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第26話 音声データ奪取作戦Ⅴ 手にした切り札

 玄関から入ったそこは、寮みたいな少し広めのラウンジになっていた。

 吹き抜けの天井で、二階の様子が下からでも見える感じだ。

 見たところ、上に行くのに左右の階段を使わないといけないらしい。


『財前の部屋は二階です! 予定通り一直線で向かい――』


 美鏡の言葉と足が止まる。俺たちも美鏡の視線を辿って足を止めた。

 二階の左右の廊下から二人のメイドが飛び降りてくる。そして、俺たちの行く手を阻むようにして立ちふさがった。


「菖蒲さんが指示された通りですね」

「あちらは囮。こちらが本命というわけね」

「チッ! 二階でメイドが待ち構えてたか!」

『……屋内にはもういないよ! この二人だけ!』


 気配を探る歌恋がそう伝達してくる。

 警戒を怠っちまってたな……。全員向こうに行ったもんだと思ったらこれだ。

 敵もさることながら、俺は自身の不甲斐なさも痛感していた。


『予定通り、美鏡と有栖は二階に行ってくれ。こいつらは俺と歌恋で引き受ける』

『分かりました。お気を付けて!』

『ミカミカ先輩のことはお任せを!』

『……ミカミカって私のことですか!?』


 走りながらも困惑する美鏡。有栖が『もちのろんです!』と答えてあとを付いていく。

 美鏡蜜柑を略してミカミカか。と納得する俺だったが、二人を追おうとするメイドとの間にすかさず割り込む。

 もう一人のメイドが反対側の階段に向かうが、そちらは歌恋が阻止した。


 てか、なんでこいつら降りてきたんだ? 二階が目的地だって考えなかったのかよ?


