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第4話 学園の長

「さあ着きましたよ。ここが学園長室です」


 立ち止まって扉を見る。そこには学園長室というプレートが掲げられていた。


「では守住くん、準備はいいですか?」

「はい」

「わかりました……学園長、失礼します」


 春日部先生は教員証を壁の電子媒体(ばいたい)に読み込ませると、扉が自動的にスライドする。

 開くと、トロフィーや額縁などが飾られた部屋の中で、一人の男性が窓から外を眺めていた。


 俺たちが室内に入ると男性が振り返って口を開く。


「やあ、いらっしゃい守住君。先生方も今回の件、私の一存で色々と苦労をかけたようで申し訳ないね」


 学園長と思わしき男性が柔和な笑みを浮かべた、って――。


「え!? 十六夜さん!?」


 その男性は道案内をしてくれた十六夜さんだった。


「な、なんであなたが?」

「言ったではないか教員だと。学園長も役職的には教員なのだよ」


 十六夜さんは楽しそうに笑みを浮かべる。


 そうか。学園長も教師に当てはまるんだよな。


「えっと、二人は知り合いなんですか?」

「いやぁ、色々とあってね。顔見知り程度だ」


 春日部先生の疑問に対し、十六夜学園長は少し困った顔をした。それから気を取り直した様子で俺の方を見る。


「さて守住君。改めて自己紹介しようか。まずは当校へとご足労頂き感謝する。私が星燐学園の第一から第三校までを取り仕切っている十六夜凪だ」


 十六夜さんは挨拶と共に握手を求めてきた。


「……あ! 八里(やさと)高校から転校してきた守住駿です。よろしくお願いします」


 慌ててズボンで手を拭って握手をする。


「――っ!?」


 力強い。それが握手を交わした十六夜学園長に対する俺の印象だった。

 手を握る感触もそうだが、握った瞬間に流れ込んできたイメージが、この人がいわゆる強者なのだと俺に実感させた。


「ふふ、少し緊張しているかね?」

「……ええ、少しばかり」


 俺は内心を隠すように答えて手を離す。


「ふむ、まあいいさ。なにぶんこんな特殊な学校だ。色々と大変な問題が、在籍する間に起きるかもしれない。……だが、君ならそれすらも乗り越えられる力を持っていると、私が保障しよう」

「乗り越えられる力ですか?」

「ああ。君には力がある。それこそ、選ばれし特別な力がね」


 おそらくマルチリンクのことを言ってるんだろう。

 でも、複数に繋ぐ力が何の役に立つんだ? と俺は内心で首を傾げる。


 それにしても、なんだこの底が知れない感じは? 全てを見透かしているようで釈然としない。


「ふっ……くくっ、くくくっ! ふははははっ!!」


 いきなり十六夜学園長が豪快に笑い出した。

 ……え? なんで笑われた? 俺なんかしたか?


「あー、すまないっ! いや、なんだ! 君が思った以上に警戒していたものだからな。つい、それっぽく悪乗りをしてしまった。気を悪くしたなら申し訳ないっ!」


 十六夜学園長はごめんねっ! といった感じで片目をつむって手を合わせる。


 てか、年配の人がその謝罪はいかんでしょ。茶目っ気があっても、さすがにそれは。


「学園長っ! 生徒の前でそのような話し方をしないで下さいと、何度も言っているではありませんか!」


 ほら春日部先生からツッコミが入った。


「ふふ、いやーすまない。落ち着いてくれ(たま)え春日部君」


 今や十六夜学園長の雰囲気は、紳士的というより、気の良い近所のおじさんのそれだった。


「ギャップ萌えは、美少女の特権なんですがねぇ」

「いやいや、まずは形からだと言うだろう卜部君。相手への印象付けは何事においても大切なものだ。特に合コンにおいては、とっても、とってーも! 大切なものの一つだからなっ!」


 学園の長たる者が、学園の長たる者とは思えない発言した。

 俺は、なんだかなぁ。と思いつつも、不意に気配を感じ取る。


 視線が自然と右へと動いてしまう。左はなんか見たくない。

 右側には卜部先生がいるんだが、その卜部先生の顔がこっちを、正確には俺の横を見て引きつっていた。


「……学園長? そんなものに行っておられるのですか? 行く時間なんて学園長にはありましたか?」

「――いっ!?」


 隣りからプレッシャー。俺はそれに、背筋はおろか全身さえも凍らされた。

 視線だけ向けると、春日部先生はハイライトを灯さない目で首を傾げ、微笑んでいる。


 あ、まずい……これはあかんやつだ。

 得体の知れないプレッシャーを持つ人はやばい。


 俺の長年培った経験が警告を告げていた。


「じょ、冗談だよ冗談! アメリカンジョークだよ春日部君!」

「冗談? そうなんですか? 冗談でもそういった話はしないでください十六夜学園長。わかったら、以後の発言には気をつけて下さい……ね?」

「は、はいぃっ! わっかりましたああっ!!」


 上司であるはずの十六夜学園長が顔を青くさせて敬礼をした。

 俺は、この中で誰が一番発言権があるのかを否応なしに知ってしまう。


 前言撤回。うちの担任、やっぱり天使じゃなくて悪魔だった件。


「と、とにかくっ! 守住君、君に渡さなければならないものがある!」


 顔面を蒼白にさせた十六夜学園長が、机の上にある箱を手に取った。

 悪寒が残る俺だったが、それをなんとか受け取る。


 中身を確認すると、最新式である時計型の携帯電話が入っていた。


「これは……デジタルウォッチ?」

「市販のものとは少し違うものだ。君が手にしたそれは、この白銀島で使える特注品。なにぶん、このプロジェクトは国家機密だからね。その状況下で唯一使用が許可されているのが、その通信機なのだよ」


