表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
きみとせつなに  作者: 蒼依
20/28

19.偶然はまるで彼女を導くように

「ずるいです、そんなの。わたしだけいつも何も知らない…なんだか除け者扱いされてるみたいです」


「ごめんね」


「謝るのはその自覚があるってことですか」


 紫蒼は言葉を詰まらせたが、雪勿は独り言のように続けた。


「当然ですよね。わたし紫蒼のこと何も知りませんもん。でもいいです。待つって決めちゃいましたしね」


 いつか、紫蒼が自分のことを話してくれたらきっと、そのときは全力で受け止めてみせますと雪勿は無理やり笑みを作った。


「お父さんとお母さんのこともちゃんと頭で理解してみるつもりです。だから二人が話してくれるまでは、紫蒼の言葉を信じています」


 大切だからこそ、危険分子から遠ざける。


 頑丈にできた塔に雪勿を閉じ込めて防壁代わりとし、分子が危なくあればあるほど、守るために閉ざした塔の扉の鍵は固く壊しにくいものになる。けれどいつか、どんなに時が経ってもいつかその鍵穴に正しい鍵が差し込まれ重い扉が開かれることを、雪勿は信じながら待つのだ。扉の鍵を閉めたのは、皆雪勿の大切に思う人たちだから。


「雪勿」


 振り向くと、紫蒼が両手を大きく広げて待っている。


「おいで」


「………っ…」


 雪勿は感情をぶつけるように、思い切りその腕の中に飛び込んだ。


 本当はこの手を背中にまわすのではなくて、この男の胸を両のこぶしで叩いてやりたい。


 どうして何も話してくれないの。どうして家に誰もいないの。どうして近づこうとすればするほど遠ざかるの。どうしてこんな計画を立てたの。死んだ人間を蘇らせようなんて、許されない。人の道を外れてる。今すぐやめて。わたしを安心させて。


 離れた手の代わりに体を包む紫蒼の体温。雪勿の目頭を熱くさせた。


「雪勿は強い」


「…………そんなこと」


「強くて、優しくて、あたたかい」


「紫蒼は、少し冷たいです。寒いですか?」


 その問いかけに紫蒼は首を横に振った。


「雪勿、貴女は強い。でもたまにとても弱く見えるんだよ。酷く…傷ついて見えるんだよ」


「……」


「それでもまだ、さっきみたいに無理にでも笑顔を見せながら倒れまいと踏ん張るものだから、そんな貴女のことを俺たちはどうしようもなく心配になってしまうんだ」


「俺たち…?」


「そう。だから…そんな貴女だから、みんなが貴女を守ろうとするのだろうね」


 また、いいように言葉で丸め込まれているような気がした。この男の、優しい言葉の呪文に、まんまとかかっているような、そんな不安の霞が付きまとう。


「……。わたしも、大切な人を守れるようになりたいです」


「うん…。貴女はきっとそう言うだろうと思っていた」


 月の下で紫蒼と交わす抱擁は、いつもより少しだけ苦しかった。雪勿の肩に埋もれた紫蒼の表情を、雪勿が伺うことはしなかった。


「あのね、雪勿」


「はい」


「俺……」


 じっと紫蒼の言葉の続きを窺う雪勿。


「俺ね…雪勿に隠していることが沢山あるんだ。ううん、沢山なんてものじゃない。隠し事だらけだよ。けれど必ず…きっと近いうちに話すことになると思う。雪勿には知っていてほしいから」


「わたしに?」


「うん。聞いて…くれる?」


 雪勿の答えを待つ紫蒼の体は、戦々恐々で固くなっているように感じる。少し前の自分を見ているようだと感じながら、雪勿は自分の心を解してくれたように、彼の怯える心も柔らかく包んであげたかった。知りたい、けれど彼を困らせたり、不安にさせたいわけじゃない。


「聞きます」


「幻滅するかもしれない」


「それでも、この手を離さないって言いましたから」

 その間何を思っていたのか、紫蒼は数秒の沈黙を挟んだあと、ありがとうと掠れる声で言った。思わず紫蒼の頭に伸ばした雪勿の手が、彼の柔らかい黒髪を指で梳きながら優しく撫でていく。なんだかいつもと立場が逆転していることに、雪勿は少しの優越感を感じふっと笑った。


「今日は紫蒼の知らない顔がいっぱい見られて嬉しいです」


「ええ?どんな顔?」


「手を離したら子犬みたいに寂しがるところとか、不安になるとこうして人肌に縋るところとか。学校ではいつも大人に振舞っていたので、少し意外です」


 紫蒼は情けないねと苦笑いを返したが、雪勿は言葉を繰り返した。彼の意外な一面を見られたことが、雪勿にとってはどんな一面だったのかよりも大事な事柄だだった。それを近くで見られたことがこの上なく嬉しいのだと。


