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第10話 雪の降る朝

 三年前――十二月二十五日。


「うぅ……寒みぃ。すげえ寒みぃ……」


 どんよりとした雲が広がる朝。ベッドで寝ていた俺は寒さを感じて身じろいだ。

 毛布と布団を頭まで被り、寒さから逃れるようにベッドの中で縮こまる。


 ふう、あったけえぜぇ……って、この匂い……?

 被った布団から自分の布団とは違う匂いがした。その匂いで、自分が自宅以外のベッドで寝ていたことを思い出す。


「あ……この匂いは歌恋の家の匂いだっけ?」


 そうだった。母さんたちが結婚記念日とかいうので家にいないから、歌恋の家に預けられたんだ。

 ぼんやりする頭で、自分がどうして幼馴染の家にいるのかを思い出した。


 うちの両親はクリスマスイブという珍しい日付けに結婚式をあげている。けど、俺が生まれてからは、夫婦で記念日に出かけることは減ったらしい。

 それを不憫(ふびん)に思った歌恋の両親が俺を預かり、親父たちを旅行に行かせたのが前日のことだ。


 それはそれとして、顔が温かな感触に包まれているのが心地良い。幸せすら感じちまう。

 満足感を手に入れた俺は、再度、夢の中へゆっくりと意識が落ちてい――。


「駿ちゃーん! 朝だよ! あーさーっ! 外がすっごいの! 雪が降ってるんだよっ!」


 タンタンと軽快な足音が廊下に響くとドアが思いっきり開けられた。

 更に発せられた幼馴染の第一声が俺を容赦なく俺を起こしにかかる。


「うぅ……!」

「ほら駿ちゃん起きて! 雪! 雪だよっ!」

「っ!? ぐうぅぅ!」


 布団がはがされそうなった。ふざけんな! と思いながら必死に阻止する。


「むう……! 駿ちゃーんっ!」

「ぐほっ!?」

「ねえ! 起きて一緒に雪を見よーよ!」

「げほっ……! 歌恋お前なあ! 人が寝てるのに飛び乗ってくるのマジでやめろ!」


 布団から顔を出した俺は、馬乗りで乗っかる歌恋を睨みつけた。

 だが歌恋は怯むことなく、ニコニコした顔で話を続ける。


「下でママがあったかいスープ作ってくれたよ。飲みながら雪見よ?」

「う……おばさんのスープは魅力的だ。魅力的だが起きれねえ」

「んー? なんで?」


 小首を傾げる歌恋がちょっと可愛かったが、俺は心を鬼にして怒鳴る。


「お前がどかないと起きれねえんだよっ!」


 それを聞いて「あ、そっか! ごめんね駿ちゃん!」と言って歌恋が俺から降りた。

 歌恋が退き、やっとの思いで起き上がる。

 このまま寝てやろうかとも思ったが、そうすると歌恋の追撃が面倒臭そうなのでやめておく。賢明な判断だと自画自賛したい。


 俺は頭を掻きながらベッドから足を下ろした。

 ふと足元を見ると、包み紙が貼られた箱があったので持ち上げてみる。うーん、結構重いな。


「あ! 駿ちゃんもプレゼントもらったの!?」

「プレゼント?」

「うん! 今日はクリスマス! サンタさんからのクリスマスプレゼントだよっ!」


 歌恋がすごい嬉しそうな笑みを浮かべる。その手には、サンタからのプレゼントなのかテディベアが抱きしめられていた。


「サンタって……お前まだそんなの信じて」

「サンタさんいるもん! 駿ちゃんだってプレゼントもらってるもん!」

「いや、これはたぶんおじさんが――」


 ネタばらしをしようとしたとこでまたドアが開いた。


「歌恋。駿ちゃんは起きたですかー?」

「あ、ママ! 駿ちゃん起きたよ!」


 現れたのは歌恋をそのまま大きくしたような人。母親である玲奈(れいな)おばさんだった。

 歌恋と同じ金色の髪と水色の目。少しなまった感じの敬語口調が特徴だ。


「おはよう玲奈おばさん」

「おはようですよ駿ちゃん! おお? もしかして、それはサンタさんからのプレゼントですかー?」

「そうみたい。まだ中身見てないけど」

「ねえねえ駿ちゃん! おっきいけど、何が入ってるの?」

「いやだから中身見てねえんだって。お前ちょっとは人の話聞けよ」


 歌恋の言葉を聞き、俺は少しうんざりした気分で箱を見つめる。にしても、中身を知りたそうな二人の目力がすごい。

 そんな期待の眼差しを一身に受けた俺は、仕方なしといった感じで包み紙を破く。


 すると、中に入っていたのは電装戦隊デジタレンジャーの合体ロボだった。

 おじさん……俺、こういうの見るのやめようと思ってたんだけどなぁ……。


 子供っぽい特撮モノを卒業しようとしたところでのプレゼントだったから、俺はなんとも言えない気持ちになった。

 けど、歌恋たちは違うようで。


「そ、それはまさか! 電装皇者デジカイザーではないですかー!? しかも、おもちゃ屋限定の特別バージョン! なんでサンタさんはあたしにくれないのですかー!?」

「デジタレンジャーのロボだっ! かっこいいー!」


 なんて、親子そろって滅茶苦茶はしゃいでいた。相変わらずだな玲奈おばさんは。

