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第24話 音声データ奪取作戦Ⅲ 交わらぬ道と混じり合う思い

 時刻は四時半過ぎ。帰りのHRからすでに一時間は経っており、教室に残ってる生徒もほとんどいない時間帯だ。


「有栖がまだ残っててくれれば良いんだがな」

「もしいなかったら、また校内を歩き回らないといけないもんね……」

「それは大丈夫だと思います。パポスを使って聞けば良いのですから」

「え? でもパポスは……」

『後輩に所在を訪ねる程度の内容、財前がいちいち目くじらを立てるとでも?』


 美鏡がテレパシーでそう告げた。確かにな。そんな内容を逐一拾い上げてたらキリがねえ。

 この第一校だけでも千人以上の生徒がいる。そいつらが発信する何気ない日常会話に反応するほど、財前側もヒマじゃないだろ。


『んじゃ、アナグラムとか縦読みとか使えば、俺らも結構楽に連絡取り合えたんじゃねえのか?』


 俺はなんとなく思いついたことを伝えた。

 日常会話を装いつつ、メッセージに暗号を混ぜるという手もある。

 最悪、マルチリンクが使えなくても問題なかったんじゃ? と俺は虚しくなり、ため息が出そうになった。


 しかし、俺の話に食いついたのは生徒会室に潜んでいる野々宮だった。


『……それはあまりおすすめ出来ません。相手はIT関係でトップシェアを誇る企業……通信の解析はお手の物です。おれたちが思いつくレベルの暗号パターンでは、解析プログラムに検知されて一発アウトかと思います……』

