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きみとせつなに  作者: 蒼依
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08.蓮の髪飾り

 土御門晴花は学校の屋上で気だるげに空を仰いだ。


「ったく、なーんで休日に会議とかすんのかねぇ。あーだめだ。帰りてぇ」


 見上げた昼の空は雲が見当たらないほどの冬晴れで、晴花にとってはその青い空がいっそ憎たらしく思えた。


「あんのクソババア、時間外労働させやがって。さっさと辞めちまえ」


 煙草を蒸かしながらなんとなく視線を下へ落とすと、正門に駆けていくひとつの人影を見つけた。


「うわ、俺がこれから会議だってのに、なんだあいつ。一時帰省か?羨ましいねぇ、餓鬼は楽しそうで」


 白く長い髪を風になびかせて走る少女の姿を恨めしそうに見下ろす晴花は、校門の方にもうひとつの影を見つけて片眉をあげた。


「あれは…」


 そう呟くなり、ははーんと晴花はしたり顔で転落防止柵に頬杖をついた。


「あれが噂のボーイフレンドか。いいねぇ青春。青い青い」


 クツクツと肩を揺らす晴花は、心底愉快だとでもいうような笑みをその顔に表した。


「いいもの見ちった」


 晴花は地面に落とした煙草の火を靴底でもみ消し、笑いながら屋上をあとにした。



 □□□□□□□□



 白い息をはきながら、雪勿は正門で待つ紫蒼の姿を見つけて駆け出した。


「紫蒼!」


 身支度に予想以上の時間がかかってしまい、約束の十二時を五分すぎて寮を出た。大きめのリュックに一泊分の荷物だけを詰め込んで雪勿が正門に辿り着く頃には、紫蒼の指先は氷のように冷たくなっていた。


「すみませんっ。遅れてしまって」


「構わないよ」


「あ、あの、これ使ってください。温かいですから」


 紫蒼は差し出されたカイロを受け取ると、寒さで赤みを帯びた頬にあててふわっと笑った。


「本当だ。温かい。ありがとう、使わせてもらうよ」


「はい」


「さ、行こうか」


 颯爽と歩き出す紫蒼は、相変わらず似合わないこの学校の制服を着ていた。密かに紫蒼の私服を楽しみにしていた雪勿にとっては、肩を落としてしまう少々残念な現実だった。


 恐らく服などが入っているであろう彼が肩から下げる黒鞄は、雪勿の水色のリュックよりも小さかった。持ち物は少ないほうなのだろうか。雪勿もそれほど多いほうではないのだが、紫蒼はそれ以上に少ないとみえる。本当に必要最低限のものしか持ってこなかったのかと、雪勿は紫蒼の横顔を盗み見た。


 鼻の頭が赤い。トナカイみたいだなんて待たせた本人が言ったら、紫蒼のいつでも涼し気なあの顔も少しは歪むかもしれない。


「雪勿のお父様は…機械系の」


「株式会社れんじゃくの社長です」


「そうだ。すごいよね、大企業の一人娘なんて」


 主に医療機械を扱う『株式会社れんじゃく』は、国内でも名の知れた企業のひとつで、社長の名は蓮雀穂高。雪勿の父親だ。雪勿が小さな頃から忙しなく働いていたせいで彼との思い出は少ないが、それでも時間を見つけては家に帰ってきて遊んでくれた優しい父親だ。


「そうなんですか?よく分かりません」


「そっか。貴女にはあまり重要なことではないのかな、そういうのは」


 重要なことというよりは、雪勿にとって生まれた時からそうだったから、今更深く考えても何も思わないというのが正直なところだった。


「そういえば、今日は髪飾りをつけているんだね」


 ふいに髪に触れられ、雪勿の胸が波を打つ。


「あ…はい。お父さんがくれたもので、お気に入りなんです。でもこれつけてると蓮雀の者だってすぐに分かっちゃうから学校ではつけないようにしてるんです」


 ちょっと派手だしと言いながら、雪勿は髪飾りを外して紫蒼の目の前に差し出した。金属の台座の上に敷き詰められるようにして淡いピンク色の石が置かれている、ピン型の髪留め。花を表していることがひと目でわかった。


「これは…蓮?」


「はい。蓮雀のシンボルと同じ」


「ああ、なるほど。たしかに見る人が見たら、貴女がどういう人なのか分かってしまうのかもしれないね」


 だがそんなに慎重にならなくてもいいんじゃないかと紫蒼は問うたが、隠す理由はそれだけでは無かった。雪勿は自分の髪を一筋手に取った。


「ほらわたし、こんな髪色だからただでさえ目立つのに、この派手なものつけてたらさらに目立ってしまうでしょう?それに一応、お金持ちの子って色んな人に狙われるから、なるべく目立ちたくなくて。と言っても、白髪の高校生ってだけでも十分目立つんですけど」


「…経験が…あるの?」


「はい、まあ…何度か。最初に紫蒼に名字を言わなかったのも、それが理由です。むやみに言いふらさない方がいいと思って。すみません」


「いや、雪勿が謝ることはないよ。そんな事情があれば、誰だってそうする…」


 紫蒼は同情の眼差しを向けたが、雪勿は穏やかに笑って見せた。


「そんな顔しないでくださいよ。別に、悲しい話じゃないんです。わたしは家も家族も好きですから。わたしを狙う目的がわたしの家の財産なら、わたしの親は人に羨ましがられるほどすごい人ってことになるじゃないですか。わたしはそれがすごく嬉しくて、そんなお父さんとお母さんのことをとても尊敬してるんです」


 それに、と雪勿は続けた。


「わたし家を継ぎたいんです。だからそういうことに逃げちゃ駄目だと思うので」


 カッコつけすぎですかねと言いながら、雪勿は蓮の花の髪留めを、耳の上あたりにつけ直した。白い髪にもよく映えるこの世に一つしかない雪勿の宝物。


「その髪留め、貴女にとても似合っているよ」


 そう言うと、雪勿はありがとうございますと言って笑った。紫蒼にはその宝物を身につける雪勿が、とても眩しく見えた。


 雪勿の家は、学校から電車と新幹線を乗り継いで約五時間程のところにある。目当ての新幹線へと向かう途中の駅構内、噎せ返るほどの人混みの中で、紫蒼はより一層雪勿を気遣うような様子だった。はぐれないように手を繋ぐことを提案し、座席はもちろん隣を指定。そして何故かやたらと頭を撫でてくる。


「紫蒼」


「うん?なに?」


「そんなに心配しなくても、ひとりで家に帰ることくらい出来ます。迷子にはならないです」


「うん。わかってるよ」


 本当にわかっているのかと雪勿は隣に座る紫蒼から顔を逸らして、窓の外を見た。紫蒼は少々過保護じみた行動をとる。それほど自分のことを心配してくれているというのは理解しているつもりでも、雪勿には少しだけ窮屈にも感じられた。


「……子供じゃないのに」


「何か言った?」


「いいえ。何も言ってません」

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