堕ちた英雄
英雄となった男は、一気に転落していった。
堕ちた英雄
ぼくの兄さんは、英雄だった。
ぼくの宇宙は七つの神々の力を持った王達によって、平和に過ごしていた。
だけど、突然…巨大な時空の穴から、七つの神々の王でさえ敵わない二人が出現した。
一人は、灰色の髪で鋭い猛禽類の目をした男。
二人目は、黒髪で鋭い刀のような目をした男。
灰色の髪の男は、暴力の権化だった。存在する全ての力を暴の力でねじ伏せる。
黒髪の男は、全ての法則をコントロールする神威だった。法則を指先一つで自在に操作して全てを薙ぎ払う。
たった二人の埒外からの襲撃に、ぼく達の宇宙の全ては崩壊する寸前まで、追い込まれた。
だけど…その二人に堂々と立ち向かう人がいた。ぼくの兄さんだった。
暴の化身の拳を浴びても、兄さんは砕けなかった。
受け止めて、その暴の力を吸収して、反撃した。
全ての法則を駆使する神威の化身の破壊を、兄さんは受け止めて自分の力に変えた。
ぼく達の宇宙を崩壊させる大災厄達に兄さんは、挑み続け…ついに、埒外の二人を退けた。
ぼくの兄さんは、英雄になった。
誰もが兄さんに賞賛を贈り、兄さんを褒め称えた。
弟のぼくも自分の事のように嬉しかった。
兄さんは、ぼくの誇りだ。
だけど…それは…ホンの一時の幸せだった。
◇◆◇◆◇◆◇
この宇宙、アルファイガを支える中心、結晶で構築された宇宙大樹ユグドラシルの前に、彼は跪いていた。
右腕を吹き飛ばされ左腕で押さえて、息が荒かった。
満身創痍の男、ザダンは驚愕の視線で正面にいる者達を見る。
「どうして…」
ザダンには理解不能だった。
目の前には、この宇宙が破壊されるのを共に防いだ仲間がいるのだ。
七人の神王。
ゼウス、シヴァ、ソロモン、シオン、テスタメント、クロノス、ガイア。
七人の宇宙を支える六王と女王が己の神機を手にして、その刃をザダンに向けていた。
その七人の他に、ソロモンの娘であり、ザダンの妻になる筈のファーティマもいる。
ファーティマも父ソロモンと同じく神機の刃をザダンに向けていた
ザダンが跪いたまま
「教えてくれ。オレを何をしたんだ? なぜ、貴方達から刃を向けられないといけないんだ!」
ゼウスが、稲妻の神機を発射してザダンの腹部に命中する。
ザダンは血を吐き、ザダンは絶望した視線を見せると、ファーティマが近付き父ソロモンと同じリングが連なった剣の神機を掲げる。
ザダンは、愛していた女性の冷徹な目を見て
「ファーティマ…何で…こんな事をするんだ?」
その答えを告げる事なく、ファーティマは神機を振り下ろすと
「兄さんーーーーーー」
兄を助けようと弟のルシーファが飛び込む。
ファーティマの神機は、ルシーファを切り刻む。
ルシーファは兄ザダンに被さり
「良かった…」
兄ザダンは、瞳から涙を零し
「ルシーファ…」
ルシーファは微笑み
「兄さん。ぼくは…兄さんの事を誇りに…」
「喋るな…」
と、ザダンは残っている左腕で弟を抱き締めた瞬間、七人の神王が神機を発射する。
その刃達は、ルシーファを貫きザダンに到達した。
ザダンは絶命した弟を抱えて立ち上がる。
なぜ、オレがこんな目に遭わないといけないんだ。
オレの唯一の肉親である弟も…。
どうしてだ…。何故だ!
