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第11話 血に染まったクリスマス

今回の話にはグロテスクなシーンが含まれています。苦手な方は注意してください。

 俺たちが乗る車は、目的の遊園地を目指して国道を走っていた。


「「一万年と二千年前から恋してるー!」」


 車内にはアニメソングが流れていて、歌恋と玲奈おばさんが熱唱していた。

 運転席の後ろに座る俺は心の中で歌詞を思い浮かべる。

 なんとなしにミラーを見ると、笑みを浮かべながら運転する九郎おじさんの顔が見えた。


「……お? 歌恋、次はパラキュアの歌ですよ!」

「あたしこの歌大好き!」


 女子や大人のオタク? とかから人気があるアニメの歌だ。

 パラキュアのオープニングソングが流れたことで歌恋のテンションが一気に上がっていた。


 うーん、さすがにパラキュアは見てないから知らねえな……。

 女子向けの番組を見ない俺は、その歌から意識を逸らして外を眺めた。


 まだ振り続く雪。車は念のため、スタッドレスタイヤに九郎おじさんが替えていた。この雪でも問題なく走れるらしい。

 まだあんまり雪は積もってないけど、帰る頃には結構白くなってそうだ。


「こらこら歌恋、あんまりはしゃいではダメだよ。車がさっきから揺れている」

「あらら、怒られちゃったですね歌恋」


 九郎おじさんと玲奈おばさんは、ほんの少しの間、俺の隣りに座る歌恋に視線を向けた。

 歌恋は「うぅ……ごめんなさーい」と二人の顔を見て謝る。


 道はなだらかな下り坂へ差しかかったところ。なんとなしに前を見た俺は、前方の状況に気付いて声をあげた。


「おじさん! 前! ブレーキ!!」

「――え? なっ!? くそっ!」


 九郎おじさんもそれに気付き、すぐさまブレーキを踏んだ。


 前方には何台もの車を巻き込んだ玉突き事故になっていた。最後尾のトラックはそれを避けようとしたのか、路上で横倒しになってる。

 トラックが積んでたと思う資材が崩れ、山積みとなって道をふさいでいた。


 俺たちが乗っていた車はスタッドレスタイヤに変えていたこともあり、資材の山にぶつかる直前で止まれた。


「あ、危なかったですねー! もう少し遅かったらぶつかってたですよー……」

「ああ。会話で意識が逸れていた。みんなすまない。それとありがとう駿。助かったよ」

「礼なんて良いって、ぶつからなくって本当に良かった」

「歌恋も大丈夫ですかー?」


 もう一度、玲奈おばさんが後ろに座る歌恋に声をかけた。けど、歌恋は不安そうな顔で。


「うぅ……前の荷物怖いよぉ……」


 と言いながら体を震わせていた。


「……路肩に退避した方が良いな。みんな、後ろから来る車に気を付けて外に出るぞ」


 九郎おじさんがシートベルトを外しながら指示を出す。このまま車内にいるのは良くないって思ったみたいだ。


「でも気を付けて出ないとね。外に出たせいで轢かれたってなったら洒落に――っ!? 歌恋っ!」


 同様にシートベルトを外していた俺は、なんとなく後るに視線を向けた。 

 見ると、ブレーキの音を鳴らす車の姿。俺は咄嗟に歌恋を庇うように体を動かしていた。


「がはっ!?」


