第31話 卑怯者の敵 下
『一体、何が起きているんだ……!?』
『わ、分かりません……!』
帝は目の前で起きている状況を見て、口を開いたまま愕然としていた。彼の前に立つ菖蒲も同じだ。
観戦していた生徒たちでさえ、この異様な光景に息をのむしかなかった。
リング内を支配するのは欠陥品と噂される少女。
その歌恋が言葉を口にするが、彼女の声は轟音によってかき消され、誰の耳にも届かない。
歌恋の右手にはバチバチと弾ける火花が輝き、左手には轟々とした風が渦巻く。
それらが立てるけたたましい音が、彼女の声を打ち消していたのだ。
「――――。――。――――――!」
虚ろな目をしながらも何かを唱えるように口を開く。
彼女の手の平に集まる風と雷が更にふくれ上がった。両手を合わさると、二つが混じり合った球体の化合物が出来上がる。
歌恋はそれを片手で持つと。
「うお――ぉぉ――おお――!!」
帝たちに向かって蹴り飛ばした。
彼女の元を離れて一秒。球体は弾け、縦横十メートルにも及ぶ巨大な雷風の波に変化した。
高圧の電気と荒ぶる風が織りなすそれが、帝たちに向かって一気に迫る。
「「――ッ!?」」
まずい。そう二人が思ったときには遅かった。
急いで菖蒲は回避行動を取ろうとする。が、気付いてしまう。自分の背後にいる帝ではこの攻撃を避けきれないことを。
『ダメだ。帝様を抱えてあれを避けるなんてわたしには……あ』
もう一つ気付いてしまった。この状況はまるで……先ほどの攻撃に対する意趣返しなのではないかと。
前衛が守らなければ、後衛がダメージを受けてしまう。帝が避けれない広範囲での攻撃は、菖蒲が次に取らなければならない行動を定めさせた。
『くっ! 帝様はわたしの後ろへ! ウールディフェンサーでお守り致します!』
『あ、ああ……!』
菖蒲が再度防壁を張る。
菖蒲にはスキルを持ってしても、あの異様な攻撃を防ぎきれるか分からなかった。
そして、防壁の後ろで身を潜める二人に巨大な波が襲いかかる。
「ぐううううううううぅぅっ!?」
強化を重ねたウールの壁だが、風によって徐々に裂かれ、隙間からもれた雷撃が菖蒲の肌に傷を付けて火傷を負わせる。
菖蒲の顔があり得ないとばかりに引きつった。
これを突破するには相当な威力でなければ叶わない。上位のランカーでも、攻撃に特化させた一部の相手にしか損壊された経験がないのだ。
それを、あの少女はたった一度の攻撃で切り崩してきた。
数秒経ち、暴力的な攻撃が通過し、まるで何もなかったかのように掻き消えた。
匿われていた帝は無傷だ。だが防壁と菖蒲のエクステリアはボロボロ。彼女は火傷と切り傷によって肌が裂け、至る所から血を流していた。
(帝様は……ご無事……しかし、これではまともに戦うことが……)
体中の痛みに苛まれながらも菖蒲は歌恋へ視線を移す。
その歌恋は、力なく地面に座り込んで肩で息をしていた。
「はあっ! はあっ! ……っはあ!」
汗が滝のように流れ、開いた瞳孔が閉じてくれない。異常なほど溢れ出るアドレナリンが止まらず、座り込んだ歌恋は息を荒く繰り返していた。
歌恋は訳も分からぬまま地面を見つめる。自分がなんであんなことをしたのか、その意味が理解出来ずに戸惑っていた。
(あ、たしは……何を……? ダメだ――力が底を突いてる……。頭がボーっとして……酸素……足りない……。毒? のせい、集中力も……)
体が泥に沈んだかのように動かない。駿の共有にも限界があるのか、毒の症状も肩代わりしきれず、歌恋の意識も朦朧とし始めてきた。
分かるのは、自分の身勝手な行動で不利になったかもしれないこと。友人や幼馴染の命運が懸かった試合で、感情に任せ、理性を失ってまで力を振るってしまったことだ。
動けない。もう無理なのかもしれない。
呆然とする歌恋は、なんとなしにそう思ってしまった。
(だ、ダメだ諦めちゃ……! ここで諦めちゃったら、愛奈ちゃんと友明くんの退学を取り消せない……!)
