第7話 途切れた通話
俺は今、大庭から渡されたベーコンレタスタマゴサンドを食べていた。
ちなみに今食べているのは二切れ目だ。
「ほえー……キミって豪快に食べるんだね」
「まあな。なんだかんだで腹減ってたからよ」
言いながら俺は残りの一欠片を口に放り込んだ。
「そっか。それだけ美味しそうに食べてくれたなら、譲った甲斐があるってもんだよ」
「ホントに感謝してるぜ。大庭について行かなかったら、未だに飯食えてなかったかもしれないからな」
「友明」
「え?」
大庭が告げた言葉に俺は虚をつかれた。
「呼び方は友明でいいよ。その代わり、僕の方も駿くんって呼んでもいいかな?」
「そういうことか。もちろんだ。んじゃ、これからは友明って呼ばせてもらうな」
「了解だよ駿くん」
無言で手を差し出す友明。俺は喜んで握手を交わした。
そんなこんなで俺に遅れること五分。
サンドイッチを食べ終わった友明はゴミをビニール袋に詰める。それから座るイスに片足を乗せ。
「さてと。お腹に食べ物も収めたことだし、問答タイムと洒落こもうか」
友明は「何でも好きな質問していいよ」とにこやかに笑う。
試しに彼女の有無でも聞いてやろうか。とも思ったが、いかんせん自分が知らない用語がまだまだある。
不要な質問はあとに回して、先ほどの単語について聞くことにした。
「んじゃ、まずはさっき言ってたブレイヴァーについてだな」
「OK。ブレイヴァーについて教える前に、まず駿くんは、リンクバトルという言葉は知ってるかな?」
「……いや」
「じゃあ、まずはそこからだね」
俺の無知さ加減への嫌悪感はないようで、友明はにこやかな顔で説明を始めた。
「リンクバトルっていうのはね。リンク能力を使用するリンカーと、リンカーの代わりに前衛として戦うブレイヴァー。この二人が、一組のチームとなって戦う試合のことを言うんだ」
「試合? さっき、友明は自分のことをブレイヴァーだって言ってたが」
「うん。僕は前衛として戦うブレイヴァーを担当しているんだ。まあリンクの養成校だから、ブレイヴァー自体もリンク能力者が担っているんだけどね」
「ほー……てか、戦うってどうやって戦うんだよ? まさか武器で殴り合いでもするって言うのか?」
寮に着いて早々に教師三人によって襲撃された。その可能性は、決して否定出来るものじゃない。
「そうだよ。お互いのブレイヴァーが武器を使って戦うんだ」
「マジか……」
「マジだよ」
俺としては安直な案を否定してもらいたかったんだが、即座に笑顔で肯定されてしまった。
友明は笑顔を少し崩しながら話を続ける。
「勝敗は簡単さ。相手のブレイヴァーを戦闘不能にするか、相手チーム……正式にはバディって言うんだけど、その相手側のバディのリンクがなんらかの方法で切れれば勝ち」
「どのみち、試合が続行不可能になれば終わるんだな?」
「そういうこと。……あっ! ちなみに降参という意味合いで、リンカー自らがリンクを切ることで試合を終わらせることも出来るんだ」
友明が付け加える形で説明をした。
的確な説明で正直助かる。生憎、手元にメモ帳等がなくて、書き留めれないのが残念だ。
「なるほどな。リンクバトルやブレイヴァーについてはなんとなくわかった。けど、なんでそんな戦いなんてするんだ? 俺が理解出来ていないだけで、特別な意味でもあるのか?」
「それはね。リンクの力が意思疎通やテレパシーでの会話以外にも、接続している相手の潜在能力を引き出すことを可能にしてるからなんだよ」
友明はそう説明しながら、乗せていた足を入れ替えた。
「確か、繋いだ相手の身体能力を強化するんだったよな?」
「そうだね。正確には、繋がれた相手に火事場の馬鹿力のような力を発揮させる……って言ったら伝わるかな?」
「ああ。……リミッターの解除的なニュアンスで合ってた訳か」
「そうそれ!」
