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第20話 煽る者と煽られる者

 拓哉とカサルナが警戒し始めてから、何事もなく三分が経った。


『動かない……ですわね』

『……読み間違えた? いや、それでも体力の回復が出来た……』

『ええ。最初ほどではありませんが、これなら充分に戦えますわ』


 結果がどうであれ、カサルナの体力は回復した。これは、彼らにとって充分過ぎるほどの収穫だった。


『拓哉。相手が動かないのなら、こちらから打って出るべきでは?』

『ううん。仕掛けてこない以上、こちらも最大限回復に努めるべき……』

『~~っ! 歯痒(はがゆ)いですわ!』


 カサルナの性格上、待つことはあまり得意ではなかった。


 榊坂カサルナ。彼女には、豪胆で血気盛んなアメリカ人の父親。カリスマ性が高く、気の強い日本人の母親の血が流れている。

 彼女自身、猪突猛進の気があるのは血筋からも察してもらえよう。


 そんな両親がカサルナに課したのは『己が信念を貫き、覇道を切り開け!』という言葉である。彼女の生きる理由が、その言葉には込められていた。


 現在、カサルナたちの戦績は五戦中四勝一敗。

 格上との戦いで負けた一敗だが、カサルナが同格と戦った残りの四戦は、全て勝利で収めていた。


 もちろん、これはカサルナ自信の実力だ。

 しかし、それ以上に独断で動く彼女を拓哉が誘導出来ていたのが大きかった。


 彼女の高い身体能力と気鋭な戦い方に加え、拓哉がカサルナの手綱をしっかりと引く。

 それこそが、このバディの強みである。


「しっかし、全然気を抜かないのなお前ら。隙が出来たら仕掛けようと思ってたんだが、中々上手くいかないぜ」

「あらあら? もしかして、それが作戦でしたの? まあ、敬意の言葉はありがたく頂戴します。お褒めに預かり光栄ですわ」


 急にしゃべりかける駿。内心では地団駄を踏んでいたカサルナだったが、彼の言葉に満足げな態度で答えた。


「だな。それにすまなかった! 榊坂のことを勘違いしてたわ!」

「勘違い? いいでしょう。お話になりなさいな」

「実はな。俺はてっきり、お前が即効我慢が出来なくなって、バカみたいに突っ込んでくるチンパンジーだと思ってたんだ」

「……は?」


 駿の言葉にカサルナの眉毛がピクリと動く。


「だから待ちに徹していたんだが、これは失敗だったみたいだ」

「へ、へー……そ、それは残念でしたわね……!」


 眉毛をひくつかせながらも平静を装おうカサルナ。


「駿ちゃん!」

「ん?」

「そんなこと言ったらかわいそうだよ!」


 と、ここで歌恋が声を荒げて駿の言葉を(とが)めた。


『竜胆歌恋……わたくしはあなたのことを誤解していたのかもしれませんわ! あなたはとっても良い人だったのですわねっ!』

「……あー」


 感動した! とばかりに歌恋の言葉に歓喜するカサルナ。

 対象的に、拓哉はその意図を察したようで、顔を手で押さえていた。


「チンパンジーさんはすっごい賢いんだよ! だからね。そんな言い方したら、チンパンジーさんがかわいそうだもん! あの子は後先考えずに突っ込んでくるから、むしろ猪さんだよ!」

