第6話 見知ったその姿
学園長室をあとにした俺たち三人は、静かな廊下を歩いていた。
なんとなく窓を見たが外には誰もいない。やっぱり出払ってるらしい。
「そういえば、守住くんはお弁当などは用意してますか?」
「いえ、持ってないですね」
さすがに弁当は持ってきてないんだよな。新幹線では菓子食ってたけど。
ってカバン! 確か寮に置いたままだったか。
俺は頭を掻き、先に取りに戻るべきかと一考する。
「では守住くんさえ良ければ、これから三人で食べませんか?」
そこへ舞い込んだ食事の誘い。交友を深めるためには確かにありだ。
だが、春日部先生からの提案に対して俺は質問で返す。本日二回目だが仕方ない。
「俺個人としては構わないんですけど、良いんですか? 生徒が教師と食事を共にしても?」
一緒だと、互いの立場的に問題になるのではないかと思っての質問だ。
「あー……道徳的にはよくないよねぇ」
「た、確かに。卜部先生もいるとは言え、私と守住くんは異性ですから、余計に……すみません。あなたが弟と雰囲気が似ていたもので構いたくなって」
「春日先生には弟さんがいらっしゃるんですか?」
初めて出た情報に駿は思わず聞き返した。だが、これがいけなかった。
「ええ! よくぞ聞いてくれました! あっくん……あ、名前は飛鳥って言うんですけど。この前なんか、私が実家に戻ったときに笑顔で出迎えてくれたんです! そうしたらですよ「お姉ちゃん、おかえりなさいっ! 会いたかったよー!」なんて言いながら元気に抱き付いてきて、もう! お姉ちゃん嬉しくなっちゃって! そのまま可愛いいあっくんを抱きしめて頭を撫でてあげたの。すると、どうなったと思いますかっ? なんと、あっくんがくすぐったそうに身をよじって「そんなことされたら、恥ずかしいよぉ」って言ったんですっ! もうもうっ! お姉ちゃんの頭の中は幸せいっっっぱいな幸福スパイラルが渦巻いてしまって――」
マシンガン。いや、ガトリングと言うのが的確か?
よく詰まらずに言えるもんだと評価したくなる長々しいセリフ。
「か、春日部先生! 守住くんの時間を減らしてしまうのはよくないんじゃないかいっ?」
「――はっ!? ごごご、ごめんなさいっ!!」
「いえいえ、あはは……」
息つく島もないと言った感じの怒涛のラブブラザートーク。正直、俺は若干引いていた。
「春日部先生、弟さんのことになると、話が長くなるんだよねぇ」
「そ、そうみたいですね……」
「こほん! では守住くん。学食はあちらに見える建物になります」
咳払いをした春日部先生が指を差す。その先には体育館くらいの建物があった。
島に五千人。それを三で割って、各校舎に千数百人ずつ割り振られていると考えれば、納得出来る大きさか。
もう驚かない。驚いても疲れるだけだからな。
「あの建物なんですね? ここまでありがとうございました。今から行ってみます」
俺は二人に礼を言って入り口へと向かった。
「あ、待ってください守住くん! もう一つ言うことが――」
背後から声がかかって足を止める。
だがセンサーが反応して扉が開く。そこで外の状況を見た俺は。
「え?」
とほうけて、目を見開いて固まった。
視線の先で、たくさんの生徒が食堂の方角へと歩いていたからだ。
談笑している生徒や我先に走る生徒。俺を見たせいか、驚いた顔で固まる生徒もいる。
しかしなんでだ? 窓から見たときは誰もいなかったはずなのに……。
「それはね」
卜部先生が、俺の内心を見透かしてるかのように口を挟む。
「校舎のガラスがプロジェクショングラスになっているからさ」
「プロジェクショングラス……?」
「そう。ガラスに映像を記録したり再生する技術を付加し、ガラス自身が映像を作り出す。って改めて言うまでもないか」
プロジェクショングラス。ガラス自体に外の景色を記録させる技術を与えたものだ。
雨天にも関わらず、晴天時の夜景や花火の映像などを鑑賞出来るサービス。遊園地なんかだと、そんな目的で使用されている。
「わたしたちが先ほどまで見てた外の景色。あれは、プロジェクショングラスに予め記録されていた『人がいない状態の外の映像』を投影していたものだったのさ」
