第21話 共有させる力
歌恋は息を止め、刹那とも言える体感時間を待っていた。
二人の距離は約十五メートルほどだ。だが、あの加速力ならすぐに接触する。
歌恋はその瞬間を今か今かと待っていた。相手の必殺を返すための技を打つ瞬間を――。
「うおおおおおおおおぉぉおおおおおぉぉッ!!」
なんつー声だよ。声が枯れそうなのを心配するほどの怒号を榊坂が叫んでいた。
その声が、大地や空気を揺らすほどの衝撃を生む。
声に合わせ、榊坂は斧を一気に振り下ろした。
『今だ歌恋!』
「――っ! 風盾!」
歌恋は両腕を前に突き出し、手の平に気を込める。
すると、歌恋の正面に視認しにくい空気の壁が完成した。
その壁が榊坂の斧を受け止める。
「ぐううううっ!!」
「――なっ!? これ以上、振り下ろせない!?」
突然攻撃が中断されたことで、榊坂は訳がわからずに困惑していた。
そこで生まれた数秒程度の時間。たった僅かな時間だが、耐え忍ぶ歌恋にはそれだけあれば充分だ。
『くっ! 次は水夜蛟!』
歌恋が添えていた両腕を引く。その瞬間、空気の壁が消え、榊坂の斧が振り下ろされた。
けど残念。その攻撃は横にずれた歌恋を捉えきることはない。
榊坂の攻撃は、たった数センチずれた歌恋の髪を掠めた。そのせいで前髪が数本千切れて空を舞う。
絶対命中とか言っていた攻撃すらも、歌恋は間一髪で避けた。
「これで決めるっ!」
ブーストの加速もあって、即座に後方へと回り込む歌恋。
三つの技からなる締めの技。雪壊掌を歌恋が打ち込んで終わりだ。
「――何!? 歌恋ッ! 攻撃は中止だ!」
俺は榊坂を見てそう叫んだ。あいつの手には斧が握られてない。
榊坂は斧を振り下ろした訳じゃなく、そのまま振り抜いていた。
つまり振り抜いた拍子に、斧を後方へと放り投げていたんだ。
斧は弧を描くように飛び、再び歌恋目掛けて飛ぶ。
絶対に当たるって、こういうことだったのか!? と、俺はやっとその意味を理解した。
『――ふぇ? む、無理だよ!』
すでに技を打つ体勢になっていた歌恋。振り向く姿がスローモーションになって俺の目に映る。
くっそ! どうすれば……!
俺は水夜蛟を使い、頭をフル回転させた。
避けられないのなら耐えるしかない。けど、あそこまで加速した斧が当たっても大丈夫なのか?
下手したら、柄が当たるだけでも気絶するかもしれない。刃物の部分が触れれば、システムが働いて無事な可能性も。いや、そもそも作動するのか?
俺はひたすら考える。刹那とも呼べる時間の中で、この盤面をひっくり返す方法を――。
「がはっ!」
「あ――」
ダメだった。
空を舞う斧が、俺が答えに辿り着くよりも早く、歌恋のわき腹へと直撃していた。
幸い当たったのは柄だ。それでも歌恋は衝撃で吹き飛び、鈍い音を立てて倒れた。
「そん、な……!」
やっちまった……また、俺の判断ミスなのか……?
くっ!? 何度目だよ! またか! あいつを守るために選択は間違えないって、あのとき決めたはずだったろ俺ッ!!
まだ諦めるな! 考えろ守住駿!
歌恋を支える、そのために俺はバディになったんだろうがッ!
『……しゅ……ちゃん……』
『歌恋? ……大丈夫か歌恋!? くそっ! 俺がもっと上手く作戦を立てていれば……!』
『駿ちゃんのせい、じゃ……ないよ。あたしが、見誤った……せいだ……』
歌恋は両手を突いて起き上がろうとする。
俺の言葉の一部は、自分自身に言い聞かせた言葉のつもりだったんだ。
それなのに、思い浮かべた言葉が歌恋へと伝わってしまった。
いや、伝わっちまっても構うもんか!
これがリンクの共有するって力だと言うのなら、それすら最大限に利用して歌恋を救っ――あれ? 共有する力?
ああ、そうか。もしかしたら……!