俺の意見が的を得ていたようで、友明が指を差して嬉しそうに声を上げた。
「そのリミッターがどの段階まで解除出来るのか? っていうのを調べる目的で、リンクバトルが行われているらしいんだ」
続けて友明は「まあ、あくまで噂の域を出ない話なんだけどね」と念を押した。
「けどよ。どれくらいの力が引き出せるのかが実証出来なきゃ、それって成立しないんじゃないのか?」
「その辺はご心配なく。ちゃんと数値化されているんだよねー」
友明が言うには、試合を行っている最中はパポスにそれらの項目が表示されるらしい。
リンクバトル中は後衛であるリンカーが、それらの数値について逐一チェックするという話だ。
「ほーほー……じゃあ、ここの生徒はそのリンクバトルを行うことで、実技テストみたいなものをやってる訳なのか」
「うーん……そうだね。その解釈で違わないかな」
考えを巡らせていた友明だったが、肯定する形で頷いた。
リンクを用いて戦う試合、リンクバトル。前衛としてブレイヴァーが戦い、後衛のリンカーがリンクを繋ぐバディ同士の勝負。
そして、それをやる目的とは、人間の潜在能力を解放出来るレベルを調べるためか。
なんとなくだが、この学園が作られた真意がわかってきたな。
「OK! 理解したぜ。んじゃあ、次の質問なんだが――」
そこまで言うと、友明のパポスからピコンという音が発せられた。
「ん?」
「あ、ごめん。知り合いからのLuneだ」
「ルネ?」
「この学園が独自に管理しているSNSだよ。簡単なメッセージのやり取りや通話が可能なアプリのことなんだ」
似たような綴りのアプリがあった気がするなぁ。なんてことを思い浮かべる。
「……で、お相手さんはなんだって?」
手持ち無沙汰だった俺はなんとなく聞いてみた。
けど、俺はまだ聞けるような立場じゃないことに気付いて「あ、やっぱいい」と制止しようとするも、友明は気にせず答えた。
「実は、これから知り合いと会うことになっててさ」
「知り合いと?」
「うん。この教室で合流するって話になってたんだけど、初対面のキミたちを会わせるのはお互いに気を遣いそうだなぁと思ってね。少し時間を空けてから来て欲しいって提案してたんだよ」
すでに返信を終えていたらしい友明がそう説明してくれた。
「あー……確かに。俺はともかく、相手側の事情もあるもんな。その辺考慮して友明は返事をしてくれたのか? 友明って結構気配りが出来るタイプなんだな」
「あはは! 褒められると照れちゃうね」
知り合いと会う約束があるなら質問タイムはここまでか。
俺はそう結論付けて立ち上がると、友明に礼を言った。
「色々と助かったぜ友明。邪魔するのもアレだし、俺は先生たちともう一回合流してみるわ。……っと食った分の金を払わなきゃな。いくらだった?」
「お金はいいよ。僕からの転校祝いってことでさ」
「いやいや、そうはいかんぜよ」
俺はポケットから財布を取り出す。さすがに少しでも出さねえと。
「別にいいってば。……それじゃあ、何かあったときに手伝ってもらおうかな?」
「ああ、もちろんいいぜ。トラブルにでも巻き込まれたときは言ってくれよ。力を貸す」
「ありがとう駿くん」
財布を仕舞いながら頷く。大して友明はニッコリと微笑んだ。
「……そういえば、返事がまだ返って来ないなぁ」
パポスの画面を確認して友明が呟く。
「ん? 気付いてないとかじゃないのか?」
「いや、既読は付いたんだけど返信がなくて」
頭を掻きながら「既読付いたときはすぐに返事がくるんだけどなぁ……」とぼやく友明。
「んじゃ、一回通話でもしてみたらどうだ?」
「そうだね。そうしてみるよ」
教室を出るタイミングを逃したのもあるが、そのまま立ち去るのもどうかと思い、俺は通話が終わるのを待つことにした。
まあ、まだ別れのあいさつもちゃんとしてないからな。
