第13話 誰が為に鐘は鳴る
飛来針を避けながら、俺と歌恋は反撃の方法を模索していた。
追い込まれた俺たちにとって一撃で仕留められる大技。それが決めれるかが勝負の鍵となる。
やるべきことは二つだ。
一つは歌恋が戦える状態にまで回復させること。これは最悪、前回同様に俺が痛覚の共有を行うことで補う。
二つ目は、どうやって鹿島をクロスレンジ内で捉えるかだ。
初撃を除けば、鹿島は遠距離での戦い方を重視している。それは遠距離を得意とする『ブラストスタイル』を使用してることからも明らかだ。
今後も遠距離で仕掛けてくるだろうと踏んで作戦を練る俺。だが、鹿島が駆けてくるのを見たことで思考が途切れた。
『……えっ? 鹿島さんが走ってくるよ!?』
『くそっ! ここに来て戦術の変更かよ!? ……何度も技を出し惜しみしていたくらいだ。接近戦でもまだ出してない技を仕掛けてくる可能性がある! 気を付けろよ!』
『う、うん!』
歌恋が迫る鹿島と接触するよりも先に俺は痛覚の共有を行う。
「ペインリンクッ!」
歌恋に手を向けて俺は手をかざす。
共有を行う場合、自身の申告を相手が承諾することで可能になる仕組みだ。
念じるだけでも良いらしいが、俺的にはこう技を叫ぶようにする方がイメージしやす――。
「ぐううぅぅうううっ!?」
歌恋と痛覚を共有した途端、俺の左腕と右のわき腹に痛みが走った。
腕は何かに抉られたような感覚。わき腹には刃物で切られたようなジクジクとした痛みが現れる。
当たり前だが、傷もなく受けた記憶すらない箇所が痛むのは変な感覚だった。
『くっ……とにかく、クロスレンジを取るぞ……!』
『水夜蛟を絡めて仕掛けるよ! ……無理しちゃダメだからね駿ちゃん』
『ああ。そっちもな』
俺たちは互いのことを心配し、鹿島との戦いを再開させた。
荒地を駆ける鹿島に対し、歌恋はその場を動かずに迎撃の構えを取る。
少しでも体力の回復に努めつつ、対策を考える時間を稼ぐためだ。
痛みは俺が肩代わりしてるから問題ない。
とはいえ、左腕を動かそうとする度に違和感は生まれ、傷口が発する熱が体温を上昇させているはずだ。
今の歌恋に余裕があるとは言えない。
『槍による接近戦。まだ鹿島さんは、槍を近距離で攻撃として振るってない。ブラストスタイルだから、戦い方は遠距離に寄せてると思うけど……』
『初撃で足払いには利用している。槍をバトンのように振り回してるから、棒術を扱うくらいのレベルは……っ! 出来る、はずだ』
テレパシー越しとはいえ息が整わないな。思考そのものも霞みやがる……。
『駿ちゃん……無理しないで』
『くっ! 接敵するぞ歌恋!』
歌恋の心配する声を払いのけるようにして意識を誘導させる。
心配するな。という俺の心情を察してくれた歌恋は、なんとか鹿島へと意識を向けた。
「いい加減、ウチの前から消えろおおおおぉぉっ!!」
「あ、ぅ――」
迫りくる鹿島は、遠距離のときみたいな冷静さを失っていた。怒りや憎しみにまみれた声が響き渡る。
怒号と呼べる鹿島の声を聞いて歌恋の体がビクッと震えた。
『落ち着け! 臆したら負けるぞ!』
『う、うん!』
それでも視線は逸らさずに歌恋は水夜蛟を使う。
歌恋は八重歯を噛みしめ、鹿島が貫かんと突き出す槍を体を捻ることで避けた。
『避けれる! 体がさっきより軽いよ!』
「くっ!? 更にスピードが上がったって言うの!?」
俺たちの思いが重なったことで勝負の行方はわからなくなったか?