俺が思っている通りの使い方が可能なら、まだ勝負は終わりじゃない。
リンクを使って歌恋を救う方法を、その上で勝利をもたらす逆転の一手を俺は見つけ出した。
ブースターを減速させ、VRによって作られた草原を滑り続けるカサルナ。踵を返し、歌恋と少し距離を取った位置で止まった。
摩擦によって焦げた匂いを発する脚部。すでにブースターは鎮火され、元の状態に戻るために変形を開始していた。
「わたくし言いましたよね? 絶対に当たると」
カサルナが、起き上がろうする歌恋に向けて誇らしげに言い放つ。
カウンターを決めようとした歌恋の攻撃よりも一瞬早く、予め狙いをつけていたバルディアッシュがわき腹へと直撃していた。
後方を見れなかったカサルナも、拓哉の視覚を共有することでそれを確認している。
カサルナ自身が言った『絶対に当たる』という単純なプロセスによって、歌恋たちの起死回生の一手は退けられたのだ。
『……決まりだねカサルナ』
『ええ。さすがの彼女も、あの一撃を受けて無事では済まないはず……あら? まだ動けるとは、わたくし並みに根性がある子のようですわね』
歌恋は気力を振り絞って立ち上がる。足がおぼつかないものの、力を入れ、なんとか踏み留まっているようだ。
攻撃が当たった右のわき腹を手で押さえ、歯を食いしばって痛みを堪えている。
その姿は、とても痛々しいものだった。
「……ぐうぅぅ! はぁ……! っはあ……!」
「初めて組んだバディでのバトル。素人のリンカーとで、よくここまで戦いましたわ。わたくしを逆上させてまで一矢報いるその気概、見事の一言に尽きましてよ」
カサルナは落ちていた斧を拾い上げる。そこから歌恋の元まで歩み寄った。
血にも染まらず、刃こぼれすら起こしていない。そんな小奇麗な斧が、歌恋の目の前に持ち上げられた。
「ですがこれで、ジ・エンドですわっ!!」
大きく振り上げられた斧。カサルナの口元には笑みが浮かぶ。
カサルナは確信していたのだ。この勝負がここで決まると。
相手のバディがどんな方法で回避し、迎え撃とうとしたのかは彼女には分からない。
だが、そんなことは最早どうでもいい。だって、結局はここで片が付くのだから。
それは紛れもない事実であり、直後、この試合に終止符が打たれることとなる。
「……うん、終わりだよ。あなたたちの方がねっ!」
「な、んですって……!?」
カサルナの言葉に、歌恋は痛みなど感じていいとばかりにニヤリと笑った。
それを見たカサルナから余裕が消えた。血の気が引くようにサッ……と。
わき腹を押さえていた歌恋の左腕が、即座に後方へと引かれた。指は曲げられており、すでに掌底を突き出すための準備が出来ている。
堂々たる構え。それは先ほどまで捕食される一歩手前の、弱々しい姿だったことなど微塵も感じさせない立ち振る舞い。
『そんなバカな!? あの一撃が当たってまともに動けるはずがっ! ……え?』
予想外の状況を見て、今までとは違う明らかな動揺を見せるカサルナ。
その彼女の視界には、歌恋の後方で控えていたバディの姿。つまり、リンカーを務める駿が映っていた。
『え? 守住駿がどうしてあんな風になって? ……まさかっ!?』
「はは……っ! ぐうぅっ! ……やっち、まえ……歌恋っ!」
榊坂が俺を見て顔を青くしていた。そりゃそうだ。なぜなら今の俺は、激痛を必死に堪えている状態なんだからな。
俺は片膝を突き、歌恋が受けた箇所と同じところを手で押さえている。
それはリンクの共有を使い、歌恋を襲う『痛み』を代わりに引き受けていたからだ。
意識じゃなく、痛覚を共有させる。そうすることで歌恋の負担を大きく軽減させた。
「そんな……! ビギナーが土壇場で、痛覚の共有をしたと言いますの……!?」
安全圏から見守れるのがリンカーの特徴だ。今回のバトルで、俺にもそうするべき理由が理解出来た。
そんな存在が前衛の身代わりとなってダメージを引き受ける?
まあ、普通はそんなマネはしないんだろうさ。少なくとも愛奈はそんなことら教えなかった。
そもそも榊坂が言うように俺は初心者だ。
そのド素人が、身代わりになる策を取らないだろうと高を括っていたのが、お前の敗因だ。
「ふっ! 我禅流闘技――」
「――しまっ」
「雪壊掌ッ!!」
短く、けれども力強く放たれた歌恋の言葉。それに榊坂が気付くが遅い。
下から突き上げるように腹へ打ち出した掌底が、榊坂の腹に鈍い音を立てて衝突した。
「ぐぅっ!? で、ですがまだ……!」
榊坂が振り上げた斧に力を込める。
その体勢じゃ振り下ろせない。なら、また投げるつもりなんだろう。
だけど、掌底そのものは一度目の攻撃だ。雪壊掌はそれで終わりじゃない。
続けて放たれる空圧の一打が、更に追従するように相手へ衝撃を与える技。
エクステリアによって緩和された一打目は、受けた本人を倒すほどのダメージソースにはならない。
けど、本命は空圧による二撃目。その弾けるように爆発する空気が、榊坂への追い討ちとなって襲う。
「はああああッ!!」
「――が、がはっ!?」
榊坂の体が衝撃で十数センチ浮き上がった。
「あ……? 何が……?」
反動で武器を落とす榊坂。あいつ自身は背中から地面へゆっくりと倒れ込む。
「う……そん、な……何故、打撃系統の技でこん……な、衝撃が……?」
浅い呼吸をしながら歌恋は榊坂を見下ろす。
「あなたは、あたしが放った空圧をゼロ距離から受けたの。掌底が当たったあと、遅れてあなたのお腹を襲ったダメージがそれなんだよ」
「ゼロ距離で、の……ダメージ……?」
「そう。空圧は押す力。打ちつける力じゃなく、押しつける力。だから、反衝撃の機能で相殺されなかったの。打撃とは別の衝撃があなたの内部、つまり臓器に対し、ダイレクトに衝撃を与えたんだよ」
「くっ……内部へ直接……なる、ほど……そんな方法で……とどめの一打を……。ふふっ、見事ですわ。わたくしの負、け――」
そこで榊坂の意識が落ちた。
体内にまで与えられたダメージに耐え切れず、脳が混乱を抑えるためにシャットダウンしたのだろう。
「……か、勝てたの?」
「ああ……! 俺たちの、勝ちだ……!」
「――榊坂カサルナノ意識ノ喪失ヲ確認。……バトルエンド! ウィナーズバディ! 守住駿! 竜胆歌恋!」
同時に決着を告げるアナウンスが鳴り響く。
俺にとって、初めてのリンクバトルはこうして終わりを告げた。辛くも勝利という形で。




