第19話 マシンガントークガール
午後五時を回り、空が夕焼けで染まり始めた頃、俺と野々宮は制服のままバス停にやってきた。
一旦ベンチに座り、まだ来ない歌恋を待つことにする。
「にしても遅いなあいつ。着替えでもしてるのか?」
「……うーん、連絡を取るかどうか……簡単なやり取りだけど、パポスを使うのは控えたい……」
野々宮はさっきみたいな敬語口調はやめている。いつもと違うしゃべり方だと不審に思われるから、ということらしい。
他に人がいる訳じゃないんだが、おそらく念のためだと予想する。
「ご、ごめん! 遅く、なっちゃった……!」
そこに歌恋が到着した。余程急いで来たようで、息が切れ、制服も少し乱れてる。
「遅いぞ歌恋。何かあったのか?」
「ご、ごめんね……ちょっと、あの子を撒くのに時間が……!」
「……撒くのに? ――っ! ……もしかして黒咲菖蒲?」
何っ!? チッ! もう感づかれたのか!?
立ち上がって即座に警戒する俺と野々宮。榊坂狙いだと思って油断してた……!
「あの! そのね! 会長さんのメイドって人じゃ――」
「そこか! リンクドライブッ!」
歌恋が何か言いかけるが、俺は瞬時に気配を察知する。自分自身にリンクを使用し、遠くにある自販機へ一気に駆けた。
こっちからは死角になってる裏側から少しだけ顔が覗き、「いっ!?」という声が聞こえてきた。
残念! そこに隠れてんのはバレバレなんだっつーの!
「おい!!」
急ブレーキをかけ、俺は相手の顔を見ようと覗き込――っていない!?
「うぇ、あぅぁあぁ……」
「…………あれ?」
下を向く。そこには制服を着た女子学生が座り込んでいた。正確には尻もちをついた恰好? だな。
その子が広げた足の隙間から、白と水色の縞々の何かが見えた。
……うん。あれだな。まごうことなくストライプ柄の可愛い下着だ。
「って、すまん!」
「へ? ……あ! う、うそっ!?」
俺が咄嗟に顔を逸らすうと、女子生徒は下着が見られたのだと気付いたらしい。
すぐさま足を閉じ、手でスカートを押さえつけていた。
「駿ちゃん!」
「もりずみ君……どうだった……?」
遅れて二人も駆け寄ってくる。そして、件の女子生徒を確認すると――。
「やっぱり有栖ちゃんだ」
「ありすお前……!」
「……ふぇ? 野々宮くんは有栖ちゃんを知ってるの?」
「……そういうりんどうさんこそ、なんでありすを……?」
お互いの顔を見て驚く二人。
あ? ……あー、なるほどな。この子は二人の知り合いってことか。
反応を見た感じ、財前家の人間とは違うっぽいが。
そういえば、さっきはすぐにパンツ――じゃねえよ! 体から視線を逸らしちまったからな。動揺して顔もちゃんと見れてなかった。
なのでもう一度、女子生徒の顔を確認しようと視線を下ろす。
えーと、切り揃えながらも目元まで隠れる長さをした紺色の前髪。
あれ? 俺はこんな髪型を初日に見たような……あ!
「お前っ!? マシンガントークガール!?」
「「「マシ……なんて?」」」
ニックネームを叫んだ途端、三人から同時に聞き返された。
女子生徒に関する情報を互いに共有したところで、俺は二人に確認を取る。
「……えーっとだ。こいつは歌恋が撒こうとした相手で、野々宮の妹ってことなんだな?」
「うん。そだよ」
「まさか、ありすがりんどうさんのルームメイトだったとは……なんで言わなかったの……?」
「だっておにぃ! アリスのプライベートについて全然聞かなかったじゃん!」
口を尖らせてムスッとしているこの子は、歌恋のルームメイトであり、野々宮の妹だった。
んで、初日に俺を質問攻めにしてきた相手。俺命名、マシンガントークガールでもある。
前髪は言った通りで、後頭部はボリュームのある長い髪を三つ編みにしていた。
その目隠し系ヘアー女子が髪のほこりを払いながら口を開く。
「それにしても……怪しい様子で出かけようとした歌恋先輩を追った先で、また駿先輩にお会い出来ようとは! やはり、アリスは運命を感じてしまいます!」
「運命ってなんだよ?」
「もちろん赤い糸的なですよ! 駿先輩……結婚しましょう!」
……何ヲ言ッテイルンデセウカ、コノ目隠シ髪ノオゼウサンハ?
