第22話 三人が過ごした日々
俺たち四人はその足で中庭に辿り着いた。鹿島の姿はもうない。
ベンチに腰かけたところで友明が口を開いた。
「……駿くん。何から聞きたい?」
いつものように質問を促す友明の言葉。だが、それは軽口を含むものじゃなかった。
「聞きたいことは色々ある。聞きたすぎて、何から聞けば良いのかわからないくらいだ」
「だよね」
二人がバディになった経緯と理由。自分がいない間に三人に起きたこと。他にも上げればキリがない。
「とりあえず……俺がまだ知らない、お前ら三人の関係についてだな」
「わかったよ」
姿勢を正した友明が頷き。
「学園長が言っていたけど、改めて言わせてもらうね。……僕が、一年生の二学期に組んだ歌恋ちゃんの最初のバディだよ」
しっかりとこちらを見据えて告げた。
「そして、私がカレンちゃんの二番目のバディ」
続けて愛奈が目を閉じて呟く。歌恋の相棒だったことを。
「……隠すつもりはなかった、とは言わないよ。キミが歌恋ちゃんの話に出ていた幼馴染だと知ったあと、明かすかどうか二人で悩んでいたんだ」
悩み続けた結果、こんな告白の仕方になって申し訳ない。と二人は謝罪してきた。
「別に二人を責めるつもりなんてねえよ。この一週間、共に過ごしてきたんだ。二人の性格や考え方は知ってる。お前たちに非があるなんて思わない」
「駿ちゃん……」
辛そうな顔で歌恋がジッと見つめてくる。俺はそんな歌恋の頭を撫でて安心させた。
「最初に組んだのは……前にお前が言っていた学園からの斡旋で良いんだよな?」
「うん。歌恋ちゃんは、僕にとって顔も名前も知らない相手だった。それでも、この学園に知り合いがいなかった僕はそれを頼ってしまって……」
言いながら友明の表情が曇っていく。
「歌恋ちゃんはね。初めて顔を合わせた僕に対して、とても優しく接してくれたんだ。お互い右も左もわからないのに必死でリードしようとしてくれた。けど――」
そこで言葉を詰まらせる。友明の代わりに、言わんとする言葉を俺が告げた。
「接続断線。リンクアウトが起こることが発覚したんだな」
目を閉じた友明が小さく頷く形で肯定した。
「最初に起きたときは訳がわからなかった。前代未聞だったからね。リンクが強制的に切断されるなんて事態は」
「それから、あたしと友明くんは必死で原因を探した。どうしてなるのか。なるとしたら条件は? 体調? 気分? 時間帯? ……色々と調べたけど、結局何も解決もしないまま、気付けば一ヶ月も過ぎてた」
重苦しく話す歌恋。歌恋のバディになったからこそ、その言葉が俺にはとても重たく感じられた。
「結局、僕らは一度もリンクバトルを経験することなく、互いの合意のもとでバディを解消したんだ」
「それがあたしの最初のバディ、友明くんとの馴れ初めだよ」
陰りのある表情のまま告げた二人の独白はそこで終わった。
「なるほどな。そういった経緯があった訳か」
俺の納得する態度に歌恋が頷き返した。
フッと俺は息を吐き、中庭に植えられた花壇を遠い目で見つめる。
「なんとなくはさ、わかってたんだ。二人の関係が」
「え? 駿くんそれって」
「ほら、お前が最初のバディは解散するのが通例。みたいな話をしてただろ? あのとき俺と歌恋が慰めたら、お前は『救われる』って言ったよな?」
「うん……まさか、それだけで?」
「慰めの言葉に対して、礼を言うのは当然の場面だ。けどお前は、二人から言われると救われるって言ってしまった。俺たちだからこそ救われる意味。それは――」
「駿くんにも関係がある、歌恋ちゃんとの間で何かがあったから……だね?」
