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きみとせつなに  作者: 蒼依
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13.探しもの

 雪勿は家中を歩き回り、人の影を探す。大広間、台所、両親の部屋…と手当り次第に襖を開けては空振りが続き、誰かいませんかーと人を呼ぶ雪勿の声が虚しく消えていくばかりだった。返事を返してくれる者の気配は、一向に感じられない。


「本当に誰もいないのかな…」


 今までこの家に誰もいないという状況は雪勿の記憶の中には無かった為、なんだかこの静かすぎる空間がおよそ自分の家には思えなくなってきた。無論、家を間違えることはしていないが。


「わっ…とと。……もう、また…」


 雪勿は自室に向かう途中の廊下で体のバランスを崩した。何回目だと雪勿は恨めしそうに後ろを振り返る。廊下には何も落ちていない。先程から何も無いところでつまづいている。だが確かに、足の爪先が何かに引っかかるような感じがしていた。


「悪霊の…仕業…?」


 悪霊というものは、こんな子供じみたいたずらも仕掛けるのだろうか。まさかねとその可能性を捨てかけた雪勿だが、学校での紫蒼の言葉を思い出した。


「いたずらする悪霊もいるようなこと、言ってたかもしれない…」


 ことによるとつまり…と雪勿はそこで考えることをやめた。紫蒼がいるから心配ない、そう強く自分に言い聞かせて歩き出す。日は既に沈み、半分にかけた月が煌々と夜の空に君臨していた。自分の足音と心臓が脈打つ音しか聞こえないまるで深夜の心霊スポットのような家の中を、雪勿は早足で進んでいった。


 その後確認した雪勿の部屋は雪勿が出ていった頃のまま、増えたものも減ったものも見たところ無かった。洋の色が一つも無い純和風の部屋。歴史の教科書などで見かける明治時代の寺子屋で使われているような文机が部屋の隅に置かれ、その対角線上に大きな鏡の木製化粧台、そして床一面に敷かれた畳、襖には金の花が描かれている。


 日本文化が好きな雪勿の両親がこの家の外観、内装、そして庭の景観までを細かく指定し、有能な建築士に建ててもらったという。


 背負っていたリュックを自室に置いて、雪勿が次に向かったのは風呂場だ。雪勿の部屋からはさほど遠くはないそこは、家族だけではなく手伝いの者も使う大きな浴場で、いつも決まった時間までには当番の者が準備していてくれるのだが…。


「あー、やっぱり…」


 おおよそ一人で入るには贅沢すぎる大きな浴槽には、案の定何も入っていなかった。今からこれに湯を入れては大分時間が遅くなってしまうし、男女一人ずつしか入る人がいないのでは、湯が勿体ないように思える。


「……今日は温泉にしよう」


 たしか家の近くにあったはずと雪勿はそこを後にした。


 物置部屋からぐるりと家を一周まわり終えても、予想はしていたことだが人は見当たらなかった。明日になればみんな戻ってくるだろうとも考えられるが、この状況は雪勿にとっては少し寂しいものだった。


 この家には絶えず人の声がしていたのに…。


「…みんなどこに行ったんだろう」


 これではここに来るまでに紫蒼とした、手を繋ぐか繋がないかの口喧嘩が無意味で酷く恥ずかしいものに思えてくる。実際とてもくだらないことで口論になったことに間違いないのだが。


 雪勿は家の人探しを諦め、紫蒼と合流することにした。部屋を指定せず紫蒼に決めさせたとはいえ、物置部屋まで行けば近くにはいるだろうと雪勿は軽く考えていた。


 そして裏切られた。


「紫蒼ー」


 物置部屋の前まで戻ってくると、紫蒼の持っていた鞄が隣の部屋に置き去りにされて、当の本人の姿が見当たらなかった。


 家の人探しの次は紫蒼探しかと内心項垂れながら、雪勿は中庭の方に向かった。こちら側はまだ確認していなかったが、あまり期待をせずにいようと雪勿は思った。今日は誰も家にはいない日────


「あ……」


 誰かいた……と喜ぶのもつかの間、その後ろ姿はこの家の者ではなかった。


 中庭に裸足で佇む一人の男。夜の空と同じ黒い髪と、ダークチェリー色の瞳は月を仰ぎ、すっと立つその姿のなんと幽きで美しいことか。まるでこの世のものではない今にも消えてしまいそうな雰囲気を纏うその男に、雪勿は堪らず声をかけた。


「紫蒼っ」


「……ああ。おかえり、雪勿」


 名前を呼んで歩み寄ってくれる紫蒼に、雪勿は心の内でそっと安堵した。


「なにか見つかったかい?」


 紫蒼の足は雪と夜の寒さで赤くなっていた。


「何か…。いえ。やっぱり誰もいませんでした。それより、あの、どうして裸足で…寒くないんですか?」


「ん?うん。なんとも無いよ。ちょっと…そう、月が見たくてね」


「月…?たしかに今日はよく見えますね。でも靴ぐらい履いてください。足、霜焼けになりますよ」


「そうだね」


 気を付けるよと言って縁側に座る紫蒼は雪勿を隣に座るようすすめ、また月を見上げた。

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