ザダンが怒りで神王達と、愛していたファーティマを睨み
「どう…し…て…」
神王ゼウスが
「お前は邪魔なんだ。誰もそこまで強くなって欲しくなかった。お前が現れた事で我々の地位や安寧が脅かされているのだよ」
神王ソロモンが
「ハッキリ言おう。お前という存在は、あってはならない。我ら宇宙を支える神王以外に強者があっては、この宇宙は滅びる。だから…死んでくれ。我々の、この宇宙の為に」
ザダンはファーティマを見詰め
「君もか…ファーティマ…」
ファーティマは冷徹な目で
「ええ…私は、神王ソロモンの娘。宇宙の安寧と貴方を天秤にかけたら、圧倒的に宇宙の安寧の方が優先に決まっているでしょう」
自分が英雄として祭り上げられた事も、ファーティマの愛も、何もかも偽りだった。
使えないなら、ゴミの如く処分される。
この宇宙では、神王が絶対なのだ。それ以外は、気に掛ける程でもないのだ。
「ははは…はは…」
ザダンは残酷な笑みを浮かべ
「殺してやる。キサマ等、全員…殺してやる。どんな事になろうとも…殺してやる…
殺してやるーーーーーーーー」
ザダンは命を使い果たしても、この場にいる全員を殺そうと力を暴走させるが、ファーティマがザダンと抱える弟ごと、ザダンを神機で貫き、ザダンの力を吸い尽くす。
ザダンは、弟の亡骸と共に冷たい床に転がると、そこへ七人の神王が来てザダンを神機で容赦無く突き刺す。
ザダンに残っている力の全てを奪い去る。
この宇宙を滅ぼす埒外と同等の力を、ザダンから奪った神王達は、ザダンを神機で串刺しにして掲げ上げ運ぶ。
黄金の結晶で構築される宇宙大樹ユグドラシルの根元は、遙か超高次元と繋がっている廻廊の穴だ。
そこへ、ザダン達を放り捨てた。
投げ捨てられる寸前まで、ザダンには意識があった。
ザダンは、血を吐き喋られない口を動かして呪詛を呟き続ける。
お前達を絶対に殺してやる。必ず殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。
そう、動かしながら超高次元への廻廊に投げられ、ザダンは弟の亡骸と共に、この宇宙アルファイガから消えた。
七人の神王と、裏切った愛する女の冷徹な目だけが、ザダンを見送った。
◇◆◇◆◇◆◇
ザダンは、弟の亡骸を抱えながら瀕死でも、生き残る事を考える。
必ず連中に復讐する為に、ザダンは超高次元への廻廊を抜けて、超高次元に到達した。
膨大なエネルギーがザダンを弄び、無限の宇宙達が遙か眼下でひしめき合っている。
ザダンは意識が遠くなる。
嫌だ。このまま…終われない。アイツ等に…。
復讐する事だけを望み、生存を探すも、超高次元に飲まれて消えそうになると、無限の宇宙達、時空達から黒き何かがザダンに向かって来る。
ザダンはそれを視界に捉える。
黒きそれは龍だ。だが、その巨大さが桁違いだ。
その黒き龍、超龍に憶えがあった。
ティラノサウルスの如き顎門、鋭い鉤爪を持った龍の多腕、背ビレは剣のように鋭い。
そして、その超龍の主は…かつて、ザダンを英雄とした理由の一人、暴の化身だった。
暴の化身の男が従える黒き超龍は、一個の宇宙と同じ大きさの埒外の超存在だった。
宇宙と同じ大きさの黒き超龍の鼻先に、暴の化身の男が立ち、優雅に葉巻を加えて笑みながら、ザダンの所へ来る。
その腕に、ザダンを保護すると、ザダンを破壊した傷を暴の化身の力で破壊して、回復させる。
それは、弟も同じだが…死んでいる弟は復活しなかった。
ザダンはそのまま意識を失い。
暴の化身の男は、ザダンとルシーファの亡骸を自分の領地である別宇宙へ運んだ。
ザダンは、敵だった男に助けられた。
この話は、十二月中に終わる予定です。
よろしくお願いします。