花壇を見つめたまま俺は頷いた。
「懺悔とも取れる言葉。斡旋に関する話で口にしてしまったのだから、駿くんの中でおのずと答えが導き出ていた」
「もしかしたら、お前が歌恋の最初のバディなのかも、ってな」
「うん。ご明察通りだよ」
俺の言葉に友明が苦笑した。ちょっと察しが良すぎるよ、とでも言わんばかりな顔だったのかもしれない。
「駿くんは今の話を聞いて安心出来た?」
「安心?」
「僕と歌恋ちゃんの間には何もなかったって部分」
「は? ……ったく、お前なぁ」
自分の中のものを吐き出して、少しばかり気分が軽くなったのだろう。友明がいつもの調子で接してきた。
俺もそれを理解して、同じように気を緩めた顔で返事をする。
「それじゃあ、次は私だね」
入れ替わるように今度は愛奈が話す番になった。
「私が組んだのは二人たちがバディを解消したあと。落ち込むカレンちゃんに事情を聞いたのがきっかけだったのだ」
「愛奈ちゃんは一年生のときのクラスメイトで友達だったんだよ。意気消沈してたあたしを気にかけてくれたの」
「そうそう。そのときは、カレンちゃんを振るようなやつは誰だ!? って意気込んで、トモくんのクラスに乗り込んだっけ。若かったなぁ」
愛奈が力こぶを作るが、それから黄昏るように息を吐いた。
「いきなり見知らぬ女子が怒鳴り込んできたから驚いたよ。あ、ちなみにそれが僕と愛ちゃんの初顔合わせね」
「ねー」
……なんだか惚気話になりそうだな。カットインしておくか。
「愛奈の方はどんな感じだったんだ?」
「最初は、私もトモくん同様にリンクを繋いでもらおうとしたのだ。でも、どうしてもリンクを繋げることは出来なかった。そうしたらね、カレンちゃんが「あたしが前衛として代わりに戦うから、愛奈ちゃんにリンクを繋いで欲しい」って提案してきたわけ」
「あたしは我禅流武術を習ってたから、戦うブレイヴァーもやれると思って」
「歌恋らしいな」
確かに我禅流武術を習っていた歌恋なら容易に行き着く結論だな。
「それで試しに繋いでみたら、小成功! 辛うじてだけど、私はカレンちゃんにリンクを繋ぐことが出来たのだ」
言葉とは裏腹に愛奈が少しバツが悪そうな顔をする。
小成功。それが俺と組む前の最大値、十七%だったってことか。
「初めて接続出来て舞い上がったあたしたちは、手当たり次第に色々な人たちと戦ったの。ブランクがあるとは言え、あたしは自分の腕に自信があった。リンク係数が低い分、自分の技術でカバー出来ると思っていたの。いたんだけど……」
「まあ、結果は散々。何十戦と戦って一度も勝てなかった。私自身、それで痛感させられたのだ。リンク係数の高さが勝負の行方に大きく左右するってことを……」
なるほどな。リンク係数の数値が、悪い意味で二人に染み付いちまったってことか。
「そんな状態でズルズルと過ごすこと二ヶ月。遂に一勝も叶わぬまま、カレンちゃんから解消して欲しいって頭を下げられちゃった。自分のせいでこれ以上辛い戦いに巻き込みたくないって……別の人とバディを組んで欲しいって言われちゃったのだ……」
愛奈の言葉を聞き、申し訳なさそうに歌恋が目を伏せた。
歌恋としてもそれは苦渋の決断だったんだろう。
「……色々と考えさせられる話だな」
今の話を聞いて、部外者にあたる自分がどんな言葉をかけるべきかわからなくなる。
訪れた沈黙を打ち破ったのは真面目な顔になった愛奈だ。
「でも私は諦めたくなかった。そこで名案を思いついたのだ。かつて怒鳴り込んだ相手、最初のバディであるトモくんを頼ってみようってね!」