「くっ! 応援を呼ぶわよ」

「そ、それが外の男一人に手間取っているようです! すでに数人から応答がありません!」

「そんな……!」


 外からは今も轟音が聞こえてくる。豪田が複数のメイドを相手にしつつ優位に戦ってるみたいだな。

 俺たちが大っぴらに動けていないのもあるが、屋内外での温度差が凄まじいことになっていやがるぜ……。


 だがこれは好機だ。増援が来ないのなら、今の俺たちでも余裕でメイドの対処が出来る。


『俺とお前ならやれる! 速攻で片付けるぞ!』

『うん!』


 俺は即座に構えた。それを見たメイドが腰にさげた警棒を握り締める。そのまま俺に向かって走り出してきた。

 相手との距離は三メートルほどか。メイドが数秒で距離を詰めて警棒を振り下ろす。だが、俺はその攻撃をなんなくかわす。


「「速い!?」」


 歌恋の方はリンクで強化されてる。チラリと見ると、あっちはバックステップで後方へ回避していた。そこから一歩の跳躍で距離を詰めると。


「ごめんなさい! 雪壊掌!」

「がはっ!?」


 左手による掌底がメイドのみぞおちに叩き込む。


 俺はというと、攻撃を避けてメイドの背後に回っていた。静かに手刀を構え「すまないな」と告げて振り抜く。その一振りが首を捉える。


 ――二人のメイドが気を失って倒れたのは、ほぼ同時だった。


「ふう……カメラが機能してないから証拠は残らないな。多少手荒だが、そのまま寝ててくれ」

「ごめんなさい。でも、愛奈ちゃんたちを助けるためなら、あたしは躊躇しないよ……!」


 俺たちは互いの顔を見ると、緊張を崩さないまま頷き合った。


『もしかして、もう倒したのですか?』

『えっと、うん』

『うっそ!? こっちは部屋に着いたとこなのに!』

『つーわけで、今からそっちに合流するわ』


 階段を上がるために走る。瞬間――顔の横を一本のナイフが通過し、階段の手すりに突き刺さった。


『……ナイフだと?』

「駿ちゃんアレ!」

「……ここまでの強行ご苦労様でした。しかし、それもここまでにしては頂けないでしょうか? これ以上は我が主、帝様の威信に関わってしまいます」


 重く透き通る凛とした声。開かれた玄関から現れたのは、黒い短髪でクラシックなメイド服を着た女の人だった。

 その手には短刀が二振り握られている。


『くっ! あいつは他のメイドとは違う……! 与えてくるプレッシャーが重い……!』

『多分ですが、その人が会長のメインのメイド。略してメイメイですよ駿先輩』

『メイ……?』

『黒咲菖蒲です! 財前家のメイドの中でも戦闘に特化した護衛用のメイド。どうやら、榊坂さんよりもこちらを優勢すべきと判断したみたいです!』


 美鏡たちの言葉を聞き、俺は黒咲に注意を向ける。


 初対面の相手。にも関わらず、この人が持つ独特な雰囲気をすぐさま感じ取れた。この黒咲って人は主人に従う忠犬そのものだ。


 崇拝と尊敬と敬愛。更には絶対的な順守。財前という存在に心酔するかのような忠誠心。


 それを感じ取れたのは……俺にも心当たりの相手がいたからだ。

 幼い頃から俺のことを心の底から信じ、頼りにし、ヒーローのように思ってくれていた。

 自分が信頼している相手を盲信する。その部分が、俺には歌恋と重なった形で見えてしまった。


「その無言。どうやらリンクを使用しているとお見受けします。起点は、複数に使用可能な守住様」

「……正解だ。しかし様付けとは、なんかこそばゆくなってくるな」

「そのような気持ちにさせるつもりは毛頭ございません。ご気分を悪くされたようでしたら誠に申し訳ありませんでした。ですが、これはメイドとしての流儀でこざいます。そして、主の到着前に事を済ませるのも我らが流儀」


 ……来るか。やるしかねえ……!


 黒咲が武器を握り直すのに合わせ、俺は腰を落として構える。

 瞬間――脳内に電流が流れるような感覚が伝わった。


『今のは? イメージが、直接頭に投影された感じがしましたが……』

『うぅ……変な感覚がががー』

『……歌恋だな? お前の超直感が働いたか?』

『う、うん。あのね。この人とここで本格的に戦うの、なんか違う気がするの』


 何度か歌恋が経験してきた第六感。それをリンクを繋いだ俺たち全員が共有したらしい。


『俺も同意だ。そもそも財前が来る前に退散しなきゃならねえし、今回は牽制が精々だろうな』

『分かりました。こちらも早く終わらせれるよう善処します。済み次第、すぐに脱出しましょう』

『アリスも頑張りますよ! まあ、応援するだけですけど!』

「――来ないのなら、こちらから行きます!」


 有栖の言葉が終わると同時に黒咲が駆けた。

 横に薙ぐ短刀の一閃を、俺は横に飛び退いて回避する。だが、両腕から放たれる斬撃の群れが追撃するように途切れなく襲ってきた。


「駿ちゃんッ!」

『俺は大丈夫だ! そんな悲鳴みたいな声を出すなっての! お前はこのまま相手の戦法を覚えろ。最悪、リンクバトルで決着をつけるかもしれない!』

『う、うん……!』


 歌恋を安心させる言葉と指示を伝えながら、俺はなおも連撃をかわし続ける。


 歌恋が告げた通りなら、黒咲と本格的に戦うのはここ以外の可能性が高い。となれば、リング上で行うリンクバトルが思い浮かぶ。

 だからこそ今回は歌恋を温存させた。こちらの手の内を隠しながら、歌恋に相手の戦い方や癖を覚えさせるのが狙いだ。


 俺がバックステップで退避すると、黒咲がゆっくりと姿勢を低くして……――っな!? 視界から消えた!?

 残像のように揺らいだかと思ったら、黒咲はすでにいなくなっていた。


『駿ちゃん上だよっ!』


 上を見ると、蝶のように舞う黒咲が体重をかけながら短刀を振り下ろしていた。


「――くっ!? こんなろおぉお!」


 振り下ろされた斬撃を紙一重で避ける。俺はそのまま数歩下がり距離を空けた。

 着地した黒咲が目を見開き、感心したような表情に変わる。


「リンクで意識を共有出来ているとはいえ、この技を見切りますか……。初見でかわせたのは、高峰様に続いて二人目でございます。貴方様の身のこなし、素晴らしいの一言で表せましょう」

