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第4話 椅子取りゲーム

 昼食を取り終えて午後の授業が始まった。授業とは言っても、委員会を決めるホームルームだ。


「では、委員決めを行いたいと思います」


 B組の担任である春日部(かすかべ)(うらら)先生が、教卓から離れてドアへ移動する。

 春日部先生が手元のタブレットを操作すると、デジタル式のディスプレイパネルが壁に映しだされた。


「守住くんには初めてのことなので改めて説明しますね。星燐学園での委員会の所属期間は丸一年です。今映し出されている映像が、この学園にある委員会の一覧となります」


 パネルには色々な委員会が表示されていた。

 名前の下には、その委員会の作業内容に関しての説明が書かれている。


「放送や美化、保険委員などの一般的なものもありますが、一年を通して一定の期間のみに活動する委員も存在します。それは体育委員や文化委員、行事で中心となって働く委員会です」


 春日部先生が手元のタブレットをいじりながら説明を続けた。


「生徒会に関しては例外で、二学期にある生徒会継承式によって決まります。これは現生徒会長からの推薦によって次の生徒会長が選ばれ、学園側が了承することで継承が完了する仕組みとなっています。その後、新しい生徒会長が各々の役職に適する人材を見繕う形で、新たな生徒会が発足されるんです」


 なるほどな。前の学校との委員会の違いは満期の差くらいなもんか。生徒会に関しては物々しい感じだが。

 安定の保険委員とか図書委員が妥当か? 美化委員や文化委員とかもありと言えばありだ。


 なんとなく周囲を見渡すと歌恋と目が合った。

 歌恋の方も予想していなかったらしく、驚いた顔をしている。


 あ、そうだ。やっぱり、委員会も歌恋と一緒の方が良いよな。


 そう思った俺は、机の下に隠した状態でパポスを起動した。


 一緒の委員会にしないか? 個人的には文化委員がいいんだが……と。これで送信。


 俺が文化委員を望んだのはイベント事が好きだからだ。中学のとき、運動会とかの行事をまとめてた経験もある。

 他に体育委員も候補だったが、仕事上、参加出来る競技に制限がかかりそうだったからやめておいた。


 俺からメッセが来たからなのか、そわそわしている歌恋。そんな背中を眺め続けていると歌恋から返信が来る。


 内容は「あたしもそれでいいよ。駿ちゃんと一緒の委員会でがんばりたいな」だった。


 よっし! それじゃあ、文化委員のタイミングで立候補だ。

 しかし、授業中に連絡を取り合ってもバレないのは問題じゃないか?


 前を見ると、すでにいくつかの委員会は立候補した生徒で埋まっていた。文化委員まではまだ少しかかるらしい。

 それから少しして、待ちわびた瞬間が訪れた。


「次は文化委員ですが、こちらに立候補したい方はいますか?」


 立候補があるか問う春日部先生。そんな中、俺と歌恋が同時に手を上げる。


「守住くんと竜胆さんの二人が立候補ですか? なるほど。……他に文化委員に立候補したいという方はいらっしゃいますか? 無ければこの二人で――」

「はい!」


 春日部先生の言葉を遮るように手が上がった。って誰だ!?


