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第30話 卑怯者の敵 上

「なっ!?」


 黒咲のスカートのスリットから見える白い脚と純白のレースの下着。それらがあらわになり、俺は思わず声をもらした。

 別に黒咲の脚や下着に欲情したとかじゃない。声がもれたのは、スカートの内側と太ももに隠されていた多種多様の暗器を見たからだ。


 苦無、手裏剣、棒手裏剣、忍鎌、猫手――あらわになった大量の暗器。

 明らかに人を闇討ちするための道具だ。殺傷を抑える反衝撃機構のあるリンクバトルで、それは明らかに異端な武器だった。


 黒咲はその中から針の様な形をした棒手裏剣を手にする。それを左右の手の指の間に挟み。


「……いきます!」


 右手に持つ四本を歌恋に向かって投げ飛ばした。空を裂くようにして、棒手裏剣が歌恋に襲いかかる。


「くっ!」


 歌恋はそれらを寸でのところで避ける。

 今度は左手の四本が投げられた。だが、それも歌恋はステップで回避。

 黒咲は次に裏地から苦無を順に取り、目にも止まらぬ速さで断続的に放ってきた。


『投擲が止まらない! 避けることで体力切れにさせるのが狙いかなっ!?』

『さあな! けど、それだけが狙いとは思えない。恐らく何かあるはずだ!』


 飛んできた苦無をしゃがみ、横へ飛び、回避し続ける歌恋。

 一本、二本、三本、四本、五本、六本――まだ終わらない。

 放られた数はすでに十を越え、合間に手裏剣を混ぜることで、こっちの裏をかいてくる。


 そして、何故か苦悶の顔をした黒咲が大量の棒手裏剣を連投する。

 歌恋は攻撃を腰を屈めて回避し――すぐさま何かに気付いて声を出す。


「しまっ――駿ちゃん!」

「え……!」


 俺は歌恋の後ろ。つまり、棒手裏剣の射線上にいたんだ。

 歌恋が間に割り込もうと、こっちに向かって走り出した。


 あの野郎、流れ弾を装って俺に当てるつもりか。とことんクズだな……!


『大丈夫だ歌恋! 俺の身体能力なら避け――っ体が動かない……!?』


 すぐに財前を見る。あいつはゲスな笑みを浮かべ、俺に対して手をかざしていた。

 あの野郎! 動きを制限させる妨害スキルを使いやがったな!


 リンクバトルでは、後衛であるリンカーに直接攻撃をしてはいけないルールがある。それを破った場合、反則負けとして扱われるらしい。

 だが運悪く、偶然にも当たってしまったときは、その場限りじゃない。今回のこれがそれに当てはまるってことか。


『――水夜蛟っ! お願い! 間に合って!!』


 水夜蛟で神経を研磨する歌恋。防御技である風盾(ふうじゅん)込みだと、おそらく連続で使用するヒマはない。

 だから歌恋は、自分の体を盾にしてまで俺を守ってくれた。棒手裏剣は、歌恋の腕や腹部に痛々しく突き刺っている。


「ぐ……うぐぅ……!」

『くそっ……! すまん歌恋……!』


 幸いにも、それらは反衝撃機構も相まって威力が減衰していた。

 刺さった棒手裏剣は血に染まりながらも、体を貫通することなく床に落ちる。


 財前め! スキルまで使ってゲスい真似を……!

 たぶんだが、歌恋が身代わりになるのも込みで攻撃してきやがった。


 正々堂々とした戦いになると思っていたところで、こんな卑劣な策を仕掛けられた。それが俺の心に火を点けた。

 あいつの根性は腐りきってやがる。もう容赦なんてしねえ……!


 俺は自分にかかったスキルが切れるのを確認し、歌恋にテレパシーで声をかける。


『大丈夫か歌恋!? まともに食らったみたいだが問題なさそうか?』

「はあ……はあ……っはあ……!」

『……歌恋?』


 歌恋から返事が返ってこない。あいつの呼吸は荒くなり、顔は血の気が引いたように青くなっていた。


「気持ち……わる、い……」

「歌恋!? どうしたんだ歌恋!?」


 異様なのが一目でわかった。歌恋の目は焦点が合っていない。明らかにおかしい。


「くっ! 財前……お前、歌恋に何をしやがった?」

「何を? 知らんなぁ! 勝手に僕のせいにしないでくれないか?」

「――っ! 貴様ああああああぁぁあああぁぁああああっ!!」




 駿たちの様子がおかしいこと気付き、会場内がざわつき始める。


「あれは……毒、かしら? 呼吸困難に手足の痺れ、吐き気も。なら、即効性のある神経毒ってところが妥当ね」

「暗器にでも塗っていたか。くだらん真似を……」


 他の生徒のざわめきから少し離れた席には、灰色で長髪の少年とオレンジ色の巻き髪をした少女が座っていた。


「優位性が取れないからって規定違反の手段に走るとか……だから小物扱いされるのよ、あのクズは。で、どうすんの? 試合止める?」

「いや、まだ試合が終わった訳ではない。告発するにしても試合の後で問題ないだろう。それよりも重要なのは……この追い詰められた状況下を、あの転校生がどうやってくつがえせるかだ」

