英雄と共に
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と、内容についての記録の一編。
あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。
なーんか、最近、本屋に並んでいる本を手に取りづらくなってきたんだよねえ。
俺の偏見かどうか知らんけど、若い人向けの本て、やたら見目麗しいキャラが表紙を飾ってないか? 中には、いかにも「こんぴゅーたー」で「ぐらふぃっくす」な感じのものも。
いや、俺も美少女好きよ、うん。けれども、個人的にはひと昔前の童話の表紙を飾るような、味のある路線の方が、安心感あっていいね。こう、泥臭いというか、地に足をしっかりとつけているというか、そこにリアリティを感じちゃうのよ。
その点、今の美麗なものというのは、「ふわふわ」感を覚えちゃってな。二次元の相手というのは、どこまでも二次元がお似合いで、三次元人の俺が触っちゃっていいものなのか、考えちゃうんだよなあ。
これも絵というものに関して、俺の地元がうるさいせいかもしれん。ご先祖様がしてくださったことのためにな。
――なんだ、聞いてみたいのか?
そんじゃ、そこらのベンチにでも座るかね。
ずっと昔のこと。俺の地元は、前後を海と山に挟まれた小さな村で、時たまやってくる行商人から仕入れるもの以外は、生活の糧を自然の中から得ていた。
子供たちはおのずと、野遊びをするようになって身体が鍛えられるんだが、少しでも雲行きが怪しくなれば、ひっ捕まえてでも家に籠らせたという。自然の怖さというのを、大人たちは身を持って知っていたからだ。
今だ文字は浸透しておらず、子供たちは屋内に湿って固まった土などを持ち込み、様々な絵を描いては、空想の話を作るのに熱中していったようだ。
そんなある日のこと。村で事件が起こり始める。
当初は、畑の作物や野良仕事の道具がなくなったりして、コソ泥の仕業かと思われていた。
ところが、時間が経つにつれて、今度は海で漁に出ていた者の網に、おかしなものが引っかかった。
溺れたイノシシ。いかに山と海が近いとは言っても、ふもとから浜辺まで、ざっと一里ほどの距離がある。海面へ向けて、極端に張り出した崖の存在なども確認されておらず、イノシシが自ら入水したとしか思えなかったという。
同時期。森の中で、果実代わりに魚を生やした、奇妙な樹木がしばしば見受けられるようになる。枝葉とつながっているというより、モズのはやにえのように、枝に突き刺さっているものばかりだったらしい。
それでいて、これらのイノシシや魚を目にした者は、ほどなく全身にジンマシンができ、順番に寝込むようになってしまったとのこと。
何者のしわざなのか。村人たちが交代で夜通し見張ったところ、数名が不審な人影を目撃し、それを追いかけたものの、捕まえることができなかったという。
一番、近づいたであろう男の話によると、彼は影を捕まえるために、あらかじめ、かぎづめ付きの綱を用意していたらしい。船をつないでおくために、数本用意されている桟橋のひとつへ、彼が差し掛かった時。
大きい水音がしたかと思うと、海から飛び出て桟橋の先端に何かが降り立った。図体は、人間よりも一回り大きかったという。
暗くて、顔や体つきの詳細はよく分からない。しかし、そいつが四つん這いであることと、その姿勢のために露わとなった、頭から背骨の端に至るまで、ひとつながりを成す「刃の山」が存在したことは、はっきりと分かったらしい。
海から上がってきたばかりで、全身がしとどに濡れているはずなのに、その影は一切の水音、足音を立てることなく、四つ足のまま桟橋の上を疾走。陸との接岸部分近くに立っていた彼の身体を、かすめるようにして過ぎ去り、浜辺を経由して、山中へ走っていったらしい。その口には、数匹の魚をくわえているのが見えたとか。
ぶつかると思った、と彼は語る。あの時の影の進路は完全に自分が塞いでおり、よける余裕もなく、確実に跳ね飛ばされると、直感したらしいんだ。
だが実際のところ、彼自身が感じたのは、氷を押し当てたような冷気と、魚特有の臭いをまとった尾びれに、叩かれる感覚のみだったらしい。
振り返ると同時にかぎ縄を投げたものの、じょじょに距離を離していく影には、かすることさえなかった。皆に話をした翌晩より、彼も今までの者たちと同じような高熱とジンマシンに悩まされ、数日の間、まともに動けなくなってしまったんだ。
