第18話 本当の標的
二人の退学を知ったあと、俺は何をしたのかよく覚えていなかった。少なくとも、昼に何を食べたのかすら覚えがない。
そして放課後の廊下で、榊坂とこんな言い合いをしているのかも俺には理解出来なかった。
「おい榊坂! それはどういうことなんだよ!?」
「あら分かりません? もう一回ハッキリと言いましょうか? これからはもう、わたくしに関わらないでくださいな」
「な、なんでなのカサルナちゃん!?」
歌恋も理由がわからずに聞き返す。
「なんで? そんなの簡単ですわ。興味本位であなた方に近付きましたが、これ以上一緒にいても楽しくなりそうにありませんもの」
「なんだよ。じゃあ、俺たちに愛想を尽かしたから、もう関わってくるなって言いたいのか!?」
「ええ、今し方そう言ったばかりではありませんか。八百長なんかに関わっているかもしれない不正者などと、これ以上一緒にいたくありませんの」
榊坂の瞳が蔑むように俺と歌恋に向けられた。
俺も眉間にしわを寄せて睨み返す。正直言って、今にも榊坂の胸倉に掴みかかりたい気分だった。
「しゅ、駿ちゃん!」
それを察してか、歌恋が俺の袖を引っ張って抑えようとしきた。
「これからは、わたくしと顔を合わせても話しかけたりしないでくださいまし。それと拓哉」
「……何?」
「あなたとのバディの契約を破棄しますわ。あなたもわたくしと関わるようなマネはしないでくださいな」
次いで野々宮のパポスに通知音が鳴った。俺の位置からでも、バディを解消する旨の画面が目に入る。
パネルをジッと見つめる野々宮。俺はそんな野々宮を指さして榊坂に吠えた。
「なんでだよ榊坂!? こいつとバディを解消する理由なんてねえだろ!」
「わたくしは拓哉と話していますの。勝手に入って来ないでくださいません?」
「お前っ!」
「分かった。同意する……」
「お、おい野々宮!?」
野々宮は表示された『同意する』という項目を押し、大して悩むことなくバディを解消してしまった。
訳がわからない。どうしてそんな簡単にバディを解散することが出来るのかが、俺にはわからなかった。
「ふう……これで色々スッキリしましたわ。ではみなさん、さようなら」
榊坂はそれだけ言うと、踵を返して振り向くことなく去る。
俺は納得いかない気分で見送ることしか出来なかった。
「くっ! お前もお前でなんなんだよ!?」
「っ!」
我慢出来なくなり、野々宮の胸倉を掴んだ。すぐさま歌恋が「駿ちゃんやめてっ!」と腕にしがみついてくる。
「……落ち着いて、欲しい。おれにあたられても、困る……」
「……くそっ!」
その言葉を聞いて俺は手を離す。
野々宮が軽く咳き込み、歌恋は俺が同じようなことをしないようにと、俺たちの間に割り込んできた。
「……ああもう! 本当、なんなんだよこの状況は……!」
俺はやるせない気持ちから手で目元を覆った。合わせて、悔しさから歯ぎしりが鳴る。
つい昨日、みんなが俺たちの過去を受け入れてくれて絆を深めたばかりじゃねえか!
なのに友明と愛奈が退学させられ、今度は榊坂が絶縁を言い渡してくるのかよ……!
もう俺にはこの状況を冷静に受け入れるだけの余裕がなかった。
「……ここではあれだから、一旦場所を移動しよう……」
「場所を移動したからってどうなるんだよ……!」
「……仕切り直すため、一回場所を移動しましょうと言ってるんですよ、もりずみ君……!」
「――っ!?」
覆っていた手の隙間から、野々宮の鋭くなった目が見えた。その目が、いや、言動も合わせて普段の野々宮とは明らかに違う。
その雰囲気に声を失った俺と歌恋は、素直に野々宮のあとを歩いた。
「……ここなら大丈夫」
野々宮はそう言うと、後ろを歩く俺たちに振り返る。辿り着いた場所は、人気のない体育館裏だった。
念のためにと野々宮が周囲を見渡し始める。
「大丈夫だ。俺たち以外誰もいない」
「……分かりました。やはり、あなたの気配を探る能力は目を見張りますね……」
「えっと? 野々宮くんはなんで敬語なの?」
確かに。歌恋が指摘したように敬語口調になってる。何か意図があるのか?
