第14話 恩人との再会
「……ん、ここは?」
ぼんやりとした意識から目を覚ました。視界に映ったのは白い天井。そして鼻をくすぐる消毒の匂い。
俺は霞む目を動かしながら、ここが保健室じゃないことに気付く。そうだった。鹿島との戦いで……。
俺は歌恋のあとを追うように倒れたことを思い出す。
肩代わりしていた痛みに加え、気力の大半を歌恋へ受け渡していた。そんなことをしたんだから、ぶっ倒れるのも当たり前か。
俺自身、どう考えてもキャパシティオーバーのことをしたとは思ってる。
しかし、俺で病院送りなら歌恋たちも病院に運ばれてるはずだ。
俺よりも明らかに状態の悪い二人が保健室行きで済んでるとは思えない。
歌恋は大きく二ヶ所に怪我を負った上での満身創痍。鹿島に至っては、全身に軽い火傷を負っているはずだ。
軽く体を起こして見渡すが、どうやらここは個室らしく誰もいない。あの二人も別の個室に運ばれたのだろうか?
そんなことを考えながら俺は横になる。試合の内容を思い返しながら天井を見つめていると、不意に部屋のドアが開かれた。
「ん? ふむ。目覚めたようだな駿坊。ようこそ波ヶ浜病院へ。気分はどうだ?」
入ってきたのは白衣を着た女性……女医か? 目がまだ霞んで顔が良く見えねえ。
てか、駿坊って呼び方を聞くの久し振りだな……。
「って駿坊!? まさか!」
その姿を確認するため、俺はベッドから起き上がって目を凝らす。
身長は百七十くらいはあるモデルのような体系。灰色の髪は胸当たりの長さがあり、毛先は野暮ったくカールしている。
「お前のことをその名で呼ぶのは私しかいないだろ?」
その人は眠たげに目を擦ると、ベッドの側に置いてあったイスに腰かけた。
「え? あ……」
「久し振りだな。元気にしていたか?」
「輝美先生!?」
俺は驚いて、表情で知り合いの女医である天城輝美さんの名前を呼んだ。
「ど、どうしてあなたがここに? 地元の病院で医者をしてたはずじゃ?」
「どうしたもこうしたも、あれから何年経っていると思ってるんだ? 最後に会ってから逆算しても、すでに一年以上は経っているんだぞ。……まあ、上にも色々と事情があるらしくてな。他の病院に転勤くらいするさ」
輝美先生はすました顔で笑った。
それから小さく息を吐くと、神妙な顔付きに変わる。
「ここにいるということは……目覚めたんだな、リンクという力に。そして、何の因果か歌ちゃんと共にここへ運ばれてきた。担当医は共に私で、だ。……これもまた、神からの采配か」
輝美先生は、今度は自嘲するかのように口元を歪ませた。
自己完結してるとこ悪いけど、俺にも聞きたいことがある。まずはそれを聞かねえと。
「歌恋と、もう一人運ばれた女子生徒もここに?」
「歌ちゃんなら隣の病室だぞ。今もまだ眠っている。もう一人の方は行きつけの病院があるそうで、そっちに搬送されたとのことだ」
俺の質問を聞き、輝美先生は簡潔に伝えてくれた。
「歌ちゃんに関しては……お前が居てどうしてああなったのか、こちらが聞きたいくらいだ。左腕は縫うほどの刺し傷。わき腹は打撲に加え、決して軽くはない切り傷が出来ていた。星燐学園には、リンクバトルと呼ばれる競技があるのは知っている。あの子の傷はそれのせいか?」
「はい。歌恋が負った傷は全てそれが原因です」
「……そうか」
「――ッぐ!?」
次の瞬間――渇いた音と共に左頬へ痛みが走った。輝美先生が行った強烈な平手打ちのせいだ。
「よく避けなかった駿坊。そこは褒めよう。だが、それとこれとは別だ。お前が付いてながら、どうしてあの子に戦わせた? お前の外的な傷は頬への打撲痕のみ。つまりはそういうことなんだろ? 私が納得いく理由を述べてみろ!」
