第27話 一進一退の攻防
『……なんであたしの位置が?』
呆気に取られている歌恋の声を聞きながら俺は走り出した。
『気になったからパポスを使って調べてみた。ジャッカルはイヌ科の動物。鼻が良いのはもちろんだが、狩りをする上で重要になるのは耳の方だ』
『耳?』
『ああ。性質的にはキツネに近いらしい。巣穴にいる獲物や隠れた相手。他の動物が食べ残した死体を食らうのがジャッカルという動物だ。その習性上、巣穴の内部音への感知力。死肉を食らっている最中だと鼻が利き難くなるから、耳の方で周囲の状況を把握するらしい。その関係で耳の方も発達してるんだとよ』
俺は走りながらジャッカルについての内容を伝えた。
『ジャッカルってそういう動物だったんだ……』
『俺も調べて初めて知ったぜ』
話しながらも足は止めない。
そのすがら、初日に痛めた手首の感触を確かめる。うっし、問題なさそうだ。
『おそらく、友明が自分の意志でワイヤーを伸ばす方向を決めてるはずだ。聴覚で回避先がわかってしまえば、それを追うように動かせば良い。開戦直後の攻撃も、回避を選んでたら食らってたかもしれないな』
『そっか、くしゃみで位置がバレて……。回避しても音で友明くんに伝わるんだよね? あたし、ここから一歩も動かない方がいいかな?』
『だな。だからこそ、俺がこうやって向かってる訳なんだが! ……よし!』
辿り着いたのは歌恋がいる場所から少し離れた店だ。俺はその壁に向かって構える。
見せてやるよ友明。俺流の共に戦うってことはこういうことだ! 雪壊掌っ!!
雪壊掌で店の一面がひしゃげる。次いで、大量のガラスが一気に割れる轟音が響いた。
くっ!? 耳がキーンとしやがる……!
『今だ歌恋! 攻撃の飛んできた方向とは別の窓から飛び出せ!』
『もう! 駿ちゃん無茶しすぎだよ!』
視覚の共有で建物内部を掌握する俺はそう指示を出し、なんだかんだで従う歌恋。
歌恋が二階の窓から身を乗り出して一気に飛び出るのが見えた。
「ぐっ!? 一体何が!? ――ッ駿くんか……!」
聴覚が優れるジャッカルのエクステリアにはキツイわな。
轟音に対し、とっさに耳を押さえてこっちを向く友明。狙い通り、友明は歌恋が離脱したのを見逃す。
「――え? なっ!? くそ! あっちは囮か!?」
だが、すぐにビルへ振り返った。くっ! 愛奈か!?
あいつの身体能力じゃ俺を追えずに撒いたと思ったが、こっちの行動をギリギリで察知したらしい。
「逃がすものか! 届けっ! ファング・リッパー!」
先ほど同様、友明は展開したフェダーイン・ブレードをけしかける。
だが、滑空する刃を避けるように移動する歌恋を、最大距離まで到達した切っ先が捕らえられずに見失う。
「ダメか……! くそっ!」
友明が悔しそうに舌打ちをする。続けて優しげな顔になったところを見るに、愛奈へのフォローをしてるみたいだな。
それを確認しながら俺は歌恋の気配を探って移動する。
いくつかの建物を通過すると歌恋を見つけた。
「無事か歌恋?」
「な、なんとか大丈夫!」
軽く汗を掻きながらも俺たちは息を整える。
『ふぅ……よかった。駿ちゃんの顔が見れるとやっぱり安心出来ちゃう。あたしって、自分が思っている以上に単純なんだなぁ』
俺と合流出来たことが心底嬉しかったのか、そんなことを伝えてくる歌恋。てか、無意識に本音が漏れた感じか?