「はあ? あの状態からどうにかなると思ってるわけ?」

「わからん。……だが、わからんからこそ、ここで止めるべきではない」

「……あっそ」


 少女はそんな少年の言葉を聞き、バカバカしいと言わんばかりにリングへ視線を戻した。




『歌恋!! 聞こえるか歌恋!?』

『うぅ…………くぅ……!』


 俺は歌恋へ必死に声をかけた。

 だが、あいつは荒い呼吸を繰り返す。深層心理でも呻くだけで返事がない。


 くっそ! 何が歌恋を守るだよ! 俺の方が足引っ張ってるじゃねえか!

 どうすれば……! と俺は焦りながらも思考する。


 歌恋の様子がおかしくなったのは暗器を食らってからだ。

 その傷が原因だとすると、傷が出来たことで何かがあった。刃に何かが塗られていた?

 毒薬? 痺れ薬? おそらくそれで正解なはず。けど、それに気付いた今の俺に何が出来るって言うんだ?


「菖蒲。止めを刺してやれ」

「……はい」


 わざとらしい声で財前が宣言する。まるで俺たちへ死刑宣告を告げるかのように。


 どうすれば……どうすればこの状況を打破出来る方法が……!

 歌恋の症状を治すのは不可能だ。俺にそんな知識や力はない。なら、毒や痺れを俺が代わりに負担出来れば――!


『一か八かだ! これに対しても感覚の共有が可能なら!』


 もう何度も行ってきた感覚の共有。相手の感覚を自分と共有させる力だ。

 痛みの共有とは訳が違う。現状で効果があるのかどうかはわからねえ。俺自身がどうなるかも……。

 けど! ここで迷ってなんかいられない! 頼む! 答えてくれ歌恋!!


 俺は、自分と歌恋の意識と繋げるために集中する。


『感覚の共有を歌恋に申請。承認してくれ歌恋!』


 その瞬間――。


『……あなたの願い……受け取った……』


 歌恋? の声が聞こえた気がした。




 菖蒲は低い体勢のまま走り出し、歌恋へ迫っていた。その手に小型の鎖鎌を携えて。

 その一振りが未だ呆然としている歌恋に向けられる。


「ごめんなさい……! けど、これで貴方様は楽になれます!」


 せめてもの罪滅ぼしのつもりか。菖蒲は苦悶の表情で鎖鎌を一気に振り下ろした、が――。


「なっ!? どうして?」

「はあ……! はあ……! ギリギリ、セーフゥ……!」


 土壇場で意識を取り戻し、歌恋は風の盾を展開させて受け止めた。


「ぐうぅっ! 雪壊掌!!」

「がはっ!?」


 そこから歌恋の放つ掌底が菖蒲に直撃し、彼女を数メートル後方まで吹き飛ばした。


「ふぅ……!」


 歌恋は小さく息を吐きながら額の汗を拭う。


(な、なんとか攻撃を受けずに済んだ。いきなり意識がはっきりして動けるようになったけど、なんでこんな……?)


