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第33話 勝敗の行方

「全員が僕の敵だと……?」


 拓哉の言葉を聞き、帝が顔を歪ませながら呟く。


「そうだ。最早お前を信じる者などいない。お前は孤立無援となったのだ」

「……なんなんだよ……なんなんだよ、この展開はさあッ!? お前らあああぁあああッ! 今まで僕のやり方に従ってきただろうがああぁああッ! どいつもこいつも手の平を返すっていうのかよおおぉおおッ!?」


 周囲の観衆から発せられる罵声に向かって怒号を上げる帝。


「従ってきただ? お前や教頭が従わせていたんだろ!」

「財前家の名を盾にして、やりたい放題してきたのはあんたじゃないか!」

「そうよ! 手の平を返されるだけのことをしてきたんじゃない!」

「ぐうぅううッ! くっそがぁぁああぁあああ!! 勝てば、勝てばいいだけなのにぃいい……! あいつらを負かせれば済む問題だったのにぃぃいいッ!!」


 それでも止まらぬ言葉の数々。帝はついに狂ったかのように頭を掻きむしり始めた。


 この件はすでに決着が着いたようなものだ。最早、帝たちに正義などない。

 あとは彼らが降参さえしてくれれば全てが終わる。


「ふざ、けるなぁぁ……! ここまできて、終われるかよおぉぉッ……!!」

「帝様……」

「くそおッ! お前も、お前もそうなんだろ!? お前もこの僕を! 財前帝を! 裏切るつもりなんだろッ!!」

「ち、違います! 私は帝様を裏切るようなことは致しませんっ!!」


 帝の鬼の形相に、菖蒲は必死になって弁明する。そんなことは一切しないと彼女は訴えた。

 それを見た帝は憔悴した顔で聞き返す。


「……本当か?」

「はい!」

「そうか……お前だけは、これからも僕に従って側にいてくれるのか……?」

「はいっ! ……はいっ!」


 最後まで付き従おうとする、従者の鏡とも言える気丈さを見せる菖蒲。彼女は、何度も何度も帝を肯定するように頷く。

 例え体がボロボロになっても、主が凶弾される立場となろうと、菖蒲は決して帝を裏切るようなことはしない。


「そうか……じゃあ――」


 だがしかし、帝が告げた次の言葉に菖蒲は凍りついてしまう。


「あの欠陥品をぶっ壊せ」

「――え?」


 菖蒲の目が、帝の発した言葉の意味を理解し見開いた。


「帝様……? 何を……言って……?」

「勝てば官軍って言うだろ。要はあの女を、完膚なきまでに、ぐちゃぐちゃに、ぶっ潰して、勝てばいいんだよ……」

「し、しかし帝様……!」


 最早正気ではない。帝に心酔している菖蒲ですら、その異常性に気付いたようだ。

 降参を促そうなどという、甘い考えすら挟ませてもらえなかった。


「僕の命令を聞けないのか……? やっぱりお前は僕を裏切るんだな……」

「そ、そんなことは……!」


 帝の言葉を菖蒲は必死に否定した。


「なら、ほら……分かるだろ?」

「……っ……分かり、ました」


 菖蒲は足元に落ちていた一本の小太刀を手に取り、太ももに仕込んでいた苦無を引き抜く。


「おい! この試合はもうお前の負けだろ財前!」

「往生際が悪いわよ!」

「影咲もそんなやつに従うのやめろよっ!」


 観客の言葉には無反応のまま、帝は菖蒲に一言だけ告げた。


「やれ!」

「……はい」


 帝は菖蒲の状態に目も向けず、非情な命令を下す。

 彼の言葉に従う菖蒲。傷を負っているにも関わらず、彼女は脱兎の如き速さで駆け出した。




(仕掛けてくる? あんな状態になった人をまだ戦わせるつもりなの?)


 その動きを目にし、歌恋の顔が強張った。


「――そんなっ! さっきより速い!?」


 何故か菖蒲の動きは、先ほどよりも更に速くなっていた。

 カサルナが力強い突風とするなら、彼女のそれは一瞬で通過する疾風。そう比喩出来るほどの速さだ。


 歌恋は疲労感を残しながらも、菖蒲の攻撃をアーマーで防ぎ、時には回避してやり過ごす。


(移動だけじゃなく、攻撃の速度も上がってる!? ――くっ! そういうことなの!?)


 歌恋はすぐさま気付いた。暗器を隠していた菖蒲のスカートはすでにボロボロになっており、暗器自体ほとんど手元に残っていない。

 暗器一つの平均的な重さは種類によるので不明だが、彼女は武器の大半を失ったことになる。

 そのおかげで菖蒲の動きが更に機敏になっていたのだ。


(うぅ……ダメ……目が霞んできた……! もう長く、持たない……!)


 ボロボロな体でありながら、高速で振るわれ続ける菖蒲の二振りの刃物。

 その猛攻を疲労と毒で霞み始めた目で捉え、歌恋はさばき続ける。


 このままだと負けるかもしれない。

 歌恋は焦った。絶対に負けたらダメだ。負けたら何も救えない!