『そいつは良いことを聞いたな。素の本心が聞けるのもリンクの特権か』
「ふぇ?」
俺の言葉に呆ける歌恋。こっちの意図を悟ったようで歌恋の頬が赤く染まった。
「え、えっとですね! 今のは言葉の綾であってね!」
「はいはい――っ!? あとでいくらでも聞くから友明から逃げながら作戦会議なっ!」
建物の曲がり角から弧を描くようにして蛇腹剣が現れた。俺は歌恋の代わりに刀身を蹴りで弾き、その手を引いて一気に走り出す。
今は試合中。ラブロマンスしてるほど余裕な状況じゃなかったな。
『まずわかってることは、友明が聴覚を頼りにこちらの位置を探ってる。愛奈の方は、おそらく高い建物の屋上から、こっちの動向を観察して友明に伝えてるって感じだな』
『それなら友明くんには音での妨害を。愛奈ちゃんに対しては、視角に入らない位置へ移動することが対策かな?』
『ああ! 今は俺と一緒に行動しているから、ある程度は対応出来る。どっちの足音がお前なのかも判別しにくいはずだ。俺も戦えれば良いが、リンク使ってる友明に勝てるとは思えない。作戦が決まるまで離れて行動するのは悪手だ』
別々に行動すれば、男女の歩幅や体重のかけ方でどちらの足音が歌恋か割れちまう。
その上、相手はリンクで身体能力を九十%以上も底上げしている友明だ。
いくら俺でも、アーマメント無しの体一つで挑んで勝てる自信がない。これは経験からの勘だった。
歌恋の位置を眩ませるにしても一旦見失わせる必要だってある。となると――。
『奇襲を仕掛けるか。そのための手段と一時的に見失わせるには……考えろ俺』
『さっきみたいな騒音で一時的に耳を使えなくしつつ、愛奈ちゃんの目を欺くやり方だよね? あと匂いとかは……』
そうだ。優秀な嗅覚。匂いはどうすれば良い? 生物の発する匂いなんて簡単には誤魔化せないぞ。
イヌ科の嗅覚能力を掻い潜る方法は……。
――けど、ここすごく埃っぽい……。こういうところ、あたし苦手。
『そうか! 周囲に土煙を立てることが出来れば!』
『つまり、スキルと我禅流の技を使う作戦?』
『そうだ!』
頭の中のイメージが歌恋へと伝わる。そのイメージが伝わったことで歌恋も俺の意図を把握したようだ。
共に納得する作戦を組み立てたことで、俺と歌恋はその場に留まり待機した。追ってくる友明を待ち受ける。
それから間もなく友明が現れた。待ち構える俺たちを見て友明は怪訝な顔をする。
どう考えても罠。俺がこの状況で何かしようとするのは明白って感じか?
だが、作戦の内容までは把握してないはずだ。
「……どういうことかな、これは? 今度は何をするつもりだい駿くん?」
「んなもん火を見るよりも明らかだろ。お前を倒すだけだ」
「そっか。じゃあ、やらせる訳にはいかないねっ!」
先手を打ってきたのは友明だ。
再び歌恋に向かって放たれた蛇腹剣が空気を裂いた。
「やらせない、はこっちのセリフだ! いくぞ!」
俺の言葉に歌恋が頷いた。まずは友明の方を潰す。
「「ハウリング!」」
俺と歌恋の口から獣の如き威嚇する声がつんざく。その咆哮に周囲の建物のガラスが震え、割れていった。
「ぐっ! ここでハウリング!?」
ハウリング。獣系統のエクステリアが使用出来るスキル。
その効果は使用者を鼓舞し、身体能力をしばらくの間上昇させる。更に相手を一時的に委縮させる効果がある。
まあ簡単に言えば、大声を出して気合を入れる技だな。
だが、狼タイプのエクステリアを装備していることで意味合いが少し変わってくる。
狼型の特徴は連携。狼は、互いに声をかけ合うことで獲物の位置を仲間に伝えたり、周囲の状況を瞬時に知らせることに長けている。
その意味は互いへの相乗伝達。つまり今回の場合、『ハウリングによる効果を互いに加算させる』ものへ昇華するって訳だ。
となれば、咆哮の声量も互いに高め合うことになり。
「ぐううぅぅ! 頭がっ!」
近くにいた友明には耐え難い爆音となって届く。
友明は武器を持ったまま耳を押さえた。刀身は反れる形で中断されて地面へと墜落する。
「「我禅流闘技、地鳴崩震!」」
道路へ叩きつけられた拳がコンクリートを破砕し、地面から大量の土煙を巻き上げた。
ははっ! ハウリングのおかげで威力が上がってるな。
土煙によって俺たち姿が覆われる。愛奈の視界も潰せたはずだ。
同時に、周囲へ土とセメントの匂いが広がっていく。これで嗅覚にも干渉完了――。
訪れた最大のチャンスに歌恋が地面を蹴って駆ける。行け歌恋っ!
