第2話 太陽の共和国、月夜のレジスタンス
俺は教室に着いて早々、自分の席に座っている美鏡に声をかけた。
「おっす。おはよう美鏡。ちょっと良いか?」
「おはようございます。私に何か用でも?」
「ああ。もうすぐ中間テストがあるだろ? 今日の放課後にいつものメンバーで集まって、図書館で勉強会をしようって話になっててさ。んで、良かったらなんだが、お前も一緒にやらないか?」
「……どうしてそんな話を私に?」
まあ、疑問が返ってくるよな。俺は美鏡に理由を説明する。
「お前が一人で図書館に行って勉強してるって聞いてな。一人での勉強って集中して取り組めるけど、問題を出し合ったりする方法なんかは出来ないだろ?」
「そうですね。ごもっともな意見と言えばそのようで。確かに一人だけでは勉強方法は限られてくると言えます」
「ってことでだ。お前が勉強会に参加してくれれば、俺たちはお前の勉強を手助け出来る。互いにわからない部分や間違って覚えてる部分も、指摘し合うことで効率良く学べると思うんだ」
俺の言葉を聞いて、美鏡は考えるように口元に手を添えた。
「……いいですよ。能率が向上するようなら、こちらとしては断る理由がありませんので」
「本当か? 助かる。お前がいてくれると百人力だ」
「これは私的な意見ですが、心音さんが静かにしていてくれるのなら問題ありません」
「あー……その辺は前もって本人に伝えておくわ」
愛奈が「もう疲れたー」とか「集中力切れて飽きたー」やら言い出しかねないもんな。
そうなると他のやつにちょっかい出したりしそうで困る。
俺は美鏡の意見に賛同を伝えながら自分の席に着いた。
「あ、そうだ。豪田のやつも一緒にどうだ?」
「…………正気ですか?」
ピクッと反応して振り返った美鏡が、何を言ってるんだこいつ。みたいな目線を向けてくる。
「いや、うん。お前の気持ちはわかる。あれを勉強会に誘うのはおかしいってことが」
「なら何故? 以前も言いましたが、あいつは勉強なんてまともにしません。あなた方の間に入れば、十中八九揉め事が起こりますよ」
あのムスッとした巨漢がいるだけで空気が重くなりそうだからなぁ。場違い感が半端なさそうだし、一々突っかかってきそうだ。
てか、自分のバディに対して辛辣過ぎやしないか美鏡?
「そもそも私自身、未だにあいつと会話を交わせてはいません。財前との決着がついた今も仲違いしたままですから」
「あ……」
そうだった。以前、小野・S・昴先輩を図書館で説得したときのことだ。
美鏡は去年起きた退学事件をきっかけに、バディである豪田舞人と溝が出来たまま過ごしてると言っていた。
元凶である財前はキッチリと裁くことが出来たのは確かだ。だからと言って、こいつらの関係が改善された訳じゃないんだよな。
「俺的には、勉強を教えることで豪田へのお礼をしたかったんだが、それなら仕方ないか」
「構いませんよ。あいつは礼をされたくて暴れた訳ではないでしょうから」
「だな。まあ豪田を誘うのはともかく、放課後はよろしくな美鏡」
美鏡が「分かりました」と告げたところでチャイムが鳴った。少し遅れる形で担任の春日部先生が教室に入ってくる。
今日も一日、テスト範囲に関する授業漬けになりそうだ。
本日最後の教科、世界史の授業を俺たちは受けていた。
世界史の教師はC組の担任でもある卜部辰巳先生だ。
「さて、次は十八年前に起きたリドル・ディザスターについてだねぇ。君たちが生まれる少し前に起きた世界規模の事件。その詳細についてをー……鹿島さんに説明してもらおうかな」
「はい。わかりました」
立ち上がった鹿島が教科書を手にして話し始めた。
「リドル・ディザスターとは、二千七年の九月に世界規模で起きた無差別怪死事件のことです。世界政府が調査した結果――人間はおろか動物や木々までもが、同一時刻に世界各国で朽ち果てたようにして死亡したと全世界に向けて発表しました。その数は千にも及ぶと言われています。現在でも明確な死因は分かっておらず、原因不明のパンデミックとして扱われた事件です」
鹿島がしゃべり終わるのに合わせて「素晴らしい説明に拍手。鹿島さん、席に着いていいよ」と卜部先生が言った。
拍手が鳴る中で着席する鹿島を見た卜部先生が補足を加える。
「鹿島さんが説明した通り、謎の多い事件として人々に語られているねぇ。各国の医者や獣医、樹木医がこぞって原因究明に躍起になっているけど、なんの成果も出てないのが現状さ。だから、リドル・ディザスターなんて名付けられたんだねぇ。この事件に関する問題、期末のテストに出す予定だから覚えておくんだよ」
助言に従って四方八方から筆記や蛍光ペンを引く音が聞こえてきた。
