第2話 リンク発動
迫り来る矢。俺は着地と同時に足へ力を込め、思いっきり体を捻った。
「くっ! あっぶねぇ!」
「安堵してる暇はないぞ!」
「別に――え? なんだあれ?」
安堵して額の汗を拭っていた俺。
手をどかして見えたのは男が投げた何か。目を凝らすと、迫りくるそれはクロスボウだった。
「本体かよ!?」
俺は腕でクロスボウを弾き落とす。
そこから目に映ったのは眼前にまで迫っていた男の姿。
こいつ――速い!?
一瞬で詰め寄った男の蹴りが、俺の脇腹へと振り抜かれる。
「くそっ! ぐっ!?」
俺はとっさに腕でガードする。だが、衝撃を殺しきれず、体が真横へ飛ばされた。
吹き飛ばされた先にあるのはソファーとテーブルの群れ。俺はなんとかテーブルの一つに手を突くと、受け身を取って着地した。
しかし、手を突いた衝撃のせいでテーブルが割れてしまう。
「ちょっ!? 痛っ……び、備品を壊さないで戦うって言った、でしょ!」
俺が内心で、弁償しないといけないよな? と考えていると、槍の男がクロスボウの男に詰め寄るのが見えた。
「知るか。やったの俺じゃねえし」
「そういう問題じゃないでしょーが! って……って壁にも穴が空いてた!?」
悶絶しながら槍の男が絶叫している。
なんなんだこの状況?
「お前なぁ……俺が言うのもなんだが、蹴り飛ばされたあいつのことも気にしてやれよ」
俺を蹴り飛ばした張本人は呆れているらしい。
って、なんなんだよマジで。俺を殺しにきたのか弄んでるのか、どっちなんだ!?
俺はガードした腕を軽く振って痺れを取る。
今が好機。あいつらが勝手に盛り上がってる今がチャンスだ。
そう決めつけて俺は一気に駆け出した。
「まだ来るか」
「ちょっと新土せんせ――」
「下がってろ卜部! 怪我するぞ!」
男は、槍の男を押し退けてこっちに向き直った。
「我禅流闘技! 雷電拳ッ!!」
俺は拳に電気をまとわせる。
我禅流は『気』に関するものを操る武術だ。
先ほどの掌底は空気を、今度のこれは電気を取り扱う技。
そんな技を普通の人間が防げると思うなよ。
「ほう……だが、それは無駄だぞ!」
男は涼しげな顔で俺の攻撃を受け止めた。
「ウソだろ!? 電気をまとわせた拳を掴んで痺れないのか!?」
俺は掴まれた手を解こうと必死にもがく。男はニヤリと笑い、蹴りでも狙ったわき腹に拳を叩き込んできた。
「くっ! 何度もやらせるかよっ! 雪壊掌!」
俺は拘束されていない手でこれを弾く。
くそっ! やっぱり雪壊掌の風圧も発生しねえ。一体全体、どういう理屈で防いでるんだ?
攻撃を掌底で弾いたところで互いの動きが止まった。その刹那で俺は技を打ち消した方法を考える。
あれをなんとかしないと、このままじゃこっちの分が悪――。
「遅い!」
「うわっ!?」
だが、男に思いっきり足払いされたことで体勢が崩された。両足が地から離れ、拘束された手が解かれる。
「一手一手に余韻を持たせるからこうなる!」
男が腕を振り上げたのが見えた。その腕が腹へと振り下ろされたら負ける。
ここで終わるのか? いや、まだだ! 簡単に諦めが着くために強くなったんじゃねえだろ俺!
俺はこれまで培ってきた経験を生かして手を動かす。
一秒にも満たない時間。空中をさまよう手が床に触れた。これならいける。
「こんのおおっ!」
左手を床に突き、足を全力で振り抜いた。
振り下ろそうとした男の腕が、俺の蹴りによって弾かれる。
「ぐっ!?」
「まだだ! まだ終わりじゃねえっ!!」
続けてもう一本の足を男の膝に添え、思いっきり踏み込む。
「うおおおぉぉおおっ!」
「なん、だとっ!? ちぃっ!」
男の声色に初めて驚きが現れた。
俺は、足を踏み込んだ勢いで男から離れる。絨毯の上を転がり、即座に受け身を取って着地。
感心した顔をする男を尻目に、からくも離脱に成功した。
「いっ!?」
だが、左腕を支えに立とうとしたところで手首に痛みが走った。
やっちまった。無理な体勢から体重をかけたせいで手首が……!