「……」
輝美先生は険しい顔で俺を睨む。
俺は打たれた頬に手を添えて目を細める。そこから二、三秒経ってから重くなった口を開いた。
「歌恋は……リンクが繋げません。リンクが繋げない歌恋は、後衛としての役割が担えないんです」
「……」
「それにより、歌恋とバディを組んでいる俺は、あいつの代わりに後衛を務めています。致し方なかったと言い訳するつもりはありません。でもリンクバトルで戦うためには、それしか方法がなかったのも事実です」
「……そうか。あの子、そんなことは一度も……」
静かに聞いていた輝美先生は口元に手を当てて考え出した。
「……リンクが使えない原因は?」
続けて輝美先生が疑問を投げかけてくる。
それに対して俺は、首を横に振ることで答えた。
「ふむ」
「あくまで推測ですが、おそらくは……」
「あのときの、三年前の事故が尾を引いていると? ……なるほど、精神的な可能性もあるな。だが、繋ぐことが出来ない因果関係が立証出来た訳ではないのだろ? なら、そんな顔をするな」
憂鬱な気分になっていた俺を見て、輝美先生はバッサリと切り捨てる。
可能性の一つとして留めるくらいにしろと。そこまで思い悩むなと。
「お前たちの担当をした私としてもそれを視野に入れるべきだとは思う。……だがな駿坊」
一息吐くと、輝美先生が俺を見つめ。
「当のお前が、それをどうにかする気でいるなよ? あのときの歌ちゃんは確かにお前が救った。だとしても、今以上をお前が求めるような真似はするな。あの子に求めさせるな。わざわざ無理をさせてまでトラウマを克服するのは違うんだ。……理解してくれ」
強めの言葉を口にしながらも、輝美先生は苦悶する顔をした。
三年前のクリスマスに起きた事故。それに巻き込まれた俺と歌恋に処置をしたのが、輝美先生だった。
俺たちの惨状を初めて見たとき、輝美先生は思わず顔をしかめてしまったらしい。
どちらもきっと、これからまともな生活なんて送れないだろう……と。そもそも、先の人生すらあるのかもわからなかったと言っていた。
けど、手術を受けて生還した俺。そして歌恋もここにいる。今もまだ生きている。
当時を知る輝美先生にとってこれは、俺たちがまともに生活出来ていることは奇跡だと言っていた。それだけ、当時の俺と歌恋の状態は深刻だったんだ。
だからこそ、もうこれ以上の奇跡を望むべきではないと諭したんだと思う。
一般人である俺には荷が重すぎると輝美先生は言いたかったんだろうさ。けど、俺は考えを変えるつもりはない。
「いいえ、お断りします」
「――お前っ!」
その言葉が琴線に触れたのか、輝美先生はイスが倒れそうになるくらいの勢いで立ち上がった。鋭い目が俺を睨みつけてくる。
「あの子の『心』を救うために『体』を傷付けさせるなど、道理としておかしいと分からないのかっ!?」
「わかってます!」
「なら、何故戦わせる!?」
俺は拳を握りしめ、激情する輝美先生を見据える。
「苦労なくして、本当の幸せなど実感出来ない。よしんば理解出来たとしても、それはいつも手から零れ落としてしまったあとのことだ。……あなたが昔、俺に教えてくれた言葉です」
「……っ」
その言葉を聞き、輝美先生がたじろいだ。
「……俺たちもそうでした。あの事故で俺の体が死に、歌恋の心が死に、あいつの両親が死んだ。過去にきちんと向き合うには、あいつと一緒に進む必要があるんです。そのためには、あいつ自身の心が強くならなきゃダメなんだ。……あの日、失ってしまった幸せから目を逸らさないためにも、歌恋が今と過去の両方に向き合えるようにならなきゃいけないんです」