この事件は俺も知ってる。事故で歌恋が入院してる最中、色々と不可思議な事件を調べてるうちに知ったものだ。
国や種族を問わず、同時に大量の生き物が死ぬ。そんな不可解な事件が、別のベクトルで不可解だったあの件のヒントになるかもしれないと思ったからだ。
あの件とは――歌恋が意識を取り戻した日、俺に問いかけてきた何者かに関する件。歌恋に憑り付いたとも思えるあいつを調べるうちに辿り着いたのが、この無差別怪死事件なんだ。
まあ結局、歌恋の件もパンデミックに関しても情報が少なすぎて手詰まりなんだがな。
そんなことを思い出しながら、俺も重要そうな単語に蛍光ペンで線を引いていく。
「さて、次の話はイタリアに関する話さ。テレビやネットの情報でみんなも知ってると思うけど、リンクに関する過激派組織が存在してるんだよねぇ。それがイタリアに潜伏すると言われるルクス・ルナリスと呼ばれる集団さ」
こっちもネットで見たな。リンクという存在に否定的な意見を持つ武装組織。
海外、主にイタリアを中心とし、リンクに関する研究機関に脅迫文を送ったり、小規模な戦闘を繰り広げてるって話だ。
リンクプロジェクトのスポンサーの一つでもある財前グループ。
その本社が海外からハッキングされた、と前に財前が言っていた。おそらくこの組織からのハッキングなんだろう。
まあ、財前家が相手となると、武装組織の技術力でも突破は不可能だったってことだな。
んで、リンクプロジェクトの発起国である日本へ、そいつらが直接仕掛けて来ない理由がある。
「しかし、彼らは我が日本には攻めてこない。それは彼らが拠点とするイタリアに、組織を牽制する国家が存在しているからさ。それが」
人々の主柱となる、太陽の名を冠した難攻不落の国。
「ドゥクス・ソル共和国。ラテン語で『太陽の指導者』と呼ばれる国だねぇ」
歴史的には特に目立ったことをしていない国らしい。
けど、リンクがこの国を変えた。リンクによって生まれた戦闘技術と統率力での連携が、ルクス・ルナリスさえも随時牽制し、自国内に抑え込んでるって話だ。
新しい女王のカリスマ性がすごいって話も見たが、その正体はトップシークレット扱いで他国には公開されてない。まあ、自衛を兼ねているんだろうさ。
「ドゥクス・ソルは親日国であり、沖縄に在中するアメリカ軍のように日本を守ってくれているのさ。主にはリンクに関する建造物の警備を務めているんだ。あ、ちなみに白銀島には在中してないよ。上層部の取り決めで、二学期に行われる闘演祭の時だけ、警備として島に派遣されるのさ」
闘演祭? 初めて聞く言葉だな。あとで歌恋とかに聞いてみるか。
俺はノートを書き終わったことでその歌恋に視線を移す。だが歌恋は俯き、口を一文字に閉じて体を震わせていた。
なんだ? 風邪でも引いたのか? それとも、近くのやつから何か嫌がらせでもされた?
俺は歌恋の状態を確認しようと、机の下でパポスを操作する。
「守住君。ごそごそと動いてるみたいだけど、机の下で何かしてるのかい?」
「え? いや、ちょっと手がかゆくて」
「ああ、そういうこと? なら良いか。授業中に他所事したりしてるとわたしでも叱っちゃうよ~?」
卜部先生は冗談めかした顔でそう言うと、クラス内に笑い声があふれた。
あぶねえ、あぶねえ! 操作してるのバレるとこだったぜ。
俺はそっとパポスのディスプレイパネルを閉じて授業に集中することにした。歌恋には授業後に聞くとするか。
「さて、ドゥクス・ソルとルクス・ルナリスについてもテストに出すから覚えておこうねぇ。今の話になかった部分も出るから、教科書もしっかりと読み込んでおくんだよ。では次は――と、今日はここまでか。クラス委員長さんは号令お願いね」
卜部先生が話してる途中でチャイムが鳴った。
思ったよりも早く終わったな。これなら歌恋に連絡取らず、授業が終わるまで待つべきだったぜ。
「起立! ……礼! ありがとうございました!」
美鏡の号令と共に授業は終わった。合わせて卜部先生が教室を出る。
俺が話しかけようと近付いたところで、歌恋は机の上のものをしまって立ち上がった。
「あ、歌恋!」
「えっと……どうしたの駿ちゃん?」
「なあ歌恋。授業中にお前震えてなかったか?」
無言になる歌恋。やっぱり、授業中に何かあったのか?
そんな沈黙している歌恋から出た言葉は――。
「えっと……さっきからトイレの行きたくてもれそうなの……」
「え!? あ、引き留めてすまん! すぐに行ってくれ!」
「うん。ごめんね駿ちゃん」
そう言い残しながら歌恋は教室からすぐに出ていった。
えっと……何? 震えてたのってそういうオチ? 俺の早とちりなのかよ……。