俺は手首を押さえて痛みに耐える。やべえな、これはドジッたかもしれねえ。
「機転は利くようだな。だが、そんなその場しのぎの作戦が何度も上手くいくと思うか?」
「くっ!」
男が一歩、また一歩と近づいてくる。
痛みで視界が眩む。そのとき、俺の視界が黒く染まった。
『そうか。生きることを望むか。ならば、我が汝の命を繋ごう。あの者の心臓さえ使えれば、汝は助かるはずだ。だが、我は力を使い尽くして消えるであろう。半身である我が消えたあとは、汝自身で己を補うのだ。汝のリンクと呼ばれる力はそれすらも体現せん』
「な、何訳わかんねえこと言ってんだよお前! リンクって、あの超能力だよな? てか、お前が助けてくれるのか!? もしかして神様!?」
頭に届いてきたのは知らない男の声。それと、声変りする前の自分の声だ。
目の前には、少し幼い俺と光の球体みたいなものが対峙しているのが見えた。
え? 一体どういう場面だ? 夢じゃないよな?
いや待てよ。俺は過去にこれを体験していた気がする。えっと……事故の直後、なのか?
『質問が多いな。我は神ではない。強いて言えば、それに仕える従者とでも言おうか。汝の力は、無限の可能性を秘めた古の力だ。それ無しでは汝らに未来は訪れん』
「未来が訪れん? これがないと俺は助からないのか?」
『否。全てが、世界が助からぬ。故に他者へ向ける力を己に使うのだ。その上で、他者に加護を与えることで奴らに抗え』
「奴ら? お前は何言ってるんだ?」
『すまぬが時間だ。未来を頼むぞ、我が選びだした者よ。汝が進むその道に、我ら――の祝福があらんことを……』
ノイズと共に風景が戻る。霞む視界の中でボウガンの男が歩いてくるのが見えた。
訳がわからない。過去に体験していたはずの出来事を俺は忘れていたってことなのか?
今のは事故のときの記憶? 代わりの命と授かった力、リンク。
リンクを相手に使えば、対象者を強化させることが可能だと十六夜さんは言っていた。でも俺の場合、この力を自分に使えば良いのか?
技を打ち消す男を倒せる手段。出来るかわからないが、それを上回るにはリンクしかない気がする。
そのための工程が自然と頭に浮かんできた。
ははっ、やってやるよ! この状況を打破出来るのなら、神の従者だろうがなんだろうが信じてやるっ!
「――リンクドライブッ!」
言葉を発した瞬間、俺の体からライトグリーンの粒子が沸き上がり、足元には五芒星の魔法陣が形成された。
今ならなんとなくわかる。この光は繋がるための因子だ。そして、この魔法陣は加護を与えるものなのだと。
足元から頭頂部まで通過し――魔法陣は音もなく消えた。これがリンク?
「「「――ッ!?」」」
視界の中で襲撃者三人が驚いているのが見えた。
「あの子はいったい……!?」
「どういうことだ春日部!? 自分にリンクを使うなど、俺は聞かされてないぞ!」
「え? わ、私だってそんな情報……! ふ、複数に接続が可能って話じゃ!?」
やっぱりそうなのか? 自分にリンクを使うって普通じゃないんだな?
自然と口がつり上がった。謎の敵が驚くようなことをしたんだと嬉しくなる。
俺は笑みを浮かべたまま、ゆっくりと構えた。
「……本来ならば、他人にしかリンクで接続出来ない。だというのに、あいつはその力を自分にも使えるということか。 くくくっ……いいだろう! 貴様自身で引き出したその力、この俺に見せてみろッ!」
男から闘気が放たれた。対峙する俺を好敵手と認め、本気で迎え撃つつもりらしい。
手首の痛みが引いた訳じゃない。そのせいで汗も止まらない。
だが力がみなぎる。自分の限界を超えるような力が湧き出てしょうがない。
今なら目の前の男に勝てる。俺は何の疑問も持たずにそう思えた。
「いくぞ……!」
瞳孔を見開き――俺は一気に駆けた。
「さっきよりも速い!? 彼は本当にリンクを!?」
「だからどうしたッ!」
槍の男が驚き、クロスボウの男は俺の腹を狙って蹴りを振り抜いた。だが俺は横っ飛びでそれを避ける。
すかさず男は足を地に下ろして攻撃を中断。今度は殴りかかってきた。
俺は男の動きを正確に見抜き、拳をわずか数センチのずれでかわす。
「ちっ! 捉えきれんだと!?」
男の顔には焦りが浮かんでいた。このままではまずいと思ったのか、その眉間にしわが寄っている。
続けて襲う連撃も俺は避け続けた。男が放つ蹴りをかわし、隙を突いて電気をまとう拳を振り抜く。
「雷電拳ッ!」
「無駄だと分かれ! それは俺に効かんぞ!」
振りかざした右の拳は先ほど同様に掴まれた。
「雪壊掌ッ!」
痛みを耐え、今度は左手の掌底を男に放つ。
「無駄だと言っているのが分からんのか!?」
掌底が胸に届く直前、腕で外側に弾かれた。風圧はもちろん発生しない。
そんなのハナっからわかってる。本命は次の一撃。
「ぐうっ! 雷電脚ッ!!」
真打は電気をまとった高速の蹴り。俺はそれを男のわき腹へ叩き込んだ。
「がはっ!? 蹴り技もあったのか……!? ぐうぅぅうう!」
うっし! 攻撃が当たった!
