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第20話 傷を負ったプライド

 病院に着いて歌恋と合流した俺たち。輝美先生にあいさつを済ませると、バスで第一校まで帰ってきた。

 その頃には、今朝の件で怒っていた歌恋の機嫌も戻って安堵したもんだ。


 歌恋のケガ自体はすでに完治しており、制服越しに心配になった俺が触れて確認する。それを愛奈たちに冷やかされたのは言うまでもない。

 そんなこんなで寮の近辺まで来た頃、愛奈が嬉しそうな顔で話題を振ってきた。


「なんだかんだで明日は土曜日。二年生になって初の休みなのだ!」

「そだね。駿ちゃんと再会した日以来のお休み」

「そっか、もうすぐここに来て一週間になるのか。なんとも実感が湧いてこないが……」


 早いことでこの島に来てから一週間が経つ。

 まだ短い期間だが、俺にとっては慌ただしくもあり、充実した日々だった。


「そうだ! みんなの予定が合えばなんだけど、明日は街の方に出かけない? 病院の行き来はしたけど、まだ駿くんは見て回ったりはしてないからさ。どうかな?」


 先頭を歩いてた友明が振り返ってそんな提案をしてきた。


「トモくんそれグッジョブ! 私はもちろん賛成!」

「あたしも明日は予定ないから大丈夫だよ」

「ええ。異論はありませんわ」


 と女子三名は賛同する意見を述べる。


「みんなが良いのなら、むしろこっちから頼みたいくらいだ。学園外は把握してないからな」


 ありがたい提案だった。断る理由なんてもちろんない。

 そうなると、残った野々宮に全員の視線が注がれる。


「ん? おれも別にいいけど……」

「タクヤくんが休みの日に外出する……だと……」

「おれをなんだと思って……」


 愛奈の反応が不服だったようで野々宮はジト目で睨む。

 日頃の行動があれだから文句を言っても説得力がないぞ。


「あらあら、あなたにしては珍しいですわね。めんどくさい、と一言で済ませるかと思いましたのに。どういう風の吹き回しで?」

「……別に。昨日の通話は断ったし、たまには団体行動も良いかなって……」

「まあまあ! その思い付きで雨が降らなければいいですわね?」


 髪を手でときながら榊坂が茶化すように言った。


「そうならないと良いがな。頼むぜ野々――」


 俺がそこまで言ったところでパポスの通知の音が鳴った。――二ヶ所から。


「宮……ん?」

「どうやら、お知らせが届いたみたいだ」

「私にも来たのだ。なんだろう?」


 友明と愛奈の二人がパポスを確認する。しかし、その顔が怪訝なものに変わった。


「愛奈ちゃん? 何かあったの?」


 歌恋が気になって愛奈に問いかける。


「……ウラベ先生から呼び出しが来たのだ」

「え? 愛ちゃんも? 僕も卜部先生からの通知だよ」


 どうやら二人揃って卜部先生からの呼び出しらしい。

 卜部先生はC組の担任だ。となると、クラスの連絡事項関係か?