「鹿島さんも文化委員に立候補ですか?」

「はい。ウチも文化委員がやりたいです」


 新たに立候補したのは鹿島だった。

 思いもしなかった事態に俺は思わず頭を掻いて悩んだ。


 鹿島か……。好意的に接してくるのは良いんだが、仮に一緒の委員になったとして、文化祭前に恋愛事でいざこざが起こるとな……。


「さあ、守住くんも立ってください」

「え?」


 突然、起立を促す春日部先生の言葉で意識が戻される。

 周りを見渡すと、すでに歌恋と鹿島は立ち上がって俺を待っているようだった。


「文化委員は各クラスに二人までしかなれないので、三人には話し合いで決めてもらおうと思います。という訳で、教室の後ろの方に行って静かに決めてください」


 春日部先生がにこやかな顔で中々突き放したことを言ってきた。放任主義ですか。

 俺たちはなんとも言えない顔で頷き合うと、教室の後ろに揃って移動する。




「で、どうするんだ?」


 後方の隅にある席、つまり俺の席だ。そこに歌恋と鹿島がやってきて話し合いが始まる。


「……ウチは文化委員を降りるつもりないから」


 無言で立っている歌恋とは対象的に、鹿島は意見をしっかりと述べてきた。


「そっか。まあ、俺も立候補して降りるつもりはないぜ」

「あ、あたしも!」


 三人共引くつもりはないか。おそらく話し合いでは解決せず、平行線が続く展開になるだろう。

 となれば、俺たちがやることは一つ。


「ジャンケンだな」

「そうね。それが一番不公平がない。ウチも納得出来る」

「……うん」


 俺の提示した案に二人も賛成した。

 俺たちは静かに握りこぶしを作り、輪になった状態で構える。


「「「最初はグー! ジャンケン、ポンッ!」」」


 けど、初手は誰一人として揃わない。あいこだ。


「「「あいこで、しょッ!」」」


 再び緊張に包まれる中、もう一度じゃんけんが行われ――。


「……あ、勝っちゃった」

「お? 歌恋の一人勝ちか」

「……くっ」


 唯一チョキを出した歌恋が抜け出た。残る枠は一枠。


 俺はその結果に内心で深く息を吐く。

 それは鹿島と一緒にはなれない安堵感と、歌恋と一緒になれるかどうかの不安感。その両方だった。


 鹿島は唇を噛み締めている。たぶん、俺とは逆の思いを抱いてるんだろう。

 勝っても俺とは一緒になれず、負ければ俺と歌恋が一緒になる。どの道、鹿島が望む展開にはもうならないはずだ。


「これで決めるぞ鹿島」

「ウチは勝つ……!」


 え? もう俺とはもう一緒の委員会にはなれないんだぞ? それでも、こいつはじゃんけんに勝つつもりなのか?

 ……もしかして、本気で文化委員になりたかった?


 いや違う。鋭い鹿島の目を見て、勝とうとするあいつの意図を理解した。


 そうじゃないんだ。あいつにとって、この勝負は俺を歌恋と一緒の委員にさせないための勝負。

 だからこそ、次も勝つ気しかないってことか……。


 少しばかり薄ら寒い感覚に襲われながらも、俺は拳を突き出した。同様に鹿島も拳を構える。

 歌恋が不安そうな顔で見つめる中、再びじゃんけんが始まった。


「「ジャンケン、ポンッ!」」

「……マジか」


 あっさりと、たったの一回で勝負が決まった。


「か、勝った!」


 俺が出したのはグー。鹿島はパーだった。つまり、文化委員は歌恋と鹿島の二人に決まったということだ。

 その結果を見た歌恋は、嫌な顔こそしないものの冷や汗が流れていた。


「まあ、決まったもんは仕方ない。鹿島、歌恋のことをよろしく頼むぜ」

「え? ……えっと」

「こいつは人見知りが激しいから、仲良くするのは大変かもしれない。だから、準備のときには面倒を見てくれると助かる。もちろん手が空いてたら俺も手伝うからさ。頼めないか鹿島?」

「……わ、わかった。守住くんがそう言うのなら」


 俺の頼みに、鹿島は呆気に取られながらも了承した。


 俺は文化委員から手を引く形となったが、あえて鹿島に頼るような言い方をした。

 本来なら負けて悔しがる場面だ。けど、負けた自分が悪態をつかずに願い出ることで鹿島の同情心を誘った。


 気になる相手から頼まれたら断れない。俺はその心情を利用した。

 卑怯な手を使っちまったのは申し訳ないと思うが、歌恋に対しての摩擦が減るのならと、甘んじてそれを受け入れよう。


「そ、その……文化祭では……よ、よろしくね……」

「……よろしく」


 歌恋と鹿島があいさつを交わすのを見て、このまま上手くいってくれれば良いんだが……と思う。


「んじゃ、決着ついたし席に戻ろうぜ。俺も次の候補決めないとな」

「……うん」

「結果はウチが先生に伝えるね」

「すまないな鹿島」


 俺の言葉に鹿島が頷き、二人は元の席へと戻っていった。


 さてと。時間はかかったが、あとは何が残ってるんだ?