輝美先生は俺の言葉を静かに聞き続ける。
「今の俺に出来るのは、あいつの隣りに立って支えることなんです。もちろん、歌恋が傷付かないように精一杯努力するつもりでいます。けど、この学園はそんなに甘くはない。今回のことでそれが理解出来ました。でも、それでも歌恋が自分と向かい合うことを望むのなら、俺はあいつを支えるために隣を歩き続けます! 苦しくても泣きそうになっても……あいつはもう、心を閉ざして逃げだすようなことはしないと信じてるから!」
俺の言葉を最後まで聞いた輝美先生は大げさにため息を付いて首を振った。それから、力なくイスに座り直す。
「馬鹿だ……大馬鹿だよお前は! 初めて話したときと何も変わっていない!!」
お手上げだと言わんばかりにジェスチャーする輝美先生。それから苦笑するに唇が吊り上がった。呆れたように。
「本当に熱血馬鹿の歌ちゃん馬鹿だ。……誰かのために真っ直ぐになれる気丈な強さを持ちながら。同時に張り詰めすぎて、今にも切れてしまいそうな糸の如き脆さを孕んでいる。それを歌ちゃんという存在を力へと変え、ようやく成り立っているのがお前だ。……たまに私は分からなくなるよ。一体、どちらが本当に支えを必要としているのかがな」
「……耳が痛い話です」
同じく苦笑する俺。
そんな俺を見た輝美先生はおもむろに白衣のポケットに手を突っ込んだ。日本ではポピュラーな銘柄のタバコをポケットから取り出す。
「って、ちょっと輝美先生!」
「む? ああ、すまない。吸いたくなると手が勝手にな。さすがに病室で吸うのはいかん。他の先生方に怒られる……」
眉を歪ませて頭を掻き、輝美先生は致し方ないとタバコを仕舞った。
「やれやれ。どうも私は、お前たちのことになると感情的になりやすいようだ。平常心を保とうと、ついついタバコに手が伸びてしまう。……喫煙ついでに頭を冷やしてくるとしよう」
立ち上がった輝美先生は俺を見下ろすと。
「色々と説教臭くなってしまってすまないな駿坊。ビンタについても謝罪する。申し訳なかった。どうしても年を取ると、若輩者への叱咤激励というものを行わずにはいられないようだ」
そう言いながら、輝美先生は軽く頭を下げた。
「いえいえ、気にしないでください。というか先生はまだ若いでしょ……」
「ふっ、三十過ぎたらおばさんだぞ。……あ、そうだった。体に問題ないなら、今日は帰っても構わん。起きて辛いようなら、学校の方へ連絡を入れて明日は休んでおけ。まあ、歌ちゃんの方は安静のために強制入院。明日はそのまま休学確定だがな」
輝美先生が肩をすくませながら話を締める。
またポケットに手を入れるが、今度はタバコを取り出すようなことはしなかった。
「そうですか……。俺の方はもう大丈夫そうなので、今日は歌恋の顔を見てから帰ります。さすがに転校一週間で休むのもアレなんで」
「真面目だなぁお前は……」
自分なら喜んで休むというのに。と輝美先生は不真面目な顔付きをした。てか、不純な態度で休まないでください社会人。
輝美先生はドアまで辿り着くと不意に振り返った。
「ああ、もう一つ伝えることがあったな。付き添いで救急車に乗ってくれたお友達二人が、すぐそこの自販機コーナーにいるはずだ。顔を見せて安心させてやれ」
「ではな」と手を上げ、輝美先生が病室から出ていった。
付き添いの二人? 友明たちか?
野々宮はわざわざ付き添うタイプじゃねえし、榊坂も愛奈たちに譲ると思う。
まあどっちにしろ、歌恋の病室よりも先にそっちへ顔を出すか。
俺はそんなことを考えながら件の自販機コーナーへと足を運んだ。




