第1話 伽藍堂の襲撃者
俺たちは船を降り、歩道を歩いていた。
しばらくすると、高さ二メートルほどの壁に突き当たる。問題は、それに沿って十分は歩いているというのに一向に途切れないことだ。
「気になるかい? その壁は星燐学園の第一校を囲うものさ。大体、九万平方メートルくらいだったか」
「え? 一辺で九十キロ!? この壁の中、全部第一校の敷地なんですか!?」
「はっはっは! 気持ち良いくらいの驚きぶりだな。その通りだ」
俺の反応が面白かったのか、十六夜さんが盛大に笑う。
確か野球のドームが丸々二個入るくらいの大きさだよな? 広すぎだろ……。
「そういえば、星燐学園って校舎が三つあるんですよね?」
「うむ。島の南にある、この第一校舎。北東に第二。そして北西に第三校舎がある。もちろん、どの校舎の敷地も同じだ」
「さすがは国家プロジェクトの島。校舎のスケールもでかいぜ……」
自分でも顔が引きつってるのがわかった。
俺が驚く間も歩みは進み、更に十分。ついに校門へと辿り着いた。
「ご苦労だったね」
「長かったです……」
俺は肩にかけたスポーツバッグを背負い直し、巨大な校門を見上げる。
それを見て、すげえ頑丈そうな門だなぁ。なんてありきたりな感想が浮かんだ。
「私だ。例の転校生も一緒にいる。門を開けてくれ」
十六夜さんは壁に設置されたディスプレイに話しかける。合わせて、固く閉ざされていた門が自動で開く。
門を通ってすぐの場所に守衛所があった。簡易的なものじゃなく、一軒家くらいの大きさのものだ。
「……おや? 瀬場君はいないのか?」
目当ての人が見当たらないのか、十六夜さんが守衛に声をかける。
「ええ。瀬場さんなら榊坂家のご令嬢が島に戻って来たので、そちらへ出払っていますよ」
「そうか。彼を寮まで案内させようと思ったのだが、うーむ……」
十六夜さんは思惑が外れたようで唸っていた。
その瀬場って守衛なんだよな? いないとそんなに困るのか?
てか、榊坂って大企業の名前だ。本当にその瀬場ってどんな人なんだ?
「呼び戻しましょうか?」
「……いや、私が途中まで連れていこう」
守衛の問いに、十六夜さんは微笑みながらそう告げた。
「え? あなた自ら? 瀬場さんの代わりなら俺が――」
「構わんよ。私も校舎に向かう予定だし、十字路まで着けば分かるはずだ。彼の学生証を出してくれ」
急な提案に守衛が戸惑っているみたいだったが、急いで学生証をカウンターに置いた。
十六夜さんがそれを手に取り。
「守住君、これが君の学生証だ。再発行には時間がかかるから無くさないように」
「あ、ありがとうございます」
俺はお礼を言って十六夜さんから学生証を受け取るが。
「……十六夜さんは何者なんですか?」
と疑問を投げかけた。
今のやり取り、どうにも守衛の態度が変だった。明らかに普通の教員に対する反応じゃない。
「ふっ……さっきも言ったが私は教員だよ。まあ、そのうち分かるさ。そのうちね」
なんて意味ありげに言われた。
その態度を少し不信に思いながらも、俺は歩き出す十六夜さんのあとを追う。
道を挟むようにして彩られた桜並木。その光景を眺めながら俺たちは歩みを進める。
「そういえば、君はリンクについてどこまで知っているかね?」
「えっと、正直言ってそんなには……」
リンクとは、十数年前から人類が目覚めた能力のことだ。この白銀島も、その異能の力を研究、開発する星燐学園のために作られたとか。
その力が『心を通わせる異能力』というのは知っている。テレビとかでもテレパシーのような能力だと言っていた。
まだ使ったことがない俺には、それくらいのことしかわからない。
「ふむ。簡潔に言えば、リンクを使うことで繋いだ相手とのテレパシーを可能にし、その人間が意識して使うことの出来ない潜在能力を引き出すことが可能になる。そんな能力なのだよ」
「相手の潜在能力を引き出す?」
リミッター解除みたいなものなんだろうか? いまいち実感出来ない。
「身体能力の増強が可能、と言えば分かってもらえるかな?」
「まあ、なんとなく。リミッターを外すみたいな感じで良いですか?」