 だが歌恋が負けたとしても、観客は誰一人として責めることをしないだろう。

 むしろ退学が決まっても、嘆願書なりを申請して二人を擁護するに違いない。

 そんなことすら思いつく余裕のない歌恋は、負けてはいけないという気持ちだけで戦い続けていた。


 斬撃を止めようとした歌恋の手が菖蒲の腕に触れた。その瞬間、歌恋の頭に異質な感覚が押し寄せる。


(――なんで? これってリンクの……)


 歌恋が感じたのは、トラウマでもあるリンクの接続を行うときの感覚。トラウマなのはリンクが断線する行為でもあるからだ。

 そのせいで半月前にも駿に対して断線を引き起こし、彼女はかなり落ち込んでいた。


(なんで出来るんだろ……? リンクは一人につき一つしか繋げないはずなのに……)


 リンカ能力者なら持つ当然の疑問だ。

 リンクは、同時に一人の相手としか接続出来ないルールがある。それはリンク能力者なら当たり前に持つ常識。

 すでに駿からリンクが繋がれている状態で、どうして自分がリンクを使用出来るのかが歌恋には分からなかった。


『か、れん……』

『駿ちゃん!? 駿ちゃん大丈夫!? …………ダメだ、返事が……もしかして、これって駿ちゃんの力?』


 駿のリンク能力。マルチリンクが自分にも共有されている?

 朦朧とする頭で、歌恋はそんなあり得ないことを思いついてしまう。


(なんでかはわからない。でも、もし事実なら…………考えろあたし! マルチリンクの共有……試合を終わらせる方法……)


 綻びそうな意識を保ち、情報というピースを繋ぎ合わせようとする。


(――え? あ、あれ? これならこの勝負に勝てる……?)


 突然、彼女の頭の中に案が浮かび上がった。それはリンクアウトとマルチリンクを合わせた混合技。

 湧き出た一縷(いちる)の希望が、彼女の心に火を灯す。

 

 すでにこの数分ばかりで、何十にも及ぶ斬撃が歌恋に放たれていた。それはときに弾かれ、ときに肌を掠め、歌恋の体力を消耗させていく。

 そんな中、疾風とも言える猛攻を耐え抜き、歌恋が辿り着くことの出来た無謀な決着のつけ方。


(で、でもこれは賭け。勝てる確率は四分の一だ。最悪、負けちゃう可能性も……!)


 勝てなきゃ意味がない。負けてはダメな戦いだ。

 だが、ショート寸前の歌恋の頭に再度案が浮かび上がった。


(ううん、違う! ……勝ちでも負けでもない結果が一個ある。それなら……!)


 なら、この賭けは四分の一ではなく四分の二。


『賭けよう……! このままでも負けるのなら、せめて導き出した答えで終わらせてみせる……! お願い駿ちゃん! あたしに力を貸して!』


 歌恋に決意が宿る。

 駿のため、友明のため、愛奈のため、桜花のため……何よりも自分自身のために。この試合に終止符をつけよう。


 繰り出される高速の連撃。その最中、必死になって歌恋は菖蒲の腕を掴もうとした。


(掴めれば……! 数秒だけでいい! あの腕を!)


 歌恋が菖蒲に腕を伸ばすも、その行為は空振りに終わった。

 何かしようとしたのに気付いたのか、菖蒲が警戒心を強め、歌恋が掴もうとする腕を避ける。

 そのせいで歌恋はバランスを崩した。生じた隙を突き、菖蒲が振るう刃物が歌恋の体に傷を増やしていく。


 ダメだ。出来ない。無理だ。どうやっても自分から腕を掴めない――――でも!


 苦渋の決断。歌恋は腕を掴むのを諦めた。

 諦めて、菖蒲の放つ斬撃を両手を広げて無防備に受けることにしたのだ。


「――なっ!?」

「があっ!? あぐっ……!」


 ガッと鈍い音がした。骨や肉に刃物を突き立てたような音だ。

 彼女が持つ二振りの刃物。その斬撃が歌恋の肩と脇腹に叩き付けられ、反衝撃のシステムが働く。

 だが、それこそが歌恋の狙いだった。意識と視界が霞む中で、信じられないと驚愕する菖蒲の腕を掴む歌恋は――。


「これでやっト……」

「え……?」

「ヤット、掴マエタ……ッ!」

「う……ぁっ……!」


 菖蒲の瞳に歌恋の顔が映しだされた。光沢を失い、赤黒く濁りきった歌恋の瞳も彼女を捉える。

 恐怖で歪む菖蒲の顔。それはまるで、化け物を見た子供のような、純粋な恐怖心を抱いた表情をしていた。


 蠱惑的な微みを浮かべる歌恋は、たった一言だけ口にする。それが試合の終わりを告げる言葉となった。


「リンクドライブ」


 一つ、二つ、三つ――ガラスが割れるような音が鳴った。

 それと同時に、歌恋がふらついて数歩後退る。体から力が抜けて後方へゆっくりと倒れ込んだ。だが、その途中で。


「――ぐっ! よく、頑張ったな歌恋……!」


 荒く息をする駿が、歌恋を抱きかかえるようにして支えた。


「……駿ちゃん?」

「ああ。お前にだけ……戦わせて、こんな風にさせてごめんな……」

「そんなこと、ないよ……あたしは、一人で……戦ってない……だって、駿ちゃんは……こうやって、いつも支え、て……」


 呼吸を乱しながら、歌恋はまぶたをゆっくりと閉じた。荒い呼吸を繰り返すのは、リンクが切れて毒の症状が自分に戻ったからだ。

 そんな歌恋を心配そうな顔で見つめる駿だったが、ふとスクリーンの映像が目に入り、静かに言葉を呟いた。


「ははっ……やったぞ歌恋。俺たちの、勝ちだ……」


 駿の呟きに続くようにして、スタジアム内にアナウンスが鳴り響いた。


「両バディ共ニ、リンクノ断線ヲ確認シマシタ。バトルエンド! ノーウィナーズ! ――ドローゲーム!」

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