「なんでそんな?」
「君が学園長室での件を済ませるまで、他の生徒との接触を避けるように学園長に言われててね。これは仕方なくの処置、ということなのさ」
なるほどな。そういう目的で使っていた訳か。
「えっと、それはまあ、わかったんですけど……」
少し離れた位置、遠巻きにヒソヒソと話してる奴やパポスのカメラで撮影する奴。
目の前にいる女子に至っては、黄色い声でキャーキャー騒いだり、ボーっと赤い顔でこっちを見ていたりもする。
「こらー! 静かにしなさーいっ! そこ! パポスを使って撮影をしないっ!」
遅れてきた春日部先生が、集まる生徒たちを咎めるように注意する。
そんな声に意味がないのか、ざわつきが収まる様子は一向にない。
「もう! このことを教えようと止めたのに!」
「え? そうだったんですか?」
「うーん……こうなることは予想していたけど、思ってた以上に反響が大きいねぇ。一体、どんな放送のされ方だったのやら」
あれだけ大々的にやったらそりゃ生徒の感心も高いでしょうよ! なんて俺は言いたくなった。
「あ、あの!」
「ん?」
と、いきなり女子生徒に話しかけられた。長い前髪で目元が隠れている女子だ。
見えなくても、その瞳が生き生きとしてるのはわかってしまう。
「さっき放送で映っていた人ですよね? 寮での戦闘とっても迫力がありました! あの新土先生を相手に勝ってしまうなんて驚きです! 気配を探れるところを見ると、名のある流派を習っているような感じに見受けられました! 一体どんな流派の使い手なんですか? あと、どうすればあんな動きが出来ますか? やっぱり、自分にリンクが使えるおかげだからでしょうか!?」
春日部先生には劣るものの、女子生徒は矢継ぎ早なマシンガントークをかましてきた。
「え? えっと……!」
状況が状況だ。ここに来てのマシンガントークは、俺のキャパシティを越える攻撃だった。
「そこのキミ! こっちこっち!」
振り返ると、階段の踊り場から手招きする男子がいた。
「ん? あれは大庭君じゃないか」
卜部先生も気付いたようで、あの男子を大庭と呼んだ。
「し、知り合いですか?」
「わたしが担当するクラスの子だよ」
担当するクラス。確かC組だっけか。
「彼なら信用出来る。一旦騒ぎが収まるまで、彼に任せて退散した方がいいかもしれないね」
「わ、わかりました!」
俺はすぐに踵を返して走る。てか、さっきの女子の質問で思い出してしまった。
何が「気配でわかる。二人だよな? 説明してくれよこの状況を。知ってるんだろ?」だよ! やばい!
何がやばいって、放送されてる状況なのに、相手の人数を間違えていたのが滅茶苦茶恥ずいんだがっ!
知っている奴からしてみれば、あのときのセリフは滑稽なことこの上なかっただろうさ。ぶっちゃけ顔が熱い。
「守住くん!?」
「あの! まだ質問が――」
知るかバーロー!
ガトリングブラコンティーチャーとマシンガントークガールの二人を振り切り、俺は大庭の元へと駆けつける。
「こっちだよ! 校舎内なら空き教室に逃げ込んだりも出来る!」
「わ、わかった!」
俺は階段を昇る大庭に追従した。
校舎の入り口では、俺を追おうとする生徒を二人の先生が制止してる。
が、俺が階段を昇る途中で何人かがすり抜け、追ってきているのが確認出来た。
「あー、みんな諦めが悪いなー」
それを知ってか、前を走る大庭が苦笑する。
「ったく! こっちは怪我してるっていうのに、なんで逃走劇をしなきゃいけないんだよ!」
理不尽な現状に段々と腹が立ってきた。
自分でもさっきからイライラしているのがわかるほどだ。
「僕的には、自分の胸に手を当ててよーく考えてみることをオススメするかなっ!」
「察しが付いてるから断るっ!」
噂に事欠かない転校生という立ち位置。しかも特殊なマルチリンクが使える。
加えて、あの新土先生に勝ったのが拍車をかけたみたいで、俺の株価は絶賛急上昇中なんだろうさ。
やれやれ系の主人公を気取る訳じゃないが、こんな状況はごめんこうむるっつーの!
くそっ! 学園長だ! あの学園長の陰謀に決まってる!
何が、これから大変なことが起こるだよ! 起こしてるのは学園長じゃねーか!