 衝突されて起きた一度目の衝撃。続けて、資材に突っ込んだ二度の衝撃が体に響く。

 俺が気付いたときには、自分の左胸に痛みが走っていた。


「あが……! ぐぅ……! う、ぁ……?」


 なんだよこれ? え? ははっ……すげえことになってるな。


 俺の胸には、ガラスを突き破った鉄の棒が何本も生えていた。

 なんとか意識を保ちながら歌恋の安否を確認すると、俺は吐血しながら気を失う。

 クリスマスの俺の記憶はこの場面が最後だ……。




 問題は、その状況で残されてしまった『あたし』だった。


 駿ちゃんが吐いた血が頬にかかる。あたしがそれに触れると、ぐちゃりと手を汚した。

 庇ったまま気を失う駿ちゃんを前にして、呆然としたあたしは目を動かす。そうしたら、駿ちゃんの肩口から運転席の惨状が見えてしまった。


「……っ!」


 鉄骨が、座席ごとパパのおなかを抉ってた。左腕は肘から先が見当たらない……。

 加えて、パパが発する呻き声が否応なしにあたしの耳に届いた。けど……けど、その声もすぐに終わったの。パパが息を引き取ることで……。


「あ……う……?」


 あたしは座席に置いていたポーチを探し、必死に手を動かした。中に入っているデジタルフォンを探すために。

 頭は混乱してたけど、とにかく助けを呼ばないといけないと思った。

 後部座席を探してると、手が何かに触れてあたしはすがる想いで手に取ったの。けど、それはポーチなんかじゃなかった。

 触れたのは……座席に転がってたパパの切断された腕だったから……。


「――ひっ!? ……や、やだ……嫌ぁ……っ!」


 とっさに腕を引っ込めたけど、触れてしまった感触は消えなかった。


「しゅ、駿ちゃんっ! やだっ! 起きてよ! 助けてっ! 駿ちゃん起きてぇぇっ!!」


 気を失う駿ちゃんにあたしはすがりついた。そのときには完全にパニックを引き起こしてたんだと思う。

 動転するあたしが試みたのは、駿ちゃんの胸に刺さる鉄筋を引き抜くことだった。

 けど、あたしは駿ちゃんに庇われたままで体を動かせない。それを上手く取り除くことが出来なかった。


 そもそも引き抜いちゃダメだったんだと、今は思う。もし引き抜いてたら、駿ちゃんは大量に出血して命を落としてたかもしれないから。


「なんで!? なんで取れないのっ!? こ、これどこから突き出て――」


 あたしは泣きそうになりながら繋がった先を目で追った。

 駿ちゃんの胸から出ている鉄筋の行方は――助手席。頭を置くための部品、ヘッドレストだったの。


「……え? ……ママ?」


 何本も鉄筋が突き刺さって、真っ赤に染まったヘッドレスト。合わせて、座席から投げ出されたママの腕が微動だにしていないことに気付いちゃった。

 ママもすでに息を引き取ったあと。その事実が、あのときのあたしに残った最後の理性を壊してしまう。


「ママ……? パパ……? 駿、ちゃん……? なんで……? あたしだけ、どうして…………あは、あはは……あっはははははっ!!」


 自文の顔を両手で押さえ、あたしは狂ったように笑い出した。


 つい数分前まで楽しく歌を歌っていたはずなのに……どうしてこうなったの?

 自分のせい? 遊園地に行きたいなんてあたしが言ったから? あたしがわがままを言ったからなの?