なんて考えてると「そんなに驚くほど嬉しいだなんて、アリス感激です!」と勝手に勘違いしてきやがった。
「ちげえよ! 驚いたが嬉しくはねえ!」
「……鹿島さんだけじゃなく、有栖ちゃんまで駿ちゃんを……」
なんか隣に立つ歌恋がブツブツ呟いてるな。心中は推して知るべしだが、今回は放置だ。
「ありす、いきなり何を言って……」
「あのなあ。出会って、いや再会して一分で求婚されても普通に断るっつーの!」
「ええ!? そんなぁ……」
「そ、そだよね」
俺が断ったことで安堵する歌恋。てか、どうして俺が受け入れると思ったのかを小一時間問い詰めたい。
なんて考えてると、安っぽい泣きマネをした野々宮妹がとんでもないことを言ってきた。
「酷いよぉ……! 駿先輩、アリスのパンツを穴が空くほど見てたのにぃ……!」
「ふぇ? 駿ちゃん……?」
「い、いや! そんなに見てねえし!」
「……白と水色のストライプ」
「うっ!」
「やっぱり覚えるほど見てますね! もうお嫁に行けないよおおお! という訳で、責任取ってアリスと結婚してください!」
「どういう訳だ!?」
一方的にまくし立ててくるところは初日と変わんねえなこいつ!
若干混沌とした空気になったところで、話を一旦仕切り直すことにした。
「――で、なんで三人はコソコソ集まってたんですか?」
「……財前関係。プランB」
質問をした野々宮妹は、兄貴の言葉を聞いて「ああ、なるほど」と納得した。
「ということは、おにぃが執事だってことはバレてるのね」
「そういうことだ。てか、野々宮が執事ってことは妹のお前も?」
「はい! 女子寮内でのカサルナ様をサポートするメイドです! それと瀬場執事長のお手伝いをする目的で、この学園に通っています」
続けて「あ! アリスのことは有栖って気軽に呼んでくださいね?」と言ってきた。
「……んで、どうするんだよ野々宮。お前の妹、有栖も一緒に行動させるのか?」
「うーん……」
「いえ、アリスは別行動ですよ? 執事長を監視する役目がありますので。財前家を潰す(物理的に)をしようとする執事長を抑えるの、結構大変なんですよねっ!」
目元にピースサインを作りながら「イエイッ!」なんてはしゃぐ有栖。
ふざけた感じの態度だが、言ってることは物騒なことこの上ないんだが……。
むしろ、その執事長をほったらかしにして歌恋を追ってたのは、職務怠慢と言わないのだろうか?
「とまあ名残惜しいところですが、その執事長を抑えるためにここらで退散します。お三人さんは頑張ってください。あと、駿先輩がその気になったらパポスで返事をくださいね。求婚受けてくれるんですか? やったー! ってなるので! あ……今はパポス使えないじゃないですか! やだー!」
叫びながら走り去る有栖。残された俺たちは、突風が吹き抜けたような疲労感に襲われていた。
あれは第二の愛奈だな。と思いつつ「本当にお前の妹なのかよ? 兄妹でテンション違いすぎだろ」と野々宮に聞いてみた。
「あ、うん。お嬢様にも、テンション吸われたのではなくて? って言われたことが……」
そんなくたびれた返事を聞き、こいつの気苦労が少しだけわかった気がした。
時間が経ち、やってきたバスで市街地に繰り出す俺たち。
夕日もだいぶ傾いてきた頃、俺たちは昨日の昼食時に訪れたファミレスに到着した。
実はこの店、他の客に覗き込まれないよう配慮された個室があったりする。
なんでそんなものがあるのか? それはこの店を利用する主な客層が学生だからだ。
低価格の食事で長々と居座ることの出来る店。となれば、学業が本分である学生がテスト勉強のために利用することも多い。
しかし、周りの目や声が気になって集中出来ない。という学生も中にはいる。
それを考慮し、こういうスペースが設けられたらしい。
今回俺たちが利用するのもそこだ。周囲から隔離された場所なら作戦会議もしやすいというもの。
「注文はどうするよ? とりあえず飲み物は頼むよな?」
「おれはドリンクバーだけでいい……」
「あたしパフェ食べたい!」
「お前なあ。戻ったら晩飯の時間になるんだぞ……」
どうにも緊張感が感じられないな。まあ、らしいっちゃらしいが。
注文したメニューが揃ったところで、俺たちは本格的に話し合いを開始した。