 自分の体が動くようになったことに戸惑いを見せる歌恋。

 まだ朦朧とした感覚が残る歌恋だったが、これが駿の共有の力だと気付く。


『もしかして駿ちゃんのおかげ!? 駿ちゃんありが――と、う……』


 歌恋が振り返った先には駿が倒れていた。


「はあ……はあ……なん、で……? 駿ちゃん!?」


 その言葉に駿は何も反応を返さない。目を閉じ、ただただ荒い呼吸を繰り返すだけだ。

 駿を蝕むあの症状は、先ほど自分自身が味わっていたものと同じ。


『またあたしの代わりに。駿ちゃんがあたしを助けたからこんな……!』


 今回も彼に助けられた。その事実を知って歌恋は唇を噛む。

 自分がもっと上手く立ち回れていれば、彼がこんな目に合わなくても済んだのに……と思ってしまう。


 しかし、菖蒲が咳き込みながら起き上がるのを確認する歌恋。


『だ、ダメだ! 今はあっちの対処をしないと!』


 倒れる駿に気を配りながらも、構える菖蒲へと視線を移す。


「竜胆ッ! なんでお前が動けるんだよ!? 攻撃食らったんだから、素直にやられてなきゃダメじゃあないか!!」

「駿ちゃんのおかげだもん……駿ちゃんが……っ……代わりに受けてくれてるから、あたしはまだ、戦えるんだもん!」

「……はあ? まさか、お前が受けたダメージを守住が肩代わりしているのか?」


 信じられないとばかりに顔を歪ませる帝。


 駿はこれまでに二度、歌恋の痛覚を代わりに受けることで勝利を収めた。しかし、それは普通ではないのだ。


 後衛とは、前衛に指示や作戦を提案する役割。痛みを伴う行動など普通はしない。

 カサルナや桜花、今回の菖蒲。歌恋もそうだが、バトルで前衛を務めているのが女性ばかりなので勘違いするだろう。

 しかし本来は、愛奈のように身体能力の低い女性側が後衛を務めるのが基本なのである。


 戦わない代わりに前衛を補佐し、なおかつ女性が担うのが学園での一般論。

 そんな存在が前衛の代わりに痛みや苦しみを肩代わりしようとする。そんな作戦はまず行わない。

 行えば、本来の役目を全う出来なくなってしまうからだ。


 なので、帝の『理解出来ない』という反応は正しい。駿のやり方は明らかなイレギュラーなのだ。


「ふ、ふふっ! お前らさあ、お互いを補い合って一人前とか、ぷっ! そんな臭いこと考えてるのか? それとも、自己犠牲で悲劇のヒーローとヒロイン気取ってる痛い系ですかあ?」


 おかしくて仕方ないのか、帝の顔と言葉が少しずつ本来のものへと変わっていく。


「何が、おかしいの!? あたしも駿ちゃんも……っあなたに勝つためにやってるんだもん!」

「だって、くくっ! 前衛が体を張ってまで守ったり、その後衛が前衛のダメージを肩代わりして倒れるとか、結局意味ないし笑えてくるだろ! そもそも、友人の冤罪を晴らすために自分たちの退学を賭けて戦うとか、意味不明な提案する守住自身が頭沸いてんだよ! ヒーロー気取りの一般ピープルが調子乗り過ぎだろうが!」


 言うに事を欠き、帝は駿の正義感に対する異常性を指摘した。

 拓哉が警察沙汰を回避するのも含めた内容を言っているのだろう。しかし、そのおかげで帝も首の皮一枚で繋がっているのも事実だ。

 それでも相手を罵倒することへの歯止めが利かないのが、この男の本質なのかもしれない。


「駿ちゃんは……駿ちゃんはあなたなんかとは違う!」

「そりゃあ違うだろ。僕はそんなアホな男とは違う。自分の立場も身の丈も分からないような奴と一緒にしないでくれよ。正直、気持ち悪いんだよね。欠陥品の相棒なんかしてる熱血ヒーローの勘違いマンがさあ!」


 その言葉に会場から失笑が沸いた。

 リンクが使えない欠陥品の生徒がいる。歌恋の噂は一年生も含め、全校生徒へ伝わっていた。


 まともに接続出来ないリンクアウターが、上位のランカー相手にどう負けるのかを見たい。そんな物珍しい気持ちで見に来た生徒がほとんどだ。それだけ、駿たちは異質なバディとして見られていた。

 この会場内で駿たちの言い分を信じている者など、ほんの一部しかいなかったのだ。


 帝の言葉が会場の失笑が、歌恋の心に突き刺さった。


 なんで誰も彼の凄さがわからないの? どうして冤罪を晴らすために戦う自分たちが笑われるの?

 自分のことならまだいい。欠陥品なのは自覚しているし、今までだって耐えてきた。

 けど、自分の命を救ってくれた幼馴染が蔑まされることだけは我慢出来ない!


 歌恋の心が、悔しいという気持ちと共に黒く染まり始める。


『そうだよね、あたし……彼は、あたしを救ってくれたヒーローだもの……』

『――え?』


 歌恋がふと気付くと、そこは黒い世界だった。

 何もない、会場とは違う場所。目の前には黒いポニーテールで赤い目の色をした自分が立っていた。


『周りのやつらは何も知らないの……彼の凄さを……強さを……』

『あ、あなたは誰なの!?』

『なら気付かせよう……あなたの強さを……そんなあなたを支える彼の凄さを……』


 黒い少女が、歌恋の顔を両手で包んで真っ直ぐに見つめる。


『さあ……解き放ちなさい……()()()()()()()の本質を……!』


 気付くと、歌恋は元の場所に立っていた。

 虚ろな目をする彼女は、顔の前まで持ち上げた両手を見つめる。


「あたしのヒーローを……貶める男……そんなやつはいらない。だから……」


 ――ダカラ、今カラ消シテアゲルネ……。

第30話 『卑怯者の敵』

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