 そこへ三回目となるドアの開閉があった。


「ママ、ミイラ取りがミイラになってないかい? 朝食が冷めてしまうよ?」

「あ! すっかり忘れてたですよー。教えてくれてありがとうですパパ。うーん、デジカイザーを箱から出して眺めたいところでしたが、先にご飯を食べるです」


 現れたのは歌恋の父親の九郎(くろう)おじさんだ。


「九郎おじさんおはよう」

「やあ、おはよう駿。サンタからのプレゼントは気に入ってもらえたかな?」

「あ、うん……おじさんには悪いんだけど、こういうのはそろそろ卒業しようと思ってて」

「そうか。駿もそういう年頃か……」


 少し残念そうな顔をする九郎おじさん。


「ごめん……。でも、こんなに大きいのがもらえて嬉しいよ。大切にする。ありがとう九郎おじさん」


 俺は笑みを浮かべながら返事をした。やっぱり、好意は素直に示さねえとな。


「んー? なんで駿ちゃんはパパにお礼を言うの? プレゼントくれたのはサンタさんだよ?」

「あー…………おじさんがリクエストしてくれたんだよ。サンタに」

「そうなの? じゃあ、マロンさんがあたしのとこに来たのもパパのおかげだ!」


 それを聞いた俺は「マロンさんってなんだよ?」と尋ね「この子の名前だよっ!」と歌恋が嬉しそうにテディベアを突き出す。

 そんな和かな雰囲気になりながら、歌恋の両親が朝食を食べようと俺たちを急かした。

 朝食を済ませるために俺たちはリビングへ向かう。




「「ごちそうさまでした!」」

「おそまつさまですよー」


 俺と歌恋が手を合わせ、玲奈おばさんが食器を片付けながら返事をする。


「雪降ってるね駿ちゃん。すごく寒そー」

「降ってるなー。この辺じゃあんまり降らないから珍しいぜ」


 窓の近くのソファに座った俺たちは、外の様子を見ながら感想を言い合う。


「今日はクリスマスだけど、二人はやりたいこととか、行きたいところはあるかな?」

「うーん……俺は特にないかな」

「はいはーい! あたしはですね、電装皇者デジカイザーの撮影を――」


 聞いてもいないのに台所から玲奈おばさんの声が聞こえてきた。

 けど、そんな声を遮るように歌恋が意見する。


「あたし遊園地に行きたい! 雪の降る遊園地で遊びたいっ!」

「あの、デジカイザーのぉ」

「はあ? こんな寒いのに遊園地とか俺は絶対に嫌だ」

「デジカ――」

「やだ! 駿ちゃんのパパとママはお出かけしてるもん! あたしもお出かけしたい!」

「デジカイザーェ……」


 今度は玲奈おばさんの泣き声が聞こえてきたが、歌恋との話で忙しいので無視した。


 玲奈おばさんはホビーやコスプレの撮影をする趣味がある。けど、その趣味に付き合ってたら、日が暮れるレベルで没頭されちまう。

 九郎おじさんもそれを理解してるみたいで「撮影はまた今度でもいいじゃないか」と玲奈おばさんを説得してた。


「駿ちゃんは特にないって言ったよ! あたしは遊園地に行きたいって、ちゃんと言ったもん!」

「けど、こんな寒い中で遊園地とか……」


 俺は寒いのが苦手だから渋り続ける。そこへ九郎おじさんが「ちょっとおいで、駿」と手招きしてきた。

 頭に疑問符を浮かべながらも、俺は九郎おじさんに近付いて顔を寄せる。


「何、おじさん?」

「駿に良いことを教えようと思ってね。八里(やさと)遊園地に観覧車があるだろ? この雪が降る中でのライトアップとなると、かなり雰囲気が出るはずだ。シチュエーションとしてはバッチリと思わないか?」

「……え? お、おじさんそれって……!」

「わたしも妻も、きみたちの気持ちは察しているつもりだ。きみがどんな子かも知っている。歌恋のことを任せられる男の子だということもね」


 九郎おじさんが優しそうな、けど真剣な顔で話す。


「おじさん……」

「あの子は玲奈に似て、相手をするのが大変だぞ? それでもいいのなら、だけどね」


 九郎おじさんからの信頼が伝わってくる気がした。俺は見つめ返して真剣な顔で頷く。


「ママー! パパと駿ちゃんが内緒話してる!」

「なんですとっ!? あたしも混ぜるのですよー!」

「あたしもー!」

「うわっ! ちょっ――わ、わかった! 俺も遊園地に行くのオーケーだから離れてくれっ!」


 飛び込んでくる歌恋と玲奈おばさんに抱きつかれ、俺は勢い余って頷いていた。

 そんなこんなで、この日の予定が決まる。四人揃って遊園地に行くことになったんだ。

 夜には歌恋を誘って観覧車に乗る。そこで俺は歌恋に告白すると意気込んだ。




 だが、この数時間後に悲劇が起こる。もちろん俺の告白も叶うことはなかった。

 そして、歌恋が提案した遊園地に行くという案が、後のあいつに自責の念となって付きまとうことになる。

 あんな提案をしなければよかったと……。

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