電撃が男の全身に走り、その体を痺れさせる。男は俺の右手を放して数歩下がると、床に片膝を突く形で崩れ落ちた。
「ぐっ!? この俺が、相手の思考を見誤ったというのか? ……なぜだ。ここまでの反射速度なら、掴まれないことも出来たはずだ。どうして同じ攻め方をしてきた?」
「あんたなら絶対に技を打ち消しにくると思ってさ。だからわざと両腕を使わせて、蹴りが当たるように誘わせてもらった。それが一番手っ取り早そうだったからな」
俺はしてやったりという感じで勝ち誇る。
「ふん……いいだろう。合格だ」
「合格? ――痛っ!?」
聞き返したところで左手の痛みが強まった。アドレナリンによる興奮が冷めたせいか?
俺は押さえながらしゃがむ。痛みのせいでリンクが解けた気がするが、確認する余裕も仕方も俺にはなかった。
「だ、大丈夫ですか守住くん!?」
それまで呆けていた女性が、戦いが終わったことで武器を捨てて近寄ってくる。
「えっと、なんとか大丈夫です。……あなたは?」
「あ、すみません! 自己紹介がまだでしたね。私の名前は春日部麗と言います。少しフライング気味ですけど、あなたが所属するクラス。二年B組の担任です」
春日部という女性はバツが悪そうにフードを取る。
あらわになったのは幼めな顔だ。学生と言われても信じれそうな顔付き。取った拍子に鮮やかなピンクの髪が揺れた。
「って担任!?」
「はい。色々と込み入った事情があってこのような事態に……本当に申し訳ありません!」
春日部先生が本当に申し訳なさそうに頭を下げる。
「ネタばらしの時間だねぇ。わたしは卜部辰巳。君が在籍することになるB組、ではなく隣りの担任さ」
AじゃなくCの方ね、と付け加える卜部という人。その卜部先生が手を差し出し、俺は掴まる形で立ち上がった。
こちらは端正な顔立ちで、青い髪を中央で分けている。メガネや白衣が合わさると研究員にも見えそうだった。
「そしてこっちが」
「新土だ」
「新土先生。フルネーム、フルネームだよ」
「……新土神楽だ」
卜部先生の催促に対し、クロスボウの男が面倒くさそうに答えた。
「もうっ! フードも取らずにそういう態度はどうなんですか!? あなたも一応教員なんですよ!」
「ち・な・み・に。こう見えて、新土先生は養護教員なのさ。ケガしたら保健室にいるこの人に言うこと」
悪戯っぽい笑顔で卜部先生が新土先生を指差す。
「わーったよ、ったく。守住、こいつらうるせぇ奴らだろ?」
面倒くさそうにローブを脱いで新土先生が俺に同意を求めてきた。
いや、そう言われて俺はどう答えれば良いんだ?
新土先生は黒い髪色のウルフカット。切れ長のつり目に青い瞳と、なんか少女漫画に出てきそうなイケメン顔だった。
ここまでパーフェクトフェイスだと、生徒からの人気もすごいんだろうな。
合わせて俺様系のような性格なのは、この短い間によく理解した。あれだ。絶対女子生徒からモテるタイプだ。
「改めて聞きますが、手首がどうかしましたか?」
春日部先生は心配そうな顔で俺に尋ねてきた。
「えっと、離脱したときに痛めたみたいで……」
「そうでしたか。では急いで保健室に向かいましょう。着いたら新土先生が治療してくれます」
「はあ? 唾でもつけとけよ」
「なっ!? 誰のせいで彼がケガしたと思ってるんですか!」
春日部先生が険しい顔で新土先生へ言い寄る。
「してください新土先生!」
「……」
「し・て・く・だ・さ・いッ! ……分かりましたか?」
「うっ!? わーったよ! くそっ!」
春日部先生が放つ異様な圧力に耐えかねたのか、仕方なさそうに頷いた。
「では保健室へ向かいながら話しましょうか」
「わ、わかりました」
俺も先生のまとうオーラに怖気づいてしまった。いやなんか、あの人の威圧感がものすごくてさ。