「……そいつはどうも」


 褒められて悪い気はしないが、ここは敵地だ。おだてるための言葉かもしれない。

 警戒を解けない以上、俺は素直に喜ぶつもりがなかった。


 しかし、あの空中から迫る奇襲はまずいな。もしリンクバトルの初撃で受けていたら、それだけで歌恋は不利なスタートを強いられたかもしれない。

 このタイミングで知れたのは不幸中の幸いだった。


「では、こちらもリンクを使えるようになったらどうなんだ?」

「「――ッ!?」」

「リンクドライブ!」


 言葉と共に黒咲の体を五芒星の陣が通過し、掻き消える。

 リンクが接続された。しかも体が接触しない状態で。それが意味することは――。


「財前……帝……!」


 俺は目だけを向けてその姿を捉える。視線が合った瞬間、財前が顔を歪めて口を開いた。


「くくっ! おいおい、僕は先輩にあたるんだがなあ。転校生は敬意と礼儀を習ってないのかあ?」

「……それはすみません生徒会長さん。その辺は習ってるつもりなんですが、どうも俺は、礼儀を振る舞う相手を選ぶ悪い癖があるみたいで」


 俺はわざとらしく言葉を返す。

 返事を聞いて財前が「ふん……」と物言いたげな顔をした。


「まあいい。で、なんでお前たちが僕の家にいるんだ? 不法侵入って罪状、もちろん知ってるよな?」

「お言葉を返しますが、大庭と心音の退学を財前家の人間だけで決定したのは、職権濫用とは言わないんですかねえ?」

「しゅ、駿ちゃん……」


 法を盾にする財前に対して俺も同様に仕返す。そんな中、歌恋はオロオロとしていた。


「職権濫用? 証拠と事実を基に話し合った結果なんだがなぁ。あの二人が不正をしていない、と戦ったお前たちは言いたい訳か?」


 俺が「ええ」と答えると、財前が面白いとばかりに腹を抱える。証拠を抑えてるからこその余裕の表れってか?

 なら、その嫌みったらしいゲスな顔を今から歪ませてやるよ!


「証拠とは、この音声データのことでしょうか?」

「……は? 証拠だと?」


 来たか。俺は声を聞いて顔を上げた。

 二階から見下ろす美鏡と有栖を見た財前が、苛立たしそうに眉間のシワを寄せる。


「お前、音声データと言ったな? 僕のパソコンを漁って手に入れたのか? おいおい、それも犯罪行為じゃないか」

「なら私は、添付したデータの捏造及び、大庭と心音の両名に対する恐喝罪をあなたに突き付けますが?」

「捏造に恐喝ねぇ……まるで僕が悪者のような言い方だ。それなら捏造した証拠は? 恐喝したとどうして言い切れる? それを証明出来なければ、ただの言いがかりに過ぎないんだがなあ!?」


 話すうちに口の端が吊り上がっていく財前。

 なんだ? どこからその自信が湧いてくるんだ?


 音声が切り貼りされているかはパソコンに詳しければわかることだ。

 その内容が決定的な証拠になれば、冤罪を訴える二人を無理矢理に言いくるめた可能性だって浮上してくる。


 だとすれば――!


「――っ美鏡! 手に入れたのは本当に元データなのか?」


 直感に過ぎなかったが、おそらく正解だと確信する。


「え!? は、はい! もちろんです!」

「ちゃんとアリスも確認したので大丈夫ですよ! 駿先輩の熱いセリフも聞いちゃいました!」


 俺が本音を語った場面のことだろう。傍から聞けば、熱いか臭いかで別れるセリフだったな。

 だが有栖の言葉を聞いてもなお、財前は顔色一つ変えない。


「なあ美鏡。もう一回音声を再生してみてくれ」

「……分かりました」


 美鏡が自前の電子パッドを使って音声データを再生させる。

 しかし、聞こえてきたのはノイズの音だけだった。


「……え? どうして!? 確かにさっき再生したときには音声が流れて……!」

「あー……やられましたねー。聞けるのは最初の一回きりってやつみたいです。証拠として手元に残すのには録音必須! とか、初見もとい初聞殺しの無理ゲーですわ」


 やっぱりか……! だからこそ、財前はあんな強気な発言を!


「ほう、そこの一年は(さか)しいな。ああ、その通りさ。お前らの切り札はもう証拠にすらならなくなった訳だ。そもそもさあ、それもお前らを釣るためのエサなんだよお! 本物のデータは、お前らの手が届かないところに隠してあるに決まってんだろおがあああッ!! くくくっ! ひゃーはっはっはあぁあ!! ざあぁあんねんでしたあああぁぁあっ!!」


 勝ち誇った財前が気味の悪い高笑いを上げる。


「……ウソ……あたしたちの、負け……?」

「くそっ! ここまできて……!」


 俺たちは手に入れたはずの切り札を失った。それを理解し、歌恋が膝を突いてうな垂れる。


「くひひっ! さあぁぁて、お前らの処遇を決め――」

「今回の件に関わる理事の連中ってのはさ。……お前らが手抜きして戦ってることすら見抜けない程、無能な奴らしかいないのか?」

「ないと……はあ? 理事だあ?」


 聞こえてきたのは俺の声だった。それを耳にした財前がこっちを見る。

 俺は首を横に振って否定した。だって、俺は声なんて出してないんだから……。


「ごめんカレンちゃん。わざと負けるのダメだ……そんなことしたら、完全に詰みに入っちゃう……」


 続いて聞こえてきたのは、ここにいないはずの愛奈の声。

 その言葉で俺は気付いた。これは友明と八百長について話していたときの会話だと。


 間を空けずに玄関扉が開かれる。近くまで歩いてきたあいつが、俺たちを見て微笑んだ。


「遅くなった……またせてごめん、みんな……」


 リンクを切って単独行動をしていた野々宮がICレコーダーを手にして現れた。

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