「――はははっ…………うっ!? うぅ……」


 泣きながら笑い続けていると異変を感じた。胃からせり上がる何かに不快感を抱いて嘔吐したの。

 朝食で口にしたパンとラズベリージャム、スープにホットミルク。消化しきれていないそれが、座席に撒き散っていた。


「……うぅ……あ……?」


 あたしの心も限界だった。みんなの惨状を知って、心が壊れ終わる前に力が抜けて意識が落ちた。あたしがまともに覚えているのはここまで。

 以降の数ヶ月。あたしには自分の記憶がなかった……。




 ――ここからは俺が輝美先生から聞いた話だ。


「くっ! 状況はどうなっている!?」

「はい! 救急隊員からの報告では死傷者が多数いるとのことです。なかでも、まだ小中学生くらいの少年が心臓を大きく損傷して意識不明の重体との連絡が!」

「っ! ニュースは見ていたが、最悪なケースだな……!」

「心中お察しします天城先生。ですが――」

「分かっている! これ以上の死人を出してたまるか!」


 白衣を羽織る女医、天城輝美は看護師と共に廊下を歩く。

 何台も絡んだ事故だが、生存者は何人もいる。助けられる患者がいるなら、すぐにでも処置をしなければならない。


 天城が白衣から手術着へ着替えると手術室には少年が運ばれてくる。横向きに寝かされた彼の左胸には、短く切られた四本の鉄筋が突き刺さっていた。


「これは……意識レベルは!?」

「まったく反応がありません! 意識レベル三百! かなり危険な状態です! 脈拍、心拍数共にどんどん低下しています!」

「くっ! 麻酔はかけたな? これよりオペを始める! メス!」


 天城が執刀医を務める中、手術が始まった。十分、二十分――刻々と時間が過ぎていく状況で。


「ダメです! 心拍数、なおも低下!」

「天城先生! これ以上は患者が――」

「分かっている!! …………心臓の移植に切り替えるぞ」

「それは……! ドナーがいません! それに移植手術をするのなら、この子のご家族に連絡を入れなくては!」


 臓器提供者であるドナー。生きてる人物でも提供は可能だが、今回は心臓が対象。人体から心臓が失われれば、それは死を意味する。

 そうなると死後。つまり、脳死か心停止したドナーからしか、心臓の移植を行えないのだ。


「この少年も事故に巻き込まれたのなら、同乗者が家族ではないのか!? すぐに話をつけろ! 保存してある心臓がないかも確認するんだ!」

「「は、はいっ!」」


 天城の指示に従って手術室が慌ただしくなる。

 最低限の治療を行う最中、手術着を着た助手が戻ってきた。


「天城先生!」

「どうだった? 彼の家族と話は――」

「同乗していた女の子がいたということで、意識を取り戻したその子に話を聞くことが出来ました。同乗していたのは、女の子の両親だそうです。免許証でも確認しました。ただ、その二人はすでに亡くなっています」

「……そうか」

「ダメです天城先生! 近くの病院にも問い合わせましたが、使えそうな臓器はありません!」


 ちょうど戻ってきたもう一人がそう報告する。

 報告を聞いて苦々しい顔をする天城。それでも一縷(いちる)の望みにすがり、口を開く。


「その心臓は使えないのか?」

「え?」

「その二人が死んでしまっているのなら、どちらかの心臓は使えないのかと聞いているんだ!!」


 切羽詰まった顔で天城はまくし立てた。現状、この少年を救うのにはそれしかない。


「そ、その…………あ! 確か保険証にドナー登録の記載が!」

「本当か!?」

「男性は胴体の損傷が激しくて臓器の摘出が無理な状態ですが、女性の方は頭部にしか損傷がありません。ご家族の許可さえあれば使用出来るかと」

「身内、親戚……いや、時間がない。娘さんに承諾してもらおう……! その女の子には、私が直接話をする! 患者を現状のまま維持しておいてくれ!」


 部屋から出ていく天城の指示に「わかりました!」と看護師たちが答えた。


 目的の人物を天城はすぐさま見つける。その少女は長椅子に座っていた。


「すまないキミ。私は天城輝美という医者で――っ!?」


 俯く少女の顔を覗き込んで絶句する。

 ハイライトが灯らない目。頬や服に付いた血。涙が流れたあとが天城の目に映った。


(そうだ。この子はついさっき両親を失ったばかりじゃないか。それにこの子自身だって……。そんな状態の子に言うのか? 手術中の少年を助けるために母親の心臓を使わせてくれと)


 天城はここに来て臆してしまう。

 だが、時間は待ってはくれない。刻一刻と少年を死へと追いやっていくのだ。


「その、一つ相談があるんだ」

「……駿ちゃんは死んじゃうの?」

「え?」

「ママもパパももういない……駿ちゃんも、あたしの側からいなくなっちゃうの……?」


 駿ちゃん。おそらく手術室にいる少年の呼び名だと天城は察した。

 この少女を一人にさせるのか? あの少年すら失えば、彼女はどうなってしまう?

