プロローグ
「今日で何日目だ…」
ふとそう思った。
息はしている、身体も動くし腹も減るしかし心が死んでいる。
会社に行かなくなってから、最初は腹が減ったら食料の買い出しに近くのコンビニに行くことくらいはしていた。
たが、いつからか部屋から一歩も出なくなり腹が減っても出前で済ますようになった。
まぁ、世間一般でいう引きこもりというやつだ
寝るかアニメを観るか糞をするかしかしない俺の自堕落な生活は1カ月を過ぎようとしていた。
多少は蓄えていた貯金もそろそろそこが尽きる
「そろそろ新しい仕事探さねーとなぁ」
頭ではわかっていても体が動かない
俺はどうしちまったんだ
仕事をしていたときはこれ程自堕落ではなかった筈だ
仕事がある日も一日の終わりにジムに行き身体を鍛えたり
休みの日は仕事に役立つ本を読んだり勉強をしていた。
あれだけ向上心があった筈なのに
今の俺はどうだ
「おひさ
城田君会社辞めちゃったんだって?
普通にまた仕事で会える機会があると思ってたから寂しいよ…」
一件メールが着た
俺が新入社員のときに世話になった一つ歳上の会社の先輩からだ
「松井さんにも色々とお世話になったのに
こんな裏切るような形になってしまいすみません」
「いや、裏切られたとか別に思ってないけど
なんか勿体無いなぁって思って
城田君あんなに頑張ってたのに…」
「理由は職場の人間関係が嫌だとかじゃなくてこの仕事自体無理って感じ?」
「いや、他にやりたいこともあるし
今の仕事をこれからも続けていく理由もないので辞めました」
何を言っているんだ俺は
とため息が出た
恰も自分には明確な目標があってそれを達成する為に今の会社を辞めたのかのように言っているが
実際は今の職場の人間関係が嫌で逃げ出しただけだ
俺は最低だ
無責任に目の前のことから逃げて部下や周りの同僚に押し付けてしまった。
しかし、俺だって最初から無責任だったわけではない
仕事をしていたときはある程度責任を持って仕事に取り組んでいたし
部下の面倒もしっかりとみていた
少しの気まぐれだったんだ
ちょえであまりつけない柄のネクタイをつけるような感覚に似ている
俺はあの日確かにいつも通りに職場に向かおうとしていた
時間通りに目覚めアパートを出た普通に時間通り
職場に着く筈だった
しかし、始業時間を過ぎても職場に俺の姿は無かった。
俺は知らないうちに引き返していたのだそのまま電車の中で退職代行サービスにお願いして
退職の手続きを進めた
会社を辞めることすら自分で出来ないなんて我ながら情け無い
「今まで本当にありがとうございました。
俺は俺が決めた道で精一杯足掻いてみます
松井さんもお元気で」
「こちらこそありがとう
多分、戻るつもりはないだろうけど
もし思うことがあって会社に戻りたくなったらいつでも連絡ちょうだい
私から上の人に直接掛け合うこともできるから」
「城田君も元気でね」
実を言うと俺はこの先輩が好きだった
辛かった時期に何度か助けてもらったということもあるが
何より本能的にこの人には敵わないなと思うところがあったからだと思う
恥ずかしいところや弱い部分を散々見られてきたから俺はもうこの人の前では自分を取り繕うことができないのだ
だが、その淡い恋も今この瞬間に終わった
いや、今終わったというのは間違いだな
思えばこの先輩にはずっと付き合ってる彼氏がいるし
俺が入り込む余地など最初からなかった
ただ、同じ会社というカテゴリーから抜けてしまった為今まで通りに連絡を取り合うのは無理な気はしている。
「なんか疲れたし寝るか」
何もしてないのに疲れたとは不思議な感覚だが
俺は目が覚めて明日になったら全てが変わっているという淡い期待を抱きながら
ゆっくりと目を閉じた。