられている。
出来ればそっとして欲しいのだが、これがまたやたらと絡まれる。『彼女は出来たのか』だの、『そんな栄養の偏るものばかりじゃ駄目』だとか。24歳の兄ちゃんを捕まえてまるで子供扱いである。まあ、それだけ気にかけてくれているのだろうけど。
しばらく歩くと珍しく人影が見えた。
裏道とは言え天下の往来である。人が居てもなんら問題は無い。女性が男に囲まれていなければ。
街灯が少ないので良くは見えないが、ショートカットの女性に、いかにもやんちゃな金髪の大学生であろう男達が強引に誘っているようだ。
ぱっと見、女性は背丈が小さめで幼い感じもする。高校生ぐらいなのかも知れない。しかもその女性は声を震わせ拒絶している。
はあぁ……明らかに面倒事だ。出来れば関わりたくない。
「おらあ! お前ら何してんだ!? 嫌がってるだろうが!」
その声に大学生らしき三人はこちらを見た。面倒事なんて誰しも関わりたく無い。だが、見過ごす程俺は腐っていない。
「は? うっせっえよ! おっさん!」
「邪魔すんなよ、俺達はこれからこの可愛いお姉ちゃんと遊びに行くだけだよ」
「はいはい、おっさんはささっとどっかに行って下さ~い」
こいつら……誰がおっさんだ!? おまえらと対して変わらんわ!
「うぅ、助け……」
恐怖に怯え泣き声も掠れている。胸元も少しはだけている……おいおい、完全に襲ってるだろうが。
「うるせえよ、ガキども。大丈夫か?」
悪ガキ三人と女性の間に入り、掴んでる手を払いのけた。
「おい! 何してんだよ、おっさんが!」
「正義のヒーロー気取りか?」
「痛い目に会いたいらしいな!? あぁ!?」
三人が凄んでくるが無視して女性を立たせてあげて後ろにかくまった。
「お前ら、これは犯罪だぞ? 分かってんのか?」
「るっせえよ! おっさんが!」
三人の中で一番ガタイのいいやつがいきなり殴りかかって来た。左頬に痛みを感じ盛大に吹っ飛び眼鏡も一緒に飛んで行った。
「きゃああっ!!」
女性の叫び声が上がった。だが、問題は無い。わざと殴らせたのだ。咄嗟に半歩引き、大ぶりの相手の右に合わせて顔も大げさに右に振って自分から吹っ飛んだのだ。おかげでそんなにダメージは無い。ちょっと口の中は血の味はするが。
「へっ、出しゃばってくるからだ、おっさんが」
俺の盛大なぶっ飛びに機嫌を良くしたのかへらへらとしてやがる。しかしこいつら、何回おっさんって言いやがるんだ……さてと、メガネは……あったあった。
メガネをかけ直し、三人を睨みながら立ち上がった。さっきので分かった。こいつら素人だ。ならば問題は無い。
「お、なんだ、まだやるつもりか?」
「も、もう、やめ……」
女性の悲痛な声が届く。が、素人さんに殴り飛ばされて何もしない程、お人好しではない。喧嘩は嫌いだけどもね。
おそらく今俺を殴った奴が一番強いのだろう。こいつを黙らせばいい。
素早く向き直り、反身を切る。それと同時に左手を顔まで上げ、右手は顎付近に添える。軸足を前にし、踵を上げ顎を引き、相手を見据えた。
ボクシングのファイティングポーズである。
「おっさんがなにやる気になってんだよ!」
大きく右手を振りかぶりこちらとの距離を詰めてきた。こいつ、素人じゃない、完全など素人だ。
まず無意味な振りかぶりで左から来るのが簡単に分かる。大概経験の無い奴は利き手のフルスイング一辺倒だ。それに構えを取って隙など無いのに何処を狙ってるんだか。
と言うよりも気付けよ、構えた時点で相手が格闘術を知っている事ぐらい。俺なら全力で逃げるぞ?
