第21話 沈黙の邂逅
俺は学園長室に向かう途中、同じく、そこを目指して廊下を歩いていた歌恋を見つけて近寄る。
足音に気付いた歌恋が後ろを振り返り、驚いた顔で俺を見た。
「あれ!? 駿ちゃんがどうしてここに?」
「はあ、はあ……! ふう……まあ、そうだよな。歌恋とセットで呼ばれるわな」
息を整えた俺は納得しながら頭を掻いた。
「セット? 駿ちゃんも春日部先生から連絡来たの?」
歌恋は今回の件を把握してないらしい。
歩きがてら、俺は先ほどのやり取りを伝えることにする。さすがに鹿島の過去と、歌恋の事故を話したことは伏せた。
「う、ウソ!? じゃあ、これから学園長室に行く理由って……」
経緯を知った歌恋が顔を青くして縮こまる。
「ああ。十中八九そうだと思って間違いない」
「そんな……あたし退学に……」
「まだそう決まった訳じゃねえって。そもそも、すぐに退学にするようなことはないはずだ」
リンクの養成校であるにも関わらず、リンクを繋げることが出来ない歌恋。
確かにそんな生徒は退学対象ではあるが。
「リンクが使えるやつらを封書まで送って呼び込んでるんだ。入学させておいて、退学なんて簡単にはしない。向こうにだって、それくらいの面子はあるはずだ。学園長であるあの人が、二言返事で学生を手放すとは思えない」
星燐学園は、能力に目覚めた学生に対して逆推薦を行なっている。リンクの適性が高い学生を招き入れるためだ。
実は歌恋も逆推薦組で、学園からの手紙に応じる形で入学していた。
「原因の究明が出来れば、治療法だって見つかるはずだ。同じ症状を発症のやつがいる可能性だってある」
「そっか。あくまで鹿島さんは、あたしを理事会に告発しただけ。理事会が協力してくれる可能性だってあるもんね」
「ああ。だからそう悲観的になるなって」
俺が頷き返し、歌恋の頭を優しく撫でる。
その温もりに安堵したようで歌恋が小さく「ふぅ」と息を吐く。
そうこうしている内に俺たちは学園長室まで辿り着いた。
俺にとっては二度目の訪問。歌恋に至っては初めて訪れる場所だろう。
今まで関わることがなかった場所に来たことで、歌恋が不安を紛らわそうとして忙しなく髪をいじる。
そんな落ち着かない様子を察し「こっち見ろ歌恋」と振り向かせて変顔をしてみた。
不意打ちだったこともあり、歌恋は小さく噴き出し、緊張が解けた顔で「ありがと」とお礼を告げてくる。
その言葉を聞き、俺は微笑み返してからドアをノックした。
「来たか。ロックは解除してあるから入り給え。ドアに手をかざせば開くようになっている」
中から聞こえてきた声に従って手をかざしてドアを開ける。
学園長室に――俺は憮然とした態度で。歌恋は拾われた猫のようにおどおどしながら足を踏み入れた。
「やあ、いらっしゃい。守住君は久し振りと言ったところか。竜胆君とは、こうやって顔を合わせるのは初めてになるかね?」
「は、はい! り、竜胆歌恋と言います! は、初めまして!」
余程緊張しているのか、歌恋が勢い良く頭を下げた。そのせいでポニーテールが顔とおなかに目がけて振り下ろされ、見事に命中する。
頭を上げた本人は、痛いのを我慢する顔で震えていた。どんまい。
「ふふ、緊張するなと言うのは酷な話か。まあ、そんなに肩肘を張らないでくれ給え」
歌恋の失態に思わずといった感じで笑う十六夜学園長。なんとか体裁を保ってるみたいだ。
「す、すみません! あたし、こういうの慣れてなくって……」
「別に取って食おうという訳じゃないさ」
「それで十六夜学園長。俺たちがここに呼ばれた理由は、歌恋に関する理事会からの通達――で合ってますか?」
回りくどく言うつもりはない。俺は核心となる部分を口にする。
下手をすれば、今回のこの件も学園長の仕業かもしれないと勘ぐれるのだから仕方ない。
十六夜学園長は「ほう」と感心した顔をすると唇を吊り上げた。