 と未だに渋い顔の十六夜学園長が説明をする。


「それの正式な名称は『パーソナル・ポータブル・デバイス』と言うんですよ」


 やっと元の雰囲気に戻った春日部先生が、時計の名称を教えてくれた。

 直訳すると、携帯可能で個人的な装置。……要は携帯電話だな。


「ちなみに『パポス』と略称で呼ばれてるよ」

「……いつも思うのですが、頭文字を取っての略称なら、なぜパポデではなくパポスなのでしょうか?」


 その言葉に「語呂が悪いからでしょ」なんて卜部先生が話すのを聞き流し、俺はそれを手に取った。


 さっき保健室で言ってたパポスってこれだよな?

 なんて考えながら、手首が痛まないよう、左腕にパポスを装着。更に側面にある電源ボタンを長押し。


 すると、市販品とは違うロゴが時計の画面に表示された。

 続けて空中に現れる十インチほどの電子モニター。


 船に乗る条件の一つが通信端末の持ち込み禁止だったが、これで連絡手段をゲットだ。色々とやれることが増えそうだな。


 ふとモニターを見ると、登録者の名前と学生ナンバーの入力を求められていた。


「ふむ、無事に起動したようだな。なら、ついでに登録を済ませてしまうといい」

「わかりました。えっと……」


 俺は名前の項目をタッチし、同じく空中に現れたキーポードで名前を打ち込む。だが、そこで手が止まった。


「……うーん?」


 そういえば、学生ナンバーってなんだ?


 なんとなくわかる造語なんだが、その関連する数字をどこから仕入れれば良いのかわからない。

 そんな俺の考えに気付いたのか、春日部先生が助け舟を出してくれた。


「もしかして、学生ナンバーに関することで困っていますか?」

「あ、はい」

「ごめんなさい守住くん。事前に説明をしていなかったこちらの不手際です。学生ナンバーとは、学生証に記載されている八桁の番号のことなんですよ」


 学生証に? 確か、さっき守衛所のことろで渡されたカードだったな。


 俺は目当てのものをポケットから取り出して表面を見る。氏名欄の少し下に八桁の数字があった。


「項目をタッチ後、モニターに通すとスキャニングができます」

「へえ、手動での入力じゃなくて良いんですね」


 俺は返事をしながら学生証をモニターに通した。

 ピコンという機械音が鳴り、画面に登録完了の文字が表示される。


「おおっ!」

「これで登録は完了です」

「ありがとうございました」

「教えていなかったこちらが悪いのに、逆にお礼を言われては、変な感じがしますね」


 と眉毛をハの字にさせて困惑する春日部先生。

 彼女の言葉に「ですね」と俺は苦笑する。そこから十六夜学園長へと向き直った。


「登録完了しました」

「うむ。これで、それは君のものとなった訳だ。無くしてしまっても衛星通信で場所は割り出せるし、耐久性や耐水性も試験で充分に実証済み。だが万が一と言うこともある。壊さないように最低限の注意はしてくれ給え」

「わかりました」

「私の方からは以上だ。何か質問などはあるかね?」


 一通りの説明を終えたようで、十六夜学園長が質問の有無を聞いてきた。

 とはいえ、何を聞くべきかもわからないんだよな。まあ良いか。


「えーと……今のところはないです」

「そうか。まあ、何か分からないことがあれば教職員や他の生徒に聞いて回ったり、端末で調べるなり好きにするといい」


 と助言をし、十六夜学園長は話を締めくくった。


「さて、春日部君は担任でもあるのだから特に! 彼のことをよろしく頼むよ」

「わかりました学園長」

「む? そういえば、春日部君が彼の担任だということは?」

「すでに伝えています」

「そうか。ならいい」


 そう言って満足そうに十六夜学園長が頷く。


「おっ! キリ良くお昼ご飯の時間だね。守住君も食事を取りたいだろうから、そろそろお暇させてもらいますかねぇ」


 壁にかかっている時計に目を向けた卜部先生が口を挟んだ。

 俺も見るが、確かにもう昼時は過ぎていた。


「もうそんな時間ですか? ……そうですね。これで予定していたことは終わりましたし、お昼休憩にしましょうか?」

「ふむ、長く拘束してしまったようで申し訳ない。必要な手続きは以上で終了だ。存分に昼食を取ってくれ給え」


 先生たちに会わせて頭を下げ、俺たちは学園長室をあとにした。




「まったく、春日部君にはいつも肝を冷やされるな」


 三人が去ったあと、残った十六夜はゆっくりとした足取りで窓辺まで歩く。外の風景を見つめて、彼はその目を細める。


 先ほどまでとは違う憂いを含むような、それでいて待ちわびていたものに出会えたような、そんな複雑な表情をしていた。


「……マルチリンクを持つ少年、守住駿か。例の力の一つを宿す断片。彼女ら同様の異端な能力。その力が今後、竜胆(りんどう)君に対して如何(いか)ほどの結果を生み出すものなのか。ふっ、まずはお手並み拝見と言ったところだな」


 ただ一人残る室内で、十六夜凪という男は静かに笑みを浮かべるのだった。

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