『……そうだった。まあ、そうそう上手くはいかねえか』


 今度こそ俺の口からため息が出た。

 そうこうしている内に有栖の教室に着く。俺がドアに手をかざすと自動的に扉がスライドして開いた。


 覗き込んだ室内には――生徒が何人か残ってる。だが、急に知らない生徒が現れたことで何事かと凝視されてしまう。

 おいそこ、困惑した顔でヒソヒソ話するのやめてくれ。気持ちはわかるが良い気がしない。


「ったく、居たたまれねえぜ……」

「上級生が訪れるなんてこと、この時期にはあまりないですからね」

「うぅ……気まずいよぉ」


 特有のアウェーな雰囲気が張り詰める。だが、このままだと埒が明かない。

 なんて考えたところで、眼鏡を指で押し上げ直した美鏡が中に向かって声をかけた。


「すみませんが、一つお訪ねしたいことがあります。野々宮有栖という子はいらっしゃるでしょうか?」

「え? 野々宮ですか?」


 一人の男子生徒の声と共に、F組の生徒たちの視線が一点に注がれた。

 そこは窓側の席。机の上に突っ伏している女子生徒が「ぐおぉぉ……!」と女子らしからぬイビキを掻いていた。


『えっと、寝てるね』

『……おれもありすも、低血圧で朝が弱くて……仕事とは無関係な授業中だと、場合によっては寝ることもあるんです……』

『オーケー把握した。お前がテンション低いのも含めて色々な』


 俺は呆れながらも有栖の元まで歩く。机の前に立つと、その肩を揺すって起こしにかかる。

 揺すられて目を覚ます有栖が「おにぃ……?」と寝ぼけた顔でこっちを見つめてきた。


「すまんな。兄貴じゃなくて」

「……へ? あわわ! 駿先輩!? ど、どどどうして!?」


 一気に目が覚めたらしく、有栖が顔を赤くしながら飛び起きる。

 その反応が面白かったのか、周囲のクラスメイトたちは笑いを堪えていた。有栖が更に赤くしたのは言うまでもない。


「いきなりで申し訳ありませんが、少し付き合っては頂けないでしょうか?」

「お、お付き合いぃ!? アリスには百合属性ないですよ!?」

「いえ、そうではなく……」

「用があるから来いってことだ。話をややこしくさせんな」


 再度出るため息。億劫な気持ちになりながら有栖を連れて廊下へ出た。

 周囲の敵意を探り、俺は問題ないと判断して有栖にリンクを繋いだ。


『おお? ……これが噂になってる複数で繋ぐリンク!』

『うん。今はあたしと、この美鏡さん。それにお兄さんとも繋いでるよ』


 歌恋が先輩風を吹かせて有栖に説明する。


『ほうほう。美鏡先輩ですね。よろしくお願いしまっす! それで有栖にどのような用件で?』

『はい。まずは現状と顛末を記憶の共有で伝えるところからしましょうか』

『…………なるほど。おにぃがドジッた訳ですね。愚兄で申し訳ありません。で、その代わりとして有栖に白羽の矢が立ったと?』

『そういうことだ。てか、お前兄貴に対して辛辣(しんらつ)だな』


 続けて『兄妹なんてそんなものですよ』という有栖の言葉に、野々宮が何か言いたげな様子が伝わってくる。まあ、今は話を先に進めるか。


『とにかく、これから俺たちは財前の別邸に向かう。作戦は記憶の共有で伝わったと思うが、問題はないか?』

『はい! この不肖有栖、先輩方のために全力でご助力します!』

『というか、瀬場さんの方は大丈夫? あたしたちを手伝っても平気?』

『その点は大丈夫です! 執事長には手を出さないようにと、カサルナお嬢様がきつく言ってましたので!』

『事情は分かりませんが、問題ないのなら行きましょう。あまり時間がありません』


 俺たちは頷き合うと校舎を出て財前の別邸へと向かった。




 彼らが立ち去る場面を、廊下の角から現れた女子生徒が目撃する。少女は何事なのかと腕を組みながら思い悩む。


(今のって守住くんと竜胆? ……それに、確かクラス委員長になった美鏡ってやつだっけ? で、野々宮とかいうネクラ男子に瓜二つな女子。なんでそんなのが揃って行動してんのよ?)


 眉間にシワを寄せて何事かと勘ぐっているのは、駿たちのクラスメイトである鹿島桜花(かしまおうか)だ。


(昨日から何か変よね。もしかして、退学になった心音たちのことで何かやってる? ……ううん、きっとそう。だとしたら、それはウチにも責任がある。ウチが竜胆に負けて理事会へ監査を申し出たからこんな事態に……)


 半月前にリンクバトルで負けた桜花は、私怨から、理事会にリンクアウトを起こす歌恋の監査を進言していた。

 結果、その退学が懸かったバトルの相手として友明と愛奈のバディが選ばれた。

 そして格上だった友明たちが八百長を持ちかけてしまったのが、今回の件に繋がってしまったのだ。


 もちろん桜花にも非はある。事の発端となったのは彼女の私怨が原因なのだから。


(……って、しっかりしろ桜花! 悩む必要なんてないでしょ!)


 気合を入れるために桜花は自分の両頬をはたく。


(守住くんたちを手伝おう! ウチが手伝いたいなんて言っても嫌がられるかもしれないけど、これ以上ウチのせいで誰かが不幸になるなんて絶対に嫌だ!)


 頬に痛みを感じながら、覚悟を決めた桜花は歩き出した。駿たちに手を貸すために。

 今の自分がどれだけ彼らを手伝えるのかは分からない。例え、嫌な顔をされても手伝いたい。それだけのことを自分はしてしまったのだ。

 綺麗事だとしても、このまま見て見ぬ振りなんて彼女には出来なかった。


 校舎を出ようと靴を履き替える桜花。だが、背後からの物音に気付いて振り返ると――。


「――がはっ!?」


 何者かによって下駄箱へ押さえつけられた。

 突然の衝撃に目が霞む。一瞬意識が飛びかけた彼女に向かって、何者かが呟く。


「――申し――わ。――ンク――ブ」


 だが、それを上手く聞き取れない。異質な感覚に襲われながらも、桜花はその人物が誰なのかを把握した。


「榊坂!?」


 桜花のブレザーの胸元に掴みかかり、睨みつけているカサルナ。


 訳が分からない。どうして榊坂家の令嬢に下駄箱に叩きつけられなきゃいけない?

