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きみとせつなに  作者: 蒼依
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12.大人と子供

 秘密の隠し通路は、屋敷の物置部屋の中に繋がっている。


 地上よりも幾らか寒さがやわらぐ地下道を進み鉄骨製の螺旋階段を靴音を響かせながら上っていくと、一面土壁の空間の中に一部だけ白い壁紙が貼られた部分が現れる。回転式のカラクリ扉だ。抜ければもうそこは屋敷の中、という仕組みなのである。


「こんなものを作るなんて、お父様は随分と遊び心満載な方なのかな…」


 薄暗く視界不良、埃も舞う物置部屋をそそくさと後にするふたりは、部屋を出たあとお互いの服に付いた汚れをはたいて落とした。


「すみません。思ったよりも埃っぽい道で…大丈夫ですか?」


 すると紫蒼は数回咳き込んでから、涙目になりながらも鷹揚に微笑んでみせた。


「心配ないよ。雪勿の方こそ、ほら、まだ汚れてる。後ろ向いて」


「…すみません」


「どうして謝るの?」


「だって紫蒼汚れるの好きじゃないって…」


「うん言ってないね。そんなことを言った覚えは微塵もない」


 やけに食い気味な紫蒼の返事に、雪勿はそうですかとしか言えなかった。


「さて。これからどうしようか、雪勿」


「家の中を一通り見てきます。もしかしたら誰かいるかもしれませんし」


「じゃあ俺も…」


 後を付いていこうとする紫蒼に、だが雪勿はいえと言って断った。


「紫蒼はお客さまですから、部屋で待っていてください」


「は…」


「見た通り大きな家なので空いている部屋が沢山あります。好きなところを使ってください。わたしはとりあえず向こうの方を見て…」


「待って。待って雪勿」


 背を向ける雪勿を引き止め、紫蒼はふうと大袈裟にため息をついた。続ける言葉は雪勿に対し呆れているような口ぶりだった。


「何故別行動を選ぶのかな。折角こうして手を繋いでいるのに、それをわざわざ引きはがすようなこと俺はしたくないのだけど」


 紫蒼はまるで、慈しむような視線を繋いでいる手に向けた。紫蒼はこの繋がりをとても大切にしたいと思っているのだ。その気持ちは雪勿も同じ。同じだが、これでは埒が明かないことも分かっている。いつまでもこのままというわけには当然いかない。雪勿は目の前で揺れる黒い瞳を慰めるように、彼の名前を呼んだ。


「ねぇ紫蒼。この手を離さないって紫蒼言ってくれましたよね。わたしも離さないって言いました」


 その言葉に嘘は無かった。本当にそう思っていたことだったから言葉に表した。紫蒼もきっとそうだと雪勿は信じている。


「でもそれは物理的な意味だけじゃないです。もちろんこうして実際に繋ぐこともわたしは好きですけど、でも…わたしはもっと違う意味も込めて言ったんです。この意味、分かりますか?」


「……ああ分かるよ。俺との絆を大切に思ってくれている。手を離したところでそれが壊れるわけじゃない。雪勿が俺を嫌っていないことだって本当は知っているんだ。貴女の俺に対する態度や仕草を見れば一目瞭然だから。分かっている。全部分かっているよ、でも…っ」


 心配なんだ…と紫蒼は雪勿の指先に唇で優しく触れた。長いまつげが小刻みに震えている。心なしか声にも制御出来ない彼の感情が読み取れた。頭では理解していることでも、心と体が言うことを聞いてくれない、やり場を無くした思いが、紡がれた言葉の所々に見え隠れしているようだっだ。だが。