フルスイングの右を半歩下がりリーチを殺し、伸びきった相手の腕をタイミングを合わせ左手で下に弾いた。
「えっ?」
すっとボケた声が上がった。いなされるとは思っていなかったのだろう。さて、反撃だ。いなした左手を小気味良く回転させ、腰を入れて左ジャブを打った。
当てずに相手の頭上に。
「ふえっ?」
自分の頭の上にある拳を見て驚いている。これはフェイントだ。馬鹿みたいに顎を上げて見ている。その動作を確認した瞬間に左手は元のガードの位置に戻した。
既に右手は動作し始めている。
「シッ!」
掛け声と共に右ストレートを相手の鼻っ面に放ち、寸止めする。
「ひっ!?」
間髪入れず左フックで右こめかみを狙い寸止め、続いて右フックを左顎に同じく寸止めをする。
「えっ? えっ?」
もはや完全に何が起きてるか分からないだろう。最後にゼロ距離まで詰め寄り、ひねりと上下の屈伸運動を使った右アッパーを顎に向けて放った、これも寸止めだ。
「……4か所の急所打ち、打ち抜いてたら完全に意識刈り取れたけど。まだやる?」
その言葉にガタイのいい兄ちゃんは青ざめていった。
「お、覚えてろよ!?」
安定のセリフを放ち、足をもつらせながら三人は闇夜へと消えていった。
「あ、あの……」
完全に三人が見えなくなる事を確認した後に女性へと向き直して言葉を放った。
もう限界であった……。
「怖かったよぉ!! 刃物とか持ってたらどうしようかと思ったよぉ!!」
足はガクガク、心臓はバクバク、手は震えている。俺は……ビビりなのだ……。しかもウォーミングアップ無しで久しぶりに全力で腕を動かしたので筋が……。
半泣きになりながらその場に座り込んだ……もちろん格闘術はハッタリでは無く、昔取った杵柄である。先ほど動きは過去に俺自身が食らった事のある連続技だ。
懐かしい話である。その時は脳震盪を起こして、猛烈な吐き気に襲われ、その日は飯が喰えなかった。
「あ、あの、大丈夫、ですか?」
助けた女性も座り込み声をかけてくれた。立場が逆転して高校生らしき子に俺が心配されてしまった。
でも大丈夫か大丈夫じゃないかと聞かれたら……全然大丈夫じゃないですぅ!!
「……すみません、取り乱して。警察に行きますか? 俺、この近所に住んでいますので場所は分かりますが」
二人して道端に座り込み話をしているのだが、この時点で警察から見たら不審者扱いだろう。でも、ちょっと待ってね、まだ足がすくんで動けないから。後、腕の筋が変なの……。
「あ、い、いえ。坂上……先輩?」
なぬ? 何故俺の名前を知っているのでしょうか? 俺は貴女の事は知りませ……あ、今年の新入社員の鈴宮桃華さんだ!
小柄ながらも胸は大柄、ショートヘアが似合う幼い顔立ち、瞳はパッチリの美女と言うよりも可愛いい成分が勝る女の子だ。
この表現は良いのか悪いのか分らないが制服を着れば高校生にしか見えない顔立ちである。まあ、胸は超高校生級であるが。
俺の部署では無いが、今日行きそびれた歓迎会の主役だ。とっても可愛らしくて密かに恋心を抱いていた子であり、スーツ姿がまだまだ初々しい――
「あっ」
胸元がはだけてブラのレースが見えている……ピンクですか……。
「え、あ……きゃあ!!」
「あ、あの! こ、これを!」
急いでスーツの上着を脱ぎ鈴宮さんにかけてあげた。
それにしてもあいつら、この行いは万死に値する! 後で彼に連絡だ……警察には出来ない酷い仕置きをプレゼントしてやる!
「お、俺の家すぐそこなんです! そこで気分を落ち着けてもらえれば!」
「あ、はい……」
ふう、とりあえず俺もゆっくりした……んっ? 恋心を抱いている後輩を自分の家に? これってある意味お持ち帰りじゃ……やってる事さっきの大学生と変わらなくね!?
い、いや、違う! 断じて違う! これは保護だ! 俺はうさぎさんを保護したのだ!
足はまだ震えているけどなんとか家路に向かった。そんな産まれたばかりの小鹿さんのような足取りであったが、鈴宮さんは俯きながらついて来てくれた。
初絡みが胸チラご拝見からのお持ち帰りとは……。しかも会社の先輩じゃ断り辛かっただろう、俺の印象最悪だな。終わった、俺の恋はこの数分で散った……後でやけ酒でも飲もう……。
お気に入りましたら感想、ブクマ、評価のほどお願いいたします~!
それでは、今後もお楽しみ下さいませ!