……あ、質問に質問で返しちしまった。師匠がいたら怒られるな。
「そのイメージで構わないさ。星燐学園ではそのリンクを使ってバト――っと、ここまでか」
十六夜さんが足を止めて振り返る。辿り着いたのは四方に別れる十字路だ。
「すまないね。話はここまでだ。真っ直ぐ進めば校舎に行ける。左なら運動場で、右に曲がれば学生寮に着く。男子と女子で二つあるが、灰色の外壁が男子寮だ。あとは一人でも大丈夫かね?」
「はい。ここまでありがとうございました」
「いやいや、ここまでで申し訳ない。私は校舎の方に用があるから、ここいらで失礼させて頂くよ」
十六夜さんは手を振りながら「健闘を祈っている」と告げて校舎の方へ歩いて行った。
「意味深な感じはあったけど、なんだかんだで良い人だったな。よっし! 俺も行くか!」
言われた通りに十字路を右へ曲がり、俺は桜並木を再び歩いていく。
「しっかし、でかいなぁ……」
無事に目的地へ着くと、そこには八階ほどの建物があった。見上げていると首が痛くなるほどの高さだ。
灰色の外壁。どうやらここが男子寮みたいだな。
「すいませーん!」
扉を開けながら声をかける。
「……ん? 誰もいないのか?」
しかし、返ってくるはずの返事は一つもなかった。
伽藍堂なんて言葉が浮かんでくる。誰一人として気配がない。
今日は日曜で、この学園では春休みの最終日だったはず。
けど、生徒が一人もいないのはおかしい。今日から校舎に集まったりしてるのか?
寮内を歩きながら俺は周りを見渡す。
寮のエントランスはかなり広めだ。
中央には絨毯が敷かれ、左右のスペースには木製のテーブルと座り心地がよさそうなソファーが置いてあった。
奥には木製のカウンター。内装にそぐわない近代的なエレベーターも見える。
しかし、生徒がいないのはまだ良いとしても、出迎えもないのはさすがに問題でしょ。一応予定通りの時刻には着いてるはずなんだが……。
寮の管理をしている人間に伝わっていないのか、出迎えの一つすらない。
「いや待てよ」
俺はあごに手を当てながら更に考える。
そういえば、ここまで一人も生徒を見ていないのか。
十六夜さんの案内中や別れてからもそうだ。誰一人として生徒には会わなかった。
となると、この近辺にすら生徒が存在しないことに……。
「んー……一旦、守衛のところまで戻るべきか?」
なんて言いながらため息を吐く。持っていた荷物を降ろし「うーんっ!」と背伸びをしてみた。
けど、そんな俺の声にも答えが返ってくることはない。
「――でもまあ、なんだ」
俺は背伸びを終えて入ってきた扉へ振り返る。
「そこでコソコソ見てんのはわかってんだよ。素人が俺の後ろを取った気になるなよ」
威嚇の意味を込め、一段階落としたトーンで呟く。
「……」
「気配でわかる。二人だよな? 説明してくれよこの状況を。知ってるんだろ?」
少しの間を空け、観念したのか扉を開いて現れる人影が二つ……いや、三つ?
一人の気配が読めなかった。勘が鈍ったか?
姿を見せたのはローブを羽織った人間が三人。
その中でも気配が読めない一人を、俺は警戒する形で見つめ返す。
全員が頭から足元まである長さの黒いローブを被っている。それぞれがローブを広げると、その下ではすでに武器を握っていた。
剣に槍、クロスボウ。統一性はない。だが、明らかに傷を負わせるための道具だ。
さすがにまずい。人数差がある上に武器の有無のハンデか。
「……お前たちの目的はなんだ?」
「……」
念のために聞いてみるも無言で返された。
襲われる理由を聞きたかったが普通は答えないわな。
どんな理由かはわからないが、売られたケンカなら全力で買ってやる。
俺は三人と対峙するようにして構えた。
「来て早々、意味不明な状況か。けどまあ、理由もわからずにやられるつもりはないぜ」
もう誰も、何も失わないために師匠に頼み込んで強くなったんだ。こんなところで一方的にやられるつもりはない。
あの事故の理不尽さに比べれば、こんな状況大したことないっつーの。
頼むぜ心臓。玲奈さん、俺に力を……!