「それだあっ!!」

「あ゛!?」


 歌恋の例えに駿が嬉々として肯定する。


 その場面を見たカサルナは野太い声を発し、顔の表情筋を硬直させる。

 そこから、見る見るうちに険しいものへと変わっていった。


『前言、撤回……ですわあああああぁぁ……!』

『いや、さっきから煽りにきてるから……どう考えても……』


 心の中で吠えるカサルナ。

 彼女の竜胆歌恋の評価が一気に下がった。実に極端である。


「後先考えてないのは俺も納得いったぜ。いきなり中庭で割り込んできたかと思ったら、呼び止めて俺の処女頂くとか言いやがったしな!」


 彼女が評価を下しているのを知ってか知らずか、カサルナがやってしまった問題発言を、ねちっこく指摘し始める駿。


「うっ……!」


 当時ことを思い出したのか、カサルナは嫌そうに顔をしかめた。


「それでレズとかビッチとか野々宮に言われたら、即キレて口論し始めっ!」

「ぐぬぬ……!」

「その上、最後にはサカリのついた動物なんだろ? そこまでいったら、獣っつーよりもケダモノだわなあっ! あーはっはっはっ!!」

「~~ぁぁあああああああああっ!! もう我慢なりませんわっ!!」


 堪忍袋(かんにんぶくろ)の尾が切れたと言わんばかりにカサルナが激昂する。


『ちょ、ちょっとカサルナ……! どう考えても煽ってきてるから……! あからさまな挑発に乗らないでくださ――』

「拓哉シャアアラアァァアップ!!」


 彼女の怒りを抑え込もうとした拓哉だったが、凶弾する絶叫に止められる。

 最早彼でも止められないほど、カサルナの怒りのボルテージは上がっていた。


「こ・こ・ま・で! わたくしのことをコケにしてくれたド阿呆は、あなたが初めてになりますわ! 守住駿ッ!!」




『うはっ! 煽り耐性ひっく!』

『……う、ウソだ。本当にあんな煽られ方でキレちゃった……。いくらなんでも沸点が低すぎるよ……』


 いやー、良いね! こうも簡単にキレてくれると煽りがいがあるぜ!


「絶対に許しませんわっ! 今すぐにでもケリをつけて差し上げますっ!!」


 榊坂はそう言って斧を担ぎ直した。そこから歌恋目掛けて駆けてくる。


『よしっ! 来たぞ歌恋!』

『りょ、了解! 駿ちゃんの指示通りやってみる!』


 疾風怒濤(しっぷうどとう)獅子奮迅(ししふんじん)といった榊坂。

 形相が怒りを越えて憤怒レベル。血気盛んなのは良いが、術中にハマり過ぎだな。


 突っ込んでくる榊坂に対し、歌恋は少し緊張した面持ちで構える。


『手はず通りに頼むぜ』

『うん!』

『んじゃ、作戦開始だっ!』


 怒り心頭の榊坂が歌恋に向かって斧を振り下ろす。歌恋はそれを難なく避けた。


「……くっ! 外した!?」


 初撃よりも更に速い薙ぎ払いだ。確かに速いが、心に余裕がないせいで単調な攻撃になっていた。

 んで、そんな攻撃を易々と受けるほど歌恋もお人好しじゃない。


「喧嘩を売ったのなら、しっかり買いなさいな!」

「あたしから売ったわけじゃないよっ」

「なら連帯責任ですわっ!」

「むぅ……横暴ー!」

「くっ! 黙らっしゃい!!」


 歌恋の煽りも悪くない。榊坂の怒りに拍車がかかっている。


 続けて振られた横に凪ぐ攻撃。しかし、歌恋に当たらず空を切る。

 そこから返した凪ぎの一閃も。更に胴体を狙った斬撃も当たりはしなかった。


「当たれ! 当たれえっ! 当たりやがれですわあっ!!」

「嫌だっ! 絶対にっ! 当たったりなんかしないもんっ!」


 何度やっても結果は変わらない。

 放たれる攻撃を、歌恋は水夜蛟(みなやみずち)を使ってかわし続ける。


 だが、数手攻防を繰り返すと榊坂が攻撃を止めた。後方にいる野々宮の方を向くと、難しい顔をして固まる。


 これは……何か話し合っているな。


 そのまま野々宮の元まで跳躍して退くと、榊坂は斧を構えたまま、こっちを睨むようにして息を吐いた。


『……仕掛けてくるかな?』

『ああ、揺さぶった甲斐があったぜ』


 あいつが後退したのは仕切り直すためだ。おそらくだが、大技を放つ前兆。


「バルディアッシュ、拘束解除……ライノ、モードチェンジ。ブーステッド・アクトモード……」


 野々宮がパポスを操作しながら何かを呟いた。


 耳を澄ませていると、榊坂が持つ斧とエクステリアが変形していく。

 たった数秒で、それぞれの形状が先鋭的なフォルムに変化していた。


 フォームチェンジって奴か?