「……何かやらかした?」

「うーん、私たち何かしたっけ?」

「もしかしてお前ら、校内で不純異性交遊とかしてないよな?」

「さすがの友明くんたちでもそれはないよ駿ちゃん」

「さすがのって、僕たちの評判はどんな風に……」


 若干へこんだ様子の友明。


「うーん……内容は気になるけど、トモくんと一緒なら安心かな。という訳でトモくん、ちゃちゃっと済ませちゃおうっ!」

「まあ、深く気にしても仕方ないか。ごめんねみんな。僕から案を出しておいて」

「いえいえ、気にしないでくださいな」

「ああ、さっさと行ってこいよ」


 俺たちに見送られる二人は、揃って校舎の方へ歩きだした。

 んで、残された俺たちは話を再開させる。


「あの二人がいないんじゃ、明日の予定はまたあとでだな」 

「うん。友明くんたちが戻ってきたらだね」

「ここで立ち話もなんですし。一度それぞれの寮に戻り、二人が帰ってくるのを待つ方が良さそうですわね」


 榊坂の提案に従って俺たちはそれぞれの寮へ戻ることにした。しかし、寮へと歩く途中で桜並木から現れた人影を見つける。


「……? もりずみ君どうかした?」


 俺が立ち止まったのを不審に思ったのか、野々宮が声をかけてきた。


「あ、いや……すまん! ちょっと用事が出来たから出かけてくる」

「出かけるって……まあ、いいか。遅くならないようにしてよ……?」


 言うが早いか、野々宮はさっさと寮へ入っていった。

 それを確認し、俺は目的である女生徒へと近付く。


「よう! もう退院しても大丈夫なのか?」

「え……? あ、守住くん……」


 声をかけられて顔を上げたのは鹿島だ。

 しかし、焦燥したような顔付きで、昨日バトルを行っていたときの覇気は感じられない。


「どうした? 何かあったのか?」

「――っ! ……ウチ、守住くんたちに謝りたい」

「謝る? 昨日のバトルのことか? だったら気にするな。俺も歌恋も――」

「そうだけど違うのっ!!」


 突然発せられた大声で、俺は話していた口を閉じた。だが鹿島は、そのあとに続く言葉は語らない。


 もしかしたら、ここでは言えないことなのかもしれないな……。

 俺はそう判断して俯く鹿島に声をかけた。


「……なあ鹿島。ちょっとその辺歩かないか?」




 その足で向かったのは、俺にとってはお決まりの場所となった中庭だ。

 他に人がいないのを確認。ここなら大丈夫だと、鹿島にベンチに座るように促して俺も腰を据えた。


「どうだ? ここでなら話せそうか?」

「ごめんなさい。気を遣わせちゃって。その……聞いてほしいことがあるの」


 恐縮した様子の鹿島だったが、意を決したのか重い口を開いた。


「……まず、えと…………ウチは守住くんが好きです」

「……ああ、知ってる」

「あはは、さすがに察してるよね。初めて異性を……ううん、誰かを好きになったって自覚した。それが、あなただった」

「初めて? それはどういう……?」


 俺の疑問に答えるように、鹿島は自身の生い立ちを話し始めた。


「実は、ウチの祖母はリンクプロジェクトを取り仕切る理事会。その理事長なんだ」

「リンクプロジェクトの理事長?」

「うん。お婆様はとても優秀な方で人脈も広い。その(つて)もあって、初期の段階からプロジェクトに関わっていた。けど優秀過ぎたことで、多くの人がお婆様に取り入ろうと媚びへつらい、時には妨害も企てた」


 なるほどな。小さい頃から人間の嫌なとこを見てきたって感じか?

 しかし合点がいった。学園長がわざわざ見舞いに行ってたのは、鹿島の祖母が理事長だったからか。


「そういう人たちを見ているうちにね、ウチは人間ってものが嫌いになっていったの。孫であるウチにも、色んな奴らが集まってきた。お婆様との交渉のために誘拐されそうにもなった。その件から、お婆様とも少しずつ疎遠になって……。結果的に、彼らを集めてしまう自分の存在ですら気持ち悪く思えてきちゃって」


 バトルのときのようなストイックさを強いるのは、自分への戒めなんじゃないだろうか?