自分と同じ、歌恋のバディを務めた経験がある友明に相談を持ちかけることで、愛奈は何か糸口がないかと画策した訳か。
「僕自身。何も解決出来なかったことが負い目になっていたから、愛ちゃんのお願いには二言返事で頷いたんだ」
「そこからは二人で行動することも増えて、カレンちゃんとのリンク係数を増やすにはどうすればいいか。とか色々話し合ったよね」
再び、過去を思い出すように黄昏る愛奈。
「んで、それからどうなったんだ?」
「「こうなった」」
俺の質問に、歌恋のかつてのバディ二人は指を絡ませ合うようにして手を繋いだ。俗に言う恋人繋ぎだな。
「……あー……っと、バカップル乙」
なんとなく予想はついてたさ。口にしたセリフに合わせ、俺がこめかみを指で押さえる動作をしたのは至極自然なものだったと言えよう。
「僕と愛ちゃんが時間を共にするのことが当たり前になった頃。いつものように誰もいない図書室で作戦会議をしていたんだ。風吹く冬の夕暮れ。他に利用している生徒は誰一人としていない。そんなときに互いの手が触れてしまい、二人して顔を赤くした。僕も愛ちゃんも、互いのことを意識していたんだ。そして、気付いたときにはどちらともなく顔が近付き、僕たちは初めての……ね?」
友明が恥ずかしそうに頬を赤く染める。
「いや『ね?』じゃねえよ! ベタすぎんだろ! お前ら歌恋のために行動しておいて、本人の知らないところで恋愛関係に発展してたってかっ!?」
「あはは!」
「笑ってごまかすな!」
この二人が付き合い出した経緯についてはわかった。だが、今はその辺の惚気話はどうでも良い。
「で?」
俺は睨むように半目をし、足に肘を突いてあごを乗せた。
惚気話は良いから事の顛末を言いやがれ。
「真面目な話ね、二人揃ってカレンちゃんに報告したのだ。色々あって、私たち二人は付き会うことになりましたって」
惚気話続行かよ。と思ったが、愛奈の顔が真剣なものだと気付く。
「あたしはそれを素直に受け入れたよ。二人が付き合うことになったのには驚いたけど、前からお似合いだって思ってたから、おめでとうって祝福したの」
当時のことを思い出す歌恋はとても朗らかな顔だった。
「そのあと、僕たち三人は食事をしたり放課後にリンクについて色々調べたりと、一緒に行動をするようになった。けど、それをあまり好ましく思わない人たちもいたんだ」
好ましく思わない? ……ああ、そういうことか。
その頃にはリンクを使用出来ないという噂が広がって、歌恋は後ろ指を差されるようになっていた。
とすれば、わざわざ歌恋と行動を共にする人間は異端な存在と思われても仕方ない。
周囲から孤立したはずの人間に仲間が出来る。そんな状況を良く思わないやつらが一定数いるのも、悲しいことだが事実だ。
「私はこんな性格だから、なんとかクラスの中心的な存在になって誹謗中傷が向かないように手を尽くした。でも、カレンちゃんに対する陰口は少しずつ広まっていった。それが皆が口にしている『欠陥品のリンクアウター』って蔑称なのだ」
俺は愛奈の話を聞いて物思いにふける。
二人が立ち回ってくれたおかげで、歌恋は最後の一線を越えず、島に留まっていたのかもしれない。
もし二人が支えてなければ、歌恋は心を病んで地元に……いや、最悪、自ら命を絶つ可能性だってあったはずだ。
そうなれば、俺がこの島に来ることもなく友明たちとも他人のまま。
俺が歌恋とバディを組んで、新たにがんばろうなんて約束も交わせなかったよな。
そうと考えると、俺は友明と愛奈に感謝してもしきれない気持ちでいっぱいになった。
玲奈さんの心臓も呼応するようにトクンと鳴る。それが少し嬉しく思えた。