 天城は自身に問いかけた。だが、そんな問いの答えなんて最初から決まっている。


「大丈夫だ! 私が必ず助ける! そのためにもキミのお母さんの心臓が必要なんだ。お願いだ。駿くんを助けるためにも、お母さんの心臓を使わせてくれ!」

「ママの……?」


 少女の言葉に天城は力強く頷いた。


「それで駿ちゃんは助かるの……?」

「ああ。必ず助けてみせる」

「……お願い。駿ちゃんを助けて……」


 覇気のこもらない願い。それでも天城は頷き返して立ち上がる。今の会話は録音した。同意を得た今、天城の心は揺るがない。


 天城は少女に礼を告げると、踵を返して手術室へと戻る。必ず助けると誓いを立てて。


「あ……天城先生!」

「遅くなった。娘さんから承諾は得たぞ。すぐに母親の心臓を――どうした……?」


 手術室の雰囲気が重苦しい。ピーッという甲高い電子音が鳴り響いている。


「患者の心肺が……停止しました……! さっきから何度も心肺の蘇生を試みましたが、戻り……ません……っ! もう彼は……!」

「…………は?」


 先ほど立てた誓いがいとも容易く打ち砕かれた。


「なんだそれは? 冗談じゃない! たった今、あの子と約束したんだぞっ! ふざけるな!! これが神が望んだ展開だとでも言うのかっ!?」

「天城先生……」


 天城の悲痛な叫びに助手を務める医師が苦しそうに名を呟く。


 いくら悪態をつこうとも、現状が変わる訳ではない。

 それでも天城は諦める訳にはいかなかった。命を救う医者が諦めたら、その命は本当に救えなくなるのだから。


「とにかく、移植用にドナーから心臓を摘出するよう手の空いた先生に言ってくれ! 私はこの子の蘇生を――」


 天城の言葉を遮るようにピッ! と機械から音が鳴った。


 動きを止め、全員がそちらを振り向く。

 再び、ピッ! ピッ! と断続的に音が鳴った。計器が発する音。心臓が鼓動を刻んでいる証が鳴り続けている。


「……うそ? なんでっ? 心拍数が通常の値に戻った……?」

「え? さ、さすがにそれは計器が壊れてるんじゃないのっ? 心停止した状態から蘇生したならまだしも、正常な数値にまで戻るなんてありえないわっ!」

「で、ですが!」


 現場が騒然とする。天城にも何がどうなっているのか分からなかった。

 だが、奇跡だろうと異常だろうと構わない。この少年を救えるというのなら、神の御業(もわざ)でも悪魔の囁きでもすがってやろう。


 天城は決意し、すでに何度目かの指示を飛ばす。


「――移植の準備に取りかかる! ドナーから心臓を摘出して移植させるぞ!」


 彼女の指示に困惑しながらも頷く看護師たち。


 そこからドナーの心臓の摘出と少年への移植が行われた。

 五時間にも及ぶ大手術は見事成功を収める。あとは患者に後遺症が残るかどうかだった。


「お疲れ様でした天城先生! 素晴らしい手術でした。本当にお疲れ様です」

「みんなもよく頑張ってくれた。お疲れ様。だが、ここからが彼にとっての正念場だ。いや……それは廊下にいるあの子も同じか」

「そうですね……」


 天城は今回の結末を奇跡だと思っている。

 一度死んだと思われた命が、蘇った上で手術に耐えて生き延びたのだ。これが奇跡と言わずになんと言えよう。

 だが、これで終わりではない。生きるということは決して簡単ではないのだ。


 事故を生き延びた二人がこれからどんな日々を過ごしていくのか。天城にはそれが心配でならなかった。

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