 緊張感や集中力を高められると。そう自分を追い込むことで、自身を意識的に責めてるのかもしれない。


「自分すらも嫌悪しちまう人生だった訳か。お前もお前で、色々抱え込んでたんだな」

「人間が嫌いとか変な性格でしょ?」

「いや、今の話を聞いて頷いたりはしねえよ」


 こいつなりの苦悩を知った今。鹿島の生き方を否定するつもりはなかった。

 他人である俺じゃ、簡単に肯定も出来ないがな。


「でも人を嫌悪していた日々も変わった。それが守住くんを初めて見た日……」




 俺が学園長室から退出したあと、鹿島は学園長の元へあいさつに訪れたらしい。

 古くからの付き合いの十六夜学園長は、鹿島が人間不信なのを理解していながら諭した。


「君が人を信用していないのは知っているが、もう花も恥じらうような乙女だ。一度くらい恋をしてみたらどうだね?」

「せっかくのお気遣いですが、ウチはそういうことには興味がないので……」

「もったいない。君は、亡くなった私の妻に似てとても綺麗だ。天然色素の髪も、艶やかでよく手入れされているというのに」


 そう言って鹿島の頭を撫でた。って何やってんだよ……。


「……セクハラです。お婆様に言いましょうか?」

「ぐ……君にとって私は知人みたいなものだろ。いきなりレディの髪を触ったのは謝るが、そんな邪険にしないでくれ給え。それに、私は初めて恋したときから妻一筋でね。亡くなった妻以外の女性に色目は使わない主義だ」


 鹿島には、学園長が哀愁漂わせる顔をしたように見えた。


「そうだ。例の転校生なんてどうだね? 結構なイケメンだったぞ。聞いた話では成績優秀に運動神経も抜群。好青年という雰囲気だったが」

「ですから興味ありません。配信も見ていませんし」

「動画も上がっているはずだ。ぜひ見てみなさい。素晴らしい腕前だったぞ」

「……あいさつも済みましたので失礼させて頂きます」


 受け流す鹿島は学園長室をあとにした。学園長室を去った鹿島だったが、何故かその転校生が気になったらしい。

 十六夜学園長は掴み所のない人物だが、本質を見抜くのに長けていると鹿島は知っている。

 そんな人物が一目置くような相手。鹿島自身、気にならないと言えばウソだった。


(踊らされているようで(しゃく)だけど、少しだけ。見てみるだけ……)


 そして、動画を見た鹿島は息を飲んだ。懸命に戦う俺を見た瞬間、鼓動の高鳴りを、体が熱くなるのを感じたと言う。


 それは今まで感じたことがない高揚感。生まれて初めて抱いた感情――恋心だ。




「……初めてだった。人を見て胸を締め付けられるような、高鳴る気持ちになったの。でも、ウチはその想いをどうしたらいいか分からなかった。分からなかったから、始業式の日に守住くんに自分なりのアプローチをしてみたの」


 あの露骨な態度はそういうことだったのか。

 今まで恋をした経験がなかったから、どう接したら良いかの距離感が掴めなかったと……。


 鹿島の心中を知って、俺はあの日の突発的な行動に納得した。


「けれど、守住くんには竜胆がいた。能力に目覚めていながら、今までリンクを繋ぐことが出来なかった人間。ウチはそれが気に入らなかった。リンクプロジェクトをとりまとめる理事長の孫として、あの子の存在を認められなかった」