俺は左胸に軽く触れる。合わせてトクンと小さく鼓動が鳴った。帽子を上にずらし、視界を確保すると。
「……いくぞ」
冷たく鋭い視線を向ける相手、クロスボウを持つ奴が迷いなく引き金を引いた。
有無を言わせず、セットされた矢が俺に向かって迫る。それをしゃがんで即座に回避。
あっぶねえ……! 本気で殺しにきてる訳じゃないよな?
牽制なんて生やさしいもんじゃない。明らかに狙ってきやがった。って……ん?
違和感を感じた俺は後ろを振り返る。
「……マジかよ、俺の帽子が……くそっ! お気に入りだったんだぞ!」
被っていた帽子は、矢によって壁に縫いつけられていた。
俺が悲痛な声を上げるも相手は攻撃の手を緩めない。
「よそ見はダメじゃないかい?」
「……ふっ!」
続けざま、剣と槍をそれぞれ手にしていた二人が挟撃するように駆け出す。
くそっ! 少しは対話とかしろよ! てか、二人同時か……!
槍を武器にした男が、剣の人物よりも一足早く駆ける。
手に持つ槍は伸縮が可能なのか、二メートル程の長さへと変化していた。
俺はそっと息を吐く。しゃがんだまま瞳孔を開き、槍の軌道を冷静に見据える。
神経を限界まで研ぎ澄ませろ。水辺で獲物を狙う蛇の如く……!
「我禅流闘技……水夜蛟……!」
俺を取り巻く世界がスローになる。
矛が迫る刹那。胸を貫こうとするその切っ先は――俺の体には当たらなかった。
槍の切っ先は、脇をすり抜けるように通過していたからだ。
すぐさま俺は、右腕を槍の柄に巻きつけて固定。背中を反らし、左腕も同様に柄を掴む。
「なっ!? 一瞬で避けて掴んだ!?」
槍を持つ男の顔が強張らせる。だがもう遅い。
絡ませた両腕と背に力を込め、体を時計回りに急旋回させた。
「この槍は没収だっ!」
「うっそ!?」
腕でロックしていた槍をたやすく奪ってみせる。
武器を取られるとは思わなかったようで、槍の男の顔から血の気が引いていた。
俺は男から奪い取ったそれを解放する。カシャンと乾いた音を立てて絨毯の上を転がり、離れたソファーに当たった。
「今度はこっちの番だ!」
俺はニヤリと笑う。とっさに後ろに下がった槍使いとの距離は、わずか一メートル強。あいにくとその距離は俺の射程内だ。
絨毯を思いっきり蹴り、男の懐へ一瞬で潜り込む。
「――速っ!?」
「我禅流闘技、雪壊掌っ!」
相手の反応など気にしていられない。俺は男の腹部へ掌底を叩きつける。
「ぐうっ!」
掌底が命中しただけでも、槍の男が受ける衝撃はかなり強いはずだ。だがこの技は、手の平に集まる気を打ち出す攻撃。
「はあああっ!!」
「――がはっ!?」
掌底を受けた槍の男は押し出された空気の圧により、目視で数メートル後方まで吹き飛んだ。これでまず一人。
「そんな……!?」
この展開が予想外だったのか、剣の持ち主が小さな声を上げた。
女の声? あの剣を持った人は女性なのか?
「呆ける暇があるとは随分余裕じゃないか」
戸惑う俺に対し、入り口で待機していた奴が話しかけてくる。
矢を打ってきた人物。こっちは声からして若い男か。
その男が再度、こちらにクロスボウを向けて引き金に力を込めるのが見えた。
「はっ! 見えてりゃ予測出来るんだよ!」
指の動きと尖端を見て、クロスボウの射角度を予想。俺は矢を避けるために横へステップを踏む。
「だろうな」
男の腕が動いた。クロスボウの狙いが、俺の着地地点に変更されただと?
矢はまだ撃たれていない。トリガーは引き切られていなかった。
――まずいっ!
俺がそう思ったときには、矢が俺目掛けて発射されていた。