 てか、そういうのもあるのかよ。カッコいいなぁ。


『武器と防具が変形する技なのかな?』

『ああ。背中のは……ブースターか? それに武器の外部装甲っぽいのもパージしてるな』

『加速装置? 装甲の切り離し? じゃあ、あれが』

『本命だな。予想通り切り札が来るぞ』

『……わかった!』


 歌恋の声に緊張が走った。

 俺は続けて歌恋に指示を出す。


『よし! 我禅流連技(がぜんりゅうれんぎ)逆雪崩(さかなだれ)だ!』

『うんっ!』


 歌恋は重心を据えるようにして榊坂の方へ向く。

 右足を引いて体を斜めに。両手へ気をまとわせた状態で、歌恋は迎撃の構えを取った。


 相手の近接攻撃を、空気の防壁『風盾(ふうじゅん)』を展開して押し留める。

 次に『水夜蛟』の精神研磨で神経を活性化させ、瞬時に相手の後方に移動。

 最後に(つい)の技。掌底と共に気を爆ぜさせる『雪壊掌(せっかいしょう)』を、相手の死角外である背後から打ち込む。


 攻撃を仕掛けてきた相手の慣性に加え、掌底の威力を乗算させる技。それが相手を吹き飛ばそうとする力を増幅させるんだ。


 攻撃を受け流し、相手の力も利用して反撃。シンプルだが理に適った技だと思う。

 逆雪崩という技はこんな感じの仕組みだ。


『絶対に成功させてみせる……!』


 歌恋のやる気を感じる。けど、少し無理をしている感があるな。

 不安な歌恋の気持ちもわかるが、俺にはこれしか上手い策が浮かばなかった。


 負担を押しつけてすまない歌恋……。


「レッグス。ステークス&ブースト! 杭打ち始めえいっ! ……脚部固定化完了! 続けて、ブーストオンッ! バルディアッシュ、ターゲットを竜胆歌恋にロックオンッ!!」


 榊坂が装備するエクステリアの脚部が、地面に六本ずつ杭を打ち込んだ。それに続き、背部のブースターが点火した。


 おいおい、歌恋は明らかに迎撃の構えをしてるんだぞ。必殺の一撃を決める気の榊坂には、そんなもの眼中にないって感じか?


「先に言っておきますわ! この攻撃はバルディアッシュによって、補足した敵影を自動で追尾する絶対命中攻撃! エクステリアと合わせた一撃必殺級の技ですわっ!」


 点火したブースターの火が少しずつ大きくなっていく。


「これが決まって耐えれるとは……思わないことですわねっ!」

「説明サンキューなっ! けど、知ってるか? そういう説明っていうのは負けフラグなんだぜ?」

「笑止っ!」


 榊坂は挑発する俺の言葉を一蹴した。

 自信の表れか。それとも、もう挑発には乗らないって意味か。


『絶対に命中する攻撃、ね……』

『うーん……なんか、ちょっと嫌な感じがしてきたかも……』

『歌恋? ……いつものか?』

『うん!』


 歌恋は小さい頃から勘が鋭かった。

 その歌恋が何かを感じ取った。となれば、絶対に予想外の事態に陥るはずだ。

 なんでわかるかっていうと……長年の経験だ。


「……チャージ完了。いけるよカサルナ……!」


 野々宮の言葉を聞き、榊坂が斧を持つ手に力を込めた。


「さあ、懺悔(ざんげ)の時間ですことよ! セーフティ解除っ!!」


 次の瞬間――榊坂の体と地面を固定していた杭が一斉に外れた。

 ブースターが唸り、榊坂が爆音を上げながら突っ込んでくる。


『駿ちゃんっ!』

『来るか!』

「コラプスゥ・インパクトォォオオオォォオオオオオッ!!」


 (とどろ)く怒号と共に、榊坂の必殺の一撃が歌恋へと襲いかかった。

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