 そんな奴が自分が初めて恋した相手の隣にいる。鹿島にはそれが許せなかったってことか。


「それで守住くん。一個だけ聞いてもいい?」

「ああ」

「あいつ、竜胆はなんでリンクを繋げないの? バディである守住くんには分かる?」


 どう言おうかと思案。数秒の沈黙を挟んで俺はそれについて話し始めた。


「……本来なら、歌恋自身が言うべき話なんだがな。今回は、お前も心の内を語ってくれたんだ。俺の口から語ろうと思う」


 小さく息を吐き、鉛のように重く感じる唇を開く。


「明確な原因はわからない。けど、可能性として話せるものはある」

「可能性として話せる?」

「ああ。鹿島はPTSDって知ってるか?」

「PTSD?」


 なんのことか分からずに聞き返す鹿島。


「正式には『心理外傷後ストレス障害』っていうものだ」

「ストレス障害? それって病気なの?」


 心理外傷後ストレス障害。過去の出来事や体験によって、心に傷を負うことで発症する病気のことだ。


「精神的な病気だ。あいつは、今から三年程前にPTSDを発症した」

「……どうして?」

「俺と歌恋が中学生の一年だった頃。俺たちが乗ってた車が事故に遭ったんだ。当時はニュースにも取り上げられたほど、酷い事故として報道された」


 今ではもう、遠き過去となった事故を思い起こす。それに呼応するように玲奈さんから移植された心臓が脈打った。


「その事故で歌恋は……両親を亡くした」

「え?」


 鹿島の顔が悲壮的な表情へと変わった。


「事故に遭ったとき、俺はあいつを庇ってケガを負いながら気を失った。歌恋は庇われたことで無傷で済んだ……けど、それがいけなかった」

「な、なんで!? 守住くんが庇ったのにダメだったってどういう?」

「無事だったからなんだ。唯一無傷だった歌恋は……歌恋は、実の両親の死に際を見てしまったんだ。どんな死に方をしたのかをな……」

「そん、な……!」


 予想してない回答だったのか、鹿島は信じられないと口を押さえる。


「その件であいつは心が壊れて廃人のようになっちまった。今の歌恋は社会復帰出来るまでに回復したが、断線する理由に思い当たる節があるとしたらたぶん……」


 俺は「こんな回答だけど良いか?」と聞き、鹿島は心苦しい表情で首を横に振った。


「えっと……」

「ウチ、そんな事情も知らずに昨日あんなこと……!」

「か、鹿島? ……昨日って、入院中に何かあったのか?」

「……うくっ……ウチ昨日……ぐすっ……お見舞いに来たお婆様に、提案しちゃって……!」

「提案?」

「今日戦った竜胆は、リンクが使えないみたいだから調べてほしいって! 学園にいらないなら退学させてって! ……それでさっき、理事会で承認が下りたってお婆様から連絡が来ちゃって……!」


 顔を手で覆う鹿島は、顔をぐちゃぐちゃにしながら涙を流していた。


「歌恋を退学……?」

「悔しかったの! 竜胆に負けたのが! でも! でもっ! 今思えば、なんであんなに怒ってたのか分からないくらいイライラが募ってて……!」

「お、落ち着け鹿島! とりあえず落ち着くんだ!」


 泣きじゃくりながら取り乱す鹿島をなだめる。


「なんでお前があんな顔で歩いてたのかはわかった。今の話、このままだと歌恋が退学になるかもしれないってことなんだよな?」


 涙を拭う鹿島が頷いた。それを確認し、俺はどう話を続けて良いかわからなくなって頭を掻く。


「……と、とにかくなっちまったもんは仕方ねえ。取り消しは出来ないのか?」

「無理。……お婆様、一度決めたことを簡単に変えるような方じゃないから。それに理事会の人たちも巻き込んでるから、お婆様に言ってどうにかなる問題じゃ……」

「そ、そうだよな」

「本当にごめんなさい!」


 何度も謝罪をする鹿島にかけるべき言葉を探す。

 しかし、かける言葉が見つかる前に俺のパポスから通知音が鳴った。


 確認すると、ディスプレイパネルには春日部先生からの通知が来ている。内容は『これから学園長室に来るように』という文面だ。


「ぐす……守住くん? も、もしかして今のって……!」

「ああ。おそらくな」

「う、ウチも行く! ダメかもしれないけど、それでも!」

「大丈夫だ。お前は寮に戻っててくれ」

「で、でも――あ」


 俺は鹿島の言葉を遮るように頭を撫でる。


「お前のせいじゃない。お前が報告しなくても、他の生徒がそのうち歌恋のことを指摘していたはずだ。今回は、たまたまお前がその役だっただけ。だからさ、そんな顔をするなよ」

「守住くん……」

「って訳で、お前は寮に戻ってろ。俺は今から学園長室に行く。大丈夫、なんとかなるさ」

「うん、分かった。ごめ――ううん、ありがとう」


 鹿島から感謝の言葉を告げられ、フッと口を緩める。


「良いっての! 気にすんな!」


 俺は踵を返し、学園長室を目指して走りだした。

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