その野々宮は静かに笑みを浮かべた。けどその笑みは、いつものような不器用なものじゃない。
「……まずは、先ほどお嬢様がした言動に関する謝罪を。お二方を不快な気持ちにさせてしまい申し訳ありません……」
野々宮は姿勢を正すと、俺たちに向かって深々と頭を下げてきた。
「の、野々宮くん?」
「そして、改めて自己紹介をさせてもらいます……おれは、榊坂家で数年前から執事を務めている野々宮拓哉です……」
再度頭を下げる野々宮。しかし今度の会釈は軽く、片手を腹部に当てた独特な礼だ。
あいつが口にした『執事』がするようなやつだな。
「なるほどな。なんで榊坂家のお嬢様とコミュ障のお前がバディなのか、ずっと疑問に思ってた。要するに陰ながら護衛してたって訳か」
「……ええ。表立っては瀬場さんがお嬢様の監視役で、おれは言わば友人枠。故に影で徹するサポート役に過ぎません……」
「え、えっとぉ……うぅ?」
歌恋は良くわからないといった感じで、腕を組みながら首を捻った。
「簡単なことだ。俺たちは最初っから騙されてたんだよ、色々隠してたこいつらに」
「騙したとは人聞きが悪いですね……まあ、否定はしませんが……」
苦笑する野々宮はバツが悪そうに髪をいじった。
「えっとえっと! つまり、野々宮くんはカサルナちゃんの執事さんで、カサルナちゃんがあたしたちに関わるなって言った意味も知ってるってこと?」
「その通りです……もちろん、おれとバディを解消したのも同様の理由ですよ……」
両手を後ろ手に回して姿勢を正す野々宮。現状に至った説明をするってか?
「まずは今回のおおば君とここねさんの件……。これはお嬢様にとっても予想外のものでした。まさか、あなた方がそのような話をしていたとは知らなかったもので……」
「で、でも! あたしたちは不正なんてしてないもん! 確かに二人は八百長を持ちかけてきたよ。きたけど、駿ちゃんがやっちゃダメだって説得したもん!」
必死に当時のことを説明する歌恋。
続けて「あ、あたしは同意しそうになっちゃったけど……」と自分の罪状を言ってしまうところが歌恋らしい。
「……お嬢様もおれも、あなた方四人が不正をしたようには見えませんでした。なので、八百長をしていないと信じてます……」
ん? したようには見えませんでした? まるで見てたような言い方だな……。
「しかし……今回は八百長に関する会話を財前が入手し、利用されてしまった……。おそらく、最近になって心音家が榊坂家と提携を結んだせいでしょう……」
「あ? それはどういうことだ? 愛奈の家が榊坂財閥と提携?」
「まあ、ご存じないですよね……ここねさんのご両親は優秀なマネートレーダーなんです。その腕を買い、今年になって榊坂の傘下に入ってもらいました……」
榊坂財閥と財前グループはライバル関係にあたる会社だったな。
榊坂の傘下として加わった心音家の娘が、国家プロジェクトの学園で不祥事を起こしたという事実。
なるほど。その噂が広まれば、榊坂財閥そのものがバッシングを受けることになるって筋書きか。
「となると、関係者の身内が不正したという結果で終わらせ、ライバル会社の榊坂財閥を失脚させるのが向こうの狙いか」
俺の発言に同意するように野々宮が頷いた。
まさに『海老で鯛を釣る』ということわざの通りだな。『愛奈』という偶然手に入れた海老を使って、『榊坂家』という大物の鯛を釣り上げる。
どうやら財前家の本当の狙いは、榊坂家そのものの信用を失わせることにあるらしい。
「そこで、何故お嬢様がおれたちと関わらないよう、あんなわざとらしく突き放したのかについてですが……」
「あ、わかった! あたしでもわかったよ! カサルナちゃんは、あたしたちを巻き込まないように遠ざけたかったんだよね?」
「……ええ。半分正解です」
「は、半分なの……?」
半分正解と言われた歌恋が眉をハの字にして「うぅ……」と唸る。
今の回答、そんなに自信があったのか……。
「ちなみにお二方は、お嬢様に対してどのような印象を持たれていますか……?」
「いきなりだな。……榊坂の印象かぁ」
俺と歌恋は口元に手を当てて考える。
「うーんと、あたしは……明るくって、ちょっとミステリアスで、頼りになる感じ……かな」
「俺は……悪戯が好きそうな性格、でも思慮深いタイプ。あとは、一歩下がって傍観者に徹してるイメージだ」
野々宮は俺たちの話を聞いて、なるほどといった表情で頷く。
「……そうですね。お二方の思っている通りで間違いないでしょう。あえておれが掘り下げるのなら、もりずみ君の『傍観者に徹する』という部分……」
「どういうことだ?」
「お嬢様と戦ったあなた方なら分かると思いますが……お嬢様は、最低でも一歩下がってないといけない方なのです……」
一歩下がってないといけない。それがどういう意味なのかを俺は考える。
名家のお嬢様だから、と言えばその通りだ。
上に立つ者だからこそ、広い視野を持ち、後方から全てを見渡せなければならない。
となると、一歩も下がってない榊坂ってどういう状態だ?