立ち上がる友明。パポスを操作するとリストバンドにあるボタンを押した。
どうやらそこが通話ボタンらしい。
数秒の間があり――通話が繋がったみたいだ。
「……あ! 愛ちゃん? 今どこにいるの? ん?」
とまで言ったところで友明の言葉が止まった。
「どうした?」
「……切れた」
「は?」
「いきなり通話が切れた……」
それだけ言うと友明は呆然とパポスを見つめる。
「何かあったのか?」
「わ、わからない! けど、すごい焦ったような声だった! それからすぐに切れて」
「――っ! そいつはただ事じゃなさそうだな」
こいつは少しばかり雲行きが怪しい感じだ。俺の体に緊張が走る。
「そ、そうだ! 今日は一緒に行動してるって言ってたはず」
「どうした友明?」
「今日はもう一人の知り合いと昼食を食べるって話だったんだよ。だから、そっちの子の方にも通話をかけてみる!」
「なるほど。それが良さそうだな」
俺の案を聞いて再度通話をかける友明。
しかし――。
「……あ! 友明だけど今どこ――」
そこまで言うと友明の声が再び止まった。
「友明?」
「切れた……今度は何も言わずに……」
「……マジかよ」
さすがの俺もこの状況に言葉を失う。
なんなんだこの状況は?
「もしかして、その二人に何かあったのかもしれねえな」
「う、うん……僕、二人のことを捜してくるっ!」
立ち上がった友明が教室の入り口へと向かう。
「待ってくれ友明!」
「な、何っ?」
急に声をかけられたことで友明が振り返る。
「さっきの飯代、ここで返させてくれ!」
「だ、だから別にいいってば! それはまた今度でも――」
「違う! 今から捜すのを手伝わせて欲しいんだ! その二人のことを捜すのを!」
俺は友明を真っ直ぐに見つめて提案した。
ここまで知って「はい、さよなら」なんて出来やしねえよ!
「手伝うって……」
「さっき力を貸すって言っただろ? 今がそのときだと思うんだ! だから、二人を捜すのを手伝わせてくれ!」
「駿くん……」
俺の言葉をを聞いた友明が、目を見開いて見つめ返してくる。
「……いいの、かい?」
「ああ! 借りた恩はちゃんと返せって、親父から言われてるからな」
借りた恩は必ず返す。それが守住家の家訓だ。
「それによ」
「それに?」
「困ってるやつを助けるのに、理由なんていらないんだろ?」
俺は歯を出して笑ってみせる。
お前が言ったことだ。否定なんてさせないぜ。
「あ……ありがとう駿くん……!」
友明は軽く目元を拭った。そこから真剣な表情をして指針を告げる。
「僕は二人が行きそうな場所を捜してみるよ!」
「俺は……どうすれば良い?」
「駿くんは、このままここで待機していて欲しい」
「一緒に捜さなくていいのか?」
俺は疑問に思って問う。バラバラに行動するのは得策じゃない気がするんだが……。
「駿くんは、まだこの建物の構造を理解してないでしょ? もしかしたら、二人が入れ違いで教室に来る可能性もある。そうなった場合のために、残った駿くんに伝言役を頼みたいんだ」
「なるほど。ここに来たやつに捜してる旨を伝えれば良いんだな?」
「うん。本来なら連絡取れるようにパポスの番号を交換しておきたいんだけど、これ以上時間を割けそうにないから、それでいきたい」
「わかった。任せておけ!」
俺は自分の左胸を叩いて了解した。
この状況下で冷静な判断を下せる友明の精神力は、ある意味すごいなと感心してしまう。
「ごめんね。キミをこんなことに巻き込んでしまって……」
「良いっての、気にすんな。さあ、二人のことを捜すんだろ?」
「うん! 行ってくる!」
返事をした友明が教室から出ていく。それを見送って俺は小さく息を吐いた。
一難去ってまた一難って感じだな。けど、力になれるのなら手伝わない理由はないぜ。
と心の中で呟き、来るかどうかもわからない待ち人を待つことにした。