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第23話 本音と建前

「事情はわかった。お前たちのおかげで歌恋がここにいてくれる。正直、二人には感謝の言葉しかないぜ。本当にありがとう!」


 俺は二人に向かって頭を下げた。本当に感謝しきれないよ、お前たちには。


「ちょっと駿くん!?」

「わ、私たちは何も出来なかったのだよ!?」

「そんなことない。二人のおかげで、俺は歌恋とバディを組めた。お前らとも仲良くなれた。何もなんて言わないでくれよ」


 そう言って俺は笑みを浮かべた。けど二人は――。


「僕たちは何一つ解決出来ていない。現にこうやって、歌恋ちゃんの進退に関わる問題にまでなってしまった」


 友明が手を組み、悔しそうに唇を噛み締めて俯く。


「でも、何の因果か退学を賭けたバトルに私たちが選ばれた。進退の決定権は、事実上私たちが握ってるのだ」

「あ、愛奈ちゃん?」


 決定権を握っている? どういうことだ?

 愛奈が友明と視線を合わせる。二人は何かを決意したように頷くと、スッと立ち上がって俺たちの前に移動した。


「友明? 愛奈?」

「どうしたの?」


 意味がわからず、俺も歌恋も呆けた顔で見つめることしか出来なかった。

 だが、二人が提案を聞いて俺たちは絶句する。


「お願いします! 歌恋ちゃんの退学が懸った試合で、僕たちに負けさせてください!」

「お願いします! あなたたち二人と戦う試合で負けさせて欲しいんです!」

「――なっ!?」

「……ふぇ?」


 いきなりの出来事に言葉を失う。

 目の前に立っていた二人は、俺の視線よりも遥か下に這いつくばっていた。


 ――土下座。相手へ許しを()うための体勢。または懇願(こんがん)する行為。


 二人が取った行動の理由は後者だ。対戦者である俺たちに、自分たちがわざと敗北することを認めてもらうつもりで――。

 俺はそれに即座に気付いた。だが気付いたからといって、この衝動は抑えれない。


「何やってんだお前らあっ!? 土下座なんてバカな真似してんじゃねえぞっ!!」


 俺は、すぐに友明の腕を掴んで引き起こす。


「愛奈ちゃんやめてっ!! そんなことしなくていいからっ!!」


 歌恋も愛奈を引っ張り、抱きしめる。その目には涙が溜まっていた。


「お前ら! 自分が何したのかわかってるのか!? 土下座したんだぞっ!? どうしてそんな結論になったんだ!? そもそも、わざと負けさせて欲しいとか、そんなわがままを俺が許すと――ぐっ!?」


 そこまで言ったところで友明が俺の制服に掴みかかった。


「だったら――だったらどうすればいいんだよ!? 歌恋ちゃんのために半年! ずっと二人でなんとかしようとして! それでも状況は改善されなくて!! せっかく駿くんともバディになれたのに、今度は歌恋ちゃんが窮地(きゅうち)に立たされて……っ! これがっ! これが歌恋ちゃんを助けてあげれる最後のチャンスかもしれないんだ! 僕たちが勝ってしまってはいけないんだよ!!」

「とも、あき……!」


 俺の激昂を遮る声。突いて出た言葉はとても悲痛なものだった。

 その口調はいつものような柔和で落ち着いたものじゃない。感情を抑えられずに震え、友明の顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。


 本心だ。それが本心から言ったものだと痛いほどわかる。わかるからこそ、二の句が継げない……!


「最後の……チャンスかもしれないんだよぉ……! 僕たちが、僕たちが歌恋ちゃんを救ってあげられる……っ!」


 友明が涙を流して訴える。制服を掴んでいた手が緩み、友明がうな垂れるように崩れ落ちた。


「シュンくん! 二人が勝てれば退学は絶対に取り消せるはずなのだっ! こんなことが間違っているのは私だってわかってる! でもお願いだよ! 退学にならないためにも、私たちに試合で負けさせてよっ!!」


 愛奈も大粒の涙を地面に落としていた。こいつも友明同様、心の底から歌恋を救いたいと思ってくれている。


 苦悶の表情で愛奈を見つめていた歌恋は。


「……ねえ駿ちゃんっ!」


 必死な顔を俺へと向ける。

 しかし、優しい幼馴染が口にする次の言葉を俺は察していた。


「二人のお願い聞いてあげようよ! 確かにいけないことだよ。いけないことだけど、誰にもバレなければ問題ないよっ! あたしだって退学になりたくない! 友明くんとも愛奈ちゃんとも別れたくないよ! せっかく一緒にがんばるって誓った駿ちゃんとだって、別れたくないもんっ! だから!!」


 ああ、お前ならそう言うと思ったよ。

 歌恋の願いを聞いて俺は目を閉じる。少しの推考。三人の言葉を噛み砕き、飲み込む。


 そして――俺の答えは、すでに決めたものから変わることはなかった。


「断る」


 短く、たった一言。


「な、んで……?」


 その一言で、歌恋が信じられないと言いたげな顔になる。おおよそ、俺が肯定してくれると思ったんだろう。


「なんでなの駿ちゃん!? あたし退学になりたくないよ! もっともっと、二人と一緒にいたい! 駿ちゃんとだってバディを続けたいっ!」

「んなもん、わかってる」

「だったらなんでっ!?」


 歌恋の瞳から涙が流れた。

 その涙を見て心が揺らぎそうになる。だが、それを受け入れる訳にはいかない。


「それは、私たちの出した答えを認められないから?」


 愛奈が涙で滲んだ瞳で睨みつけてきた。

 くそ……ここで臆するしたら負けだぞ守住駿。例え三人と対立したとしても――!


