10.繋ぎたいのは
紫蒼は頭を悩ませていた。
悩みの種は無論、目の前を雪のような真白の髪を揺らして歩く雪勿のことだ。
「雪勿…俺には全くわからない」
唸るように言うと、雪勿は真顔で振り向いた。
「何がですか」
「何が…って…そんなの手を繋がない理由に決まってるじゃないか」
紫蒼は数歩駆けて、またかとため息をついて歩き出す雪勿の視界に無理やり入り込んだ。
「何故俺と貴女が手を繋いでいるところを、お父様に見られてはいけないのかな」
「だから何度も言ってるじゃないですか。家の人たちにわたしと紫蒼がそういう関係だと思われ」
「そういう関係って?」
「だっ、だからっ…その、わたしと紫蒼が…その…こ、こ、こい…」
「恋人?」
「わかってるなら言わせないでくださいっ!」
「ごめんね。照れて顔を赤くする貴女が可愛らしくて、つい意地悪を」
もう知らないと言うように雪勿に顔を背けられ、紫蒼はなんとか彼女の機嫌を直そうと言葉を継ぐ。
「そんなに気にすることかな。手を繋ぐくらい」
「嫌です」
「い、嫌なの?それは少し傷つく…」
「あ…。いやその、だ、だって…!」
「俺は貴女ともっと近付きたい。そう思われるのも、もしかして…嫌…?」
雪勿は混乱した。
近付きたい、紫蒼が、自分と…?
それは矛盾してはいないだろうか。その言葉と今までの態度が一致しない。近付きたいなんて言葉、信じられるわけがないだろう。
「何も教えてくれないくせに…」
「え?ごめん、うまく聞き取れな…」
「どうしてそんなに手を繋ぐことにこだわるんですか」
すると紫蒼は素っ頓狂な顔をして寒いからなどと言い出したので、雪勿は食い気味にそんな理由は認めないと返した。
「寒いなら手袋しててください。わたしのを貸しますから」
「人肌が一番あたたかくていいんじゃない」
「じゃあ自分の手を握ってればいいじゃないですか」
「雪勿の手がいい」
「だからどうして…」
「雪勿がいいんだ。雪勿と手を繋ぎたい」
思わず見上げた先で、紫蒼の真剣な眼差しに射抜かれる。雪勿はまるでそれから逃げるように、半歩後ずさっていた。無意識だった。だがその無意識の行動に、紫蒼は傷ついたような顔をした後、そっと手を下ろした。
「貴女にだけは…嫌われないようにしてきたつもりだったんだけどね」
「え…」
「これだけ…許して」
懇願するようなか細く聞こえた紫蒼の声は、次の瞬間雪勿の耳元をくすぐる吐息に変わった。
「雪勿」
あまりにも強い力で抱き締められ、雪勿の体は紫蒼の腕の中でしなった。数時間前の新幹線の中で交わしたものとも、旧生徒会室で交わしてきたものとも違う。お互いの鼓動から内に秘めた心の声までも伝わってしまいそうな、熱を帯びた懐抱。雪勿の体は瞬間的に強ばって、声を出すこともやっとだった。
「し、き…っ」
「何がいけなかった?」
「ぅえ…?」
「俺のこと、嫌い?」
そんなことは一言も言っていないのだが、と雪勿は紫蒼の胸に顔を埋めたまま渋面を作った。
「あの、紫蒼…」
「なに?」
「苦しいです」
紫蒼は数秒の沈黙を挟んで、ごめんねと言いながら雪勿を解放した。紫蒼はまだ寂しげに眉を垂らしていた。
「強くしすぎたね」
雪勿が首を振ると、紫蒼は口元に僅かな笑みを浮かべ、先に歩き出した。慌てて追いかける雪勿は、紫蒼の背中をじっと見つめた。
あんな顔をさせた、その理由が見つからない。ただ紫蒼のことが知りたいだけなのに…。
雪勿にとって紫蒼は大切な人だ。助けてくれた人を嫌いになるはずが無い。聞かずとも分かることだろうと、雪勿は唇を噛んだ。
小走りで紫蒼の横に並んだ雪勿は、そのまま彼の手を取った。
「誤解されたら、帰るまでにちゃんと解いてくださいよ」
紫蒼はしばらく驚いたように目を見開いていたが、ふいに雪勿から顔をそらした。
「努力します」