「雷電脚っ!」
土煙から飛び出す歌恋が友明を強襲。
「トモくん!? くっ! バリアブルウォール展開っ!」
――っ!? 愛奈の声? 上空……違う! ビルの上だと!?
後方にあるビルの屋上から愛奈の気配を察知する。
さっき気を探ったときには他のビルに……そうか! 馬型の脚力で飛び移って……!
「――ぐっ!? やっぱり、簡単にはいかないよね……!」
惜しくも歌恋の放った蹴りは、愛奈が使用した絶対防御の壁に阻まれた。
歌恋は即座に身を引いて両者の距離が再度開く。
『あれがバリアブルウォールか。我禅流の技を受けて傷一つ付かないとはな……!』
『うん。実際に受けるのは初めてだけど、手応えがまったくなかった……』
俺と歌恋が感想を言い合う中、友明は軽く頭を振って聴覚のマヒを取る。
「……ふふっ、あははっ! それにしても、本当にキミたちの成長っぷりは見ていて嬉しくなるね。実際に戦ってみてハッキリと実感出来たよ。一昨日のことが馬鹿みたいに思えてくるくらい……強いよ二人とも」
「友明……」
友明は突然笑い出したかと思うと、憎らしくも嬉しそうに賛辞を贈ってきた。
まだ結成して間もないバディが一戦毎に強くなり、スポンジの様に吸収していく。それがお前には嬉しいってことか? 確かに、俺も逆の立場ならワクワクしちまうかもな。
これが歌恋の退学が懸かる試合じゃなければ……いや、そんな言葉で聞かざるな俺。
元より、全力で戦うのが俺自身の望んだことだろ!
「ふっ、友明もすげえ強いぜ。お前らが懸念した理由もわかるくらいにな」
『駿くん……うん。愛ちゃんっ!』
『……トモくん本気なの? だってアレ、まだ取得したばかりで試合では未使用なのだよ? それを今から?』
友明の思考を読み取り、愛奈が困惑した声で受け答えをした。
『うん! 出し惜しみなしでいこう。初めてでも構わない。僕は、今の自分が出せる全力で二人と戦いたいんだっ!』
『トモくん……』
その声を聞き、愛奈は彼を好きになった理由を思い出す。
ああ……そうだ。こんな風に、純粋に自分の思いを語ってくれる彼のことを私は好きになったのだ、と。
身長が高い割にどこか子供みたい。周りの空気を読んで損な役も喜んで買っちゃう。だけど、真っ直ぐに強い思いを秘めている。
それが大庭友明という少年の最大の魅力なのだと、愛奈は改めて気付かされた。
自分が愛した少年が全力を求めているのだ。それに答えなきゃ、自分は彼のバディを名乗れやしない。
『わかった! やろうトモくん!』
友明は再び笑みを浮かべた。とても嬉しそうな笑みを。
「さあ、見せてあげるよ二人とも。僕たちの切り札を!」
「友明くんたちの切り札?」
『お願い。私の代わりにトモくんと一緒に戦ってあげて! 駆けなさいサラブレッド!!』
次の瞬間――一陣の風と共に彼らの切り札が、朽ちた人工の塔から荒廃した大地へと舞い降りた。




