第5話 幼馴染の少女
第一校内にある桜並木を二人の少女が歩いていた。
一人は歳相応の背丈。髪はベージュ色で二本のお下げにまとめている。
こげ茶色で大きなツリ目が活発な印象を与えた。
そんな少女が立ち止まって謝罪の言葉を口にする。
「本当にごめんね! 私の買い物に付き合わせちゃって! 今は予算的に厳しいから、今度何か奢らせて!」
「ううん、別に気にしないで。あたしも課題の方は終わらせてヒマだったもん」
もう一人の少女も足を止め、気にしてないと微笑む。
その少女はとても長い髪の毛をしていた。腰まで届くほどの長さだ。
活発そうな少女と比べ、少し小柄な身長が髪の長さを際立たせている。
髪型はポニーテール。その金髪が陽光に当たると鮮やかに輝いた。
「それにあたし、新しい運動靴が欲しかったところなの。むしろ、誘ってくれて嬉しかったもん。ありがと愛奈ちゃん」
彼女の水色に澄む優しげな目が、愛奈と呼ばれたおさげの少女を映し出す。
「そう言ってくれるのは素直に嬉しいのだけどさ、気を遣わせちゃったりしてない? 本当に大丈夫?」
「大丈夫だよ。さすがに、愛奈ちゃんに対してそんな態度は取らないってば……」
少女は苦笑いを浮かべながらも否定した。
そんな本心を聞いた愛奈は安堵の表情をして。
「そっか、それならよかったのだ。私もカレンちゃんも買いたい物が買えたわけだし、お互いに不満もないなら、ウィンウィンってやつだねっ!」
ニシシ、と聞こえてきそうな屈託のない笑顔を浮かべる。
愛奈と共にいたのは、駿の幼馴染である竜胆歌恋だった。
彼女は駿より一年も早く能力に目覚め、この星燐学園に在籍していたのだ。
話の方も区切りがつき、歩みを再開させる二人。
そんな中、歌恋が愛奈の首にかかったネックレスを見て呟く。
「そのネックレス綺麗……」
「でしょ? 前から買いたいって思ってたのだ。あのお店の前を歩く度に、やった! まだ売り切れてないや! って思いながら、今日まで過ごしてたのでござるよ!」
褒められたことに気を良くし、愛奈は嬉しそうに声を上げる。
テンションが上がって変な口調になっているなぁ。と心の中で歌恋は苦笑していた。
「合流したらこのネックレスをトモくんに見せて『愛ちゃんが買ったそのネックレスとっても綺麗だね。でも、愛ちゃんの美貌の前には全然適わないよ。天と地ほどの差があるね。キランッ!』なーんて言われたり、言ってもらっちゃったりして! うっひゃー! やっばい! 興奮して鼻血出そうっ!!」
「あ、愛奈ちゃん一回落ち着こ。少なくとも友明くんはキランッなんて擬音は使わないよ」
興奮が最高潮に達した愛奈を、歌恋が困惑しながらもなだめる。
(でも、本当に綺麗。鮮やかで透き通るような赤色。駿ちゃんの目と同じ色だ……)
愛奈が首から下げるネックレスには小さな宝石がついていた。
宝石の色が駿の瞳と似ている。そんな感想が頭に浮かび、歌恋は少し切ない気持ちになってしまう。
愁いを帯びた顔が、彼女の寂しいと思う心の内を表す。それに愛奈が気付き。
「カレンちゃん? もしかして、私のテンションがうざかったりした?」
「ち、違うよ! そういうんじゃ、なく……て……」
言いながら顔を赤くし、語尾が弱まってしまう歌恋。
その態度にピンッときたのか、愛奈が意味深な顔で問いかける。
「じゃあ、例のシュンって人のことを考えてたり?」
「――っ!?」
「あははっ! カレンちゃんってすぐに表情に出るから、わかりやすくて助かるのだっ」
「……うぅ」
図星というよりも、墓穴を掘ったことに気付き歌恋が呻いた。
「で、なんでその人のことを考えてたの? 私がトモくんとの妄想を披露したから?」
「えっと、違くて……」
「ん?」
歯切れの悪い歌恋の回答に、愛奈が眉毛をハの字にして首を傾げる。
「その……ネックレスの宝石の色が似てたから……」
「似てた? 何に似てたの?」
「……駿ちゃんの目の、色に……」
「……なーるほどねーっ!」
話しながら更に顔を赤くする歌恋。そんな様子を見て愛奈がニヤニヤと笑う。
「そのシュンくんことが頭に浮かんでしょうがないって感じか。カレンちゃんにとって、彼は本当にただの幼馴染なのか、個人的にすっごく聞きたいなーっ!」
「か、家族みたいなものだから!」
「家族ねぇ~」
歌恋の答えに愛奈が更にニヤつく。
「もう! 愛奈ちゃんのいじわる……!」
気恥ずかしくなった歌恋は愛奈から顔を反らす。