「こんのっ! ふっざけるなああぁぁああ!!」
『くっ!? そこから薙ぎ払い!?』
鹿島は続けて歌恋が避けた方向に槍を振る。今度は柄を使った殴打を狙ってきたか。
「ぐっ! 風盾っ!!」
歌恋はそれを風盾によって防ぎ、自らに発生したノックバックを利用して後方へと跳躍、そのまま着地した。
「くっ! 小ざかしい技ばかり!」
けど、まだ攻撃の手は止まらない。
鹿島は弾かれた槍を構え直すと一歩踏み出す。歌恋の顔、胸、太ももへと三連続で突きを放ってきた。
『つっ! 一見がむしゃらに見えるけど、的確に避けにくいところに攻撃してきてる……!』
水夜蛟を連続的に使用して突きを避け続ける歌恋。……まずいな。
『無理に鹿島の攻撃に付き合う必要はない! あまり水夜蛟を使用しすぎると、精神的な消耗が激しくなるぞ!』
『う、うん! 隙を見つけて攻撃してみるよ!』
とはいえ歌恋自身、痛みを感じないだけで体にダメージが蓄積されているはずだ。
無理な回避を行えば傷口に負担がかかる。そのせいで徐々に体力を奪われていく。
一方的な攻撃を捌くのが手一杯で、このままだと攻撃にまで手が回らないか。
『くっ! 回避と同時に反撃にまで繋げれる動きは……このタイミングならっ!』
それは鹿島が槍を持ち直した瞬間。歌恋には僅かな隙が生じたように見えたらしい。だが――。
『そいつは誘いだ! 乗っかるなっ!!』
「え?」
俺の指摘を受け、攻めようとした歌恋の動きが止まる。
間髪入れず、歌恋と鹿島の間をいくつもの針が通過していった。
「チッ! あと少しのところを!」
『うっ!? ニードルのことをすっかり忘れてた!』
苛立たしいと舌打ちをする鹿島。歌恋は顔面を蒼白させていた。
そのまま攻撃を仕掛けていれば、確実に飛翔する針が歌恋を襲っていたことになる。正直、かなり危なかった。
なんとか持ち直す歌恋だったが、今度は接近戦闘による応酬が始まる。
槍による突きや払いの攻撃を、回避だけで捌かずにアーマーを使ってでも防いでいく。
そこから隙を見つけては攻撃に転じるが……針も意識しなきゃいけないから、集中力はイマイチって感じ、か……。
「はあ……! はあ……!」
まず、い……肩代わりも限界か。息が上がってきや……がった。
『ぐあっ!? 動く度に痛みが……!』
「しゅ、駿ちゃんっ!?」
指示を飛ばす余裕がねえ……もう歌恋任せになりそう、か……。
歌恋も歌恋で……回避技を使う毎に気力が削がれて……やがる。
俺も集中が出来ない。意識が散漫になって……。
「消えろおおおおおおぉぉっ!」
――ッ!? その声で意識が途切れずに済んだ。
見ると、歌恋の意識が逸れたことで鹿島が攻勢を仕掛けたらしい。更に槍を振るスピードが上がっている。
歌恋がその一刀を避けるも、返し刃の一閃が振るわれた。
けど、今度はただの斬撃じゃない。新たな攻撃だった。
『これが鹿島さんの奥の手!?』
鹿島が振るった槍は帯電していた。強力な電撃をまとった一閃が歌恋に襲いかかる。
『みなやみずちを――そんなっ!? しゅうちゅうが、きのイメージができない!?』
歌恋の奴、やっぱり気力を使いすぎたか……!
『――くっ、歌恋っ!』
再び歌恋に向かって手をかざした。共有を行使する。
俺は歌恋に痛覚の共有だけじゃなく、今度は自分の内にある『気』と『熱』も歌恋へ受け渡す。
くっ……限界、か……ここまでくると、もうテレパシーを送ることすら……。
俺は荒地に両手と膝を突きながらも霞む目を凝らす。
「うおおおおおおぉぉっ!!」
歌恋が声を上げて体を捻る。間一髪という言葉に違わない回避で斬撃は空を切った。
「――なっ!?」
この土壇場でかわせると思わなかったのか鹿島は呆けたように口を開く。
が、その口はすぐさまに歯を噛みしめる形で閉じられた。忌々しいという表情を浮かべて。
『体が熱い……っ!!』
痛みはないが、俺から送られた熱を感じている歌恋。傷や口内、頭が沸騰しそうなほどに煮えたぎってるはずだ。
きっと歌恋になら伝わる。逆転の一手が。
俺はたった一言だけテレパシーを飛ばすために念じた。
頼む、届いてくれ……!
『熱……使、え……』
『熱を? ……あっ! わかったよ駿ちゃん!』
「決まりなさいよおおおおおおぉぉっ!!」
帯電させた槍を鹿島が振り上げる。
雷撃砲という技が、至近距離で振り下ろされた斬撃と共に放たれた。近接用として無理矢理使用された雷撃。
正真正銘、切り札と呼ぶ必殺の斬撃が歌恋を切り裂く。
「やった! これでウチの勝ち――え? 竜胆が、消え……くっ! 熱っ! なんでいきなり熱風が!?」
切り裂かれたはずの歌恋が姿を揺らがして掻き消えた。同時に熱風が鹿島を襲う。
自らの体温。熱気を放出させる我禅流の技、現陽炎だ。
体から放出された気が、夏の陽炎の如く大気と混ざり合う。それによって、歌恋の前方に揺らぐ残像を映し出した。
残像が攻撃を受けると、弾けて熱風を生み出すのが特徴だ。
歌恋は技を放つと同時に残像に紛れて後退していた。
そこから鹿島の側面へ駆けていた歌恋が、この勝負を覆す最大の一撃を放つ。
「灼炎脚ッ!!」
歌恋は残った気力の全てを熱に変えて蹴りを振り抜く。
槍を振り下ろした態勢の鹿島は、その攻撃を防げずにわき腹で受け止めるしか出来なかった。
「ぐはあっ!? ……あ?」
歌恋の攻撃が命中した個所から、鹿島の全身へ熱気が広がっていく。
「……あ、ぐぅあああああぁぁああっ!? 体が焼け……っ! ……そんな……ウチが竜胆なんかに負、け……?」
絶叫と共に体から白煙が立ち昇る。虚ろな目をした鹿島は、そのまま力なく膝から崩れ落ち、倒れた。
あいつの意識が途切れたのを感知してシステムがこのバトルの勝者を告げる。
「――鹿島桜花ノ意識ノ喪失ヲ確認。……バトルエンド! ウィナーズバディ! 守住駿! 竜胆歌恋!」
誰もが予想していなかった決着。
発せられる言葉もなく、シーンとした音だけが静まり返ったリング内に広まる。
そんな中――歌恋が糸が切れたようにゆっくりと崩れ、鹿島同様にリングの上へと倒れ込んだ。
そして俺の体も……。