駿と再会する前から自分を支えてくれた大切な友人。
彼らは歌恋を通じて結ばれ、幸せを掴みながらも彼女の側から離れなかった。
幸せそうな二人を見て心が暖かくなるのを感じた歌恋は、それがすごく嬉しかったのだ。
未遂だったとはいえ、歌恋の退学を阻止するために負けることをいとわないと言ってくれた友明たち。そのせいで島を追われたしまった二人を助けたい。
歌恋は友明と愛奈が大好きだ。だからこそ、こんなところで諦めたくなかった。
「嫌だ……! 負けたくない……! 二人に帰ってきてもらうん、だもん……っ!!」
満身創痍の体に鞭を打ち、立ち上がって構える歌恋。
だが、自然とその目から涙が零れ落ちていた。ボロボロと人目をはばからずに流れる涙が、VRの空間に落ちて跡を残す。
そんな歌恋の姿を見て、観客席が少しずつ騒がしくなる。彼女が泣いてまで戦おうとする姿に疑問を感じ始めたのだろう。
「あっははははっ!! なんだよあいつ、泣き出しやがった! リンクアウターってのは泣き虫なのかよっ!?」
歌恋が泣く姿を見て、面白おかしいと笑う帝。
さすがの観客も、この状況で笑い出す彼を見て言葉を失っていた。しかし言葉を失うだけだ。彼の言動に異を唱える者は誰一人としていない。
「財前……ッ!」
「ミカミカ先輩抑えてください!」
「分かっています。ですが……!」
観客席に座り、悔しそうに顔をしかめる蜜柑。
蜜柑をなだめる有栖にも、彼女の気持ちは痛いほど分かった。あの男の言動には有栖だって我慢ならないのだ。
だが、少数の外野がいくら喚いたところで現状が変わらないのも事実。
だから二人は待ち続けていた。現状を打破する策が訪れるのを――。
「そんなに彼女が泣くのは面白いか?」
「……は?」
帝が間の抜けた声を漏らす。
会場内に、機械によって加工した声が流れ出したのだ。その発信源は生徒たちが持つパポスからである。
「システムの掌握は成功したようですね。さすが顔無き探索者です」
蜜柑が音声を聞いて安堵の感情を浮かべる。
これは電波ジャックだ。拓哉がパポスの通信基地を掌握したのである。
しかし、あくまで一時的。もって十分と言ったところだろう。
「申し訳ないが、第一校の生徒たちのパポスをジャックした。これから伝える真実のためにだ」
「はあ? 僕らのパポスをジャックだあ!? お前は誰なんだ!?」
「誰かだと? それを聞かれて答えるとでも思っているのか?」
拓哉は帝の質問には答えない。否、答える義理などないのだ。
彼が電波ジャックをしたのはそんなものに答えるためではない。これから観客たちを先導するためなのだから。
「私が伝えたいこと……生徒諸君、これが真実だ」
流れ始めた音声。八百長を企画した友明たちのおかげで、やっかいな転校生と欠陥品を排除出来ることを嬉々として話す帝の声だった。
友明たちが八百長を行っていないこと。学園長がいない間に、彼のお気に入りである駿を追い出して悦に浸ろうとする教頭の声も流れる。
それを聞いた帝の表情が歪む。帝にはなんの会話なのかが理解出来てしまった。
流れた会話は駿たちが去った夜、別邸に訪れた叔父と自室で話していた内容だ。駿たちを有利なリンクバトルで圧倒出来ると、帝は気を緩ませ、銀二とそんなやり取りを行っていたのである。
帝は知らなかった。自室に侵入していた蜜柑が、持っていた盗聴器を室内に仕掛けていたことを。
これは偶然ではない。帝が自室に叔父を招いて紅茶を飲み交わすのが日課で、きっと尻尾を出すと蜜柑が確信していた結果だった。
「さあ、これを聞いてもまだ、諸君らは財前のやり方に異議を唱えないのか?」
「……ははっ! それが本物かどうかわからない以上、どれだけの奴らが信じてくれると思ってるんだよ?」
真偽の不明な証拠。これが事実なのかは他の生徒には分からない。だから帝は強気で出れたのだ。
だがそれを信じると言う者がいたことこそ、彼にとっての大きな誤算であった。
「その音声、ウチは信じる!」
「なん――だと?」
客席の最前列にいた桜花が張りのある声で主張した。
「ウチはその音声を信じるって言ったのよっ!」
そちらを向いた帝に対し、再び桜花が大きな声で言い放つ。
「どういうことだ鹿島!? お前はこいつに嫌悪していたんじゃないのか!?」
「そうよ。ウチはそいつが、竜胆歌恋のことが嫌いだ! 自分からまともにリンクを繋げず、周りからサポートされなきゃ何も出来ないような竜胆歌恋が大嫌いよ!」