「……ああ、そうだ」

「僕たちは本心から二人のことを思って言っているんだよ! 負ける約束をして、本番で騙まし討ちするような真似なんてしない!」

「さっき私も言ったよね? リンク係数の数値の差が試合に大きく影響するってさ! 私たちはね、九十%越える数値が出せるのだよ! それを知っても、まだ正面から戦って勝てると思えるのっ!?」


 友明は本心から言った言葉だと主張し、愛奈は自分たちのリンク係数の高さを口にする。


「んで、それがどうだっていうんだよ?」

「駿ちゃん無理だよ! 二人が本気でやったら今のあたしたちじゃ勝てないっ! あんな高い数値じゃ勝てっこないよ! だったら、やっぱり手加減してもらった方が――」

「じゃあ! あいつらにはどう頑張っても勝てないって、お前はそう言いたいのか!?」

「――え?」


 言葉が遮られたことで、歌恋は口を開いたまま動きを止めた。


「リンク係数が高ければ良い。バディを組んでる期間が長ければ良い。試合を多く経験すれば良い。数が、時間が多ければ多いほど良い。……んなもん、言われなくてもとっくの昔からわかってんだよ! お前は俺が何年あの師匠の元で学んできたか知ってるだろ!!」

「それは……」

「でも私たちは、実際にその数字のせいで負け続けた! ルナちゃんやオウカちゃんと戦ったあなたなら、それがわかるはずだよねっ? シュンくんだって軽視出来ない問題だと理解してるでしょ!?」


 経験者だから語れる言葉。

 愛奈は試合の敗因がリンク係数の差だと痛感しているんだ。それが原因で、一度たりとも勝てなかったから……。


 俺だって数値の優位度は理解している。けど、問題はそこじゃねえんだよ。


「それとこれとは話が別だって言ってんだよ。そもそもの問題は数値じゃなくて――」

「数値じゃない? 経験者の私が言ってるのに聞けないってことっ!? ふんっ! シュンくんはいいよね! 私が組んだときみたいに極端に低い数値じゃなかったのだからさっ!」

「そうじゃないだろうが! どうしてそうなるんだよ!? くっ! ……あーもう!!」


 現状に俺自身もイライラしてきた。もちろん我慢出来なくなって。


「シャアアアアァァラアアアアアアアアップっ!!」

「「「っ!?」」」


 俺は思いっきり叫んだ。突然発せられた大声に三人が耳をふさぐのが見えた。

 あー! スッキリした! ストレス発散になるな、あいつの真似。


「しゅ、駿くん何を……?」

「すまんな友明。少しばかり叫びたくなった」

「くっ! 何それ!? 人をバカにしてるわけ!?」


 俺の返答に、今度は愛奈が憎悪を込めて睨みつけてくる。


「バカにはしてねえよ。叫んで発散したくなったからしただけだ」

「それがバカにしてるって言うのだよっ!!」

「お、落ち着いて愛奈ちゃん!」


 声を荒げ、今にも跳びかかりそうな愛奈。動転しながらも歌恋がそれを必死に抑えている。


「とりあえず、お前らの言いたいことは良くわかった。数値上、どう足掻いても俺たちじゃ勝てないって言いたいんだな?」

「そうだよっ!」

「まずそれがムカついた」

「……は?」


 言ってる意味が理解出来ないようで、愛奈が訝しげに眉をひそめた。


「勝てないって勝手に決めつけてくるのがムカついた。だから、仕切り直しとストレス発散のために叫ばせてもらった。じゃなきゃ、俺も血管切れて口喧嘩になりそうだったからな」

「……仕切り直してあなたはどうしたいわけ?」

「まあ、本来は建前から言うべきなんだろうが、お前らは腹割って話してんだ。俺も本心から思ってることを言わせてもらう」


 そう言って俺は一呼吸置き、自分の言いたいことをぶちまけた。


「さっきも言ったが! 数字並べて説明して、絶対に勝てないっていう決めつけ! お前のその発言が滅茶苦茶ムカついたっ! そのうえ、上から目線で語ってるだぁ!? なおさらムカついたわ! 最初に土下座をまでして説得を試みたやつが、なんで断ったら上から目線で説教してくれてんだよ!? 一体お前は何様だあっ!?」