「紫蒼…。過保護です」


「えっ」


「わたしってそんなに頼りなく見えますか。今までもそう思ったことは何度がありますけど、今日は異常です」


 むっとする雪勿の前で、紫蒼は悲しそうな寂しそうな、あるいはなにかに安堵しているような、感情が複雑に混在した面差しを表した。


「雪勿。本当に……」


「ん?なんですか?」


「……いや。なんでもないよ」


 なんだかこのやりとりを少し前にもしたような気がしたが、今思い出すのはやめておく。雪勿にはずっと紫蒼に言いたいことがあるのだ。


「わたし紫蒼よりも大人じゃないですけど、そんなに子供でもないんですよ。今だってずっと…紫蒼の隠してることを聞きたいの、必死に我慢してるんです」


 紫蒼のことが知りたい。紫蒼が本当の名前なのかすら怪しい。何歳なのか、どこに暮らしているのか、なんでもいい。ただ何も知らないのは嫌だ。


 紫蒼がいつか自分から話してくれる時がきっと訪れる。雪勿はそれを信じて、聞くことを堪えて待つことに徹しようと決めていた。


「まだ我慢できます。だから待ちます。それくらい、出来ない子供じゃないです。紫蒼のお仕事邪魔しないって約束も破らないように頑張ります」


「雪勿…」


「だ、だから、あの…信じてほしいんです。紫蒼にはまだまだ未熟者に見えるかもしれませんけど…」


 信じるという言葉には不思議な魔力が秘められていると思う。


 相手には無条件に信じて欲しいと思うのに、いざ自分が相手の立場になったと考えればそれがどんなに難しく自己中心的な考えかがよく分かる。だから自分を信じろなんて、相手を信じる覚悟が無いと面と向かっては言い難いものだ。つまりは信じて欲しいと相手に思うのは、自分がもうその相手を心の底から信じているからそれをそちらも返して欲しいと思っているからであって。


 なんだか我儘を言っているようで恥ずかしくなってきた雪勿は、段々と言葉を尻すぼみにしながらも必死に訴えた。


「わたしもちゃんと知りたいし。悪霊のこと…とか…他のことも…」


 紫蒼はしばらく何も言わずに、俯く雪勿をただ見下ろしていた。彼が何を考えてそうしているのか、雪勿には分からなかった。それゆえ紫蒼と目を合わせるのははばかられて、俯いたまま雪勿もまた、無言で紫蒼が頷いてくれるのを待った。


 そしてややあって、紫蒼はわかったと言ってくれた。けれど条件がある、とも。


「思い出してみて。あの悪霊の恨みは凄まじいものだよ。それは狙われている貴女もよく分かっているはずだ。そしてその恨みの矛先が、もしかしたら雪勿、貴女のご両親に向いているかもしれない」


「…はい」


「だからね、雪勿。ここでもし何かが見つかって、それが貴女にとって受け入れ難い事だったとしても、簡単に絶望しないでほしい。真実は時に残酷にものを突きつける。だけどそれに折れない強い心と覚悟を持ってほしい」


 紫蒼の声がとても落ち着いていたおかげで、彼が言わんとしていることがすっと頭に入ってくる。紫蒼のその声も、雪勿は気に入っている。


「誓おう。俺は貴女を裏切らない。貴女よりも優先するものは俺の中には存在しない。いついかなる時も貴女に仇なすものが現れた場合には、この手でそれ排除する。だから雪勿は…」


「分かりました。わたしも紫蒼を裏切りません。信じ続けます。この先何がわたしを待ち受けていても、強く立ち向かっていきます。半端な覚悟でここに行くと決めたわけじゃないです。約束します」


 紫蒼は雪勿の手をゆっくり離した。


「誰もいなかったらすぐ戻ります」


「わかった。では俺はとりあえずこっちの部屋にいるから」


「はい。じゃあまた後で」


「うん」


 雪勿の背を見送り、紫蒼も踵を返す。

 部屋などどこでもいいのだが、試しに一番手短な場所を選んで入る。そのまま座ることなくぐるりとその場で一回転した紫蒼は、彼にしか聞こえない小さなため息をついた。


「……さて。どうしたものかな」

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