 背中がジンジンと痛む。背中の痛みのせいで息をするのも辛い。

 必死に思考をまとめようとするも、痛みと苦しさが阻害してくる。桜花にはそれが歯痒くて仕方がなかった。


「……あなたのせいですわ」

「は……?」


 カサルナの言葉が理解出来ず、桜花は呆けた顔をする。


「あなたのせいで友明と愛奈は退学になったのですわ! 歌恋に負けた腹いせに理事に告発なんてしたから!」

「――ッ!」


 その言葉に桜花が怯む。先ほどまで自分が考えていたことを見透かすように突かれたせいだ。


「あなたが全部……!」


 桜花の顔をまっすぐ見つめるカサルナの瞳。それを見つめ返しながら桜花は。


「――くっ! 痛いっての! 放しなさいよ!」


 ブレザーを掴む手を力いっぱい振り解く。


「……そもそもウチには関係ない! 今回のは、あいつらが勝手に不正して退学させられたんでしょ? なら、こっちに勝手な言いがかりをつけてくんな!」


 桜花は警戒しながら距離を取ると、踵を返して外へと出る。

 後方からは「くっ!」という悔しそうなカサルナの声が耳に届いた。




 校舎から出て服を直す。何がなんだか分からないが、とりあえずの意図は読めた。

 外の空気を肺に収めながらも桜花は心の中で呟く。


『で、こんな猿芝居を打って何がしたいのよ?』

『ごめんあそばせ。黒咲菖蒲の目を欺いて接続するには、これしか思いつかなくて。先ほどの暴力、本当に申し訳ありませんでした』

『はあ、別にいいわよ。結構痛かったけど……。で、黒咲って生徒会長のメイドの? じゃあ、あんたがウチに絡んできたのは退学に関係する話ってことよね? いいわ。聞いてあげる』


 桜花が話の先を急かす。

 あからさまに強引な接触。目を欺いてとなると、今のカサルナでは出来ないことを持ちかけてくるのだろう。

 そのくらいの予想は今の桜花にも出来た。


『黒咲菖蒲という監視のおかげで、わたくしは自由に動けませんの。ということで鹿島桜花。あなたに頼みたいことがありましてよ』


 桜花の内心を察してか、カサルナは手早く趣旨を伝える。


『今から三校の高峰さんに会いに行ってもらいたいのですわ。そして、わたくしが今から共有する内容を彼に伝えて欲しいのです』

『はあ!? もう夕方よ!? これから三校の生徒会長に伝言してこいとか、なんて無茶押し付けてくるのよ!』

『無茶を承知で頼んでいるのですわ! わたくしの予想通りなら、明日中には否応なしに決着がついてしまう。念には念をで、あなたに高峰さんへの伝言をお願いしていますの』


 言葉に合わせて伝わってくるカサルナのイメージ。駿たちがどんな目的で動いているのか、カサルナがどうしたいのかが桜花の脳内へ届く。


 今いる第一校は島の南側。対する第三校は島の北西に存在する。向かうとすればバスを利用するしかない。

 更に無人で走る島内のバスは身分証明書を提示しないと乗れない。学生の場合はパポスがそれだ。


『財前家は乗車記録も調べてると思うわよ。なら、ウチがバスを使った記録も残っちゃうんだけど、その辺はどうなのよ? そもそも、わざわざこんな時間に三校に行くなんて、財前にウチを疑わせるようなもんじゃない』

『いえ、あなたが理事長の孫として高峰さんを訪れるのなら、話は変わってきますわ。例えば――理事会に提出した書類について話がしたかった。立場上、通話で済ませるのも忍びないから、放課後に第三校を訪れたの。という具合に、あなたなら無難な理由付けが可能ではなくて?』


 それが、わざわざ危険を冒してまでカサルナが接触してきた理由なのだろう。


『あんたそんなこと考えて……! あーもう! やってやるわよ! やればいいんでしょ!?』

『ありがとうございます鹿島桜花。このご恩は一生忘れませんわ』

『……でも勘違いしないでよ』

『はい?』

『ウチは自分が気に食わないから手を貸すだけ。ウチのせいで竜胆たちがこれ以上辛い思いをするのが嫌なの。別にあんたのためにする訳じゃないから』


 赤面する桜花の言葉に対し、カサルナは息を飲むように無言となった。


『何よ? ウチ、何か変なこと言った?』

『いえ、それでも一向に構いませんわ。ありがとうございます桜花』

『――っ! ったく、素直にお礼を言われると調子狂うんだけど』

『ふふっ。さて、そろそろリンクを切りますわ。テレパシーを使いながらあれこれやれるほど、わたくしは器用ではありませんので』

『了解。とりあえず今から三校に行って話してくるわ』


 カサルナから再度礼を言われてところでリンクが切れた。

 面倒事を押し付けられたと思いながらも、頼られたことが嬉しいとも感じる桜花。

 しかし、それが気恥ずかしくなり、彼女は軽く頭を振って気をまぎらわす。


(……あれ? そういえばあいつ、途中でウチのことを下の名前で呼んでた? ま、いっか。この程度の頼まれ事なんて簡単に終わらせてやるわよ!)


 桜花は気付いていない。カサルナが相手を下の名前で呼ぶのは、信頼を寄せる部下や気に入った相手に行うことだと。

 素直でなくとも真っ直ぐな強さを持つ桜花。それをカサルナは気に入ったのだろう。

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