「春日部先生から聞いた感じかね? まあ、いいさ。簡潔に言わせてもらおう。……竜胆君。君に理事会の方から実力を見たいと通達があった」
「あ、あたしの実力を?」
「そうだ。すでに君がリンクを正常に扱えないことは理事会も把握している。けれども、君たち二人は昨日、理事長のお孫さんと一戦交えたそうじゃないか。しかも、その戦いに勝利したとまできている」
フリーの戦績は記録としては残らない。だが、先日行った桜花とのバトルはランク戦。
そちらはデータとして記録されるから、学園側も情報を把握済みってことか。
十六夜学園長が机に肘を突き、両手にあごを乗せる。その体勢から先ほどの続きとなる話を口にする。
「つまりだ。リンクを繋ぐことが出来ないことを前提に、君たちバディの実力を理事会は知りたいと言うのだよ。特に守住君。君という存在が竜胆君に関わったことで、どのような可能性が芽生えたのかも掌握したい。という理事会なりの魂胆があるのだろう」
「俺の? それはマルチリンクがということですか?」
その通りだと言わんばかりに十六夜学園長は頷く。
「そう思ってくれて構わない。無論。竜胆君の身体能力も評価の対象となるだろう。同時に、実際にリンクが繋げるかどうか試用してほしいとのことだ。以上が先方が出してきた条件となる」
そこで俺は気付いた。今話した内容の全てを網羅出来る一つの方法を。
すなわちそれは――。
「俺たちに、リンクバトルをしろということですか?」
「ふっ、察しがいいのは助かる。そうだ。君たち二人には、選出されたバディとリンクバトルを行ってもらうつもりだ」
リンクバトル。接続と実力を把握する方法を導き出すのにこれ以上の方法はない。
戦いを行う。逃れられない未来を突き付けられ、俺の体中に緊張が走った。
まだ一週間だ。島に来て一週間経たずに三戦目となるリンクバトル。しかも選出された相手となると、どれほどの戦闘力かもわからない。
「安心し給え。対戦相手に関しては、理事の方から私へと一任されている。桜花君に勝った君たちだ。今の実力でも勝てる見込みのある相手。かつ、知らぬ間柄ではやり難かろうと思い、気軽に戦えるバディを用意したつもりだ」
知っている相手? 実力も拮抗した知り合い。思い浮かぶのは――。
「……榊坂と野々宮?」
だが、俺の呟きに対して十六夜学園長は首を振って否定する。
そのとき、唐突に部屋のドアがノックされた。
「ふむ、来たか。入り給え」
十六夜学園長の声に続いてドアが開かれる。
ドアを潜って現れたのは――教師の卜部先生だ。だが、先生一人じゃない。続けて顔を見せる男女。
対戦相手だろうと予測した二人の顔を見て、俺は言葉と呼吸を失った。
「――っ!?」
「え? ……な、なんで二人が?」
止まる卜部先生を追い越し、今回の対戦相手となるバディが更に歩く。
イスから立ち上がった十六夜先生が机の前に。そして、その手前で止まった二人が反転し、俺たちの方へ顔を向ける。
「そういうことかよ……呼ばれたっていうのは……!」
俺が苦虫を噛んだように歯ぎしりをする。
寮の近くで届けられた知らせ。そのとき、あいつらは誰から、どうして呼び出されたのか。
ここに来た時点で察するべきだった……! くそっ!
「ふふっ、紹介しよう。君たちの対戦相手として選ばれた二人――そして、君が来る前に竜胆君の元バディを務めた過去のある二人」
「「…………」」
それぞれの肩に手を置いた十六夜学園長が告げる。二人の名を――。
「大庭友明君と心音愛奈君。彼らが君たちの対戦相手だ」
呼ばれた二人は何も言葉を発しなかった。
その表情は、後悔か。憤怒か。哀愁か。憎悪か。堪えているかのような顔立ちは、何一つ言葉を語ってくれない。
突き付けられた勧告を前に、俺は言葉を失って呆然とする。
沈黙が支配する中、俺と歌恋は、友明たちの顔を見つめ続けることしか出来ないでいた。




