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きみとせつなに  作者: 蒼依
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07.金縁の黒蝶

「話を戻すけど、俺は女性の部屋に勝手に入ったりしない」


「じゃあどうやってたんですか」


「それはね…」


 もったいぶるようにためてから、紫蒼は雪勿の目の前に片手を差し出した。


 なんですかと訝しむ雪勿のその表情の変化を楽しむように、紫蒼はにっこりと口角を上げながら一度緩いこぶしを作る。そしてゆっくりと開かれた手のひらから、羽の淵が金色に光る黒蝶が眠りから覚めるように現れた。


「これっ!さっきも見た…っ!」


「この黒蝶は俺の分身みたいなものでね、この子を通してなら離れた場所に俺の声を届けることが出来る」


「だから夢の中やさっきの影の中でも、紫蒼の声がしたんですね!」


 紫蒼はそういうこと、と片目を閉じた。


「それと少しなら加護の力が働く。だからこの子を貴女の部屋に飛ばせば、悪霊を追い払うことくらいなら出来る」


「す…ごい……すごいです紫蒼っ!そんな力もあるんですね幽霊を祓う人には!他には何が出来るんですか?」


 紫蒼が聞きたい?と好奇心を煽るような笑顔で聞いてくるので、雪勿は前のめりになって頷いた。


「それはね……」


「はい!」


「この子の視界を俺の視界とリンクさせることが出来ます」


「それって……!」


 一瞬目を輝かせた雪勿は、だがすぐに事の真実に気づき真顔を過ぎてしかめっ面で叫んだ。


「それって結局……わたしの部屋見ちゃってるってことじゃないですかぁあああああっ!!」


 まぁ落ち着いてと紫蒼は雪勿を宥めるが、その肩は小刻みに揺れている。


「もう!部屋に勝手に入るなんて酷いです!あっ!しかも悪霊を追い払うってことは夜までいたってことですよね?寝顔まで見られ…もう!紫蒼が幾らかっこいいからって、やっていいことと悪いことがあるんですよ!」


「悪かったって。仕方がなかったんだよ。それに雪勿の寝顔なら昼休みに何度も」


「ああああそれを言わないでください。気にしないようにしてたのに!」


「今更って気がするけど…」


 雪勿にキッと睨まれ、紫蒼はクスクスと笑いながら謝った。


「…ねぇ紫蒼。あの悪霊、また現れますか?」


「うん?…そうだね。祓ったわけじゃないし。でも大丈夫だよ。俺がついてるから。だから貴女は今まで通り…」


「だめです」


 雪勿は更に、それじゃだめだと言葉を継いだ。


「それじゃあ紫蒼にばかり負担かけてるじゃないですか」


「これくらいのことは慣れてるよ」


「わたしが嫌なんです。わたし、今週末に、一回家に帰ってみようと思うんです」

「え…え?」


 紫蒼はひどく驚いたように目を見開いた。


「どうして…」


「どうしてって、だってあの悪霊はわたしの身近な人に恨みを持っているんでしょう?だから家に帰れば何かわかるかも」


「いやでもそんなこと…」


「わたしがやる必要ない、ですか?紫蒼が守ってくれるから?」


 紫蒼は何も言えなくなったように口を噤んだ。これを好機とばかりに、雪勿は自分の主張を言葉にして畳み掛ける。雪勿の堅い意志を表すように、その声には力が入った。


「ちゃんと自分で確かめたいんです。驕りかもしれないけど、あの幽霊に恨みを持たせたのがわたしに関係する人なら、わたしには自分でそれを確かめる必要があると思うんです。あの幽霊のためにも」


 それだけではない。雪勿には紫蒼に守ってもらった恩がある。紫蒼に怪我をさせたのは自分のせいでもあると、雪勿は紫蒼に訴えた。


「紫蒼がわたしにして欲しいことなら何でもします。それが恩返しになるなら。お仕事の邪魔はしません。でもお手伝いさせてください。悪霊を祓う手掛かり、わたしにも見つけられるかもしれない。だから、お願いします。家に帰って手掛かりを探させてください」


 雪勿は紫蒼の目の前で頭を下げた。足元を見つめながらどうか頷いてくれと願う雪勿のもとに、しばらくして深いため息が届いた。


「やっぱり言わなければよかった」


 紫蒼の低く唸るような声に、雪勿は思わず顔を上げてしまった。


「紫蒼…!わたし…」


「仕方がないね。そんなに言うなら俺に言わずに勝手に家に帰るなりすればいいのに。俺が止めることは分かりきっていたでしょう」


「……そうですけど…でも…」


 言葉を詰まらせる様子の雪勿を、紫蒼は苦笑しながら、全くと呟いた。


「…まったく、貴女という人は……」


 紫蒼が言わんとしてることが読めず、雪勿は首を傾げた。そんな雪勿の前で紫蒼は微笑みながら、慇懃に雪勿の手を取った。


「紫蒼?」


「いいよ。納得がいくまで調べて、その目で確かめればいい。でもこれだけは約束してほしい。一人で突っ走らないこと。今みたいに、俺にちゃんと言ってから行動すること。家に帰って調べるというのなら俺も貴女と共に行く」


 いいよね?と紫蒼はなめらかな手つきで雪勿と小指を絡めた。指切りだ。


「はい。分かりました。約束します」


「いい子だね」


 今日は金曜日。紫蒼は明日の昼に出発しようと言った。


「じゃあわたし、今から明日の準備してきます」


「うん。気を付けて…あ、そうだ」


「なんですか?」


「お礼、考えておくよ」


 それを聞いた瞬間、雪勿はぱっと表情を明るくして紫蒼を見上げた。


「本当ですか!」


「うん。貴女がそれがいいと言うなら」


「それがいいです!」


「わかった」


 雪勿は嬉しくて、白い髪を揺らしながら小さく跳ねた。紫蒼は何を要求してくるだろうか。彼が何かを欲しているところを見たことがないので見当もつかないが、それがまた想像をかきたてて楽しい。雪勿は気分を良くして紫蒼に背を向けた。


「じゃあ明日、校門の前で待ってます」


「うん。また明日」


「はいっ」


 雪勿はドアが紫蒼の姿を隠すまで、笑顔で手を振り続けた。


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