「えっと、まずは何からすればいいのかな?」
「やはり、一番は八百長に関する音声データの入手ですね……。途中で人為的にカットされていたようなので、元のデータを探すか、なければカット済みを復元すれば証拠になります……」
そうだよな。まずは証拠となるデータを手に入れないといけない。元のデータなら、俺が説得した会話も含まれてるはずだ。
「けど、そのデータはどこにあるんだ? パッと浮かぶところなら、生徒会室のパソコンか財前個人のパソコンってところだが」
「ええ。妥当だと思います……。ですが、あの財前がそんな場所に証拠を残しておくとはあまり……。最悪、すでに削除済みのものをサルベージし直す必要があるかと……」
野々宮の発言に「そもそも、なんであのときの音声データを会長さんなんかが持ってるのかな?」と歌恋がパフェを頬張りながら質問する。
「確かに。財前がデータを持ってるのはおかしくねえか?」
「……おそらくは中庭での会話を盗聴したものでしょう。方法は分かりませんが、その場合は明確な犯罪行為となります……」
「だったら、それを理由に会長さんを訴えられないのかな?」
再び歌恋が質問をする。明らかな犯罪となれば、財前を法で裁くことも出来るはずだ。
しかし野々宮は、何者かから提供された可能性もあると言った。
「そういえば、送られてきた通知には『証拠が見つかった』って書いてあったな。それを鵜呑みにするつもりはねえが、情報提供だった場合、財前自身には非がないってことになるのか」
「ですが、その音声を改ざんして脅迫のネタに使ったのは事実……。となれば、脅迫罪は適応されると思います……」
「よくある展開だと、それを権力で圧殺してくるのもあるよな」
金持ちが証拠を握りつぶす話とか良くあるからなぁ。なんて思いながらジュースを飲む。
財前家という巨大な相手が敵だ。そんな規格外な存在を相手にする今、ドラマみたいなチープな展開すらありえる。
「じゃあじゃあ! ニュースとかで出てくる世論を味方に付けるみたいなのは?」
新しい案を口にする歌恋。だが、それに答える野々宮の反応は芳しくない。
「……この島自体が一種の隔離された世界です。財前家が通信を監視してる以上、外部との連絡を取る手段は絶望的と言えます……ましてや、証拠を手に入れて記者に取り次ぐとなると……」
「うぅ……そだよね……」
「パポスもそうだが、通信関係に使われる基板のほとんどが財前グループのものだからな。となると、島内だけで解決可能な方法を考えるべきか……」
話しているうちに空気がどんよりと重たくなっていく。
榊坂財閥と双璧を成す大企業を相手に、俺たちはたった三人で立ち向かおうって言うんだ。この戦力差で勝てる見込みがあるかどうか……。
いや、ここで弱気になってたら余計に成功率も下がっちまう。
しかし俺たちの話し合いは、具体的な打開策も見当たらないまま、ただただ時間だけが過ぎていった。
榊坂家とまではいかなくとも、瀬場さんや有栖の協力が得られれば……。
いや、瀬場さんクラスが出てくると、さすがに榊坂との協力関係って扱いにされちまうか。
そんなとき、コンコンと個室のドアを叩く音がした。ドアが少しだけ開かれ「水のおかわりはいりませんか?」と女性の声が聞こえてきた。
店員か。と緊張を解いた俺は「いえ、ドリンクバーを頼んでるんでいいです」と言って断りを入れた。しかし――。
「では、代わりに財前へ対抗する策などはいかがでしょうか?」
「「「――っ!?」」」
その言葉を聞き、俺たちは同時に反応した。
「……誰だ?」
ドアに向かって俺は押し殺した声で問いただす。
「声で分からないとは、やはりあなたはどこか抜けているようで」
個室のドアが開かれると、星燐学園の制服を着た美鏡が入ってきた。
「え? 美鏡さん!?」
「なんでお前がここに?」
「なんで? 必要があるからに決まっているではありませんか」
美鏡は呆れ顔になり、眼鏡のフレームを指で押し上げる。そのレンズ越しに俺たちに視線を向けると。
「単刀直入、私と取り引きしませんか? あなたたちの密談を黙認する代わり、その作戦に私を混ぜるという条件で」
美鏡は唐突にそう言ってきた。