この話は大人たちから子供たちへと伝わり、注意を促されたが、当の子供たちは怖がるというより、むしろ顔を見合わせて不思議そうな顔をする。というのも、話に聞く「刃の山」を背負った、四つ足の影というのが、以前に子供たちが描いた絵の中にあった「鬼」の姿と、うり二つだったからだ。
そのことを知った親たちは、子供たちを集めて、これまでに描いた怪物たちを描いて見せるように願ったところ、例の鬼の姿も含めて、その数は十、二十を優に超えたという。
――絵の中の鬼たちが、漁場を荒らし続けている。
突拍子もない想像が浮かんだ大人たちだが、「それならば」と、駄目でもともと。一計を案じることにした。
「その化け物たちを退治する、もののふたちの姿を描いておくれ。どのような形でもいい。これまで出てきた怪物たちと、それを打ち倒す英傑の姿を留めたものを」
かくして、これまでただ脅威のみを謳われる存在だった、子供たちの創りし鬼たちに、その天敵が設けられたんだ。
彼らは新しく現れた英雄たちに、矢や刀で成敗されることもあれば、摩訶不思議な術によって、岩や大樹へ閉じ込められたり、天の彼方へと追い出されたりした。
そして、怪物退治の確固たる実績を積まされた、絵の中の勇者たちは、今度は彼ら単体で木や獣の皮にその雄姿を刻まれる。
そのそれぞれが、被害著しい森と海の中へ。相対する運命にある宿敵たちの元へと、捧げられたんだ。
それが完了した日を境に、コソ泥も、場所を間違った獲物たちも、語られた奇妙な風体を持つ影も、その一切を目に、耳にすることもなくなった。
方策に懐疑的だった村人も、見える成果の前には大喜びで、彼ら英雄の姿を描いた絵は、定期的に用意されたのだとか。
時は流れ、十数年後。
かつて怪物と、それを封じる英雄たちを生み出した幼き創造主たちも、今やわが子をその手に抱く、大人たちの仲間入りを果たしていた。村では変わらず、彼らが生み出した勇者を描き起こし、それぞれの場所へと納める慣習が続いていたんだ。
しかし、ある夜。かつて自分たちが、家の中へ留まるようにしつけを成された、強い風雨が家を揺らす晩に、彼らは夢を見た。
夢枕に立ったのは、自分たちが命を与えた勇士たち。生まれたばかりの時と比べて、わずかに服や得物の形を変えながらも、ひと目見て本人と分かる姿だったという。
彼らは告げた。「長年に渡る、討伐の報酬が欲しい」と。
そして彼らが求めたのは、つがい。永い役目を負う彼らを支える、伴侶だったんだ。
翌日。夢を見た彼らは一同に集ったが、ひとつ困ったことがあった。
英雄たちの一人を生み出した、当時、一番の幼子であった女児。彼女は数年前に、病気で亡くなっていたんだ。
他の英雄たちについては、作り手たる自分たちが担うとして、彼女が本来、用意すべきつがいをどうするのか。
彼女が描いた勇士は、きゃしゃで年若い美丈夫。彼女自身、非常な面食いだった。
生中なおなごをあてがうのは、はばかられる。
他のつがいが次々に決まり、生み出される中で、彼の相手のみは、なかなか着手できずにいたところ、どうやらしびれを切らしたらしい。
多くの男にとって憧れの的で、最近結婚した彼女の妹が、突然、姿を消す。夫をはじめ、村総出で彼女の行方を追ったものの、彼女は見つからなかった。
だが、山奥のほこらに奉られた彼の姿を刻む木簡には、彼女そっくりの女性が描き足されていたんだ。
英雄に妻を奪われた夫は、怒りを覚えながらも、これまで自分たちを守ってくれた勇者への恩も、心の底にあった。
友人のツテを頼りに、優れた絵師を呼び寄せると、理想の美人像を描くことを依頼し、数日後に完成した絵を持って、ほこらを訪れる。
件の絵を木簡に寄り添う形で捧げ、「なにとぞ、我が妻をお返しください」と、三度願って帰宅したところ、彼女は数日前に見た時と同じ姿のまま、布団の中で眠っていたという。
いなくなっていた間のことを、妻は何も覚えていなかったとか。
ひとまずは落着を見た、一連の騒動。以来、俺たちの地元では、一年に一度。英雄たちとその伴侶の絵を、定期的に奉るようにしている。
だが、親不在となると、その好みを完全には読み切れなかったらしい。去年と同じ女性と寄り添っても、彼は満足しないらしく、女性の誰かが行方不明になってしまったことが、過去に何度かあったという。
それを受けて、毎年。絵心のある者たちによる、絶世の美女が描かれ、彼の伴侶として捧げられるんだ。