「うっ……」


 愛奈が堪えられずに視線を逸らす。

 これまでの行動を省みて自分の落ち度に気付いたのだろう。言い返されることもなかった。


「でだ、友明」

「な、何……?」


 ゆらりと振り返る俺と、唾を飲み込む友明の視線が交わった。俺の視界に映る友明の体が少し震えている。


「お前さ。さっき、俺が騙まし討ちされるかもって警戒してる。そう思ったんだよな?」

「え? う、うん」

「はあ!? なんだよそれ!? 友達だと思ってるやつを疑うわけねえだろーが! 俺のことをバカにしてんじゃねーぞっ! 大概にしろよゴラァっ!!」

「ご、ごめんっ!」


 萎縮している友明が思いっきり頭を下げて謝ってきた。


 ったく……はあ、スッキリした。

 言いたいこと言って俺は冷静になる。続けて自分なりの考えをみんなに伝えた。


「前に友明が言っていた『数字が大切』って言葉。二戦も経験した今ではそれが良くわかる。ムカつくけど、愛奈の言い分だって正しい。けどよ、数字でしか示せない可能性なんて面白くねえだろ? 数が多い方が勝てるのなら、最初から勝負なんてしないし。誰も勝とうなんて希望を持たない。どっちが勝つかわからないからこそ、決着をつけるために勝負するんじゃねーのか?」


 数字が全ての世界なんて、どうやっても覆せない事実を突き付けられるのは絶対に嫌だ。


「俺は、お前たちと本気で戦いたい。勝てる可能性が低いからって八百長はしたくないんだ。本気で戦って、正々堂々とお前らに勝ちたいんだよ! そしたら、俺たち四人が揃って笑顔で終われる! そんなハッピーエンドな終わり方がやっぱり一番だろ?」

「駿くん。さすがにそれは無茶苦茶なまとめ方じゃない……?」


 俺の主張を聞いた三人がなんとも言えない表情をする。


「んじゃあ聞くが、八百長なんかやったあともお前らは楽しく過ごせるか? 胸張ってバトル出来るか? 俺には無理だ」

「それはあたしも……」


 歌恋だけじゃない。友明や愛奈も俯き、反論する言葉は出てこなかった。


「まあ、これが俺が言いたかった本音だ。お前らと戦うなら本気で戦いたい。八百長なんてもので、お前らとの初バトルを汚したくない。ただ、それだけなんだ」

「駿くん……」

「そう、だよね……。シュンくんはそういう人だった」


 先ほどまで荒れていた友明と愛奈は今、憂いを帯びた顔をしている。

 少しは冷静になってくれたよな?


「んで、ここからが建前だ。お前らも少しは冷静になってきたと思うし、ついでに言うわ」

「まあ、多少は……」

「それでシュンくんが言いたい建前って何?」


 先ほどよりも幾分か表情を柔らかくした愛奈が聞いてくる。


「まあ、なんだ。俺もリンクが使えるようになってまだ一月経たない。だから、正直リンクの養成校についての事情は良くわからん」


 俺の呟く独り言を聞いて三人は首を傾げた。我ながら、回りくどい言い回しが癖になってるな。


「ってことで友明。いつもみたいに質問して良いか?」

「え? いいけど、何について?」


 友明に対してこんな質問をしなきゃいけないとはな。本当は自分で気付いてほしかった。


「今回の件に関わる理事の連中ってのはさ。お前らが手抜きして戦ってることすら見抜けないほど、無能な奴らしかいないのか?」

「――え? …………あっ……!」


 一瞬、虚を突かれた顔になる友明。

 しかしすぐに悟ったのか、顔が見る見る内に青ざめていく。隣にいた愛奈も目を見開いた。


「そんな訳ない……。理事会は歌恋ちゃんの実力を視察するために来るんだ。そんな人たちが僕たちが手加減して戦っていることを見抜けないはず――ないっ!」


 自分の拳を地面に叩きつける友明。まるで行き場のない思いをぶつけるような行為だった。


 友明の言う通りだ。視察することも仕事とする理事会なら、色々と教養を養っているはず。

 そんな立場の人間が、手を抜いて行われる試合に気付かないはずがない。


「冷静になったお前らならわかるよな? 俺は絶対にバレると思ってる」

「……なんでこんな! 考えればすぐに気付くことなのに……っ!」

「私たち……言われなきゃ気付けないほど切羽詰まってたの……?」


 顔面蒼白となり、二人はただただうな垂れていた。


「友明くん大丈夫!?」


 屈んだ歌恋が友明の手を取り、その拳に付いた土を払う。


「ああ。大丈夫、だよ……」

「ごめんカレンちゃん。わざと負けるのダメだ……そんなことしたら、完全に詰みに入っちゃう……」

「ううん、気にしないで! あたしも二人の意見が正しいと思って賛同したんだもん。二人を責める権利なんてないよ。あたしこそ、二人にこんな思いをさせちゃってごめん。駿ちゃんも、ごめんなさい……」


 三人を見つめながら、俺は締めの言葉に付け加えて最後にもう一度問いかけた。


「今の質問が建前であり、お前らに言いたかったことだ。二人が、そこまで冷静さを失うくらいに歌恋を想ってくれてたのは嬉しい。けどさ、こんなやり方じゃ誰も幸せにはなれねえよ。……八百長なんてやめようぜ?」


 首を横に振るやつはいない。それが三人が正々堂々と戦おうとする意思表示でもあった。

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