歌恋にとって、駿はいつも自分を助けてくれるヒーローだった。
物心がついた頃、歌恋は家庭の事情で今の家に移り住むことになる。しかし、突然の環境の変化に心がついてこなかった。
その結果、彼女は心を閉ざして塞ぎ込んでしまう日々を送る。
そんな歌恋のことを気にし、両親は心身共に強くなるようにと、知人の道場へ通わせた。そこで出会ったのが駿だ。
駿は歌恋とまっすぐに向き合ってくれた。閉ざされていた心を開き、彼女に笑顔を取り戻してくれたのだ。
それからも弱気な性格だった彼女を何度も助けている。三年前に起きた悲惨な事故のときも、彼が身をていしたことで救われた。
そんな歌恋にとって、駿は自分を支えてくれた幼馴染の友達であり、家族であり、彼女の中で一番大切な存在になっていた。
「……ん?」
思い出を掘り起こす歌恋は嬉しそうに顔を綻ばせる。
それに気付いた様子の愛奈。シュンとやらのことを考えていたのかな? といった表情をし、優しげな顔付きに変わった。
そんな中、ピコンと機械的な音が鳴る。
「ん? 通知?」
鳴ったのは愛奈の腕に巻かれたパポスだ。
内容を確認しようとし、愛奈は足を止めてモニターを見る。
「えーと何々? ……え? あー、なるほどね……」
「ん? どしたの愛奈ちゃん?」
なにやら残念そうに独り言を呟く愛奈。妄想から戻ってきた歌恋が、そんな彼女に声をかけた。
「トモくんからメッセがきてね」
「友明くんから?」
「うん。なんか面白いモノを見つけたから合流するの遅れるかもだって。食事も二人だけで済ませていいよーって。……あーあ、せっかく三人で一緒に食事しようって話だったのになぁ。トモくんってば……」
友明と呼ばれる人物からのメッセージに不服なようで、愛奈が不機嫌な顔になる。
「友明くんって、色々なことを童心に戻って楽しむ癖があるもんね」
「そうなのだよ。まあ、私も自分のしたいことを優先して勝手に動いたりするから、文句言える立場じゃないのだけどさー」
理解は出来るけど納得は出来ない。という複雑な乙女心なのである。
「なら、一回部屋に戻ってから二人で学食に行く?」
「だね。そうしよっか。……そういえば、転校生歓迎イベントって終わった感じ? もう女子寮に戻っても大丈夫だよね?」
歩き出そうとした歌恋は、愛奈の質問を受けて首を傾げた。
「情報規制されてる例の転校生の? えーと……時間的には大丈夫、なはずだよ」
パポスで時間を確認した歌恋が、おそらくといった感じで答えた。
「それならよし! じゃあ、カレンちゃんが買ったそれを置いたら、学食にレッツゴーなのだ!」
歌恋の言葉を聞き、愛奈が右手を突き上げて歩きだす。
愛奈に一歩遅れて歩く歌恋。今度は彼女が問いを投げかけた。
「そいえば、愛奈ちゃんは転校生に興味ないの? 配信も見なかったよね?」
「ん? ないよ、全然ないのだ。なんて言ったっけ。先生が言ってた……マルチリンクって能力? そんなすごそうな能力持ってるような人なら、最強能力を手に入れた俺つえー! みたいな感じになってるのじゃないかな? 私はそういうタイプは好きじゃないから、興味湧かないのだよ」
見ていないにも関わらず、なんとも偏見のある返事だ。
「そういうのって、ゲームとかアニメの中の話なんじゃ……」
と歌恋もそれを指摘するが。
「じゃあカレンちゃんはどうなのさ? 学園側からも一目置かれるような転校生のことが、そんなに気になる?」
「え? うーん……多少は気になるけど、熱を上げるほどじゃないかな……」
あいまいな返事でお茶を濁す。
一応気にはなっていたものの、歌恋はパポスの充電残量が少ないのもあり、配信を見ていなかった。
まさか、意中の幼馴染が映っていただなんて露程にも思っていない。
「男子って話だけど、私にはトモくんがいるからイケメンだろうと興味ゼロ!」
「相変わらずだね。あたしもそういう意味では興味ないかも」
「ぐふふっ! そうだよねー。カレンちゃんには愛しのシュンくんがいるものー」
「だ、だから違うって!」
駿の名前を聞いて再度顔を赤くする歌恋。すぐに恥ずかしくなって赤面するのは彼女の癖である。
「今はそういうことにしておくねっ」
「も、もう! 愛奈ちゃんはやっぱりいじわるだよぉ……」
「ごめんってば! 許してよカレンちゃーん!」
頬を膨らませる歌恋相手に機嫌を直そさせようと抱きつく愛奈。
楽しげに歩く少女たちは、ほどなくして女子寮へと辿り着くのだった。




