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きみとせつなに  作者: 蒼依
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14.優秀な子

「あ、あの」


「ん?」


「部屋…鞄が置いてあったところでいいですか?」


「そうだね。雪勿の部屋はどこなの?」


「わたしの?」


「うん。出来れば近いところがいい。すぐ会えるように」


「あ…わたしが眠ると、悪霊が来るかもしれないから、ですか?」


 紫蒼の仕事は霊を祓うことだ。悪霊が雪勿を狙っているのならば、その近くにいることが最善であることは雪勿にも理解できる。


「悪霊、早く捕まえないとですもんね」


 雪勿が体の前で両こぶしを握って言うと、紫蒼は若干眉を下げて笑った。


「…それもあるけど、やっぱり心配になってしまうんだよ。雪勿が俺の目の届かないところにいるとね」


 紫蒼はそう言い、雪勿の白い髪を一筋すくった。


「俺ね、雪勿のこの髪がとても好きなんだ。真っ白で塵ほどの穢れもない……貴女の髪はまるで新雪みたいだ」


 紫蒼は雪勿の髪を指先で弄び、言葉を続ける。


「だからかな…。目を離せば、あっという間に消えてなくなってしまうんじゃないかって…そう思えてしまうんだ。春の日に解ける雪のように、貴女がいつか忽然と俺の前から消えてしまいそうで、とても恐ろしい。この恐怖は、どうすれば消えてくれるのだろうね…」


 そうして、紫蒼はさもこうして当然とでもいうように滑らかな動作で雪勿の髪に口付ける。

 ひぇっ、と雪勿は身を引く。


「わ、わたしは消えたりしませんよ…」


 寂しさの色を消さぬまま笑う紫蒼は、雪勿の頬を指の甲で優しくなぞる。


 雪勿の言葉でも拭いきれない不安感を抱きながら、それでも彼の表情の妖艶さが今増して見えるのは、きっとあの月のせいだ。


「紫蒼には、夜が似合いますね」


 紫蒼は意外な言葉を聞いたように目を開いた。そしてふふと上品に笑った。


「なあにそれ。褒めてくれてるの?」


「はい!」


「そう。ありがとう」


 紫蒼に頭を撫でられる雪勿は、彼の部屋を改めて決め直そうと思った。自室の隣の部屋はたしか空き部屋だったはず、そこなら紫蒼も納得してくれるだろうと。


「紫蒼。今日はどうしますか?これから悪霊の手掛かりを探しますか?それとも早めに寝て明日にしますか?」


 紫蒼は小さく唸った後、今日これから家の中を探してみると顔を上げた。


「少しでも多く手掛かりを掴んでおきたいからね」


「そうですか。じゃあお風呂とかは…」


「今日はいいかな。雪勿は自由にしてくれて構わないよ」


 そうは言われても紫蒼を誰もいない家に、ひとり置いて温泉に行くのもなんだか気が引けるうえに正直心細い。少し残念だが、雪勿は我儘を胸の奥にしまいこむ。


「わたしも今日は入らないでおきます」


「そう?じゃあひとつ、俺のお願い聞いてもらえるかな」


 雪勿が大きく頷くと、紫蒼はある方向を指さした。


「あのね、あれの中が見たいのだけど…」


 紫蒼が指さした先には、古い蔵が見えた。

 それは専用の鍵が必要な、雪勿の父と母以外立ち入りを固く禁じられた書物庫であった。雪勿は困惑した。


「あ、あれですか…?あれの中が見たいんですか?」


「うん。あんなに立派な蔵、いかにも秘密が隠されてますって感じじゃない。物探しは一番怪しいと思うところから探さないとね。その点あの蔵は、十分それに値する」


「で、でもあの中に入るには鍵が必要で…」


「鍵ならあるよ」


 予想もしていなかった言葉を受け、雪勿は間の抜けた声を発した。にっこりと意味ありげに笑う紫蒼がチャラチャラと鍵をかざして見せると、雪勿の丸くなっていた瞳は一層大きく見開かれた。


「な、なん…」


「この子が見つけて持ってきてくれたんだ」


 するとどこからともなく金の光を振り撒いて飛んで現れた一匹の黒蝶が、紫蒼の人差し指にとまった。雪勿を二度、悪霊が見せた悪夢から救い出したあの黒蝶だ。羽根を休めるその姿は夜に紛れながらも、ぽうっと、強かに己の存在を示している。


 そんなことも出来るのかと、雪勿は感心してしまった。雪勿でさえ鍵の場所を知らなかったのに、この蝶は紫蒼と雪勿が離れていた十分もない間にそれを見つけてきた。


「優秀ですね、この子」


 口元をゆるませる紫蒼のその表情はどこか得意気で、雪勿が初めて見る顔だった。

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