この学園に俺を引き取ったのも、教師三人に襲わせたのも、あの学園長で間違いない。
もしかしたら、ウェブへの映像配信を許可したのもそうなのかもしれない。
そう思うと余計に腹が立ってきた。
「信用しねえ! 絶対に心を許してたまるか!」
「え?」
自分のことかと思ったのか、大庭が驚いた顔で振り返った。
「あ、いや! 違うんだ! 気にしないでくれ!」
良くわからずに首を傾げる大庭。それでも先導し続けてくれるのはありがたい。
階段を昇り、廊下を駆け、ときには男子トイレや教室などへ退避を試みながら、俺たちは走り続けた。
そんなこんなで十数分。追ってくる奴もかなり減ってきている。
しかし、不意にガラス窓から見知った後ろ姿が見えたことで、俺は足を止めた。
「あれは……」
桜並木を歩く二人の女子生徒。
一人は色素の薄いベージュの髪。それを二本のおさげにしていた。
だが、俺はもう一人の方。金色のポニーテールをした女子生徒に目が釘漬けになった。
その後ろ姿が幼馴染の歌恋と同じだったからだ。
プロジェクショングラスが記録した映像なのか? と俺は疑った。
ガラスの向こうが本物なのか気になり、窓の鍵に手をかける。
「ほらっ! ボーッとしてると、みんなに追いつかれちゃうよ!」
「お、おう!」
大庭の先を促す声に驚いて手を引っ込めた。
そうだ。歌恋と接触する機会はいくらでもある。今は追ってくる奴らを撒かないと。
俺は急いで大庭のあとを追って走り始めた。
「ふぅー! ここまで来れば、もう大丈夫かな?」
入り口からここまで走り始め、かれこれ二十分くらいか。
あれから階段を昇り、入り組んだ廊下を何度も曲がって飛び込んだのは、どこかの教室だ。
それにしても、さっき見た女子生徒が歌恋なのか気になる。
あいつがこの島で過ごしているのは知っていた。だからこそ、学園への招待を喜んで引き受けたんだ。
春休みに電話してきたとき、あいつの態度が変だった。その理由をどうしても知りたい。
俺もこの島に来れたのだと、あの電話で言えずにいたことを伝えたい。
いや、まず先に大庭へ礼を言わなきゃだよな。
俺は一呼吸置くと、息を整えた大庭に向き直る。
「助かった。正直、状況がまだわかってないんだが、ありがとうな」
「あはは! 大丈夫! 僕もよくわかってないから」
「は? 事情もわからずに助けたのかよ!?」
思いもよらない答えが返ってきて拍子抜けしてしまった。じゃあ、なんで助けたんだ?
「困ってる人がいるとほら、なんとなく助けたくならない?」
「それに関してはわからなくもないが」
誰かを救うことで得られる多幸感や満足感は、欲求を満たす一つの方法だ。
大庭の場合は善意からくるものなんだろうが、人は大抵、自尊心を満たすためにそんな正義感を持っていたりする。
事実、俺もそんな感じの人間だった。
「でもまあ、人を助けることに理由なんていらないよねっ!」
と爽やかに言う大庭。
マジか。今言ったセリフなんて、漫画とかの主役が口にするセリフじゃねえか。素で言えるのがすげえ。
俺は感心しながら改めて大庭を見た。
くせっ毛気味で茶色いミディアムヘアー。どこか眠たげに見えるタレ目。左目の下にはワンポイントの泣きボクロがある。
まさに草食系男子って言葉が似合いそうな見た目だった。
「そういえば、自己紹介がまだだったな。今日からこの島で暮らすことになった守住駿だ」
「知ってるよ。例の件で有名人みたいだね? 僕の名前は大庭友明。ブレイヴァーを担当しているよ」
「ブレイヴァー……?」
なんだそれ? 勇気のある者?
「そうブレイヴァー。……もしかして、意味が伝わってない?」
俺の反応を疑問に思ったのか大庭が聞き返す。
「あ、ああ。リンクについての知識は多少くらいは持ってるんだが……」
「なるほど。学園島で使われる専門用語までは理解していないのか」
大庭は目を閉じてあごに手を添える。室内を歩きだして一つの席に辿り着くと。
「よし、それじゃあ――」
大庭はビニール袋の中に入っていたサンドイッチを投げて寄こした。
「え?」
俺は訳もわからぬまま、投げられたサンドイッチをキャッチする。
「まずは腹ごしらえだよねっ!」
ほうける俺を見て、大庭は屈託のない笑顔で昼食に誘ってきた。