桜花は歌恋を指差して怒声を上げる。
「はあ!? じゃあ、なんで信じるなんて言った!? 嫌いなら、お前の発言はどう考えてもおかしいだろうがッ!」
彼女が何を言いたいのかが分からず、帝は眉を吊り上げて罵倒する。
「ええそうよ! けどね、けど……! 卑怯な手を使った上に、涙を流してる女の子を笑うあんたみたいな奴の主張より……」
桜花の目に涙が溜まっていく。それでも彼女は、自身の純粋な気持ちを言葉に乗せた。
「友達の冤罪を晴らすために無謀な勝負を仕掛けて! バディの守住くんが倒れてもなお立ち向かい! 涙を流しながらも諦めずに戦おうとしている竜胆の姿が……ッ! ウチの目に焼き付いていちゃってるのよ!! それを見てそいつを信じられないほど、ウチの目は節穴なんかじゃないっ!!」
「――ッ! か、しま……さん……」
「勝ちなさいよ竜胆! ウチとの勝負に勝ち逃げとか、絶対に許さないんだからっ! 勝たなきゃ、承知しないんだからぁ……!」
涙を流しながらも歌恋へと訴える桜花。
その言葉に、見開いた歌恋の瞳から大粒の涙が零れ落ちた。
「……さあ、ここでアンケートにご協力願いたい! この音声と鹿島桜花の主張を聞き、諸君らは財前の言い分と録音した音声、どちらを信じる?」
生徒全員のパスポに二つの選択肢が表示された。
『財前の主張が正しい』『これは明らかな冤罪だ』
シーンと静まり返る会場。そんな中、少年と少女が小声で話し合う。
「ふっ、くくっ……! 何? なんなのこの展開ぃ? 個人的には超滑稽すぎて笑えてくるんですけどぉ……っ!」
少女は余程ツボにハマったのか、膝を叩きながら必死に笑うのを堪えていた。
「……だが、今ので会場の空気は明らかに変わった」
「あはっ……! あーあ……久々に声押し殺して笑ったわよ。ふぅ……なんともまあ、典型的なお涙頂戴のバカバカしいパターンよね。……でも、あのクズをドン底に落とすには充分過ぎる展開か」
少女は今度は心底楽しそうに笑みを浮かべた。
「だな。これはもう、俺たちが出る幕はなさそうだ」
最後に少年は静かな口調でそう呟いた。
「……時間だ。アンケートの結果が出た。発表しよう」
会場の大型スクリーンに開票される。
『財前の主張が正しい』 0.2パーセント
『これは明らかな冤罪だ』 98.8パーセント
「数字が符合していないのは無投票の分だ」
「……ふ、ふざけるなあああぁぁあああッ!! こんなのお前が数字を弄ったり、予め用意していた画面を映せばいくらでも捏造出来るだろうがあッ!!」
「お前は、これが私のやった出来レースだと?」
「そうだ!!」
帝の言葉に拓哉は黙ってしまう。
だが、それは論破されたからじゃない。彼の主張があまりにも馬鹿らしく思えたからに違いない。
「くっふっふふふ……あーはっはっははっ! 言い返せないのかよッ!? それならこれは無効だ! ここまでやっておいて残念でし――」
「ふっざけるな財前ッ!!」
「――た…………は?」
突然轟いた男の声。帝が何事かと周囲を見回す。
「そうだ! いい加減にしやがれよ!」
「お前の主張なんてもう信じない! お前のやり方には前々から嫌気が差していたんだ!」
「泣いてまで戦ってるその子に投票しない理由がないじゃないっ!」
「そうだそうだ! 俺は冤罪に投票したぞ!」
「わたしも!」
それは会場の観客たちから発せられた言葉だった。
「こ、これは……! 観客たちの心が竜胆さんたちに傾いたのですか? こんなに上手くいくなんて」
「やばいですね! こういうのを熱い手の平返しって言うんでしたっけ? さっきの鹿島先輩の主張にも目頭が熱くなりましたけど、この展開、アリスも胸が熱くなるのを感じます!」
度肝を抜かれた様子の蜜柑。隣に座る有栖はこの状況に興奮していた。
連鎖的に上がってきたのは観客たちの帝に対する批判的な言葉の数々。
それは次第に大きくなり、果てには帝に対する野次へと変わっていく。
「なんなんだよ、これは……? なんなんだよこれはあッ!?」
明らかな動揺を見せる帝の疑問に拓哉が答える。
「まだ分からないのか? あの結果は捏造ではない。今、この会場にいる者たちの全てが――」
頬を汗が伝い、顔面が蒼白となった帝がゴクリと唾を飲み下す。
「お前の敵だ!!」
第31話 『卑怯者』の敵