 席に座った俺は、ディスプレイに映っている内容を確認するのだが。


「……あ、れ? 残ってるのは図書委員だけかよ」


 思わず小さな声で呟く。俺たちがジャンケンで決めている間にそこまで終わっていたらしい。


「ご愁傷様(しゅうしょうさま)ですね。まあ、頑張ってください守住くん」


 前に座るメガネ少女。美鏡(みかがみ)蜜柑(みかん)が、かわいそうにと言いたげな顔で声をかけてきた。


「なんでだよ? 図書委員なんて大した仕事じゃないだろ?」


 美鏡の表情と言葉に、俺は眉を潜めながら返事をする。

 昨日は文庫本を読んでいた美鏡。けど、あいつは好みそうな図書委員にはなっていない。


「……あなたはこの学園の内情を把握していないのでしたね。なんだかんだで頭が回る方だと思っていたのですが、少々抜けているようで」

「その言い方には少しトゲを感じるな」

「失礼。私はたまに口が悪くなるタイプでして。それでは、あなたでもすぐに分かる言い方をしましょう。理由は大きさです。この学園では『図書室』と呼ばずに『図書館』と呼ばれています。それだけ言えば、守住くんなら分かりますよね?」

「わかりたくなくとも察した……校舎外か?」

「イエス」


 俺の問いに美鏡はたった一言で肯定した。


 図書委員が行う仕事は本の貸し出しと返却の対応。書庫の整理に、内部の掃除や本の修繕もあるはずだ。

 近年は書籍の電子化なども多くなっていて、学校の本に関しても多くのものが電子化されている。


 けど、この学園では実際の本を貸し出しているらしい。


 それだけ巨大な書庫に、数えるのが嫌になるほどの本たち。

 貸し出しや返却についてはパソコン上でのアーカイブ管理で問題ないんだろうが、それらの整理や修繕はどうしても人の手で行わないといけない。


 館内の清掃は、担当のクラスか美化委員がやるとも考えられるが、俺にはそれすらもわからない状態だ。


 色々と億劫な気持ちになった俺は、美鏡の態度の理由を知ったことで深く溜め息を漏らす。


「こほん! 守住くんと美鏡さん。話し合いは終わりましたか?」

「え? あ、えっと……!」

「すみませんでした。話を続けてください春日部先生」


 春日部先生の注意に美鏡は即座に謝罪をし、俺もそれに続く形で頭を下げた。


「はい。では申し訳ありませんが、図書委員は余ってしまった守住くん。そして、まだ目を覚ましてくれない野々宮(ののみや)くんの二人に決定しました。守住くんは、放課後に野々宮くんを連れて職員室まで来てください。図書委員の仕事について軽く説明しようと思います」

「あ、はい。わかりました」

「説明は五分ほどで終わりますので、然程の時間も取らせませんからね」


 しかし俺たち二年B組の生徒は、ニコッと優しく微笑む我らが教師が、表情を変えずに呟いた言葉を聞き逃さなかった。


「……まあ、野々宮くんには小一時間付き合ってもらいますが……」


 春日部先生の表情に闇が差し込むの感じ取る俺たち。中には大して気にしてない奴もいるが、大半は引きつった顔をしていた。


 学園長室でも見たが、怒ったときとガチギレしているときで、雰囲気自体が段違いなんだよなぁ春日部先生。




 余談なんだが、このあと寝ていた野々宮を連れて職員室へと向かった。

 言葉通り五分ほどで開放されたんだが、野々宮だけを残して俺は中庭で待つ歌恋たちに合流する。


 雑談を終えて友明と一緒に自室へ戻ったら、布団に包まってガタガタと震えてる野々宮と遭遇した。相当絞られたのか、夕食のときも部屋にこもっている有様だ。


 でもまあ自業自得だよな。とか思ってしまう俺は、少しばかり薄情なのかもしれない。

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