最前線に立ったあいつは――。
「……リンクバトルか」
俺はすぐさまピンときた。始業式当日に行った榊坂とのリンクバトルだ。
「はい。察しが早くて助かります……」
野々宮が目を閉じて頷く。
歌恋はというと、今回も理解出来てない顔をしていた。いやいや、真っ先にお前が思いつかないとダメなとこだろ。
「りんどうさんはお嬢様と直接戦いましたよね……? では……お嬢様はそのとき、もりずみ君が言ったような思慮深さがあったように思えましたか?」
「え? ……ううん。すぐに突っ込んできて、攻撃することだけを考えてた気がする。体力の配分とかも考慮してなかったのかも」
「……そうです。お嬢様の一番の欠点。それは、自身が渦中の中心にいることで客観性を失うことです……。つまり、自分がしたいことや策を成そうと意固地になるところ……」
確かに。あいつは途中まで、野々宮の指示を無視したような動きをしてた。明らかに冷静な判断が出来てなかったってことだ。
つまり、もしこのまま俺たちと行動をしていた場合は……。
「ここまで言えば分かると思いますが、友人を冤罪で追放した財前を前にし、この件に関わったお嬢様は果たして……冷静でいられるのでしょうか?」
「……いや。言い合いの末、下手したら飛びかかるかもしれないな」
「あたしも駿ちゃんと同じ意見だよ」
その場面が容易に想像出来る。もしあいつが下手な行動を取れば、今度はそれを口実に生徒会長はつけこんでくるだろう。
そうなったら完全に俺たちの負けだ。友明たちの退学云々で済まない話になる。
「あなたたちなら、必ず二人の冤罪を暴こうと財前に敵対するはずだ。……お嬢様はそう確信していたのでしょう。だからこそ、自身が冷静なうちに、わざと袂を別つ行動を取ったのだと思います……」
「そんな……!」
「なんだよそれ! 言ってくれれば俺たちだって手を貸して――」
言い切るよりも先に、野々宮は静かに首を振った。
「言えませんよ。すでに黒咲菖蒲が、財前の従者のメイドが側で監視してましたから……。おそらく、以降はお嬢様の監視に徹し、弱みを探るつもりなのでしょう。そして監視がなくなったことで、こちらは自由に動けるようになった……」
あのときの俺は、潜んでる相手の気配を察知出来なかった。
常に榊坂の側に控え、警戒することを義務付けた野々宮だから気付けたってことかよ。
ああくそ……情けないったらありゃしねえぜ……。
「えっとつまりだ。その黒咲ってメイドが榊坂に目を向けてる内に、俺たちの方で退学問題をなんとかしようってことなんだな?」
「ええ。ですが、ここからはパポスが使えません……」
「え? なんで使えないの?」
「おそらくですが……パポスを開発した財前家が、探りのために送受信の解析を行うでしょう。そうなれば、パポスに残った履歴で筒抜けになってしまうんです……」
「そういうことかよ……チッ!」
パポスはこの島での必需品だ。連絡を取るとなれば、まずこれが出てくる。
だとすれば、財前家にとって一番に警戒しなきゃいけないツールだ。
通話やネットで下手な情報が出回ってないかどうか。俺が財前の関係者なら、真っ先に目を付けて監視を始めるだろう。
だからこそ連絡に必須で、なおかつバトルでも必要なアイテムを間接的に封じてきた。
そのことがどれだけ俺たちを不利な状況へ追い込むのか……考えるのも嫌になってくるな。
「……学園内での会話もあまり楽観出来ません。夜に市街地に出向き、作戦を練りましょう……」
俺と歌恋は、野々宮の案に従って一旦寮へと戻ることにした。夜には市街地か……。
そんな彼らを、校舎の屋上から双眼鏡を使って監視する者がいた。その人物はイヤホンから届く声を聞いて口を開く。
「なるほど。もしやと思い、彼の制服に盗聴器を仕込みましたが……どうやら正解だったようで」
呟きながら双眼鏡をスカートのポケットにしまう。
すぐさま踵を返すと、彼女の整ったロングスカートが風になびいて揺れた。