 それを聞いた紫蒼は雪勿の肩を借りたまま、雪勿にはかなわないなと眉を下げて笑った。


 それから紫蒼は、唯一見つかった悪霊の手がかりの中身を何ひとつ見落とさないよう熟読し始めた。計画書は最初の白紙のページを含め四十ページにまで及んでおり、その殆どが計算式とそれを図で表したものだったが、最後の項目にどこかの地図が記されていた。


「どこの地図でしょう?」


「多分…蔵…かなぁ」


「蔵の中の?必要ですかね」


「んー。あっ、でも見て、ここ。ほら、こんな所に扉なんてなかったはず」


 促され紫蒼の手元の地図を覗き込むと、確かに見覚えのない場所に扉記号が置かれている。直角の扇形が蔵の最奥の壁の中央に配置され、その先に道があるような書かれ方をしている。


「隠し部屋でもあるんでしょうか」


「その可能性は十分有り得るね」


 紫蒼はそのページに折り目をつけた。


「紙面とにらめっこしてても進まないね。とりあえず行ってみるよ」


「わ、わたしも一緒に!」


 紫蒼は若干戸惑ったように眉尻を下げた。


「本当に?もしかしたら空振りかもしれない。それに」


 紫蒼が一瞬その先の言葉を言い淀んだ。紫蒼は口にする言葉を選ぶ時、いつもこうする。視線を相手の鎖骨辺りに落としながらもその瞳には何も移さず、ただ頭の中で思考しているのだ。どの言葉をどう使えば相手を傷付けず、かつ同意義として捉えてもらえるか、静かに考えている時のものだ。

 彼は本当に優しい。


「雪勿の、思うような良い結果には多分…」


「大丈夫です」


「でも少し、ううん、すごく心配」


「大丈夫なんです、きっと…」


 紫蒼はしばらく雪勿の瞳を見据え、そして分かったと頷いた。強がって言ったことに、彼は気づいてしまっただろうか。

 それでも差し出された手に雪勿は迷わず自分の手を置いて、繋ぐ。


 両親の隠された秘密を暴く。こんなにも心臓がうるさく鳴ることは無い。緊張と不安が津波のように一気に押し寄せては引き、また押し寄せる。


『人体蘇生計画』で、ふたりはいったい誰を蘇らせようとしているのだろう。よっぽどの絆で結ばれた相手だと推測されるが、仮にそうだとしても死んだ人間を再びこちら側に呼び戻す行為は許されないと、雪勿は思う。



 □□□□□□□□



「ここだね」


 雪勿と紫蒼は蔵の中の突き当りの壁に来てみたが、見えるのは本…本…、本ばかりだ。


「ほかの本棚に収められているのものと、おんなじようなものばかりですね。目印でもあるかも、とか期待したんですけど」


「そんなものを置いてしまったら見つかる可能性が上がるからね。この計画書だって、思わぬところから出てきたようだし」

 地図に書かれた隠し扉の場所はここで間違いない、ゆえに何かきっかけのようなものが作れれば一気に道が開けると思うのだが…。


 雪勿が渋顔で本の背をなぞり、探る。計画書を隠していたテーブルには、足をぶつけたことがきっかけで、その仕掛けに気付くことが出来た。ならばここにある本棚にも何かしらがあるだろうとみていたが、事を簡単に考えすぎていたかもしれない。


「そもそもあのテーブルに足ぶつけたの完全にわたしの不注意による偶然だし」


 気まぐれに雪勿は、本棚の下から四段目に仕舞われた『解剖学書(前編)』を抜いてみた。目の前に丁度あり、なんとなく目に付いたからだ。


「…あ」


 今確かに、カチッという音が聞こえた。偶然が重なるとはこのことか。


「し……紫蒼!」


 本棚の形をした隠し扉は、二人の目の前で呆気なく開いた。地下の隠し通路から家の物置部屋へ入るあの回転扉のように、解剖学書を抜いた本棚の右の方を押してみると回転しながら道を開いてくれた。


「地図通りだね」


 紫蒼は雪勿の手を強く握り直し中に足を踏み入れていった。行きがけに雪勿が、抜き取った解剖学書を扉の裏の丁度それがピッタリはまる穴に戻すと、扉はサビの擦れる音を出しながら元の場所に戻った。


 一気に月や星の明かりが遮断される。闇が支配するようになった空間に雪勿が縮こまっていると、周りを飛んでいた黒蝶が二人がさまよわないように金の光を振りまいて整列し道に明かりを灯した。


「これでお互いの顔も、進む方向もよく見える。行けそう?」

「……。もちろんです」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